表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
火の女  作者: 北川瑞山
4/33

 ここまで書けば、晴行の素行の悪さについてはおおよそ伝わったと思う。実際はこれでもまだ言い足りないくらいである。無断欠勤は繰り返していたし、会社に遅刻した上にどうせ遅刻するならいつ行っても変わらんと、その辺で菓子を食いながらサボっていた所を上司に見つかったりといった間抜けなエピソードは枚挙に暇がない。それでも晴行が会社を解雇されなかったのは全く何という幸運であったろう。

 ただし、そうした幸運が晴行にとってもそのまま幸運であったかは甚だ疑わしい。晴行は前にも書いた通り人生に何の希望も情熱も抱いていなかった。そういう輩でも生に拘泥しなければならない限りは、飯を食わねばならぬ。飯を食う為には働かなくてはまずい。だから嫌々会社に行く。そういう輩にとっては組織から如何に手厚い庇護を受けていようとも、それは却って鎖に繋がれ檻に閉じ込められた誠に不自由な状態なのである。晴行自身もそのことは充分理解していて、いっそのこと会社を解雇されて無一文になった挙げ句、路頭でのたれ死んでしまえればどれだけ楽になるだろうと考えた事は間々あった。それでも自分から会社を辞める事が出来ないのは、やはり生きとし生けるものが生きている限りは生に拘泥しなければならないからであるに相違ない。死んでしまえば拘泥する必要もなかろうが、今生きている限りはそれも出来ない。全く諸悪の根源は今生きてしまっている事に他ならない、と晴行は思う。

 とまあ、職にあぶれた失業者達が羨望する程に、晴行の立場も楽ではないのである。勿論、だからと言って筆者は晴行の様な自堕落な若者を甘やかす気にはならない。少しきついお灸を据えてでも、何とか真っ当な社会人として立ち直ってもらいたいものである。だがそれは考えてみると非常に難しい。人生に何の希望も見出せない輩の眼前にどんな餌をぶら下げようとも大した効果は期待できない。おおよそそれから目を背けて見ない振りでもするか、あるいは「あの餌はきっと美味しくないに違いない」等と言って最初から求めないかのどちらかであろう。「面倒くさい」の一言で一笑に付すこと請け合いである。かといって負のインセンティブを設けてもいけない。例えば景気後退のあおりを受けて業績が悪化した会社が大規模な人員削減に乗り出し、晴行がリストラの対象者となったとする。それによって晴行は一定期間のうちに目覚ましい成果を挙げなければならず、それが叶わなければ即解雇という正に背水の陣の状態に陥る。その時に晴行がどんな考えを持つかと言えば、大きく分けて二通り考えられる。まず一つは完全に自暴自棄に陥り、呪われた運命を甘受してしまって、その奔流に身を任せてどこへともなく流されていってしまう事である。これは論外だ。

 もう一つは、晴行に某かの変化が訪れ、短期的には策が功を奏する場合である。晴行は日頃の行いを改め、業務に奔走し、見事立派な社会人として自立する。同僚達は晴行を見直し、上司は以前の晴行とのギャップから一層晴行の成長ぶりを喜ぶ。晴行はそれに応えようと更に努力し、遂には整理解雇を免れる…。これの何が問題かと言うと、整理解雇を免れた後において晴行がなおその努力を継続するかどうかの保証が無い点で近視眼的であるところである。これでは単なるその場凌ぎで終わってしまう可能性も決して無いとは言えない。いや、整理解雇を免れるまでモチベーションが持続すればまだいい。現実にありそうなのは、リストラ要因になってしまった直後には心機一転で頑張ってはみるものの、何処かの時点の何かのきっかけによって前者の自暴自棄に滑落してしまうという顛末だ。前者が起こる可能性はたとえ後者が実現されたかに見えても決してなくなってはいないのである。増して怠け者の晴行の場合には推して知るべしである。

 してみると、晴行にとっては飴も鞭も果たして効果がない。人間の行動を変化させるには変化させるだけの誘因、動機が無ければならないが、この場合それを創り出す事が難しい。かといって「どうにでもなれ」と彼の存在を放擲してしまっては話がこれで終わってしまう。これは筆者として甚だ無責任である。筆者はこのまま指をくわえて天井から彼を見守っている他無いのであろうか?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ