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火の女  作者: 北川瑞山
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 それからしばらくして晴行はデパートの外に出た。相変わらず外は吹雪だった。斜めに降りしきる雪で視界が白く染まって不明瞭であった。デパートの前にはコートのフードをすっぽりと被って早足で駆けてゆく人々が散見された。足場は凍りついて剣呑である。晴行はデパートの向かいの駅ビルに入って、先ほどとは違う喫茶店を探した。さっき入った喫茶店は全席禁煙だったからだ。煙草の吸える喫茶店に入ると、晴行はまた熱いコーヒーを頼んだ。

 席に付くと、煙草を一服した。それから昨夜ひとみから渡された名刺を黒革の財布から取り出した。裏を見ると、電話番号やメールアドレスが書いてあった。無論営業用の連絡先だろうが、晴行はふと今夜店に行くことを事前に知らせておいた方がいいような気がした。それで晴行はひとみにメールを打った。

「お疲れ様。昨夜お邪魔した菅原です。昨夜はありがとうね。早速だけど、今日はお店にいる?いるなら今夜お邪魔しようかと思うんだけど」

晴行はメールを送った後、何かしらの心許なさを覚えた。自分が多かれ少なかれ相手に好意を伝えた後の気まずさの様のものを感じた。ひとみからの返事を待つ間の不安は軽微なものではあったが、それでもそれは晴行の心の襞に釣り針のように引っかかってなかなか振りほどけなかった。そこで彼は二本目の煙草に火を付けた。コーヒーをすすりながらそれを忙しく吸った。が、落ち着く事がなく、すぐに灰皿にねじ伏せた。しかし考えてみれば年の瀬の言わば書き入れ時に店を休んだりはすまい、きっと彼女は店に出勤してくるに相違ない、であれば例え営業の一環としての儀礼的なものであってもちゃんとメールは返って来るに違いない、とこう晴行は考えた。しかしこういう楽観的な考えを以て自分をなだめているような心境が妙に腹立たしかった。一体どうして自分はこんなに必死になっているのか、と思うと何故だか全てを放り出して振り出しに戻りたいような気すらした。

 果たして、返事はすぐに帰ってきた。

「昨日はありがとうございました!今日もお店に出ていますよ。もし菅原さんさえよろしければ、出勤前にお夕飯に行きませんか?ご飯食べて、そのままお店に行く感じで」

晴行はつい先ほどまで心に引っかかっていた煩悶を即座に忘れた。そして一転して得意げになった。それどころか自分が居心地の悪い家を抜け出してこうしてぶらぶらとしているのもまさにこの時の為の道標だったような気さえした。晴行は早速了解の返事をすると、冷めたコーヒーを一気に飲み干して、店を出た。先ほどまでやかましく思われていた周囲の客も、降りしきる吹雪も何故だかこの時の晴行には愛おしく感じられた。

 ひとみとの待ち合わせは午後七時に駅前のコンビニの前で、とのことであった。奇しくも前日新田と待ち合わせたのと同じ場所だった。まだ午後三時過ぎなので、大分時間にゆとりがあった。そこで晴行は一度仙台の中心部に出て、改めてひとみへの贈り物を買いに行くことにした。さっき買ったちんすこうとぬいぐるみは店への土産とし、ひとみ個人にはもっと見栄えのするものを、と考えた。こういうとっさの機転が働くのも、自身の気分の高揚の為だろう晴行は分かっていたし、それがいかにも軽佻浮薄に思えもした。だがそれを敢えて牽制する程の自制心が晴行の中では働いていなかった。

 街中まで地下鉄で行くと、やはりどこも混雑していた。一人で歩くにはあまりにも賑わい過ぎた街は如何にも師走といった印象で、遊び歩いている自分が場違いなようにも思えた。しかし今夜ひとみと二人きりで会い、ひと時だけとはいえ彼女を独占する事ができるという事実がそんな些事を晴行から忘れさせた。晴行は混み合ったデパートの一階のブランド品売り場を見て回った。普段縁のない世界だけに何を買ったらいいのか見当もつかなかった。衣服や装飾品を買おうかとも思ったが、ひとみ個人の趣味が分からないためやめにした。それでは何か小物を買おうと考えた。

 結局いろいろ迷った挙句、値段もサイズも手ごろなグッチの革製のキーケースを買った。厚化粧をした若い女の店員にピンクベージュを勧められたので、それにした。一見するとただのベージュで、どのあたりがピンクなのか晴行には分からなかったが、少しピンクがかっていると言われて思わず頷いた。とにかく新色らしいから、それで間違いなかろうと思われた。それをプレゼント用に包んでもらい、晴行はそれを手にして嬉々としてデパートを出た。

 デパートを出て真っ直ぐに地下鉄に乗って引き返した。するともう待ち合わせに丁度いいくらいの時間だった。プレゼント選びに費やした時間が思いのほか長かった事に晴行は驚いたが、とは言え図らずもこうして時間調整がうまくいったことにも、晴行は何かの縁を感じた。やはりとても浮かれていた。

 地下鉄を降りて駅を出ると外は真っ暗で、もう雪も止んでいた。足元の雪は行き交う人々にすっかり踏み固められて、つるつると危うい光沢を放っていた。刺すような寒さに身を縮めて、晴行は待ち合わせのコンビニに向かった。もう約束の時間の二三分前だが、まだひとみは来ていないようだった。晴行はコンビニの店内に入ってATMで金をおろした。何となく長い夜になりそうな予感がしていたので、手持ちに不安を残さないようにしたのである。


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