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第七話:大会開幕

 結論から言うと、『イメンシペイト』の発動条件は『主人の意思に同調』し、『対象となる物体を認める』または『身の危険を察知』した場合だということがわかった。




「イメンシペイト? ああ、解放の呪文でしょ?」


 なんてことはないように言うドールに、ユウヤは思わずきょとんとしてしまった。


「拘束から解き放つ意味の命令文ですわね。変異魔法に使えるのは初めて知りましたけれど」

「お姉ちゃん達すごい! です! 物知り! です!」


 首輪を扱う際の呪文の中にも『キャンセル』というものがある。拘束命令を解除するための呪文だ。大雑把にいえばそれと似たようなものだという説明をユニから聞いて、そこまで知っていたならどうしてすぐ教えてくれなかったのかとユウヤは問う。


「もちろん、これで解呪できるのを知っていたら真っ先にお伝えいたしましたわ」

「あの時、マスターとゲスヤローを見ていたら、呪文が頭に思い浮かんできた、です!」


 『ゲスヤロー』というのはおそらくスクイズのことだ。ドールあたりが教えこんだに違いない。


「まーでも! これでわざわざ仮の従魔とか探さなくてよくなったし? ラッキーじゃん」


 しかし大会はすでに翌日へと迫っている。一時解放できることはわかったが、それを確実にコントロールできないことにはどうしようもない。


「よし、今日は一日特訓だ。イメンシペイトを確実に発動できるようになるまでやるぞ」


 そんなわけで、急ピッチで大会に向けての特訓を始める四人だったが、これは三人娘達だけの問題ではない。仮説を検証する上で、ユウヤ自身にも意識することの訓練が必要だった。午前中を費やしたが成果は中々現れず、四人で昼食を囲みながら反省会を開いていた。


「だぁーってしょーながいじゃんっ。ユーヤにはわかんないかもだけどさー、あれけっこー疲れんだよねー。きっとそんなホイホイできるもんじゃないんだってー」

「何かあの時とは条件が違っている……ということでしょうか」

「うーん……」


「あ、ユウヤ君」


 眉間を寄せて考えあぐねるユウヤの肩にふと声がかかる。振り返るとオルガとアンジェリカの二人が立っていた。アンジェリカは手に小さなバスケットを持っている。


「今日ずっと頑張ってるんだってね。よかったらこれ、どうぞ」


 そう言ってアンジェリカが差し出したバスケットの中には、お馴染みの栄養ドリンクの小瓶が四本に、手作りらしいクッキーが詰まっていた。受け取るユウヤの周りから三人娘が手元を覗き込む。


「ふふん、人間のくせに気が利くじゃん」

「お気遣いいただき感謝いたしますわ、オルガさん、アンジェリカさん」

「おいしそう! です!」


 三人娘も喜んでいるようだ。


「私はアンジーみたいに調合の魔法はよくわかんないからさ、ただのクッキーなんだけど……」

「うまそうだ。二人ともありがとう。でもこれ……俺の分まであるのか?」


 さっそくクッキーに伸びているラヴィーの手を「後で」と、叩き落としつつ、ユウヤはドリンクを一本手に取って眺める。ラヴィーは少しだけ恨めしそうにユウヤを見る。


「うん。一応、魔獣用のつもりで作ってたんだけど、ドールさん達、人間になっても効果が続いてるみたいだったでしょ? だから、味だけ人の味覚にも合うように少し工夫してみたの」


 もちろん、成分は人体に悪影響を及ぼすようなものは使用していないという。なるほどと頷いて、改めて二人に礼を言う。オルガ嬢とアンジェリカ嬢の二人は満足そうに顔を見合わせて、「頑張ってね」と四人に手を振りながら去っていった。




 さて、午後の特訓開始である。


 さっそくアンジェリカ特製の栄養ドリンクを飲み、広い運動場へと出て、敵を模した人間大の巻き藁の前に立つ。ドールがそれを睨みつけ、呪文を思い浮かべようと集中する。魔法を自力で発動させるためにはイメージが重要となってくるのだ。


「イメンシペイト!」


 ……失敗だ。

 何事も起こらず、人間体のままのドールがふう、と深く溜め息を吐く。


「よし、じゃあ今度は俺に合わせて集中して」


 気を取り直すよう声をかけ、今度はユウヤもそこに並んで巻き藁を見据え、意識を高める。標的として見定め、攻撃をする意思を持ち、ドールへと目配せをした。ドールが真剣な眼差しでそれに見返し、頷く。


『イメンシペイト!』


「――やった! 成功だ!」

「あらあらぁ」

「ドールお姉ちゃんすごぉおおい!」


 ドールの体が赤く光ったかと思うと、みるみる影は大きく膨れ上がり、運動場には巨大なレッドドラゴンが姿を現していた。

 大きさは、体高四メートルほどもあろうか。長い尾の部分まで含めた全長でいうと更に大きい。全身を覆う赤いウロコがギラリと光りを帯びて、炎のような複雑な色合いをした目は宝石のように美しい。首には見慣れた首輪がしっかりと巻かれている。

 間違いなく、レッドドラゴンのドールだ。


 午前中までと何が違ったのか――。

 そう考えて思い当たったのは、アンジェリカの特製ドリンクだった。なるほど、これはたしかに効果絶大の様子。ユウヤ自身も午前中の疲れは感じず、むしろ集中力が増しているのを感じていた。


 グルグルと口の中に溢れる炎の吐息を低く唸らせながら、ドラゴンが主へと見下ろす。


『ユーヤ、何か命令してみて』

「よし、じゃあまず上空で待機。俺が合図をしたら急降下で目標に炎撃だ。その後は再び上空で待機。次の指示を待て」

『了解』


 ドールはユウヤの命令を忠実にこなし、炎をくらった巻き藁は目の前で一瞬にして灰と化した。上空で待機するドールに「完璧だ」と合図を送ると、「当然だ」というように悠々とその場を旋回した。


『しばらくはそのままでいられそうか?』

『今のところ全っ然よゆー。っつか空飛ぶの久しぶりだし! めっちゃテンション上がるわー』


 ユウヤが声をかけるとじつに楽しげな様子でドールが答える。ちなみにユニとラヴィーにはドールの声がわからないらしく、怪訝そうな顔をして上空のドラゴンを見上げていた。基本的に言語というものは同種族でなければ通じないのだから当然か。三人が魔獣だった時はユウヤがよく通訳をしていたものだ。


 そんな風に嬉しそうなドールの様子にユウヤもつられて笑みを零していたが、不意にそこで、ドールの悪い癖が顔を覗かせた。


『今ならここら辺一帯焼き払うのもよゆーって感じ。 軽くやっとく?』


 せっかくドラゴンに戻れたのだから、暴れたくて仕方ないのだろう。まるで近所の飲み屋にでも誘うかのよう軽い口調で言うドールに、ユウヤは笑みを苦笑いに変えて返す。


『馬鹿言ってないで大人しく待機してろ、次はユニだ』

『つーかぶっちゃけわたしがいればそれでよくない? ユニとか正直いらないしー』


 興奮覚めやらぬ、といった様子で、ユウヤが宥めても中々落ち着かないドールがもう一度上空を大きく旋回した。すると何を思ったか、再び急降下を始め、今度はユニ目掛けて接近してくる。

 ドールにしてみればただの悪ふざけのつもりだったのだろう。ただしそれはあくまで『ドラゴンの感覚で』だ。ユニコーンならば問題なく回避できる程度のそれだが、人間体となっている今のユニでは、ひとたまりもない。


「いけない――! ユニ……伏せろ!」


『イメンシペイト!』


 瞬間、ユニの体が黄色く光り、そこにユニコーンが出現する。すぐそこまで迫っていた赤い影を、後ろに飛び跳ねて難なくかわし、距離を置いてひらりと優雅に着地した。

 馬によく似ているが、尾は獅子のそれ、ヒヅメは二つに割れているなど、別の獣の特徴も垣間見える。馬よりは一回りほど大きい、不思議な姿をした白い一角獣。らせん状に巻いた鋭い角は額から長く伸び、威風堂々とエメラルド色のたてがみをなびかせる様は、まさに森の王者といった風格だ。


 これで無事、二人が一時解放の呪文に成功した。

 しかしその直後、ドールがこっぴどく叱られ、延々と説教をくらったのは言うまでもない。




 休憩を挟む。


 バスケットに入ったオルガのクッキーを囲みながら、一時解放を終了し、人間に戻っているドールとユニが楽しげに談笑する。ちなみにこれも魔法の影響なのか、魔獣から戻った際に服は元通りとなる。首輪は常時そのままで、服は消えたり戻ったりと、どういう仕組みになっているのかもちろんユウヤにはわからない。

 ユウヤも談笑する二人をどこか安心した心地で眺めつつクッキーをかじっていたが、ふとラヴィーの様子がおかしいことに気付いた。じっと下を向いて両手を握り締めたまま、何か考え込むように難しい顔をしている。


「どうしたラヴィー。さっき食いたがってただろ、食っていいぞ」

「……あたしだけ、できない、です」

「……あー……うん」


 声をかけられたラヴィーが、いつもの威勢はどこへやら、ぼそぼそと呟く。

 すぐに何のことかは知れて、ユウヤも眉尻を下げた。


「あたしだけ、役立たず、です」

「うーん」


 じつは午後からの特訓で、ドールとユニはすでにコツを掴んだらしく、「いつでもできそうだ」などと頼もしい発言まであった。ユウヤも元々集中力はあるほうなので、この調子ならば大会にも問題なく参加できるだろう。

 ただ、ラヴィーだけがいまだにイメンシペイトの発動にまごついていた。本人としては早く姉二人に追いつきたいところなのだが、なぜうまくいかないのかもわからず、すっかり落ち込んでしまった様子だ。


「ラヴィーは元々戦闘よりも、偵察とか追跡とか、ドールとユニじゃ入り込めないような場所で働いてもらってたからなぁ。人間のままでもその能力は使えるようだし、充分役に立つぞ?」

「うう……でもでも…………ぅわあっ!」


 指先でいじいじしていたラヴィーの肩をドールの腕がおもむろに抱きかかえる。突然のことにびっくりしたラヴィーの肩が、思わずビクン! と大げさに跳ねた。


「あははっ。まっ、焦らなくてもいんじゃなーい? ラヴィーはいるだけでかあいーんだしさ!」

「ええ、本当にラヴィーはおいしそ、いえ、わたくし達の癒し的存在ですわ」


 ドールの言葉に、ユニもにこやかに相槌を打つ。


「そ……そう、かな?」

「そーそー」

「もちろんですわ」

「えへ……えへへへ」


 姉二人に撫でられて、照れたようにラヴィーが笑う。こうして見ていると本当に姉妹のようだ。ユウヤは思わず頬を緩ませながら、そんな三人の様子を眺めてまたクッキーを一つかじった。




 夕日に空が赤く染まる頃、四人は特訓を終えて宿舎へと戻った。


 まだ不慣れなためか、イメンシペイトの使用は体力を消耗するらしく、特訓後、ドールとユニは眠そうにしていた。そして結局、ラヴィーが一時解放に成功することはなかった。

 それでもユウヤをはじめ、姉二人に「ラヴィーはそのままでいい」と励まされたこともあって、落ち込んでいる様子はもうなかった。むしろ「明日はお姉ちゃん達の応援頑張る! です!」と別の方向に意欲を見せていた。従魔同士の絆が深まるのはいい傾向だ。


 どうしてラヴィーだけイメンシペイトの発動ができないのか、それも今後検証する必要はあるだろうが、とりあえず姉二人だけでも成功したのはユウヤにとって大きな成果だ。

 この二人がいてくれれば大会に対する意欲は格段に増す。ユウヤの中では再び『大会上位入賞』の目標が見えてきていた。


 検証結果をヤン校長へと報告し、改めて参加表明を述べ、夕食の支度をする。最近では少しずつだが、三人娘も食事の支度を手伝うようになってきていた。


「そーいやさ。なんで今更卒業試験なわけ? ユーヤとわたしが組めば大会優勝なんてチャチャッと済むのに」


 かまどの火加減をみているドールが、傍らで夕食メニューの香草の天ぷらを揚げているユウヤにふと思いついたように問う。ドールとユウヤが契約を結んだのはおよそ二年前。ユニもそのくらいの時期だ。ならば三年も待たずと、もっと早くに卒業試験など受けることができたのではないか、と。


「ん? なんでって、前にもそれ説明しなかったか?」

「えー、そうだった? 忘れちゃった」

「簡単なことですわ、お姉様。お姉様やわたくしは、人間より優れている能力を持つ高位魔獣なのですから。大会など適当に戯れている内に優勝してしまいます。ご主人様の対話能力はもちろん評価されてしかるべきでしょうけれども、校長先生はその点を差し引いて考慮されたのですわ」


 揚げた天ぷらを皿に盛りつけながらユニが言う。

 大体ユニの説明した通りだ。卒業は技能、知識、人格と、それぞれが申し分なく備わった上で認められる。ドールやユニでは従魔が有能すぎるため、逆にユウヤ自身に対する見極めが難しくなる。そんな魔獣を手懐けることができるユウヤ自身ももちろん只者ではないといえるのだが、それだけでは魔獣使いの資質としては不十分なのだ。

 よって、ユウヤは校長の許可が下りるまで、個人戦への参加は見送られることとなっていたのだった。


「それに昔のおまえらじゃ大会なんて出してもろくにいうこと聞かなかっただろ」

「そのためにはご主人様に正確な指示を出していただかなくてはなりませんですしねぇ」

「いーい? ラヴィー。ああいうのを責任転嫁っていうんだ」

「マスターのセキニンテンカ!」


 ビシッ!


「……はいはい。悪かったから、皿は両手で持って運べよ」


 夕食後、風呂に入る。昨晩三人は自室で眠り続けて朝を迎えたため、今日は再びドールからユウヤの部屋を訪れた。が、ユウヤが促すまでもなくドールは早々に眠りへと就いてしまった。相変わらず同じベッドで、ではあるが。


「……おやすみ」


 かたわらに眠るドールへと小さく囁く。目を閉じていればどこかあどけなくも見える、安らかな寝顔。それは人間の姿でも、魔獣の姿でも、変わりのないものだった。今夜はたっぷりと休養し、明日の大会へと備えてほしい。






 大会当日――東の都、トイストイズ。


 大陸の東に位置する大きな都市で、ハクロウ塾のあるサイレンの町からはバスや都市間を走る列車を乗り継ぎ、数時間ほどかけて辿り着く。ユウヤ達ハクロウ塾門下一同は遠方ということもあり、日の出ない早朝から宿舎を出発し、始発の列車に乗ってきたのでまだ若干の眠気が残る。


「ぁふ、ふぁ、あー……うー……ねんむいわ」

「お姉様、乙女が往来でそんな無防備に口を開くものではありませんことよ」

「ドールお姉ちゃんちゃんと眠れた? ですか? あ、それとも昨夜マスターと交ぶ……っ」


 放っておけば朝っぱらから何を言い出すのやら。無言のまま、隣を歩くラヴィーの口を手で押さえ込み、ユウヤは何度か訪れたことのある景色をまた眺める。


 大会会場は、多目的用途の公共施設内にあるコロシアムを数箇所借りて開催され、会場周辺には屋台などの出店も並んで、一週間の開催期間中は大変な盛況となる。

 すでに日も昇った現在、朝八時。会場周辺には自分達を含め、出場者の団体が受け付け会場へと向かって流れており、それなりの賑わいをみせていた。


 各種競技は、設置されたコースをいかに素早く主人の指示通りにクリアできるか、というトライアル競技から、速さが自慢の魔獣達を競わせる魔獣レース、主人との連携力や、戦闘能力の高さを実践形式で競うバトルトーナメントまで、様々な娯楽要素に富んだ競技を行うことで、集客力は抜群だ。

 ユウヤ達ハクロウ塾門下生はその中でも特に人気がある、バトルトーナメントへの出場を予定している。


 『魔獣を見世物にする』というと抵抗を感じるかもしれないが、大会コンセプトは『魔獣と人間の共存する世の中』としており、会場のいたるところにノボリ旗が掲げられている。まずは娯楽要素で人を集め、そこに魔獣の安全性をアピールしていこうというわけだ。あえてバトルトーナメントなどという競技を行うのも、娯楽性はさておいて、『魔獣達がルールにのっとり、主人との信頼関係の元に競技を行う』姿を見てもらおうという目的からである。


 会場内には魔獣とのふれあいコーナーなども設置され、親子連れでも楽しめる。また、昨今では政治家が、ノボリ旗にあるようなマニフェストを選挙でうたうほどに、大部分の人に魔獣という存在は受け入れられつつあるという。




「アマ戦終わったらプロのほう見に行くだろ?」

「あー悪い、俺自分の試合終わったら帰らなきゃでさ。家の鏡で見るよ」


「魔獣使いカード売ってるよー。新発売の疾風のジョナサンカードまだあるよー」

「おじさーん、雷鳴のドリフィンのカードくださーい」

「はい毎度ォ」


「なぁおい、今回の大会、プロ戦のほうにあのミカ・オディッセルズが出るんだってよ」

「ええっ。オディッセルズ、つったらあのドラゴンキラーのオディッセルズ? だってあいつフリーだろ?」

「なんでも特別ゲストで呼ばれたとかなんとか……」


 会場のあちらこちらで交わされる会話は、もっぱら期間後半に行われるプロ戦の話題で持ちきりだ。


 この大会は春秋の年二回行われ、前半三日間はアマチュア各競技、後半四日間はプロ各競技と日程が分かれている。ユウヤ達のような、正式な免許を持っていない学生でも参加できるのはアマチュア戦、協会に所属し、階級を持つプロの魔獣使いはプロ戦への参加となる。


 魔獣使い免許を取得した者は、同時に協会への登録も行うのが一般的だ。年会費や登録の定期更新があり、規定などに縛られもするが、BMMの支部は各地に点在しているため、協会に所属していれば何かと融通が利くし、仕事の斡旋もしてもらえる。その上、このような大会で良い成績を収めれば昇級が認められ、かつ世間に名を売ることもできる。

 もちろんフリーでもやっていけないことはないが、本業としてそれ一本でやっていくにはよほどの実力がなければ難しい。


 ちなみに、ヤン校長はこの協会においても権威ある人物だ。

 魔獣使い免許の取得法はいくつかあり、大抵は学校に通い技術と知識を身につけ、試験を受けて合格し免許取得となる。

 この魔獣使い学校にも二種類のタイプがあり、ハクロウ塾の場合は学校卒業と共に免許取得となる。これはヤン校長が協会から免許譲与権を譲り受けているためだ。もう一つの学校は、責任者が譲与権を得ていない場合で、卒業後に試験を受け付けている最寄の協会へと出向いて、免許試験を行うこととなる。多くの学校はこちらのタイプになる。




 ヤン校長が代表して受け付けを済ませる。各自に競技プログラムと日程表、団体戦ゼッケン、個人戦ゼッケンが配られた。ユウヤも無事、棄権することなく個人戦ゼッケンを受け取る。

 ゼッケン一三〇五。その数字を見たとたん、ユウヤは不意に、言い様のない高揚感に包まれるのを感じた。


「――……」




 元の世界に残してきた、様々な物。


 父は製造会社に勤めるサラリーマン。母は隣町の郵便局に勤める郵便局員。見合い結婚だったらしいが夫婦仲はよく、末っ子のユウヤをよく可愛がり、大事に育ててくれた。将来は自分が二人の側にいようと決めていた。

 上の姉は子供が生まれ、幸せそうにいていた。次の姉も大恋愛の末に結婚が決まり、めでたいことが続いた。

 小さい頃から遊び場にしていた、近所の動物病院の先生とその奥さん。ユウヤの動物好きはこの人たちの影響といえる。大学合格を報せると、まるで自分の子供のことのように喜んでくれた。

 幼馴染のシュウヘイ。大学で仲良くなったリョウマ。変わらず元気に馬鹿やってるだろうか。遊びに行く約束も、借りたゲームや本も部屋にそのままにしてきた。


 そして路地裏の子猫達も、助けようとした黒ブチ頭のあの子も。何もかも。


 取り返すことは不可能だ。たとえどれだけ焦がれようとも、悔やもうとも。あちらの世界では、自分は死んだことになっているのだろうか。行方不明だろうか。きっと両親は泣いただろう。

 わかっている。けれども、モンスターがあふれ、魔法があふれ、自らも特殊な能力を持ち、いくらそんな世界で天才だの何だのと持てはやされたところで、どこか現実から遠ざかる心地になる、埋まらない何かが常にあった。


 それが今ようやく、変わろうとしている。


 ハクロウ塾。ヤン校長。タリア女史。コパ先輩。オルニス。オルガ。アンジェリカ。

 ――かけがえのない仲間達。

 ドール。ユニ。ラヴィー。

 ――互いに築き上げてきた絆。


 自分の在るべき場所はここだ。

 今、自らの手で掴もうとしている、これはたしかな現実。


 何か吹っ切れたような清々しい心地で胸を張り、いざ臨む卒業試験。


 BMM主催・第十七回トイストイズ記念春季大会――いよいよ開幕である。

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