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火の女  作者: 北川瑞山
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 中に入ると、シックな色のスーツに着飾ったホステスに迎えられた。狭い店だった。入口から見ると左手にカウンターがあって、右手の壁伝いにテーブルや白いソファーがあった。客はかなり入っていて、割に繁盛していた。二人は一番奥のテーブル席に通された。

 実を言うと、晴行はこういう店に初めて来た。純粋に酒を飲む場所というよりは、妙齢の女性と話をする場所だった。だがキャバレークラブのように品のない感じではなく、あくまでスナックだった。だから誰かを指名することはできなかったし、その代わり馬鹿高い酒をボトルで入れられるということもなかった。

 テーブルには安い菓子がバスケットに盛られていて、出てきた焼酎も何となく安そうだった。テーブルに付いたのは何となく猫の様な感じの顔立ちの女だった。これも客観的に見れば安っぽい感じの女には違いなかったが、晴行にはその安っぽさが却って愛嬌に見えて、その女が気に入った。晴行が煙草をくわえると、女はすかさずライターで火をつけた。

 後からもう一人女が来た。こちらは黒髪で目のぱっちりした所謂美人風の女で、新田はこちらの方を気に入ったらしかった。自然晴行は最初の女と一対一で話をする事になった。

 女は三十歳だという事だった。岩手県一関市出身とも言っていた。確かにそう言われてみれば年かさはありそうにみえたし、田舎っぽい顔立ちであるとも納得した。だが晴行にはそういう情報をあけすけに話すところも女の親しみやすさに感じた。晴行は女にも酒を飲ませた。

 やがて話が弾んでくると、女がカラオケを歌ってくれと言い出した。晴行が断りきれずにいると、新田と話をしていた女も歌え歌えと言ってきた。

「じゃあまず君が歌ってくれよ」と晴行は猫顔の女に言うと、女は照れながらそれでも曲を入れた。

 女が歌ったのは古いアニメのエンディングテーマだった。モニターには懐かしいアニメの登場人物が無声でどたばた動いている。晴行にも子供の頃に見た記憶があった。アニメソングでしかも懐メロ。勿論垢抜けない印象だった。とてもこういう水商売の女が歌う曲には思われなかった。だがここまで露骨にされると、さすがに晴行もこれが水商売っぽさを消す為の女の戦略である様な気もした。それを思うと、女の田舎臭さとか歳を誤摩化さない潔さとかもその戦略の一環であると思わずには済まされなかった。晴行は少し落胆した。そしてこんな一事に落胆している自分に驚きもした。

 その後晴行も約束通り二三曲歌った。女はそれを嬉々として囃し立て、タオルで晴行のグラスの水滴を拭いた。それから晴行に恭しく名刺を渡して、別の席に移動してしまった。女の名刺には「ひとみ」と書いてあった。新田が酔って女に絡み出したので、晴行はもう帰るぞと言った。同時に、密かにまた来ようと思っていた。

 二人が店を出た時には、既に深夜になっていた。恐ろしく冷え込んでいて、特に酒を飲んだ後の体にはこたえた。街は静まる気配もない。こんな時間にまで騒がしいネオンをキラキラさせる故郷を、晴行は想像していなかった。これなら晴行の住む宇都宮よりも故郷の方が活気があると言えるかも知れない。故郷よりも寂れたところに働きに出ているというのも何か変な気がした。

 新田は側のコンビニでウコンを買うと言った。大分酒が回ったらしい。新田が買い物をしている間、晴行は外の灰皿の前で煙草を吸った。吐く息と煙草の煙が殆ど見分けの付かない状態で寒空に立ち迷い、消えていった。そしてついでに大きなあくびもした。早起きしたので、こうも夜遅くなると流石に体力の限界であった。

 晴行は不意に、自分は年上好きなのだろうかと衰弱した頭で考えた。火の女にしろ今日会ったひとみにしろ、三十歳くらいの年齢で自分よりいくつか年上だ。しかし三十歳と言ってもそれは一昔前のようにそれほど年増という事は無いだろう。すると世間的に見ても充分に女盛りといった年齢と言えるかも知れない。自分は特別に年上が好きというわけではないだろう、とこう結論づけた。

 同時に、晴行は火の女とひとみを頭の中で比較していた。火の女は無口でぶっきらぼうで、如何にも暗い印象だった。それに対してひとみは甲高い声で良くしゃべり、良く気が利いて、底なしの明るさとでも形容すべき雰囲気だった。だが彼女らが晴行の心の中に残す残像、つまり立ち去った後の余韻というのは、不思議とあべこべだった。火の女からは何か熱っぽいものを感じたのとは逆に、ひとみからは却って冷たいものが残されたように感じられた。何となく場を和ませようとか、もてなそうとする努力というのが何かしら緻密な打算の成果のように思われ、彼女が目の前にいる間は良いが、去ってしまうと淋しさが襲った。そういう意味で晴行はひとみに関しては世俗的な意味での人間的、肉感的という印象を受け、他方火の女に関してはルビンの壷の様に残像こそが実は実態なのではないか、といった霊的なものを感じた。火の女との対称で言えば、ひとみは水の女ということになろうか。何も水商売だからというわけではなく。

 新田が店から出てきてウコンを飲み終わると、二人はタクシーに乗ってそれぞれの家に帰った。家の者は皆寝ていた為、晴行は鍵の掛かっていない裏口からそっと家に入った。


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