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私はその後、晴行に街の中心部にあるバーのショップカードを渡しておいた。とりあえずそこでゆっくり話をしよう、興味があったら来てくれと言ってその場を立ち去った。まあ通常であればショップカードをその辺に捨てられた挙げ句約束を反故にされて終わりだろうが、この場合は火の女というキーワードを出している。晴行が何の興味も示さないという事はあり得まい。
晴行がバーに来るのは間違いが無いとして、私はその後晴行をどのようにして火の女の居所まで連れて行くかを考えねばならなかった。勿論バーには来るだろう。酒も入ればそれなりに踏み込んだ話だって出来るだろう。だがあくまで我々は初対面だ。初対面の男にいきなり付いて来いと言われてホイホイ付いて来るとは思えない。しかも火の女の住所というのは街の中心部から相当に離れたところにあって、近辺に電車もバスも通っていない驚く程の僻地だ。車を使わなければまず近づく事は不可能だろう。私の車に乗ってくれ等と言ったら余計警戒するに違いない。
そこで私は晴行に火の女の住所を詳しく教え、タクシーに乗って一人でそこに向かうよう指示しようと考えた。何も私がそこまで付いていってやる必要は無いのだ。往復のタクシー代はかなりかかるが、それも私から手渡そう。そして行くも行かないも君の自由だと言っておこう。勿論そうしたって私の行動がかなり怪しいものである事は否定できないが、少なくとも晴行がそこへ向かう条件だけは完璧に整えてやれたことになる。条件が揃った上でそれでも晴行が行く事を拒むなら、それはもう仕方がない。
そう言うわけで私は準備に取りかかった。火の女の住む地域の地図を、広域なものと詳細なものに分けてそれぞれ一部ずつコピーし、明確な場所に蛍光ペンで印を付けた。更にタクシーの運転手に行き先を説明する際の目印として近くの○○小学校を選んで印をつけ、そこから目的地までの道のりも正確に記した。これだけ分かりやすくしていればまず辿り着けない事は無いだろう。次に茶封筒に一万円札と五千円札を一枚ずつ入れて、タクシー代とした。これだけあれば充分釣りが来る。
一番悩んだのは私の名刺だ。私がどこの誰なのか名乗らなければ晴行の警戒心を解く事は難しいだろうが、かといって会社の名刺を使う訳にはいかない。晴行が万が一何か問題を起こした際に私がそれを幇助した事になってしまっては困る。例えば火の女幻想に浸る晴行が火の女の自宅に放火するなどという事はあってはならないが、晴行がいつそれを敢行するか分からない以上私にそれを阻止する力は無いのだ。かといって名刺を偽造したところで、晴行にはどこの誰だかさっぱりピンと来ないだろう。それに万が一晴行に私の嘘を見破られてしまったら、更に警戒心をあおってしまう事になる。仕方が無いので、私の正体は言えない、と正直に言う事にした。
しかしながら、余りにも火の女の件に拘って本来の目的を忘れてはならない。ここが一番重要だ。晴行を真っ当な人間として立て直す事を第一に考えれば火の女の火を消す事などあくまで手段に過ぎない。私は折角こうして晴行に直接語りかける機会を得たのだから、晴行の話をよく聞いた上で適確なうち手を一緒に考えてやる、これが一番の課題である。




