表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

第八話:対戦ルール

 トーナメントのプログラムは朝九時から始まり、まず午前中に個人戦、次いで午後に団体戦が行われる。

 ユウヤを含む個人戦への参加者は計三十一名。初日は一回戦が四ブロック分、十五試合行われることとなった。


 試合ルールは時間制限ありのポイント勝負。選手には点数の付いた『的』と『旗』が渡され、それぞれを従魔とフィールドに配置する。原則的に武器の使用は認められないが、それが体の一部である場合その限りではない。また、従魔への指示だけでなく、選手自身の攻撃や防衛も認められている。


 的はよく見かける円形タイプで、中心に塗りつぶした円があり、それを黒い丸枠で囲ったもの。それを三箇所、自分の従魔の体の好きな位置、ただし表面となる部分に貼り付ける。的の大きさは魔獣の大きさに比例するが、規格外となる大きさの魔獣は参加不可能となる。レッドドラゴンが大体規格の最大サイズとなるだろう。

 旗のほうは黄色をしており、小旗程度の大きさで、自分の陣地の左右二箇所の定められた位置に立てることとなっている。


 各選手はあらかじめ、二点的二つ(中心が青色)、四点的一つ(中心が赤色)、旗各三点の、計十四点のポイントを持っており、試合は相手のポイントを全て奪うことを目的とする。

 点の奪取方法は、相手の的に攻撃をヒットさせることと、相手の陣地の旗を奪うこと。的は攻撃がヒットすると色が変わるようになっている。

 試合はどちらかのポイントがゼロになるか、制限時間まで行われ、最終的に残った点数の多いほうが勝ちとなる。引き分けた場合は判定へと持ち込まれるので、積極的に攻め込む姿勢も大事だ。


 また、対戦相手となる選手およびその従魔に目的のない攻撃をすることは禁止されており、警告は減点、重ねると失格となる。さらに同じく対戦相手に致命傷となるダメージを与えたり、死にいたらしめた場合は、いかなる理由があろうとも免許永久剥奪処分となるので、充分にフェアな戦いを心がける必要がある。


 バトルトーナメント個人戦のおおよそのルールとしてはこんなところだ。




 ひとまずユウヤは試合を順調に勝ち進んでいた。というのも、対戦相手がドールやユニを見たとたんに棄権してしまったからだ。


「――Aブロック一回戦第二試合、ユウヤ選手対ダフテネロ選手、始め!」

「ドラゴン相手とか無理無理無理無理! 棄権します!」

「勝者、ユウヤ選手!」


「――Aブロック二回戦第一試合、アントニー選手対ユウヤ選手、始め!」

「……ユニコーン……だと……? か……勝てる気がしねぇ……」

「勝者、ユウヤ選手!」


 とまあ、こんな感じである。


 初日は一回戦のみで終えたが、二日目は三回戦までが行われる。

 本日大会二日目、二回戦をクリアしたユウヤは選手控え室で待機していた。他の選手とも共用の展示場のような部屋で、各自学校の仲間同士で固まったり、隅のほうで仮眠をとったりしている様子が伺える。

 しかし魔獣の姿は見当たらない。魔獣の中には爪が鋭いものや角の生えたものもいるので、室内を傷つけないように配慮しているのだ。皆、『籠』に携帯するか、次の試合まで時間に余裕のある者は預かり所に置いてきているのかもしれない。


「ユーヤーひーまーぁ」


 爪が鋭く、しかも規格サイズギリギリの大型魔獣――の化身が、床に座りこむユウヤの背中にもたれかかる。

 いまや規格サイズギリギリの、弾力性に富む豊かな二つの膨らみが容赦なくユウヤのうなじを圧迫した。


「わたくしも……ふぁ……少し眠くなってきてしまいましたわ」


 角が生えた魔獣代表――の化身は、眠たそうにユウヤの肩にもたれてうとうとし始めた。

 角はなくなったが、耳元をくすぐる柔らかな金髪と、その向こうに見える柔らかそうな桃色の唇のコラボは角以上に凶悪だ。


「じゃあ、みんなでお昼寝する、です!」


 それらを見た人畜無害の代名詞的魔獣の化身は、ならば自分もと反対側の肩へとひっついて、ややひかえめな膨らみを無邪気に二の腕へと押し当ててくる。


「……」


 それらはけして嫌な感触ではないが、どうせなら自分の従魔ではない女子にお願いしたい。

 後ろからの重みに押され、姿勢が前のめりに傾いたユウヤは、そのままのっそり三人の間から這い出して手前へと座り直した。支えを失った三人は、そのままどちゃっと床の上に重なり合って、三姉妹のミルフィーユ仕立てができあがる。一番上になったドールが、ラヴィーの頭の上で唇を尖らせた。


「なーんでよけんのさー」

「重いんだよ特におまえは。二回戦全部終わるまで一時間もしないんだから、もう少し待てって。オルガのクッキー食ってていいから」

「お……お姉、ちゃん、重い……ですぅ」


 よく見ればラヴィーの体は仰向けの状態で、ドールの谷間に顔が半分ほども埋もれており、苦悶の表情を浮かべている。逃れようと頭がもがけばもがくほど、更に谷間に埋もれてゆくという、まさに天国なのか地獄なのかわからない光景が。

 とりあえずドールに上からどくよう言って、ラヴィーの呼吸を確保する。ユニはといえば、ずいぶん大人しいと思ったら二人を上に乗せたまま眠ってしまったらしい。


「お、始まるぞ」


 ユニを壁際に寝かせて、そこにふと湧いた声に室内の壁に掲げられた大きな鏡へと視線を向ける。鏡に映った映像では、Cブロックの第二試合目が始まろうとしていた。


「あれ……あの子……」


 ふと呟いたユウヤに、クッキーを頬張っていたドールが怪訝そうな顔をする。


「あに? どーしたの」

「あっ! あの人の従魔、ハネミミラビット! です!」


 覚えがある。以前団体戦で大会に出た際に対戦したことのある相手だったはずだ。名前は――。


『それでは、Cブロック二回戦第二試合、ウェット選手対ティカ選手、始め!』


 鏡から試合開始の声が響く。そう、名前はたしかティカ。明るめの茶色の髪のなかなか可愛らしい女の子で、ユウヤと年が近そうに見えた。ポニーテールがよく似合ってる。その時に連れていた従魔はハネミミラビットではなかったはずだが、新しく使い始めたのだろうか。


 しかし三ペア対三ペアの団体戦でならともかく、ペア対ペアの少数戦である個人戦ではハネミミラビットがいかに他の魔獣よりもやや俊敏性に優れているとはいえ、攻撃力防御力など総合的に見た場合やはり不利であることは否めない。勝ち上がるのは難しいのではないだろうか。


 ユウヤはじっと展開される試合の様子を見守った。




 フィールドは大体バスケットコートくらいの広さだ。

 横長の長方形のフィールドを縦に四分割し、左端、右端の部分がそれぞれの陣地となる。陣地のコーナー辺りに旗は立てられ、試合開始時は選手、従魔共自分の陣地内よりスタートする。


「行くよバットニー、ハイジャンプ!」


 試合開始早々、仕掛けたのはティカからだった。

 対戦相手のウェットが連れているのはハネミミラビットよりも大きなビッグフィスターという巨大なカメだ。ハネミミラビットの大きさが大体大型犬くらいなのだが、それに比べてもずいぶんと大きく、おそらくルフといい勝負なのではないだろうか。名前の由来はその拳を握ったような形をした頭。カメらしく動きはやや鈍いが、防御力においては鉄壁を誇る魔獣だ。


 バットニーと呼ばれたハネミミラビットが自慢の脚力で一気に相手の陣地へと距離を詰め、陣地前に立ち塞がっているビッグフィスターの真上に落下する。ビッグフィスターの脳天には四点の赤的、それに狙いを定めたらしい。

 しかし初撃はすでに予測されていたかのように、ビッグフィスターの首がギュッと縮んで甲羅の奥へと引っ込んだ。


 的を貼る位置は体の表面であればどこでも自由だが、こうした『内部に隠す』という戦法は使用回数が二回までと決められており、かつその二回も五秒以内に元に戻らなければならない。それ以上はペナルティを取られ、回数制限一回オーバーにつき一点、時間制限三秒オーバーにつき一点の減点となる。

 回数が限られているのだからもっと慎重に使うべきだと思うのだが、どうやらウェットは相手がハネミミラビットと見て勝負を楽観しているようだ。


「……」


 ユウヤの傍らで同じように鏡を見上げるドールの唇が「甘いな」、と小さく呟く。


 ハネミミラビットは頭を引っ込めたビッグフィスターの甲羅に飛び乗り、ビッグフィスターが動く前に再びハイジャンプ。フェイントだ。元より狙いは赤的でなかったらしい。

 狙いに気付いたウェットが慌てて追いかけるが間に合わず、あっという間に陣地内に踏み込んだハネミミラビットにより旗の一本が倒された。なかなか鮮やかなお手並みである。


 しかしそうとなれば相手もその気になるというもので、少々顔付きを変えたウェットの指示に、ビッグフィスターの尾がムチのようにしなり迫る。攻撃はハネミミラビットの脱兎の瞬間を捕らえ、左足にヒット。ティカの青的が一つやられ、的の色が黒くなる。


「減点黄色一、ウェット! 減点青一、ティカ!」


 レフェリーの声が上がる。予想外に善戦するハネミミラビットに観客席はずいぶん盛り上がっているようだ。




「よ、ユウヤ。お疲れさん」

「あ、コパ先輩。お疲れ様です」


 不意に声をかけられ、鏡から視線を外せばコパがこちらに歩み寄ってくるのが見えた。

 コパも個人戦への参加をしている。たしかAブロックの第二試合に出ていたはずだ。籠を携帯していないところをみると、従魔を預けてきたのだろう。


「エイトとドットは預かり所へ?」

「ああ、籠ん中じゃ窮屈かと思ってな。でもやっぱ籠持ってくりゃ良かったぜ、結構混んでてさ」

「コパ先輩は近くに気にかけてくれる人でもいなきゃ、時間忘れて籠壊しそうですよ」


 ユウヤが笑うとコパも「たしかに」と一緒に笑って頷いた。先ほどからいう『籠』というのは、従魔を縮めて中に収め、携帯できる魔法道具だ。便利だが、従魔を入れておけるのは数時間ほどで、入れっぱなしにすると籠は壊れてしまう。

 二人で談笑していれば、ふと、ドールがコパに訝しげな視線を向けて首を傾げる。


「あんたも卒業試験受けんの?」

「いや、俺はまだ筆記のほう受かってないから……でも成績次第じゃ卒業に近づけるかもしれねぇし、頑張るぜ!」

「コパセンパイも試合勝った、ですか?」

「とーぜん!」


 ……ということは、だ。


「じゃあ次、俺とですね」

「――っへ?」

「ふふん……せいぜい首を洗って待ってんだね」

「ええええええっ!」


 ユウヤの笑顔と不敵なドールの笑みに、コパが目を丸くして声を上げ、それから盛大に溜め息を漏らしてうなだれた。


「ちくしょー忘れてたぜー。そういやおまえ同じAブロックだったよなぁ」


 もう一度大きな息を吐き、しかし観念したのか開き直ったか、キリッとした面持ちに変わって顔を上げ、ユウヤを見据える。どのみち順当に勝ち上がればいつかは当たることになるのだから、悲観しても仕方ないのだ。


「負けないぜ。こうなったら出し惜しみせずガチンコ勝負だ」

「はい。俺も手加減はしません」

「もし俺が勝ったらドールちゃんと一度デートさせてくれ」

「わかりました。全力で叩き潰します」

「おまえたまにほんと容赦ねーよな……」


『減点青一、ウェット! 時間いっぱい、そこまで!』


 そんなやりとりをしていれば、わああ……と、鏡から歓声が零れてくるのが聞こえてきた。Cブロック二回戦が終わったようだ。室内で見守った者達も、鏡を見上げ今の試合について評価したり考察したりしている。


『ウェット九点、ティカ八点、よって勝者、ウェット選手!』

『ありがとうございました』


 そこまで映して、見ていた鏡の映像は一旦消えた。別の鏡ではDブロック二試合目が行われているようだ。間もなく二回戦は全て終了となるだろう。時計は十時十分を過ぎたところだ。


「ウサギさん、負けちゃった、ですねー」

「ああ、でも最初のフェイント攻撃はきれいに決まってたなぁ。ラヴィーじゃまだあそこまではちょっと無理かな」

「あたしだって頑張る! ですよ! 負けない! です!」


 拳を握ってムキになる姿に笑っていると、通路をやってくる人の気配があり、間もなくして噂のティカが従魔のハネミミラビットを連れて部屋に入ってきた。


「あ、おかえりティカ。惜しかったねーって、バットニーしまいなよ、怒られちゃうよー」

「あはは、堅いこと言いっこなし。ドラゴンじゃあるまいし、ハネミミなんてただの毛玉なんだからさ」


 おそらく同じ学校の生徒だろう女子の元へ行き、話し始める。少しして、水を飲んでくつろぎ始めたところへ、ユウヤは何気なく近づいて声をかけてみる。


「……こんにちは。ティカさん?」


 何も試合の勝敗だけがこの大会の価値ではない。他門下の生徒とも交流を持てる良い機会なのだ。もちろん、それは色々な意味で。だが、ひとまず今はさきほどの試合について訪ねたい。


「こん、んあっ! うわ、ハクロウ塾のユウヤ! ……クン!」

「えっ……あ、はい」


 ところが、ポニーテールの先を揺らして相手が振り返り、そのぱっちりとした黒い瞳と視線が合ったかと思えば、唐突にすっとんきょうな声を上げられる。こちらも次に浮かべようとしていた笑顔を忘れ、思わずきょとんとなって、二人してぽかんとしたまま少しの間見つめ合った。やがて我に返ったようにティカが声を上げて笑い出す。


「ぶっ! あははははは! ごめんごめん、急に有名人に声かけられたからびっくりしちゃった。何か用?」

「有名人……?」

「えー何、もしかして知らないのー? あははっ。そりゃドラゴンにユニコーンなんて使ってたら黙ってたって目立つってぇ!」

「はは……」


 ……なるほど。以前にもユニは出したことがあったのだが、団体であれば自分だけが目立つということはない。今更ながら「悪目立ちしてるのでは……」などという居心地の悪さが若干過ぎる。

 かたわらのハネミミラビットが、苦笑するユウヤをやや警戒するようにしてティカの後ろから見上げている。その視線に気付いてはたとし、少し誤魔化すように笑ってみせてから視線をまた手前の相手へと戻す。今更考えたところで、実際ドラゴンとユニコーンしか出せる従魔がいないのだから仕方ない。


「あー、と。それで……今の試合、見させてもらったんだけど。ハネミミラビットであそこまで戦えるなんて凄いと思って」

「ああねー。でもやっぱどうしてもアタック弱いんだよねー。ほんとは前足の青的もう一つ狙えそうだったんだけどさ、押し負けたって感じ。あっちは防御特化だし」

「でもハイジャンプもかなり鍛えてるようだったし、反応速度も普通のハネミミラビットより更に速かった。かなり訓練したのかな」

「ま、ねー。でも私じゃなくて、兄貴がね」

「へぇ……お兄さんは調教師か何か?」


 そんな風にいくつかやりとりしていると、ユウヤの脇からヒョコッとラヴィーが顔を覗かせ、なんとなくウズウズした表情をしてティカの後ろにいるハネミミラビットを見ている。そういえばラヴィーにとっては久しぶりに出会う同族だったな、とユウヤは思い出し、話を区切ってティカへと切り出す。


「ちょっと君のハネミミラビット、見せてもらっていいか?」

「ええ、どうぞ。名前はバットニーっていうの。まあわかると思うけどオスよ」

「ありがとう。……で、ラヴィー。何か聞きたいことでもあるか?」


 ティカの許可が下りたので、ラヴィーへと向き直る。話をふられたラヴィーはぱっとユウヤに見上げて返し、しかし咄嗟にはその内容がまとまらず思いつくままのことを述べてゆく。


「あっ、いい、ですか? じゃあじゃあ、年と、どこの森の出身かと、シュミと、ガクレキと、ネンシューと……」

「見合いでもする気か。わかった、年と出身な。あと従魔になってどれくらいになるか」


 そんな二人のやりとりをティカは少し怪訝そうに見つめていたが、ユウヤがバットニーへと向けて口を開くと軽く驚いたような顔をし、しかし口は挟まず対話の様子を見守っていた。


 ハクロウ塾の人間は見慣れてしまった節もあるが、ユウヤの対話能力は世間一般ではありえないとされるものなので、見れば驚くのが普通だ。声を上げて騒がなかっただけ、ティカはどうやらその辺の女子よりもだいぶ度胸のすわった性格をしているらしい。

 もっとも、ユウヤの能力のことはそれなりにこの界隈にはウワサとして流れてもいるので、もしかしたらすでに聞いたことくらいはあったのかもしれない。


『こんにちは、バットニー。俺はハクロウ塾門下生のユウヤというんだ。さっきの試合、見させてもらったよ』

『……ユウヤ。僕の言葉がわかるの』

『ああ、少し特殊な能力でね。君は他のハネミミラビットよりもずいぶん鍛えているようだな。従魔になってどれくらいになるんだ?』

『……生まれた時から』

『なるほど、二世なのかな。年は?』

『父さんは、オルゴゴの森にいる。母さんは、従魔だった。今、六』

『へえ!』


「ラヴィー、おまえ今七、八歳だったか。バットニーは六歳で、二世従魔らしい」

「七歳? その子が?」


 バットニーの話に感心するままラヴィーへと声をかけてしまい、再びティカが訝しげな表情でユウヤを見る。


「あ、いや、この子の飼ってるハネミミラビットがさ」


 三人娘が呪いで人の姿をしている、ということは一応人前では伏せてある。単純に、他人にいちいちそれを説明するのは面倒だからだ。

 ハネミミラビットの寿命は大体四十年ほどで、人間でいうと八十歳くらいが寿命になる。人間年齢に換算するには単純に一年で二歳年をとる計算でいいので、人間でいうとラヴィーは十五歳前後、バットニーは十二歳くらいということになる。


 まだ子供といえる若さであれだけの動きができることにユウヤは素直に感心し、調教師という存在に改めて尊敬の念を抱く。

 ラヴィーもユウヤ以上に感心した様子で、「すごい」だの「かっこいい」だのと尊敬した様子でまたバットニーのことを見ていた。


「ティカー、そろそろ行くよー」


 不意に、出入り口付近からティカに声がかかる。どうやらティカの学校の生徒達はここから移動するらしい。それに返事をして、向き直ったティカがそれじゃあ、と手を上げつつ笑って言う。


「そろそろ行くね。あっそうだ、後ね、兄貴が言うにはハネミミは『幸せを運ぶウサギ』っていって、大事にするといいことあるらしいよ! じゃあね! 後の試合頑張ってね!」

「へぇ……ああ、ありがとう」


 初耳だったが、だとしたら縁起がいいので悪い気はしない。かといって、今後特別にどうこうしよう、というわけでもないのだが。ティカとバットニーは仲間と合流し、部屋を出ていった。


「お。ユーヤ、もういいのか。ちゃんと伝ピスID交換したか? なかなか可愛い子だったなぁ。まあ俺としちゃもうちょっとこう、この辺りがこう、ボリュームあるほうが好みなんだが」


 ティカが去った方向を見ながら、近寄ってきたコパが両手で胸の部分に山を盛りながら言う。『伝ピス』とは伝言ピストルの略で、離れた場所にいる特定の相手に簡単な伝言を撃つことができる、という代物だ。それにユウヤは軽く笑って肩を竦めさせる。


「いいえ、残念ながら」

「なーんだよ、フラれちまったかー?」

「見る目ないねー、あの人間。わたしちょっと行って噛み付いてこよーか?」

「いやいいって、おまえちょっとじゃ済まないし」

「マスター元気出す、です! あたしがいつでも相手する、ですよ! ウサギはいつでも交ぶっ……」


 言いかけるラヴィーの口をガッ、と掴み、容赦なく両側から挟んで押し潰す。脇で会話を聞いてたのだから、そういう話じゃなかったのはわかりそうなものなのだが。タコみたいな顔になってもがいているラヴィーを見下ろす。


「……」


 自分に幸せは運ばれて来ないかもしれない。ユウヤの口元から小さく溜め息が漏れた。




 控え室にアナウンスが流れる。


『お知らせいたします。ただいま、二回戦全ての試合が終了いたしました。十分後より、三回戦第一試合を開始いたしますので、Aブロックの各選手は準備をお願いいたします。繰り返します……』


「……さて。じゃー俺、あいつら連れに行ってくるわ」

「はい。フィールドでお待ちしてます」

「くぅーッ。やっべ、すんげ緊張してきたッ」

「あはは、まあ気楽にやりましょう」

「おう! あとドールちゃんとのこと、忘れんなよな!」

「全力で潰します」




 時刻は十時半を回った頃。コロシアム内に二箇所設置されているバトルフィールドのA面に立つ二人と二匹。


 実質、これが初戦となるだろう黒髪の青年に付き従うのは、燃え盛る炎のような激しさと美しさをあわせ持つレッドドラゴン。

 片や、アッシュグレイの髪を短く切りそろえた大柄な青年は、それを目の前にした者の中で初めて堂々とそこに立ち、ヘスペロキオンと呼ばれるイヌ型魔獣を従えその場へと臨んでいた。




「それでは、Aブロック三回戦第一試合、ユウヤ選手対コパ選手――」

「行くぜ、ユウヤ――」

「――勝たせてもらいます、先輩」


「始め!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ