第一話 留学先は人間界
温かい目で見てやってください
大学生になって二年目の春。
なんとか一年生としてではなく二年生として春を迎えることが出来ることに喜びよりも安堵の気持ちが勝るなか、久遠は、二年生になって初登校日であるこの日、広い講義室にて学期始めのオリエンテーションを受けていた。
「それでは、手元の資料が揃っている事を確認しながら、説明を始めたいと思います」
教壇に上がる中年の男の先生が、説明を始めた。
しかし、そんな説明は、久遠の右耳から左耳へ、もしくは左耳から右耳へ、何事もなかったかのように流れていく。説明を理解出来ずに言葉が耳元で渋滞を作る気配など、まるでない。
それもそのはず、久遠は、先生の話にまるで関心を示していなかった。
――あ、そういや今日から『みんなのうた』変わる
久遠の関心は、NHKの歌番組をお気に入りの歌手がやることに向いていた。
――午前十時からだから、一回目の放送は、もう終わっただろうな
ぜひとも聴いてみたいと思っていたのだが、放送はこの(必ず参加するように言われている)オリエンテーションの時間と被っているし、生憎の一人暮らし、実家の様に録画機器もない貧乏学生の久遠は、ただただ涙を飲むのだった。
「はい、それでは説明を終わります」教壇の先生が、言った。「この後は、三年生になってゼミが決まるまでの仮のクラスということで、配布した資料にも記載してあるそれぞれの担当教官から、成績表の配布や指示があるので、指定された教室へ行ってください」
まだ終わらないのか、そう面倒に思う久遠の耳に、けして素通りを許すことのできない言葉が聞こえた。
「なお、本日来られなかった学生には、学生センターの方へ出向くよう、お伝えください」
教壇を降りた先生が去り際に、そう言った。
「なぬっ!」
久遠は、怒りを覚えた。
――絶対参加のオリエンテーションじゃなかったのかよ!
昼前になると、その日の予定は全て済んだ。
しかし、久遠の苛立ちは収まっていなかった。
それぞれの担当教官の所へ行くように指示された後、配布された紙を見て、久遠だけではなく、講義室にいた学生の約半数近くがざわめき立った。前半と後半に分かれて担当教官の所へ行くようになっていたのだが、久遠も該当する前半組は、すでに集合時間一分前となっていた。それというのも、久遠は覚えていないのだが、教壇に立った先生が「幅広い教養を身につけてもらった一年次と違い、これからは専門的な知識を修めてもらいます。それぞれ夢や目標があって、この大学に来たことでしょう。大学の授業というのは、高校の時の様に受け身ではいけません。積極的に学ぼうという意思を持って、学問に邁進しなければなりません。つまり、あなた達のやる気次第で、これからの時間の価値が変わってきます。で、あるならば………」と当初の予定にはないことを熱を持って語り出したからであった。オリエンテーション終了後、やばい、やばいと急ぐ学生の多い中、不満爆発寸前の久遠は、「いや、もう間に合わねぇし」と焦ることを放棄していた。そのせいで、時間を過ぎて来て「すいません。実は…」と言い訳する学生に「いいから席につけ」と半ば呆れて対応していた先生に、「急ぐ意思を見せろ!」と少々的の外れた説教をされてしまう。
「あ~、面白くねぇ!」
苛立った久遠は、人文棟二号館を出た直後、駐輪場ではない場所に置いてあり自身の行く手を塞ぐ自転車を蹴り倒した…かったが、やめた。人目が多かったからだ。
やりようのない怒りは、大学の正門を出て右に行く帰り道を逆側に行くという、反抗的態度に現れた。なんとなく、このまま真っ直ぐ帰る気になれなかった。
反抗的態度に導かれるままに入った大学近くのゲームセンターで、メダルゲームのパチンコに興じる。百円ではなく千円札を賭けて行う本物ではなくてよかったと思いながら、二百円目を投入する。が、どんなに期待を持たせるリーチイベントが続いても、一向に当たる気配がないので、四百円目は投入しなかった。
「あ~、面白くねぇ!」
久遠の苛立ちは、募る一方だ。
三百円あったら、学食でラーメンを食べれた。カレーだったらお釣りが来る。
貴重な三百円を無駄にしてしまったことを後悔した久遠は、肩を落とし、「もう帰ろう」とゲームセンターを出た。その後、コンビニで一個105円の梅むすびを買い、帰路についた。
特に時間に追われるような生活をしているワケではないのだが、ただ歩いているのも暇なので、買ったおにぎりを食べることにした。しかし、おにぎりのパッケージを外すというのは、歩きながらだと思った以上に難しく、苦戦してしまう。
「よし」
海苔が少し破けてしまって完璧とは言えないが、おにぎりを取り出すことに成功した。
さっそく食べよう、そう思った時、「ん?」と久遠は、何かを見つけた。
それは、行き倒れの人だった。
全身を黒いマントに包む、よく見れば深い赤みがかった黒髪の二十歳前の男が、うつ伏せに倒れていた。
「マジかよ…」
初めて行き倒れている人を見た久遠は、我が目を疑った。
しかし、行き倒れが「うっ…」と声を洩らして、まだ息があるようだと気付くと、「おい!」と慌てて行き倒れのそばにしゃがみ、声をかけた。
「大丈夫かよ?」
久遠が訊くと、「腹が…」と弱々しい答えが返ってきた。
「腹?腹がどうした?」
「ぺ…ペコ…ちゃん…」
行き倒れの男は、空腹だった。
久遠は、目の前の腹を空かせて倒れている男と自分の手にあるおにぎりを交互に何度も見て、泣く泣くおにぎりを男にあげた。
「ひゃふ~」おにぎりを二口で完食した男は、満足気に息を吐き出した。「いや~、助かった。あいや、ホントは助かってないけど…んまぁ、助かったってことにしよう」
「あ?」
素直に感謝も言えないのか、と久遠はムッとした。
何か文句を言ってやろうか久遠が考えていると、男は立ち上がった。黒マントについた汚れをパンパンと払い落す。
「まぁ、助けてもらったかどうかは置いといて、握り飯を貰ったのは事実。礼を言うぞ」
男は、握手しようと右手を差し出した。が、久遠はその手を払った。
男の眉間に、一瞬 皺が寄った。しかし、「まぁいい」と男は気にせず、語り出した。
「それにしても、都会の人間というのは冷たいな」
やれやれと嘆き悲しむように、男は言った。
「……いや、都会の人間って、ここ東京じゃないぞ」
久遠の発言に、「えっ?」と男は目を丸くした。
「ここは鳥谷町。水道水が美味しく飲める、それ以外で東京相手に誇れるトコの無い、田舎町だ」
「そうなのか?」男は意外そうだったが、「まぁいいさ」とあっけらかんと言う所を見ると、都会へのこだわりは持っていないようだ。「それならそれで、冷たい人間が多くて悲しいな。俺の地元だったら、行き倒れを見かけたらメシはくれないまでも、棒でつついたり踏みつけたり、本当に限界かどうかを確かめる為にそいつに火をつけるぜ」
「それもどうなんだ?」
「少なくとも、ここのやつらみたいに無視はしない」
火を着けられるくらいなら無視された方がいいのでは、理解できないと苦い顔をしていた久遠は、ふと違和感を覚えた。
男の言葉に、違和感があった。
「もしかしてお前…わざと行き倒れてた?」
まさか、とは自分でも思った。そんなことするはずがない、と。
しかし、「おう」と男は胸を張って答えた。
「実は、ホームステイ先を探しているのだが、これがなかなか見つからない。仕方がないので一週間ほどは海や川で魚をとって食べて生活していたのだが、力も使えずに生魚ばかりはさすがに飽きてな。そろそろ本腰入れるかとひとつ、行き倒れを演じてみたワケだ」
やはり、行き倒れは演技だった。
しかし、疑問がひとつ解決したにもかかわらず、久遠の顔は晴れない。
そんな久遠を気にせず、男は続ける。
「しかし、演じてみたはいいが、誰もアプローチをかけて来ない。遠くでひそひそ会話したり、写真を撮ろうとする不届きな輩もいたり、レスキューを呼ばれたりもした」男は、耐え忍んで「え、何アレ?」「ヤバくない?」等といったヒソヒソ話を盗み聞きしたこと、写真を撮ろうとした者の風変わりなカメラ(ケータイ電話)を壊したこと、救急車まで来て大事になってしまった為に脱兎の如くその場から逃げた事、その苦労を思い出し、目に涙を浮かべた。「失敗続きの中、五回目のトライで本当に意識がくらくらして来たところを貴様に助けられ…てない、声を掛けてもらえてよかった。あの握り飯、塩がきき過ぎている気がしたのは、荒んだ世の中で優しさに触れた俺の心の涙のせいかな…な~んてな」
微笑を浮かべ、冗談めかして男は言った。
しかし、久遠は笑えない。
それは、男の冗談が面白くなかったこととは別の理由だ。
「え~っと、二~三訊いていいか?」久遠は、苦々しいモノの正体、感じていた疑問を解消しようとした。「ホームステイって言ってたけど、お前 外人?」
「異国の者かと問われれば、その答えはイエスとなる。しかし、『外人』とは差別用語で『外国人』が正しい」
「次」男の注意を無視し、久遠は続けた。「生魚しか食えないとかなんか、『力』がどうとか言っていたが…力って…?」
「それは〝焔を操る力″のことだ」
「えっと…………え?」
三つ目の質問は、具体的な形を持たなかった。
それは、そのまま、久遠の理解が追い付いていない事を意味している。
何が何だか分からない、それが久遠の疑問なのだ。
それもそうだろう、と男は察した。
「俺の名前は、水火」男は、まず名乗った。そして、これがお前の求めていた答えだ、と提示するように、スイカは言った。
「俺は、いわゆる悪魔。魔王の子だ」
「…………………………………え?」
久遠は、耳を疑った。
何が何だか分からない疑問を解決しようと質問した答えが、何が何だか意味が分からないモノだった。絡まった糸を解こうとしたら更に絡まった、そんな混乱にあって久遠が思ったのは、「先生に言われた通り、『急ぐ意思』を見せてさっさと帰れば良かった。それか、四百円目で当たったかもしれないから諦めずにトライすれば良かった」という、後悔の念ばかりであった。
「しくよろ!」
スイカが、右手を差し出して来た。
その右手を、恐る恐る久遠は握る。
「し、しくよろ…」
思った以上に力強く握られ、久遠の顔が苦痛にゆがんだ。
握手に応じなければよかったという後悔が、早速また増えた。
「それじゃあな」
久遠は、スイカに別れの言葉を掛けた。
そして実際、この出会いは偶然で一瞬の思い出だ、少しモヤモヤとして綺麗にはならない強烈な思い出だとしても、そういうこともある、未練は全く無い、そんなつもりで別れた。
しかし、どんなに離れようと歩いても、スイカが後をついてきた。
もしかしたら偶然同じ方向に進んでいるのかもしれない、そう思った久遠は、曲がり角を見つけては曲がった。しかし、スイカも同じく曲がる。なんか魔王の子供だとか妄言を吐いていた頭のおかしなヤツだ、下手なりに尾行をしているのかもしれない、そうとも考えてみたのだが、「なぁ」と声を掛けられ、尾行ではなかったと知る。
「なぁってば」
じれったそうに声を掛けてくるスイカを鬱陶しく感じ、「何だよ?」と久遠は若干語気を荒げ、振り返った。これ以上、無視は出来なかったのだ。
「何だよ、じゃないだろ」やや不機嫌そうに、スイカは言う。「先程も言ったが、俺はホームステイ先を探している。そんな俺がここにいて、そんな俺を心配してくれるであろう お前がそこにいる。つまり…?」
「仕方ない。住まわせてやるよ」
それがスイカの求めた言葉なのだが、久遠の口から出たのは、
「頑張って」
という励ましの言葉だった。
「冷たっ!」全く熱のこもらない久遠の「頑張って」に、スイカは心底不快そうに眉根を寄せた。「というか、気軽に『頑張って』とか言うな。行き倒れるまで必死になっている所に『頑張って』とか言われても、『いや、もうこっちは限界まで頑張っているんですけど…』ってすねた感情が湧いてくる。頑張りたくても頑張れない!」
スイカの嘆きが爆発した。
そんなスイカの喚きを、久遠は「うるせぇよ!」とつっぱねる。
「行き倒れたのはバカな作戦の末の、自業自得だろ。てか、悪魔とかいきなり言われても、こちらは受け入れられません。理解不能。意味不明。結果、帰れ」
あまりに強い拒絶反応に、スイカの額に青筋が浮かんだ。
しかし、ここでこの男を逃すと次のチャンスがいつ来るか分からないという危機感もあり、スイカは自分に落ち着くように言った。
「オ~ケ~。それじゃあ、一度どこかに腰を据えて話し合う意味でも、場所を移そう」
「なんでそうなる?」
久遠とスイカの二人は、大学の学食に来ていた。
なんでそうなったかというと、スイカのしつこさに久遠が折れたからだ。「とりあえず、話だけでも聞いてもらって、その後に判断してもらえばいいから」と悪徳商人さながらのしつこさでスイカが引かないので、時間もあることだし話を聞くだけ聞いて丁重に断ろう、と久遠が折れた。
カウンター席だけでなくテーブル席が何十席も設けられている学食には、「変わらない、この味」と普通に食事をしている学生だけではなく、「よう」「おひさ~」「てか、単位どう?」「そういや、この前発売されたFFの新作やった?」「おう。でも、まだ序盤なのに心折れかけ」と新学期を迎えて久しぶりの再会を喜び会話に花を咲かせる者、「結構落としちゃってさ、簡単な授業知らない?」「それだったら、あのおじいちゃん先生のが…」と会話の流れで時間割をどうしようか相談する者、「入学式でビラは配ったが、大丈夫だろうか?」「新歓コンパの場所どうする?」とサークルの今後を真剣に語り合う者、そんな者たちの中に「せっかくだからカレーでも食べようか」「話しに来たんだろ!」「握り飯一つで満足する腹と思うな!」と騒ぐスイカと久遠も加わろうとしていた。
この雑談でにぎわう学食ならば、悪魔だ何だという会話をしても、問題無いだろう。外では白い目で見られるであろう『悪魔』などというワードを口にしても、ここであれば、「あ、ゲームかマンガの話をしているのだな」と思ってもらえる。そう考えた久遠が、スイカをここへ連れてきたのだ。
「一番安いレギュラーカレーと、レギュラーにジャガイモとニンジンが入っただけなのに野菜カレーと名乗るカレー。どちらがいいか…?」
学食入口にある食品サンプルが置かれたディスプレーを見て、スイカは悩んだ。
「だから、カレー食わねぇって」
「そして、どう頼めば無一文の俺にヒトは愛という名の優しさをくれるのか?」
「水という名の『学生協側の優しさ』なら無料だから、いくらでもどうぞ」
カレーが食べたいとうるさいスイカに辟易しながら、久遠は、学生協側の優しさを両手に一つずつ持ち、空いている席に座った。机を合わせて横に長く並んでいる席ではなく、窓際の、一席ずつ離れた四人掛けのテーブル席だ。学生協側の優しさを自分の前と向かいの席に置き、「おい」と壁に張られている食品栄養素の円グラフをしげしげと見ているスイカを呼んだ。
スイカは、久遠の向かいの席に座った。自分の前に置かれてあったコップを口に運び、水を飲む。
「そういえば」コップに口をつけたまま、スイカは「お前、名前は?」と訊いた。
名前を訊かれ、久遠は考えた。自分の名前が何か、ではなく、名前を教えてもイイのかを。真偽のほどはともかく、自らを悪魔だという相手に本名を教えていいものか、それが気掛かりだったのだ。フルネームを不用意に教えてしまっては、危険な気がする。名は力だ、とマンガで読んだこともあった。それを素直に信じるワケではないが、マンガの様な存在が目の前にいるのだ、慎重にもなる。
「……久遠」
少し悩んだが、そうとだけ答えた。
久遠が名乗ると、スイカは「久遠、ね」と一度満足そうに頷き、話し始めた。
「それでは、久遠。日本のコミックス、少年漫画は魔界でもかなり人気で、俺もよく読むのだが、お前は読む方か?」
「ああ」
「なら、話は早そうだ。悪魔や魔物についてはいいな」
「いや、よくない」
食い気味で、久遠は言った。
「なんで?」
「省略できる類の話じゃねぇだろ!」
いくら少年漫画を愛読していて、その話の中で悪魔や魔界が出た時に「ああ、そういう系ね」と特に説明されなくともその存在や世界観を理解出来る久遠でも、現実に現れた悪魔を何の疑いもなく受け入れることは出来なかった。
「何でもいい。何か『ああ、確かに紛う方なき悪魔だよ、お前は』と俺を納得させるような証拠を見せろ」
久遠の要求に、スイカは「それは無理だ」とハッキリと応えた。
「あ?」
「その辺の事情を理解してもらう為にも、一度話を聞いてもらいたい。意見や質問はその後で受け付ける。気持ちを説明モードに移す為に行も空けてやるから、とりあえず話を聞いてみないか?」
「あ?行? お前、何言ってんだ…?」
と、久遠は疑問を感じたが、そんな久遠を置き去りにしてでも、行が空いて説明モードに移行する。
「改めて。俺は、スイカ。魔王の子だ」
スイカは、説明を始めた。
有無を言わさず始まった説明モードに、久遠は口を挟むことを諦めて、とりあえず黙って聞くモードになっていた。
「実は今、魔界では留学が空前のブームとなっていてな」
「あ?留学?」と、久遠は眉間に皺を寄せた。「そんなモンがブームなのか? てか、悪魔の留学先は人間界なのかよ?」
理解できないといった面持ちの久遠に、「ああ」とスイカは平然として対応する。
「魔物が人間界に来ることは、何も今に始まったことではない。人間に屈服させられて使役される者もいれば、人間を利用して遊ぶ者、人間と持ちつ持たれつの対等に近い関係を築く者など、そんなヤツらが昔から居た」
「それは、なんとなく解る」
悪魔に憑依された人間が暴れたり魔物を政に利用したりするというのはマンガとかであったから、久遠は理解出来た。
久遠が説明について来ていることを確認しながら、スイカは続ける。
「その中で、人間と持ちつ持たれつの関係を築いて自らの欲求を満たそうとする者が、ここ最近で増えたんだ。『自らの力が全て』と信じる傾向にある俺達 魔物は、己を過信したり、すぐに力がないと諦めたりする者が多い。だから、『自らの力が全て』ではないことを知る為にも、『個の力』以外の『力』を知っていて、自分の力の限界を感じながらも諦めず目標に向かう力を持つ人間の下で学ぼうとするヤツが増えたんだ」
スイカの言っている事は、久遠も何となく理解出来た。留学というものが、ただ異国で教科書に向き合って勉強することだけではなく、「異国の地に行って、自国にはない異なる価値観や考え方にも触れること」であるとするならば、スイカの説明にも納得できる。しかし、どこか綺麗過ぎるな、とってつけた感があるな、と不信感を抱いていた。
スイカ自身も、この父親の考えた説明には納得いっていなかった。だから、テーブルの下に隠して読んでいたカンニングペーパーをぐしゃぐしゃに丸めてポケットにしまい、「というのは、建前だ」と続けた。
「暴れたい、遊びたい、そういう欲求を抑えて『人間界に行く』ということを第一の目的とするのならば、『留学』という形が一番安全で確実だから、それが本当の理由だ」
「やっぱりか」
久遠は呟いた。
「俺等魔界に住む者は、たとえその気がなくとも、人間界を混乱に陥れるのではないかと、死神などの俗にバランサーと呼ばれるヤツら疑われている。だから、無断で人間界に行って監視される煩わしさを解消する為にも、人間界に行くと申請をするワケだ。その際、魔物が本来持つ〝力″を使えないようにする為に、力の源である魂を封印されることになる」
「魂を…封印…?」
理解できないといった面持ちで、久遠は訊いた。
「ああ。封印って言うか何というか…バランサーの一人の特殊な術で、魂を身体から取り出される。取り出された魂は返してもらえるが、そいつの術なしでは戻せないから、人間界に行っている間は信頼できるヤツに預けたり銀行の貸金庫など安心できる場所に保管したりする。で、人間界から戻って来たら、魂を身体に戻してもらう。そうやって封印というか手続しないと人間界に来られないルールなんだ」
「じゃあ、お前も?」
久遠の質問に、「もちろん」とスイカは答えた。
「俺の魂も封印状態にあるから、このままでは〝力″を全く使えない。肉体も、人間よりも多少頑丈な程度だ。だから俺は今、そうだな…『ポケットを持たないネコ型ロボット』のようなものだ」
「かなりの無能、ってことか」
呆れ顔で、久遠は言った。
「ムッ…」
久遠の言葉に否定は出来ないが、不満気なスイカは「つまり、先程の『悪魔という証拠を見せろ』という件に関しては、こういう事情により無理、マジゴメスとなる」と投げやりに言った。
言い終えると、スイカは水を飲んだ。
解ったような 解らなかったような微妙な所だが、とりあえず久遠は疑問を感じていた。
「なんでそんな面倒な事をする?」
魔物、特にスイカは自分を悪魔だと言っていた。そういう種族に対するイメージとして、『規則は嫌い』というのが久遠の中にあった。だから、力を使えなくなる規則を律義に守ってまで人間界に来るというのが、理解できなかった。
「だから、安全で確実だからって、さっき言ったろ」聞いていなかったのか、と非難するように、スイカは言った。「大体察しがついていると思うが、魂を封印するというルールは、バランサー側が提案したものだ。人間界の平静と人間界へ行きたい俺達の気持ちを天秤にかけ、考慮して。それを破ると、当然制裁がある。やつらは無駄に強いし、嫌だと反発すると何かと面倒なんだよ。それにな…」
そこで、スイカの表情に明らかな変化が生じた。
口角がニヤリッとつり上がり、悪い顔をして、
「このルールには、穴がある」
と、スイカは言った。
まるで『法律の穴』をついて悪いことを企む犯罪者ようだなと冷やかに思いながら、久遠は「穴?」と訊いた。
「ああ。たとえ魔物自身の魂はなくとも、魂を持った人間の力を借りれば、魔物の力を使うことは可能だ。人間に憑依したり、人間から身体の一部を貰うなどしたりして力の発生源である魂を得ればイイわけだ」
「なっ…!」
久遠は、不意に恐怖を感じた。
今までスイカのことを「頭がおかしなヤツ」と思って接していたのだが、「憑依」や「人間の身体の一部を貰う」などという発言を受けて、「ホントに悪魔みてぇ」と今更な恐怖を感じたのだ。
「そう身構えるなよ」
久遠を安心させようと笑みを浮かべながら、スイカは言った。
目の前のスイカが自分に襲いかかって来て、自分の死肉を口元に血を垂らしながら貪り食うイメージが湧いてきて恐怖している久遠に、「安心しろ」とスイカは言う。
「貴様がイメージするようなことは、人間が人間を殺すケースの何百分の一以下のものだ。力の供給源である人間をいちいち探すのではなく、事情を話して理解してもらい、力を使いたい時だけ少し身体を間借りさせてもらうやり方が、一般的なんだ。規則に反して人間界にこっそり忍ぶように生きるより、誰か人間の理解者を得て、その者の力を借りる『留学』という形がポピュラー、ってわけ」
そう言って話に区切りをつけたスイカは、水を飲んで喉を潤した。
久遠は、理解しようと頭を働かせていた。経済学の授業と違ってマンガという教科書で以前から触れているジャンルではあるが、試験で軽く泣きを見た経済学の授業並に頭を働かせている。理解するということより、受け入れられるかどうか、が久遠を悩ませていた。
「う~む」
と、唸る久遠。
そんな彼を見兼ねて、「ちょっと休もう」とスイカは提案した。
「一度に長々と説明し過ぎた。ちょうど水も無くなったし、行を空けて、その間に水のおかわりを持って来るから、一旦休もう」
「あ?行? さっきからお前、何言ってんだ…?」
と、久遠は再び不快な疑問を感じたが、そんな久遠を置き去りにしてでも、行を空けて休息を取る。
水のおかわりを持ったスイカが、戻ってきた。
席に座り、水を一口飲む。そのスイカの様を見て、次に何かを話し始めるよりも前に、先に「目的は?」と久遠は訊いた。
「わざわざ面倒な手続きして無能になってまで」と一つ嫌味を挟み、「何か目的があるのか?」と質問した。
久遠の「無能」発言に、スイカはムッとした。しかし、留学先となってもらう為にもここはまだ下手に出ておこうという考えから、グッと怒りを堪える。久遠の思惑通りだ。
「目的なら、一応ある」スイカは言った。
「一応?」
「ああ。留学することになったのは、親父が『しろ』っていうから。俺の目的っていうか野望は、親父の跡継いで『魔王になること』だ。親父曰く、『その野望の為にも、一度人間界に行って来い』だとよ…」面倒くさそうに、やれやれといった感じで「来たはいいけど、何やったらいいかは、全然分かんないけどな…」とスイカは愚痴った。
「ただこっちにいるだけなのか?」
そう訊ねる久遠の口ぶりは、それだけで魔王になれるのか、と蔑むようだ。
「さあ?」スイカは首をかしげる。そして、「ただ…」とマントの内ポケットからスマートフォンのような手の平サイズのタブレット端末を出し、それをチョイと操作して出した画面を久遠に見せ、「この『悪』の文字が完成するまでは帰ってくるなとさ」と言った。
久遠は、首を伸ばし、見せられた画面を注視した。
そこには、画面いっぱいに大きく『悪』の文字が書いてあった。しかし、『悪』という字の枠をなぞっただけであり、ぬり絵のようでもある。それを見た久遠は、小学生の時、習字の授業で、文字全体のバランスを把握するためにと配られた半紙を思い出した。
「俺が王になる為の段階を踏んだと親父が認めた場合に、一画ずつ増えるらしい」
スイカは、スタンプラリーに臨む子供の様に高揚感を漲らせていた。
実際、気も高ぶるのだろう。スタンプラリーでスタンプが全部溜まっても、貰える品は高が知れている。高価な品が貰える場合もあるかもしれないが、それは、スタンプを溜めるだけでなく、抽選という自力ではどうしようもない試練があるのだ。
だが、スイカの場合は、文字が溜まれば確実に魔王へと近づく。
そりゃあヤル気も出るだろう、そう思いながら久遠は、ある事が気になっていた。
その気になることを確認する為に、手の平に『悪』という字を一画ずつ書いていく。もう一度、確かめる様にゆっくり書くと、「十一画かよ」と罵るように言った。
「ハンパだな、おい」
「そう言うなよ」呆れ顔の久遠に、スイカはムッとして「これでも必死に抗議して、最初の『魔』の字から変えてもらったのだぞ」と言い返した。
『魔』の字を手の平に書いてみて、二十一画であることを確認した久遠は、「半分近く減ったよ」と、抗議したというスイカの頑張りにではなく、スイカの父親である魔王のいい加減さに驚いた。
しかし、呆れを強くしただけの久遠の言葉を、自分の頑張りへの讃辞であると解釈したスイカは、「まぁな」と誇らしげだ。
「親父曰く、俺の力は、魂の封印とは別に眠っているらしい。その、魂の力を供給してくれる人間の協力だけでは使えない力も、『悪』の字を溜めれば使える様にしてやるってさ」
「へ~」
どうでもよさそうに、久遠は相槌を打った。
しかし、話が進み、ふと、どうでもよくないことに気付く。
身体が火照ったような、背中の辺りがムアッと熱くなってきた気がする。
――こいつが悪魔であることは、とりあえず認めよう。歯も耳の先も普通の人より尖っているし、うん、なんか威圧感がある気がする
スイカが悪魔であると一応認めた久遠の額に、冷や汗が浮かんだ。
額の汗が、頬を流れ、アゴからしたたり落ちる。
脇汗もかいている気がする。
今度は、背筋が寒くなってきた。
「ところで、結構重要な質問していい?」
「おう」
「ま、魔王って…こ、この世界滅ぼそうとか…しちゃったりする?」
声に怯えを滲ませ、久遠は訊いた。
魔王という存在の方が核兵器よりも現実的、マンガをよく読む久遠の発想だ。
一瞬、何を言っているのだ、とキョトン顔で呆気に取られていたスイカだが、やや間を空け、答えた。
「そんな面倒でつまらないこと、しない」
「ホントに?」
「ああ。魔王になると、魔界の統治でそれなりに忙しい。そんなことをする位なら、テキトーなやつ捕まえて『爆弾お手玉』させて遊ぶ」
スイカは、下らないこと聞くな、といった感じで言い切った。
爆弾お手玉って何? 久遠は、そんな疑問と一緒に、『魔王による人間界の崩壊』の恐怖を忘れることにした。
二人は、学食を出た。
学食を出る時、久遠は「今日は面白い話をありがとう。奇想天外な夢物語ではあったが、退屈な政治学の授業よりは面白かったよ。では、バイバイ」とスイカと別れようとした。
が、それは失敗した。
立ち去ろうとする久遠の後を、スイカがついてきた。
「なぁいいだろ、俺に協力してくれても」スイカが、久遠の背中に声を飛ばした。「こっちは、お前がいいヤツだって、お前を信じたから、結構重要な事まで喋ったのだよ」
「知るか!」久遠は振り返り、つっぱねた。
「だって考えてもみろ。あんな運命的な出会いもしたのだぞ」
「行き倒れのどこに運命を感じればいい?」
「前に俺が読んだコミックスに、そういう出会いがあったぞ」
「そうは言うが、あれは偽装的行き倒れだ。やらせだ。結果、この出会いは運命ではない」
「いや、さっきのは結構ガチだった」
「威張れることじゃねぇよ!」
春の夕焼け空に、久遠のツッコミが響いた。
スイカに家を知られたくない、そう考える久遠は、ウロウロと彷徨っていた。
自分の家であるアパートに近付かないように意識しながら、歩き続けている。
しかし、そんなことがいつまでも通用するワケもない。
「おい…コレ今、本当に帰り道なのか?」
スイカが、訝る様に訊いた。
アパートを何棟も横目に通り過ぎ、住宅街に入ったかと思えば素通り、公園に入ってベンチで休憩もすれば、疑わない方が難しい。
どうしようか、面倒に感じながら久遠は再び歩き出し、次なる一手を考えた。
――言い訳してみるか
「俺も居候の身なんだ」
――は、それでも押し掛けてくる可能性があるな
「彼女と同棲中」
――も、押し掛けてくる可能性がゼロじゃないし、こんな嘘は虚しくなる
「実家暮らしだから」
――……むしろ喜ばれるのか?
「実は、俺も悪魔なんだ」
――いやいや、無理だろ。冷静になって、俺
候補が出ては消え、出ては消え。
久遠の苦悩は続いた。
「どうしよっかな?」
「おい!どうしよっかな、ってどういうことだ?」
「やべっ。口に出た」
うっかり久遠は、ミスを犯した。
「やっぱり!薄々勘付いていたが、俺のこと撒こうとしてやがったな!」
スイカは、久遠が自分を撒こうとしていたことを知り、憤慨した。
だが、久遠は冷静に「違ぇよ」と返す。
「どうすれば一人で帰れるか、考えていただけだ」
「一緒だ!」スイカは、声を荒げた。「嘘吐き!あの時の約束はどうしたぁ!」
「あの時ってどの時だ! 約束なんぞ、知らん!」
「食堂に行く前、『留学させてやってもいいが、事情を話せ』と言っただろう!」
「言ってねぇ! 話聞くだけ、っつったはずだ!事実捏造すんな!」
「捏造じゃない。解釈の相違だ」
「そういうレベルじゃねぇだろ!」
人目もはばからず、二人はケンカした。
一所でケンカしていると、周囲の目が痛いし、場合によっては警察の御厄介になる。ということで、ケンカの続きは歩きながら、した。
「俺じゃなくてもいいだろ、別に」と久遠。
「いや、俺は久遠じゃなきゃいやだ。キミじゃなきゃダメなんだ」と手を握ろうとするスイカ。
「キモいんだよ!」バッとスイカの手を払いのける久遠。「口説き方おかしいだろ!俺 女かっ!」
「ぶっちゃけ、また一から探すの めんどい」
「本音出た! いいから、野宿でも何でもして、次にトライ。明日に賭けろ。未来は明るい。それか魔界帰れ」
久遠が、畳み掛ける様に言った。
そうまで言われ、なるべく下手に出ようと我慢していたスイカも、眉間に深い皺を刻んだ。
もう我慢ならない、何か強く言い返してやろう、スイカがそう思った時だった。
二人の耳に、「オラァッ」だの「コラァ」だの、穏やかではない声が聞こえた。
スイカの耳が、ピンと動く。
声に反応したスイカは、声の出所を探った。穏やかさの無い、荒々しい物音。今でも耳を澄ませば聞こえる音の出所を、探る。
そして、路地に入り、一つ角を曲がったところで、見付けた。
日も暮れて、左右の建物からもれる灯りで薄暗い空間となっている路地。そこに、十代後半だろう若者が、数人いた。一人は、メガネをかけた脆弱そうな少年。その一人を取り囲むように、派手な身形をした少年が三人いる。
なんとなくスイカの後を追いかけてきた久遠は、嫌な現場に遭遇してしまったな、とスイカを置いて帰らなかったことを後悔した。
それがイジメ、もしくはカツアゲ等の現場であることは、すぐに察しがついた。
見なかったことにしよう、と久遠は早々に立ち去ろうとしたのだが、スイカは違った。
声こそ上げないものの、口をムッとへの字に曲げ、少年たちの方へ歩み寄ろうとしている。
「おい、待てよ!」とっさに、久遠はスイカの肩を掴んで止めた。
「なんだよ?」
「ああいうのに関わるな」
「黙って見てろってのか?」
スイカの声には苛立ちが混じっていた。
しかし、黙って見ているも何も、二人が現場を目撃した時は既に事が済んでいた状態であり、メガネの少年から金銭を巻き上げた三人の少年は、どこかへと歩き去ってしまった。メガネの少年も、力無く立ち上がり、涙に濡れる顔をこすりながら、この場から退場する。
「あいつらぶっ飛ばす」スイカが言うが、「見なかったことにしろ」と久遠は止める。
「いじめの現場に割って入る、悪いヤツをぶっ飛ばす……正しいことかもしれない。けどな、正しいだけじゃ世の中渡ってけねぇんだよ! 法定速度50キロの道路を50キロで走るか? そんなやつ、逆に迷惑だって顰蹙買うだけだ!」
まるで痛みに我慢するような苦い顔をして、久遠は言った。
しかし、スイカに「知るか!車なんて乗らねぇよ」と平然と返され、それもそうだな、と思い知らされる。なかなか出来の良い例え話だと自画自賛した物も悪魔相手では通じず、久遠は、どこか気恥ずかしさを感じた。
頭に上った熱が下がった久遠に、スイカは「正しいかどうかなんて、いまはどうでもいい」と言う。
「俺は、魔王の子だぞ。三時のおやつに食おうと楽しみにしといたショートケーキを横取りしといて、謝るどころか今度はそれが腐ってたみたいで腹を壊した時に『俺のお陰で助かったな、感謝しろ』ってなメチャクチャ言う魔王、そんなヤツのガキだぞ」
たしかにメチャクチャだな、と久遠は呆れた。
「俺は、あいつらがムカつく。だから、ぶっ飛ばす」シンプルな理論を口にして右の拳をギュッと固く握ったスイカは、「お前は、あいつらが、弱い者いじめするあいつらがムカつかなかったのか?」と久遠に訊いた。
訊かれ、久遠は考えた。
胸の内にある、一番表面に浮き出た感情。それとは別に、過去の思い出を振り返り、感情ではなく理屈で、
「ムカつくけどさ…」
と一言だけ答え、尻込みした態度をみせた。
その久遠の態度は、スイカの眼に情けなく映った。
「チッ」苛立ちから、スイカは舌打ちした。「くだらねぇことウジウジ考えてテメェに嘘吐く、んなつまんねぇヤツの所、こっちから願え下げだ!幻滅だ!クソ喰らえだ!バ~カ!」
そう吐き捨てると、スイカは走り去った。
おそらく三人の少年が向かったであろう方向に、走っていく。
「チッ。せっかくいいヤツに会えたと思ったのによ…」
その呟きは、久遠の耳には届かなかった。
久遠は、一人で帰り途を歩いていた。
どうやれば一人で帰れるか、あんなに考えたのに、思いがけずあっさりと事は成った。
しかし、一人になることを望んだはずなのに、そして一人になれたのに、気分は重い。
仕返しの如く罵詈雑言浴びせてきたスイカのことが、どうしても気になっていた。
俺もスイカがムカつくからぶっ飛ばしに行こう、そう思っているワケではない。
あんなヤツどうでもいいだろ、と自分で否定しようとしているが、スイカの身を案じているのだ。
そして、久遠の中で何かが吹っ切れた。
「はっ。ポケットを持たないネコ型ロボット……ただの無能になり下がったヤツが、そんなヤツが一人で行ってどうする気だよ?」
そう言うと、久遠は踵を返した。
来た道を、走って戻る。
――まだ間に合うかな、つーか 間に合えよ
スイカと別れた場所まで戻ってくると、肩で息をしながら、スイカが走り去った方を思い出し、また地面を蹴る。
――利口に賢く。厄介事に関わるのは、バカだ
難しい顔をして無言でそう言うと、今度はニッと微笑み、
「でも、俺 早生まれで、まだギリ十代。まだもう少しバカでいいよな」
と久遠は、誰にでもなく言った。
久遠が辿り着いたのは、今は使われていない空き倉庫だった。
そこが少年たちの溜まり場となっていて、先程の三人の少年も、その彼らの仲間と思われる他の少年も、ついでにスイカもいた。
少年たちの数は、二十人弱と言ったところだろう。
スイカが孤軍奮闘 戦っている。
そこに、久遠も参戦した。
数分後。
「久遠、弱っ」
「っせぇ。お互い様だ」
二人は、ボロ負けしていた。
「悪魔の力が使えれば、こんなヤツらよゆーなのに」とぼやくスイカ。
「三人くらいだったら、俺一人でチョチョイなのに」とぼやく久遠。
二人は、後ろ手に回されて手首を縛られ、ついでに背中合わせにした状態でぐるぐる巻きに身体を縛られていた。
拘束された二人は、倉庫の奥に置かれている。
動けない彼らを目の届く所に置いて、倉庫の一か所に、少年たちは集まっていた。少年たちは、「この浮かれトンチキが」とスイカが揶揄するくらいに盛り上がっている。カツアゲしてきた金、何故かケンカを売ってきた黒マント、その後に飛び込んできた大学生、その他にも彼らを盛り上げる話のネタは、まだしばらく尽きそうにない。
ギャハギャハと浮かれている少年たちの声に不愉快そうに表情を歪め、久遠が「俺さ」と話し始めた。
「ん?」
「俺さ、昔…っても中学生の時、クラスでいじめがあることに気付いて、それを咎めたんだ。別に正義面するつもりはなかったけど、見ててムカついたし、『くだらねぇ事してんなよ』って程度に。そしたら、今度は、俺がいじめのターゲットにされた。まぁ、シカトや上履き隠し程度のイタズラレベルだけど…」と自嘲気味に笑って口では軽く言ったが、嫌な思い出であることに違いない。久遠は、苦い顔をして続けた。「いじめの対象が俺に代わり、今までいじめられていたヤツも『これで解放された』ってな感じで後は我関せず、お気楽な学園生活を取り戻していた。あの時、俺は気付いたね。正しいヤツはバカを見る、って」
突然始まった久遠の昔話を、斜め上を見て口をポカンと開け、スイカは聞いていた。
そして、「やっぱり、余計な事すんじゃなかった」と久遠がここへ来た後悔を口にしたところで話が終わったと察し、スイカが話し出す。
「久遠がやったことが正しいか正しくないかなんて、俺は知らねぇ。けど、そん時のお前は、間違ったことはしていないはずだ。きっと、そうしていなかったら、今度はそのことで苦しんでいたはずだ」
スイカの言葉に一瞬 心の傷を癒してもらった様に感じた久遠だが、すぐに不機嫌面になり「今回のコレも、間違ったことではない、か?」と嫌味を言う。
「マンガみたいに幼馴染や友達、大切な人を救う為ではなく、他人事に首を突っ込み、痛い目に遭っている。こんな下らないことでも、か?」
「俺が大切だったんだろ?」
「はっ、バカ言え」
「ははっ」スイカは可笑しそうに笑うと、「間違いじゃないさ」と言った。
「お前が来たおかげで、俺は、希望を持てる」
「あ?」
「それに、くだらなくなんてない。俺は、人間界来てから、見知らぬ土地でずっと一人だった。話しかけても無視される、少し話を聞いてもらっても白い目で見られて逃げられる。行き倒れのフリして倒れている時も、これからもずっと一人なんじゃないかって、そう思うとすげぇ怖かった。でも、久遠が来てくれた」
スイカは、思い出していた。
行き倒れていた時に話しかけてもらった時の喜びを、少年たちにボコボコにやられていた時に、薄れゆく意識の中でかすかに見えた久遠の姿を。
それらを思い出すと、自然と笑みが零れた。
「それだけで、俺は希望を持てる。それだけで、こんなクソみたいな状況も、今日の日の良き思い出に変えられる。それだけで、今日この日を、毎年カレンダーに赤丸付けたくなる位に素敵な記念日だと、声高らかに喜べる」
「巻き込まれたって、首突っ込んだ の間違いだろ」
久遠が小声で突っ込んでいると、「久遠」とスイカが呼んだ。
「あ?」
「やっぱり、お前はいいヤツだ」
久遠には見えないが、満面の笑みで、スイカは笑った。
久遠とスイカは、少し和解したようだ。
が、だからと言って、窮地には変わりない。
身体を縛られ、両手も縛られていては、握手も出来ない。
幸い、少年たちは、この後どうするかについて熱く議論しているため、久遠たちの動向には無関心だ。だが、だからといって悠長な事も言っていられない。なぜなら、彼らの議題が『あの縛り上げた二人をどうする?』であるからだ。
今のうちに何とかしなければならない。
「おい、久遠。逃げるぞ」
「どうやって?」
久遠が訊くと、口角をニヤリと上げたスイカが「俺と契約しろ」と言った。
「寝床や諸々の世話など、俺の留学に協力しろ。そうすれば、今に限らず今の様な状況に陥った時は、俺が力を貸してやる。それに、俺が将来魔王になった時、お前は『俺の友達、魔王だ』と自慢できる」
「二個目は要らないが、とりあえず現状を打破できるなら、なんでもしてやる」
久遠はそう言うと、悪魔に魂を売る、とまでは言わないが、悪魔に魂を貸してあげる程度に覚悟を決めた。
「仮契約ってことで、どうだ?」
「ふっ…まぁいい」
久遠と契約を交わしたスイカは、「今から久遠の身体に憑依する。全身の力を抜け」と指示を出した後、煙の様にフッとその姿を消した。久遠の身体に憑依したのだ。
スイカが居なくなったことで、二人の身体を縛っていたロープにスイカ一人分の空きが生まれ、そのお陰で久遠は悠々と抜け出せた。
手首を縛っていたロープも、力任せにブチ切る。
久遠たちの異変に、少年たちは気付いた。
「なんだ、テメェ!もう一人はどこ行った、っつーか 誰だテメェ!」
少年たちの一人が、戸惑い交じりの怒号を上げた。
久遠は、自分の姿を見る。
内側からどんどん不思議な力が溢れ出てくるのは感じるが、外見的な変化は見当たらない。ツメが鋭利に尖っているくらいか。あと、『ここだけは拘らせて』と頭の中で声がすると思うと、スイカが着ていたような黒マントが身を包んだ。
久遠の眼に映る変化は少ないが、歯が牙の様に尖っていて、髪がメッシュの様に所々深紅になっている。久遠ベースにスイカが混じったような外見である。少年たちからすれば、どちらか片方が消えた、もしくは全くの別人が現れたように見えるのだろう。
久遠を含めたその場にいる全員が戸惑っていると、久遠の頭の中に声がした。
『今回は初めてだし、俺に身体の全権を預けろ。久遠は力を抜け、自分のことを魔物の〝力″の源である魂を供給するロボットだと思え』
スイカの妙に楽しそうな声に、『分かんねぇけど、分かりゃいんだろ!』と久遠は半ば自棄になって答えた。自分の意識とは別に手足も動く事だし、無理矢理納得したのだ。
虚脱状態になった久遠は、ある意味 傍観者となっていた。
自分視点で、あとは映画でも見る様に勝手に話が進む。
自分の意思ではどうしようもなくなった久遠は、この後の展開について考えていた。
殺気だった少年たちは、おそらく襲いかかってくるだろう。逃げる素振りも見られないスイカは、それに真っ向から迎え撃つ肚なのだろう。しかし、こんなぶっつけ本番で憑依してみても、果たしてスイカは本来の力を発揮できるのか。そもそも、百パーセントの力を引き出せたとしても、それがどの程度のものなのか分からない。中学では敵なし、というレベルでは、申し訳ないが現状ではあまり役に立たない。
――どうなる、俺?
最悪、血みどろの乱闘は覚悟した久遠。
しかし、
「スイカ・ボム」
と、スイカが腹の前で左手を上に、右手を下にして両手で球形の空間を作ると、そこに野球ボールサイズの深紅の球が現れた。
その現れた球を右手に持ち、スイカは、それを少年たちの方に軽く放った。
ドッゴァァァアンッ!
少年達全員を巻き込む巨大爆発!
黒マントを爆風でなびかせながら、スイカは目を見開き、満足気に笑った。
あまりに圧倒的過ぎる一撃に、傍観者となっていた久遠は、あんぐりと開いた口がふさがらずに唖然とした。
少年たちは、気絶しているが爆死していなかった。熱の少ない爆風に吹き飛ばされただけだったのだ。
「力をセーブしたからな」
とスイカは自慢げに言っていたが、「あぁ、そう」としか久遠は言えなかった。
久遠の関心が薄いのは、少年たちの生死よりも自分の身の心配があるからだ。
憑依を解除して二つの身体に分かれた後、久遠は倒れた。自分の身体が鉛になってしまったかのような、とてつもない疲労に襲われたからだ。
原因は、スイカ曰く「魂の疲労」らしい。
「日頃から運動しているヤツでも、初めてやったスポーツでは筋肉痛になったりするだろ。アレと同じ、やったことがないから疲れただけだ。すぐ慣れる」
しかし、そんなスイカの言葉は、久遠の右耳から左耳へ、もしくは左耳から右耳へ、何事もなかったかのように流れていく。
久遠は倒れたまま、思った。
――先生。今まであまりヤル気のなかった勉学にも、積極的になって必死に励もうと思います。だから、教えてください。変にテンションが上がってヤル気を見せてしまい、魔王の子と知りあってしまった私のこれからの大学生活、その時間の価値は、如何様になるのでしょうか?
「見ろ、久遠!」
タブレット端末を取り出したスイカは、声を高くして、その画面を倒れている久遠に見せた。
「あ?」
「ほら、一画目がうまった」
スイカの言う通り、『悪』の字の一画目が黒く書かれていた。
スイカの説明通りならば、魔王への第一歩である。
「幸先がいいな」
「そうね」
「それじゃあ、今日はもう帰ろうか」
「そうだな。帰れ、お前一人で魔界に帰れ」
新しく話を書いてみました。
「魔王になる」とか言っていますが、どうなるかは手探りです。
この話は、私の別作品『天使に願いを(仮)』や短編では書ききれないあることを書こうと思い、作ったものです。この第一話がそうというのではなく、いつか将来的にこういうことを書けたら、と思っています。その時に『天使に~』の方では書き辛いなと思ったので、別の話として『スイカ』が誕生しました(一応スイカの方も、ちゃんと設定などは考えています)。その書きたい話も、読んでくださる方の満足にいくものか、そもそもちゃんと書けるのか不安ですが、頑張りたいと思います。その話に行く前も、ちゃんと頑張って書きたいと思います。
一応、人物紹介などを
久遠:大学二年生。夢や目標はないけど、とりあえず大学に進学。この春、めでたく進級 (大学によっては進級という言葉を使わないかもしれないけれど、ここでは進級ということで。二回生の一年生ではない、ということで)。十九歳。非喫煙者、飲酒はする。外見のイメージについて、現時点で作者である私の中で未定。
スイカ:魔王の子。黒のマントを愛用。身長は、久遠と大体一緒で180弱。見た目も十九歳くらい。歯や耳はとがっていて、悪魔っぽい。
スイカ・ボムは、実際のスイカの爆発(腐敗などによってガスがたまり爆発するやつ)とは原理が異なります。こちらのは、ただの爆弾だと思ってください。
タイトルの(仮)ですが、なんとなく付けさせといてください。
『スイカ』の話としては、『天使に~』の方の番外編の様にグダグダな内容が多いと思います。よかったらお付き合いください。
よろしくお願いします。




