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第九話:コパ

 コパは海沿いにある村で、漁師の家の長男として生まれ育った。兄弟は多く、たくさんの弟達妹達がいる。幼い頃から父親の仕事を手伝い漁業に触れて育ったコパは、当然、将来は家業を継ぐものとして本人もそのつもりでいた。


 それが魔獣使いの道へと志すきっかけになったのは、コパが十にもなった頃のことである。

 その日の海は妙な天候で、船を出せば海はしけ、引き上げればまた晴れるという、まるで何かの意思が働いているかのような空をしていた。

 コパの父親が「こりゃあまずいな」とぼやくように曇る空を見上げて呟いた。コパ達も沖から船を引き上げ、仕方なく撤収作業をする。その頃には風もやみ、すっかり晴れている空の下で、コパは複雑な心地になった。


 父親に、今のはたまたまではないか、何度か試せばその内天気も落ち着くのではないか、などと食い下がってみたが、父親は首を横に振り「あれは海神様の仕業だ」と言う。こういう時は大人しく海神様の機嫌が直るのを待つしかないのだと。


 それから三日間、海の神とやらは一向に機嫌を直す様子は見せず、コパの父親をはじめ村の漁師達は仕事ができずにすっかり参っていた。皆で一つの家に集まり、やれ祈祷師様を呼ぼうだ、やれ神官様に尋ねてみようだと、背を丸くして相談している。


 外から大人たちの輪になる背を覗き見たコパは、痺れを切らし海へと走った。父も母も、弟や妹達も、村の人達も皆が不安そうな顔をしている。神様のくせに人を困らせるなんておかしいじゃないか、とコパは子供ながらに海神に対して怒りを覚えていたのだ。一言文句を言ってやろうと海に向かう途中、村の中でふと旅人風の男女数人に呼び止められた。


 旅人達は冒険者で、この村の名物である『大漁丼』を楽しみに旅の途中ここへ立ち寄ったのだという。

 大漁丼というのはこの村で獲れる海産物を大量に盛り付けた豪快な海鮮丼のことで、獲れたての魚を使うため新鮮でうまい。

 そう話に聞いてぜひ食べてみたいとやって来たのだが、いざ来てみると村の飯屋はもう日も高いというのに閉まったきり、店の開く気配もない。なぜだ、いつ開くのだと尋ねる冒険者達に、コパはここ数日漁に出られていない現状とその理由を話して聞かせた。


 「だからこれから海神様に文句をつけてやるんだ」と息巻くコパ少年に、彼らも揃って「その通りだ、神であろうと理不尽に人を困らせていい理屈などあるものか」と頷いた。彼らはそのままコパと共に海へとやってきて、波打ち際に辿り着くと彼らの中の紅一点である一人がすっと前に出た。


 まだうら若く美しいその女が海に向かって笛を吹いた。すると暫くして、雲が集まり渦巻いて、空がどんよりと暗くなる。風が吹き荒れ波が逆巻き、船を出した時のように海がしけり始めた。波打ち際に打ち寄せていた波が、沖のほうへと吸い寄せられるようにして急激に引いてゆく。

 「来るわよ」と女が男達に言うと、男達はコパを安全な場所へと下げさせ、海に向かって身構えた。


 そこで繰り広げられる光景にコパは目を奪われていた。

 飛沫の舞う暗い景色の中、盛り上がる海面の中からぬうっと頭を突き出し現れたのは、ドラゴンほどもあろうかという大きさの、見たこともないような黒い獣だった。ずんどうな体型に丸い頭、魚のヒレのように平たい形の尾と両脇の手。ぼうぼうのヒゲが生えた鼻先と、その下の口元からは二本の大きな牙が伸びていて、コパはいつか父の話でこのような怪物がいると聞いたことがあるのを思い出す。そうだ、これは『カバ』だ。


 『カバ』は独特の雄叫びを上げながら対峙する冒険者達に襲い掛かる。彼らは鮮やかにカバの攻撃をさばき、やがて浜におびき寄せたカバを全員で包囲した。取り囲まれたカバは頭を振りかざして暴れるものの、手も足も出ず次第に疲れた様子で勢いが弱まってゆく。

 頃合を見計らった女がひらりとカバの背に飛び乗る。そしてそのまま、攻撃するのではなく、語りかけるような仕草でカバを宥め始めたのだ。みるみるカバが大人しくなってゆくその様は、じつに不思議な光景だった。やがて巨大なカバは男達の手によって捕縛された。


 女がコパに「これははぐれオーラスよ」と言った。『オーラス』という名のカバらしい。外敵が近づくと天候を荒らして威嚇するのだという。通常は群れで生活するものだが、このように群れからはぐれた固体が餌場を求めて人の住む近くまでやってくることも稀にあるという。


 そこに、海のほうがまた荒れていると気付いた漁師達が慌てて様子を見にかけつけた。浜に横たわる巨大な獣を目の当たりにした漁師達は、これは一体どういうことだと更に目を白黒させる。そこで、一部始終を見ていたコパが、事の顛末を話し、冒険者達を紹介した。


 漁師達は事情を知り、また海神の仕業ではなかったらしいともわかって冒険者一向に感謝したが、さてこの『オーラス』、どうしたらいいものかと新たに浮上した問題に再び頭を悩ませる。海に信仰の厚い漁師達は海の生き物を無闇に殺したりはしない。しかもこの村では見たことのない獣だ。


 それを解決してくれたのも彼女だった。彼女はオーラスが魔獣であることを説明し、自分が所属している団体がその専門だから、任せてくれれば本来の生息域に戻してこようと申し出た。魔獣使い協会という、最近あちこちでよく聞くようになった組織の名前だった。漁師達はそうできるのならお願いしたいとそれを承諾し、この度の海神騒動は一件落着となったのだった。


 コパ少年の心にこの事件は大きく響いた。それからというもの、あの女魔獣使いの姿に憧れて魔獣に興味を持ち始め、家業を次の弟に任せると自分は魔獣使いになるのだと言って、十八の時ついに家を飛び出した。

 最初の内はそんなコパに反対し、家に呼び戻そうとしていた父親だったが、コパが本気だということを知ると様々なツテを辿ってハクロウ塾に入れるように取り成してくれた。コパはそんな父のためにも、一刻も早く一人前の魔獣使いになろうと不器用ながらひたむきに勉強を続けてきた。元々才能があってのことではないだけに、思いの丈は人一倍だ。




「――くそっ! エイト、一旦下がれ! バックアンドステイ!」


 形勢は明らかにコパの劣勢だった。

 すでに赤的と青的一つ、旗一本の点を奪われており、残るは五点のみ。対するユウヤ側は、相手の陣地に踏み込んだ際、入れ違いに旗一本の失点をくらったものの、それ以降は完璧に近く点を守り抜いている。時間も開始よりすでに十分を過ぎていた。制限時間は十五分だ。


『ドール、あっちは体勢を立て直してくるつもりだ。エイトは右に回りこむ癖がある。左脇の青的に気をつけろ』

『わかってる。むしろ立て直す前にこっちから行ってやる』

『了解、援護する』


 陣地手前で体制を整えようとしているコパ達の隙をついてドールが走る。対戦相手のヘスペロキオンには飛行能力がないため、ドラゴンの飛行能力は使用するとペナルティが課せられるのだ。走るドールの後へとユウヤが続いた。

 それに気付いてとっさにコパの左後ろに下がり、こちらを睨むエイト。馬ほどの大きさもあるドーベルマンのような見た目の魔獣は、旗を守るように姿勢を低く身構えている。ハネミミラビットよりは大きいが、それでもヘスペロキオンは中型に分類される魔獣だ。ドラゴンの体当たりをくらえば体格差で押し負けるだろう。かまわずドールは真っ直ぐに旗へ向かって突っ込んでゆく。


 迎え撃つ体勢のコパが後ろにエイトを従えたまま、まだ指示を出さない。まさかコパがドールを止めるつもりなのだろうか。だとしたらドールも少し勢いを加減しなければならない。とはいえ、ヘスペロキオンでさえ無理があるものを、人間が止めようというのは明らかに無理だ。


 残り時間も少ない。リードしているユウヤと違って、コパにはここで守りに徹しても意味がないのだ。何か策があると見るべきだ。


『ドール』

『わかってる、コパはおとり』


 おそらく、ドールが手加減をして勢いを落としたところをエイトで攻撃しようというおとり作戦。その証拠にさり気なくコパの背後でエイトが右側へと移動している。コパの右脇から飛び込んでくる気だろう。

 ドールは下手にコパへと接触することを避け、また同時に、エイトの進路を塞ぐようにしてコパの右脇側へと踏み込む。勢いは落とさない。


「エイト、ゴー!」

『来るぞ!』


 ドールが進行方向をそらし自分にぶつかってこないと知れば、即座にコパの指示が飛ぶ。勢いを殺すことができないのなら、旗への直線軌道上からそれた今しか攻撃をしかけるタイミングはない。

 しかしこの勢いがあればドールがエイトに押し負けることはない――はずであった。


『――あっ!』


 読みは当たっていた。エイトはコパの脇から迷うことなくドールに向かって飛び込んできた。


 ただしコパの『左脇』から。


 やられた。これは相当訓練を積んだと思われる。コパとのコンビネーションもぴったりだ。

 それまでのエイトの動きと傾向から見て、自分の左側を守ることに意識を向けていたドールの死角にエイトが入り込む。ドールはしまったと慌てて右脇の青的を守るため上体を捻った。勢いを殺されたドールの足がそこで止まる。コパの陣地内には踏み込んでいるが、旗にはまだ遠い。ユウヤも急いでそこに追いつこうと駆ける。

 コパはすかさず反対側へと回り込み、エイトと共にドールを左右挟み撃ちにして囲んだ。ドラゴン相手に捨て身ともいえる戦法だ。


「もらったぜ」


 左脇の青的を狙い魔力を込めた拳で殴りかかるコパに、ユウヤが突っ込んで取り押さえる。体当たりの衝撃でコパの攻撃が的に届いたかどうかはわからない。

 ドールはエイトと対峙している。懐にさえ潜り込んでしまえば体格差を活かして素早く動けるエイトが有利だ。エイトがドールの足元から飛び上がり、左脇でもなく、右脇でもない、胸部の赤的を狙った。


『く――ッ』




「時間いっぱい、そこまで!」


 ドールの胸の赤的が黒く染まった。




「くそーっ! 負けたああああああーっ!」


「いやでも最後の攻撃にはさすがにヒヤッとしましたよ……まさかあんな捨て身でくるなんて」


 フィールドからコロシアムの外に向かう専用通路にて、コパは悲痛な叫び声を響かせていた。かたわらを歩くユウヤは若干苦笑いを浮かべながらも、嘘はなくコパへとそう返した。人目のつかないところまできて人間の姿に戻ったドールは、終わってしまった試合の話には興味がなさそうに欠伸を噛み殺している。エイトは大人しくコパの脇に付き従っていた。


 結局、エイトの攻撃は時間内に間に合わず無効となった。コパの攻撃も届いていなかったらしく、左脇の青的も無事だったので、間違いなくユウヤの勝利である。


「いやまあ、そりゃおっかねぇけどよ……怪我の一つや二つするくらいのつもりで行きゃあ、一矢報いるくらいはできっかなーって……ああでも、負けたーっ!」

「うるっさいなぁ……」


 ドールが眉を潜めてコパを睨む。コパはそれでもうんうんと唸って頭を抱えていた。

 ちなみに、万が一試合中に怪我をしても、いつでも対応できるよう救急班がフィールド外に待機している。よって、怪我が原因で次の試合に支障をきたすというようなことはまずない。

 コパの様子を見つめていたエイトがユウヤのほうへと向き直る。


『すまん、ユウヤ。うちのご主人、負けた後はいつもこうなんだ』


 いつものことながら、少し呆れた様子でコパのことを言う。それにユウヤは軽く笑って肩を竦めた。


『ああ、知ってる。にしてもエイト、ずいぶん強くなったな』

『右回りの癖を直すのにはこれでも苦労したんだ。作戦自体は成功したから、俺は満足してる』


 エイトとユウヤが話しているのにふと気付いたコパが、嘆くのをやめてそちらを交互に見やる。コパには「ヴァーウ」とか「ウォフウォフ」としか聞こえていない。


「……む。エイトなんて?」

「苦労が実って満足だそうです」

「そっか。こいつもよくやってくれたしな。後でなんかうまいもんでも買ってきてやろう」


 そうと聞けば、エイトの首筋を撫でながらコパはようやく気を取り直したように笑った。


「あ、じゃあわたしトイトイサンドってヤツ食べてみたい」


 と、そこに間髪入れず当たり前のようにドールが言う。

 『トイトイサンド』はトイストイズ名物の肉と野菜を丸いパンで挟んだハンバーガーのような食べ物だ。そういえば会場に来た時も、ドールは並ぶファストフード店に随分と興味を示していた。目新しいものに敏感なのだろう。

 しかしそれはさておき、ドールはユウヤの従魔なので、人間の姿になっていようと一応はユウヤが食事の面倒を見るのが筋である。


「え、ドールちゃんの分はユウヤに……」

「ドール、いくらコパ先輩が相手だからってさすがにそれは図々しいぞ」

「ちょ、おま、そりゃどういう意味だ」

「だーからぁ。食事くらいなら一緒に食べてやってもいいっつってんの」

「へ……」


 意外なところから意外な言葉が出た。ユウヤもコパも一瞬きょとんとして目をぱちくりと瞬く。それからコパはとたんにだらしなく緩んだ顔になってゆき、ニヤニヤと笑いながら肩を組んできて、ユウヤの肩口をボスボスと叩いた。


「やや、お父さん悪いねー娘さんお借りしますよー」

「何言ってんですか。ドールが一緒に食うってことは、俺やラヴィーとユニも一緒に決まってんでしょ」

「ま、最後の攻撃はなかなか良かったんじゃない? じゃ、わたし寝るから」

「はーい、トイトイサンド待っててねー」


 控え室の前に辿り着き、ドールが一足先に中へと入ってゆく。それに当初の嘆きはどこへやら、一気にテンションを上げて手を振るコパに、ユウヤとエイトは顔を見合わせてやれやれと溜め息を吐いた。


 しかし意外だ。ドールがユウヤ以外の人間を、たとえほんの少しきりとはいえ認めるような発言をするなどこれまでになかったことだ。

 考えようによっては良い傾向なのではないだろうか。これは人に懐かない、人の下にはつかないといわれる魔獣とも、コミュニケーション次第ではうまくやっていける可能性があるかもしれない、ということだ。禁呪の副作用か、副産物かはまだわからないから何ともいえないが、前向きに捉えておくことにしよう。


 そんな風にドールの様子を考察していれば、入っていったドールとは入れ違いにヤン校長が中から出てきた。とたんにユウヤとコパは姿勢を正して軽く頭を下げる。校長はそんな二人に顎ヒゲを撫でて穏やかに笑いながらウムウムと頷き返す。


「客席で見させてもらったぞ。決勝進出おめでとう、ユウヤ。コパも負けたとはいえ、また一段と腕を上げたようじゃの。二人とも、なかなか良い試合じゃった」


 ヤン校長の言葉に二人はそれぞれ礼を述べ、恐縮する。そしてヤン校長は軽く二人に反省点を促した後に、ユウヤへと向けて言葉を重ねる。


「それからユウヤ。おぬしに頼まれておった件じゃがの、話をしたら会長も協力してくれるそうじゃ。しかしタダで、というわけにもいかんのでの。この件についてのレポートを定期的に協会へと提出し、情報の開示をお願いしたいらしい」


 ユウヤがヤン校長に頼んだのは『禁呪・メタモルフォーゼ』の解呪法に関する情報収集だ。この世界のことについてまだ三年分の知識しかないユウヤ一人では、さすがに手に余る問題だと思えたため、この際なりふり構わず頼れるところには頼ろうと決め、ヤン校長に協力を求めたのだった。


 もちろんユウヤも人に任せっぱなしでただドタバタと過ごしていた、というわけではない。学校の書庫は当然のことながら、町の図書館などにも出向いてメタモルフォーゼに関する資料をあれこれと漁ってみた。しかし今のところ問題解決に繋がる成果は上げられていない。


 わかったことといえば、教科書には出てこないような、悲惨ともいえる魔獣虐待に関する裏歴史の数々だった。宗教、戦争、産業、果ては娯楽においてまで、命を命とも思わぬような人々の魔獣に対する仕打ちをそこで知って、ユウヤは泣いた。

 また、メタモルフォーゼといえば通常『禁呪・メタモルフォーゼ』のことを指すが、物質を変身・変換させる魔法というのはわりと日常的にも溢れていることがわかった。例えば『籠』もその一つだ。


「こちらこそ、それは願ってもないことです。BMMに協力してもらえるのであれば、今後の魔獣使い界隈全体のためにも情報は役立てられるでしょう」


 ユウヤはヤン校長の計らいに再び頭を下げる。

 世界中にネットワークを広げつつあるBMMの会長も協力してくれるとなれば心強いことこの上ない。「話は通してあるので一度会長と直接会って話をしてみるように」という校長の言葉にも二つ返事で答え、礼を重ねた。




 さて、ヤン校長は大会中主催側の仕事も請け負っているので忙しく、後のことはタリア女史に任せてあるので何かあれば彼女に伺うようにと二人に伝え、別の会場へと向かっていった。コパはエイトを預かり所に置いてくるというのでやはり控え室前で別れる。


 控え室の片隅にハクロウ塾生達がいる。ドールが近くの壁際で寝ており、ラヴィーとユニがオルガ、アンジェリカの二人と話しているのが見えた。他にもタリア女史、オルニス他数名もいる。


「ユニ、起きたのか」


「あら、お帰りなさいませご主人様」

「マスターやった! ですね!」


 近寄ったユウヤにまず二人が声を上げ、それからユウヤは皆に囲まれて祝いの言葉をかけられる。


「そういえばコパは?」

「コパ先輩はエイトを連れているので先に預かり所に行きました。後でここにくると思います。」

「どうせまた大げさに泣いてたんでしょう」


 そう笑うタリア女史の言葉に一緒に笑いながら、ふと鏡に映るBブロックの試合の様子を見る。ユウヤの視線に女史もそちらへと視線をやって説明した。


「Bブロックもなかなか面白い試合展開よ。ドロレス対レオノル。従魔は同じ、フェアリフォックス」

「どちらが勝っても、明日のご主人様の相手はおそらくあのペテン師になる、ということですわねぇ」


 ユウヤやコパが複数従魔を所持しているように、必ずというわけではないが大抵の場合見習いの内は一人一匹の従魔を従えるのが普通である。多頭使いは魔獣同士の相性やら、主が使いこなせるかどうかの問題など、何かとリスクも多いのだ。


 鏡には二人の女子と二匹のキツネ型魔獣が対峙していた。

 ユニが『ペテン師』と称したフェアリフォックスの背には透明な羽がはえており、ドラゴンほど高くは飛べないものの空中を浮遊することができる。スタミナにやや難ありだが、アタック、ディフェンス、スピード、どれをとっても悪くないバランスタイプの魔獣だ。大きさはハネミミラビットと同じくらいか。


 しかしこの魔獣の武器といえるべき点はそこではない。

 『ペテン』と称されたように、フェアリフォックスは幻術を得意とするのだ。この幻術というのがなかなかやっかいで、フェアリフォックスのそれは発動のタイミングを見極めるのが難しく、彼らのテリトリー内でこれを回避するのは困難だ。また一度かかってしまうとなかなか解除できないという。森に入った狩人が気がついたらフェアリフォックスの幻術にかかっており、散々森の中をさ迷わされたあげく狩りもできずに一日を終えた、などというのはよく聞く話である。


 どのような幻術をかけられるのかも予想がつかないため、非常に対策を練りにくいのだが、とりあえずフィールド外へと誘導され、ラインオーバーでペナルティを取られることには気をつけなければなるまい。また、フェアリフォックス程度の低空飛行では特殊能力と認められず、ペナルティを課せられないので、羽を使った素早い動きにも要注意だ。


「俺は身動き取れなくなりそうだなぁ」


 人間は特に幻術に弱い。現に今もフィールド上ではドロレスもレオノルもじっと立ち竦んだままで、動いているのは幻覚耐性のあるフェアリフォックスの二匹のみだ。幻覚解除の魔法でも使えれば別だが、どんな術をかけられているのか、自分がかかっているのかそうでないのか、それもはっきりしないのでは下手に動けない。

 自分か従魔か、どちらかだけでも幻術を見破れれば打開することはできるだろうが、ユニコーンやドラゴンも特に幻覚耐性に優れているということはない。事前に対策を練る時間の取れなかったことがここにきて悔やまれる。


「心配いりませんわ、ご主人様」


 しかし、さしたる問題はないというようにユニは一言そう言ってにこりとユウヤに微笑んだ。


「……ん? なんだ、幻術対策でもあるのか?」

「お姉様では彼らに少々手こずるかもしれませんわね。勘の良いラヴィーならあるいは対抗できたかもしれませんが……とりあえず、明日はわたくしを彼らの相手にお使い下さいな」


 ユウヤにはドールを使って力技で対抗してしまうのが一番確実かと思えたのだが、どうやらユニに言わせるとそれは違うらしい。

 怪訝そうにするユウヤにユニはいつも通りの穏やかな笑みをたたえて「お任せ下さいませ」と自信たっぷりに頷いていた。




 一方、預かり所に来たコパは借りている仮設牧舎の中へと入り、エイトをそこで休ませる。中にはもう一匹メスのヘスペロキオンがおり、そちらはドットという。エイトとは兄妹であり、二匹は仲がよく、戻ってきたエイトとさっそくじゃれあって遊んでいる。


 そんな二匹を少し見守ってから、ドールに頼まれたトイトイサンドを買いに行こうと預かり所を出ると、往来の途中人小さな女の子が一人で泣いているのに出くわしてしまう。どうみても迷子だ。

 見てしまったからには放っておけない性格のコパは少女に近づいてしゃがみこみ、視線を合わせた。


「よぉ、お嬢ちゃん。どうしたんだ? パパとママは?」

「う……う……うああああああああああああ!」

「っとと、参ったな。じゃあ、お兄ちゃんと一緒に迷子センターまで行こうか?」

「いやああああああああああああああああああ!」

「……ダメだなこりゃ」


 「ここにいろ」とでも言いつけられているのか、「知らない人についていくな」とでも教えられているのか、少女は泣きじゃくりながらテコでもそこから動こうとしない。どうりで周りの人間も気にはしながら誰も声をかけないはずだ。

 どうしたものかと立ち上がり、頭をかきながら周囲を見渡してみるが、残念なことに慌ててこちらに駆け寄ってくる人影のようなものは見当たらない。一体親は何をしているんだろうか。


「まーったく、親は何してんのかねぇ」


 不意にかたわらで声がして振り返る。コパが見ると、相変わらず泣き止まない少女のそばにひょろりと細長い、長身の男が立っていた。口ヒゲをはやして頭にはバンダナを巻き、一見小悪党っぽい印象の面構えにコパは一瞬警戒する。この子の父親ではなさそうだ。


「おい、あんた……」

「まーまー、怪しいもんじゃねーから。あんたと同じ通りすがりよ。ここはおいらに任せてみなって」


 そう言うとバンダナの男は籠を一つ取り出した。魔獣使いにはおなじみの、あの籠である。男が唱えると籠が光って、光の中から影が現れる。

 現れた影を見て、コパと少女は目を丸くし、口をぽかんと大きく開いた。


「な――!」

「――ッ! ぅあ……ぅあ……ッ!」


「グレイトコングのキャサリン。おいらの頼れる相棒さね」


 籠の中から現れたのは身の丈四メートル以上もあろうかという、巨大なゴリラ――そう、まさにゴリラだった。

 男がゴリラに何かを指示する。するとゴリラがあまりの衝撃に固まったままでいる少女を両手に掴み、持ち上げたかと思うと頭の上に乗せてゆく。少女はもう生きた心地ではない。


「いぎゃああああああああああああ! びゃああああああああああああ!」

「ホッホッホ、ウッホッホッホ」

「いいかーお嬢ちゃーん。遠くまで届くようにしっかり泣くんだぞーう」


 ……結論から言うと、それで少女の親は見つかった。

 しかし同時に多大な注目を集めることとなり、非常事態かと駆けつけた警備員に注意を受け、その際なぜかコパも一緒に怒られるハメになってしまった。


「ったく、何考えてんだあんな往来で……」

「まーまー、解決したんだしいいじゃーねぇの。コパ君ったら怒っちゃやーよ」

「なんだ、あんた俺のこと知ってんのか?」

「そりゃー俺、Dブロック勝ち抜いて明日準決勝だし。Aブロックの試合もチェック済みよん」


 この男はどうやらバトルトーナメント個人戦の参加者らしい。三回戦からチェック済みとはなかなか余念がない様子だ。男はコパに「いやあ惜しかったねぇ」などと笑いかけ、Bブロックはレオノル、Cブロックはオットが有力だとも語り、グレイトコングの収まった籠を内ポケットの中へとしまった。


「そういうあんたは。Dブロックつったら、試合これからじゃねーか」

「んー、なんかさ? 対戦相手の子、従魔の具合悪くなったとかで棄権しちゃってさ?」

「なんだそうなのか。そりゃ相手は残念だったな」

「だーねぇ。それじゃ、おいらもそろそろみんなのとこ戻るわ」


「あっ、おいあんた、名前は!」


 くるりと踵を返して走り出したひょろ長い男の背にコパは咄嗟に声をかける。

 男は「マーシュ」と名乗って、人ごみの向こうに消えていった。


 マーシュという男の連れていたグレイトコングはプロでも扱いが難しいといわれる魔獣だ。性格的な問題よりも力加減を覚えないことで有名なのである。

 しかしあのグレイトコングは小さな少女を両手で掴み、頭の上に乗せて落とさずにいた。相当訓練されていると見ていいだろうし、的確に指示できるマーシュもかなり腕が立つと思われる。


「トーナメントもいよいよ本番、って感じだな」


 コパは呟き、トイトイサンドの看板を大きく掲げたファストフード店へと入ってゆくのだった。




 ――二日目、三回戦が終了しついに四強が出揃った。


  Aブロック代表 ユウヤ(レッドドラゴン・ユニコーン)

  Bブロック代表 レオノル(フェアリフォックス)

  Cブロック代表 オット(リザードツインズ)

  Dブロック代表 マーシュ(グレイトコング)


 明日は大会三日目、アマチュア競技最終日。ついにバトルトーナメント個人戦の決着がつく。

 

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