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番外編 夢中


 朝。

 何かの気配を感じ、久遠は目覚めた。

 寝ぼけ眼をこすりながら上体を起こし上げると、スイカの後ろ姿が見えた。

「早いな…」

 久遠は、スイカの背中に声をかけた。

 いつも自分が起きる頃には まだ押入れの中で寝ているスイカが、この日は違った。その事だけでも珍しいのに、振り返ることも無く「ああ」と抑揚のない声で応える、どこか物々しい雰囲気が、さらに久遠の中の違和感を強いものにする。

「少し、気になることがあってな」

 スイカは言った。

 しかし、深刻そうなスイカに違和感を覚えはしたが、「ふ~ん」と久遠は興味無さ気だった。



 一限目の授業に出なければならず、久遠は学校へ行く支度を進める。

「おい、スイカ」出掛けに、久遠は声をかけた。「今日は昼 どうする? 学食来るなら、待ち合わせ場所とか決めるけど…」

「いや、いい…。腹減ったら、何かテキトーに食うから」

「テキトーに食うからって…」冷蔵庫の中がほぼ空で、カップ麺の類も切らしている。食料品がない、そんな状況で何をテキトーに食べる気なのだ、と久遠は呆れた。「俺、今日は午前で終わるから、何か買ってこようか?」

 久遠が訊くと、「じゃあ…」とスイカは考えた。

「サンドイッチとか、簡単に食べられるモノ頼む」

「食うのかよ…」

 そう思い、苦い顔をする久遠だが、時間に余裕がないこともあり、この場はこれでおさめて、大学へと向かった。



 昼ちょい過ぎ。

 久遠が、大学から帰ってきた。

 帰ってきた久遠が見たのは、朝からほとんど動きの無い、真剣な面持ちのスイカだった。

 スイカの状態に変化がない所を見れば、ずっと集中していたのだろう事が分かる。その凄まじい集中力には、驚きを通り越して、久遠も呆れた。

「サンドイッチ、ここに置くぞ」

「ああ」

 床に胡坐をかいて座るスイカの傍らにサンドイッチの入った袋を置いたが、スイカはそちらに目もくれない。

――スゲェな

 ここまで来ると、呆れを通り越して感心すらした久遠だった。



 おやつ時。

 文庫本の小説を読んでいた久遠は、ジッとしていて凝り固まった肩と首の筋肉をほぐすと、少し休憩をしようと思い、退屈な授業中に考えていたことを話すために「なぁ」とスイカに声をかけた。

「お前が魔王になる為に『悪』の字を溜めるってことについて、俺なりに考えた事なんだけど…」

「悪い…それ、あとで聞く」

 集中し切ったスイカは、久遠の言葉を聞くことにさえ割ける余裕がなかった。

 しかし、話しかけた久遠も、どうでもいいかという思いが湧いてきてバカ臭くなり、再び文庫本の方に意識を戻した。



 夕方。

「買い物行ってくるけど、夕飯何食いたいとかあるか? 要る物とか?」

 スーパーに行く前に、久遠は訊いた。

「なんでもいい。欲しい物も、スーパーにゃないし」

 スイカは答えた。

「あっそ」

 と、出ていく久遠。

 なんでもいい、なら、朝から食事も後回しにしているくらい集中し切っているから、その邪魔をして骨が多くて食べにくい焼き魚とかにしてやろうか、と久遠の中によこしまな考えが浮かんだ。が、グリルを使うと掃除とか面倒だなと現実的な問題に突き当たり、すぐに考えを改める。

 それに、スイカのことについても、まったく理解できないワケでもない。

 手軽に食べられるようにしよう、そう久遠は考えた。



 夕食時。

 今晩のメニューは、モヤシ炒めが乗ったラーメン(インスタント、5袋入りで198円)だった。

 今日の食事当番は、久遠だ。これだったら手軽に食べられるし、作るのもかなり楽。しかも安上がりで満腹感はある。これなら文句ないだろう、そう思いながら久遠はモヤシを炒めた。

 麺は、3袋使った。スイカの食欲が、さすが魔王の子と言うべきなのか、人並み以上であるからだ。スイカの丼の方に2袋分、モヤシも多めに入れる。

「できたぞ」

「いただきます」

「ごちそうさまでした」

 スイカは、あっという間に完食した。

 まだ上に乗っているモヤシばかりが箸にかかって麺にたどりつかないな、久遠がそんな段階でスイカは完食し、食事前の状態に戻った。

――速っ!

 それ以上の感想が思い付かない久遠だった。



 おふろタイム。

「おい」不機嫌そうに眉根を寄せた顔をした久遠が、スイカに声をかけた。「昨日、お前が壊したシャワーは明日業者さんが来て直してくれるらしい」

「壊したんじゃない」平然と、スイカは言い返した。「あれは、あいつの寿命だったんだ」

「雨を再現しようとシャワーヘッドを天井に向けてひねったら、ホースとヘッドの付け根がねじ切れた。そんな最期、報われないな」

 チクリと刺さるような嫌味を込めて、久遠は言った。

 久遠の言っている事が事実なだけに、スイカもそれ以上言い返せない。大した理由はないが、頭に直接かけるのではなく、一度上に飛ばしたお湯が重力によって下に落ちてきて、それを浴びるということにその時は趣を感じていたのだ。そしていざ実行してみたら、何故かシャワーヘッドとホースの繋ぎ目が千切れた。それは運命で決められていたことなのだ、とスイカは言い逃れるしかない。

「別にもう怒るつもりはない」昨晩の揉め事をぶり返すつもりはないのだ、と久遠は話を進めた。「ただ、今日はうちの風呂が満足に使えないってことだ」

「だから?」

「だから、銭湯に行くぞ」

「え?」

 銭湯、公共浴場、少し興味があった風呂屋、壁一枚を隔てた先には夢のある風呂。

 少し心を動かされたスイカ。だが、「今日は、いいや…」と別の機会に楽しみをとっておくことにした。「今日、ほとんど動いてないし」

「いいから、ウダウダ言ってないでさっさと行くぞ」

 と、久遠は急かした。

「いいって。俺、それどころじゃないし」

 スイカがちっとも動きそうにも無いので、仕方なく久遠は一人で行くことにした。

「覗きするなよ」いってらっしゃいの代わりに、スイカは言った。

「するか!」



 就寝時。

「もう寝るぞ」

 眠くなった久遠が電気を消そうとしたら、「まだ、あとちょっと…」とスイカが待ったをかけた。

 電気を消されたら、スイカは困るのだ。

 何故なら、スイカの部屋でもある押入れには、電気スタンドの様な物がない。

 灯りが無いと困る様な事情が、スイカにはあるのだ。

「いい加減にしろよ!」

 一日中、朝から晩までマンガを読んでいるスイカに、ついに久遠は怒った。

 朝、昨晩に読んだマンガの続きが気になり、スイカは早起きをしてマンガの続きを読んでいた。電気をつけると久遠に迷惑がかかるのではと気にかかり、カーテンの隙間から差し込む朝日を灯りに読んでいた。久遠が教科書と黒板をぼんやり見ている時も、スイカは集中してマンガを読んでいた。サンドイッチの味など憶えてもいないだろう。久遠が『悪』の字が溜めることについて持論を展開しようとしていた時は、マンガの方も重要な場面を迎えていたので、スイカもどうすることもできなかった。マンガの方で一つの山場を越えた所で「要る物はあるか?」と訊かれても、それまで命を削る様な戦いを繰り広げてまで奪い合っていた『賢者の石』がスーパーにあるはずもないし、とスイカは呆れた。あるなら俺も欲しいよ、と。どうせだったらもう少し早くしてよ、とスイカが思ったのは夕食時だ。目が離せない展開になった所で、夕飯が「できたぞ」と言われても、ちょっと待ってよ、となる。しかし、夕飯がラーメンだとあっては、ちょっと待っていると伸びてしまうので、熱々のラーメンを速攻で食べるしかなかった。銭湯には、本当は行きたかった。しかし、マンガの中でお色気シーンがあったことも理由か、マンガを読んでいたいという気持ちが勝り、銭湯に行くのは断念した。

 この日、睡眠や食事、物欲、入浴、色欲といったあらゆることを我慢したスイカも、電気を消されることだけは耐えられなかった。

「もうちょっとだけ待って、お願い。今、いいトコなんだよ」スイカは、懇願した。「魔界こっちだと発売時期が遅いのか、魔界にいた頃ハマっていたヤツの続きがあるんだよ。それ以外にも、面白いヤツが安価でレンタルできる店もあるし!俺だって困ってんだよ!」

「知るか!」

 眠い久遠は、不機嫌だ。

 そんな久遠を見て、一刻も早く電気スタンドを入手しなければ、そう思うスイカだった。


日本と海外では数年の時間差でマンガが発売されるらしいという話を聞いて、それを参考にし、最後に謎が解決するような展開も書いてみたかったので、こういう話を書いてみました。という言い訳で、二話目を書かずに番外編に逃げたことにしてよろしいでしょうか?


前回で反省したはずなのに、短い話の方が書きやすいから、つい…。

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