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火の女  作者: 北川瑞山
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 だが現実は皮肉なものだった。そして残酷なものでもあった。遠くの暗い山林がぴかりと光ったと思うと、そこから一台の車が双眸を光らせてこちらへ走ってきた。暗くて車体の形状までは分からないが、ライトの近づき方からしてかなりスピードを出しているようだ。

 二人は咄嗟に身を隠した。と言ってもこれといって人が隠れられるような物陰もないから、火の女の家の裏手に回り、そこで息をひそめていた。

 幸いここはあぜ道と言っても差し支えない程の狭い道だったから、車はそこまで乗り込んでは来なかった。だがすぐ側にある駐車場に、どうやら車は停まったらしい。エンジンの音が消えたのが分かった。そしてドアを空ける音、砂利を踏む音、勢いよくドアを閉める音が立て続けに聞こえた。どうやら一人らしい。

 そして次には遂にその人物がこちらへ向かって歩いて来る足音がはっきりと聞こえた。その足音はどうやら踵の高い靴を履いている音に違いなかったが、その音は女がこれほど人気の無い夜道を一人で歩いているとは思えぬ程しっかりと地面を蹴り付けている感じで、少しも間隔や音の高低に乱れが無い歩調であった。これにより晴行は、これはいよいよ火の女に違いないと即座に直感した。

 その女らしき人物が二人との間合いをかなりの程度まで詰めた時、晴行の心臓は女に聞こえてしまうのが懸念される程に高鳴った。晴行が胸を抑えながら息を詰めていると、女はそこで方向転換をして、家の玄関に入っていった。ガラガラという引き戸の音が聞こえ、それから何の迷いも力加減の調節も無くぴしゃりとそれを閉める音が聞こえた。やはりそうだった。二人が裏手に身を潜めている家の照明が灯った。窓から姿を見つけられない様、慌ててその場にしゃがむ。隣を見ると、男が窓から漏れる照明に染まった半月の様な顔で頷いた。しかし晴行とは違って、余裕の微笑を浮かべている。それは倨傲ですらあった。晴行は頷き返したが、その所作には偏に狼狽が募っていて、喜びとか興奮とかいう前向きな感情は一切認められなかった。

 晴行はこの一瞬のうちに再び愚か者に戻っていた。晴行の先ほどの満足は血管を逆流し、全身から心臓にとんぼ返りしてしまっていた。画竜点睛を欠くのは、晴行の生涯における企てにという企ての共通項だった。いや、この場合は点睛を欠いたというよりも余計なものが付け加わったのだから、むしろ蛇足と言った方が適確かも知れない。要するに綺麗に終われないのだ。晴行は息を殺したまま頭を抱えた。こめかみの辺りが熱く疼いていた。


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