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火の女  作者: 北川瑞山
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 晴行は失意の底にいるようだが、筆者にとってこれは僥倖と言わねばならない。というのも、失意の底にいるということは裏を返せば何かを求めているという事に他ならないからである。であれば筆者がそれを与えるのもまた容易い。勿論奪う事もまた然りである。晴行が如何なる希望をも捨て去り生活に埋没する事は理想ではあったが、現実にはそう簡単にはいかなかったようだ。晴行の心の中には今や火の女が深く根付き、生活のあらゆる場面でそれがデジャビュの様に現れてしまう。それも晴行の生活から希望が失われるほど、それが退屈になればなるほど彼女が燦然と光を放って見えるのである。考えてみれば暗雲がたれ込めて闇が深くなれば、それだけ火の存在感が増すのはむしろ当然の話だ。そしてどうやらそれが筆者の当初の目的を阻害しているようだ。何の明かりも無い暗闇には次第に目が慣れてくるだろうが、そこに一点の光があるとそうもいかないだろう。そんな明かりならばいっそのことないほうがいい。あるだけ邪魔である。そんな火は一刻も早く消し去って、暗闇に目を順応させることが急務である。ならば筆者は晴行にそれを遂行させる様しむけ、早いところ当初の目的に沿って軌道修正をしなければならない。まあしかし仕事は増えたにせよ、それが明確になった点でやはり筆者は好運だった。

 そもそも何故晴行は殆ど素性も知らない(そう言えば名前も知らない!)火の女などに惹かれてしまったのだろう?あの強烈なインパクトの夢は確かに引き金ではあるが、それだけでは不十分だろう。なぜならあの夢を見た直後に関して言えば、火の女は晴行の心の中で次第にその存在を消し去りつつあったのだから。では夢で見た女が現実に存在したというドラマティックな展開の為だろうか?確かにそれも無いとは言えない。あのとき晴行は少なからず精神の高揚を覚えていた筈である。だがそれすらも晴行の恋慕(?)に関する根本的な説明にはなり得ない。夢の中の人物が現実に現れたからと言って即座にそれに惹かれる様な事は通常あり得ないからだ。晴行にしてみたってそれは同じで、火の女が実在した事について最初は「何処かで見た事があったのだろうか?」等と考えていたのみだった。にも拘らずその後次第に彼女に心を惹かれていったということは、更に何か他の理由がありそうである。

 筆者はそれが恐らく、火の女の「非人間性」ではないかと考える。具体的に言えば、血塗られた密室で見た真紅の容貌やら、その中で光る鋭い眼光やら、時折囁くようにして発する言葉やら…。一言で言えば彼女の「異様さ」みたいなものが晴行を惹き付けて止まないのではないか。それは例えば晴行が火の女とひとみを比較した時によく表れていた。ひとみの場合にそうであったように、人間的な振る舞いというのは却って非人間的、功利的な冷たさを感じることもあるのだ。殊に世の中における人間性の氾濫に疲れてしまっている晴行の様な人間にはそうである。勿論だからと言って非人間性に必ず人間性が隠されているなどと早合点する訳にはいかない。むしろ非人間性は多くの場合どこまでも非人間的である。こういう非人間性は却って人間的な似非の非人間性であり、やはり冷たい印象を帯びることになる。しかし火の女の非人間性の正体を晴行には知る術が無かった。全く、未知というのは何と人を惹き付ける力を持っているものだろう!考えてみれば火の女の非人間性だって擬似的に演出されたものに過ぎないのだから、火の女が本当に非人間的であるかどうかすら疑わしい。その状況ではましてその非人間性が本物かどうかの判断が出来ないのは当然である。もし火の女の醸し出す非人間性が本物であるとしたら、その裏に本物の人間性が隠れているとしたら…。そんな期待が徐々に晴行の中で育っていったのだろう。

 だとすれば筆者がすべきことは、火の女の非人間性の正体を晴行に確かめさせる事である。と言ってもその為の具体的な施策についてはやはりよく分からない。一体何をどうしていいのか…。

 もうこうなったら手段など選んでいられない。多少の強行策はやむを得ないだろう。この先、筆者が何をしようとも決して非難などしないで欲しい。筆者だって決して気が長い方ではないのだ。


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