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第五話:犯人は

 しん、とその場が静まり返った。アンジェリカのすすり泣く声だけが響く。いたたまれない雰囲気に包まれる食堂に、ユウヤはそっと溜め息を零して慎重に口を開いた。


「アンジェリカ、詳しく当日のことを説明してもらえるか?」

「…………」


 長い沈黙の後、コクリと小さくアンジェリカの頭が頷く。


「あの日……ユウヤ君の牧舎を任されて、私、思いついたの。ユウヤ君が、今度の大会で卒業試験だって聞いたから……その……頑張ってもらおうと思って……」


 ぽつりぽつりと下向きのまま話し始めた声は小さく震えている。皆が黙って彼女の声に聞き入った。


「……魔獣用の栄養ドリンク……飲むと、魔力の流れが良くなるはずなの……それ、作って、ドールさんやユニちゃんやラヴィーちゃんの飲み水に、混ぜたの……」

「なっ……あんたそれ、抜け駆けっ!」


 ほとんど語尾の消え入った告白に、今度はまた別の意味で驚いたオルガの声が上がった。びくっと肩を竦めるアンジェリカが、元々小さい体を更に縮めて頭を抱えている。

 どうやらアンジェリカはユウヤに対する好意から、ユウヤのためにと行動を起こしたらしい。


「ごめんっ! でも別にそのことユウヤ君には恩に着せてないし! 私が勝手にしただけなの! でもまさか、それがこんなことになるなんて……!」


 アンジェリカの栄養ドリンク。じつはハクロウ塾内では有名である。

 実家が薬局を営んでおり、薬剤師の素質も持ち合わせているアンジェリカはたびたび周囲に魔獣用の栄養ドリンクを配り、好評を得ている。


 しかしそれゆえに不可解でもある。アンジェリカの作る栄養ドリンクには定評がある。ならばルームメイトへの体裁上それをこっそり行ったにしても、特に問題はないように思われた。


「じつは特製で……普段は使わない材料も混ぜたの。前に作った時はうまくいったから、今度も大丈夫だと思ったんだけど……」


 申し訳なさそうに、伏せたままの顔を上げることができず、アンジェリカはまたごめんなさいと震えながら呟く。




「あらぁ、なるほどそうでしたか。どうりでここのところ、随分と調子が良いと思いましたわぁ」


 不意に、場の雰囲気に似つかわしくない、暢気に間延びしたおっとり声が相槌を打った。

 ユニが頬に片手を添えて、得心がいったというように微笑んでいた。


「言われてみればすっごく元気もりもり! です!」

「ああ、なんか最近むしょーに暴れまわりたくなるのってそのせい?」


 三人娘が次々に思い当たる節があるよう声を重ねた。特製ドリンクの詳しい作用がどういったものなのか、若干物騒な感想も飛び出ている気がするものの、今はさておきユウヤはにこりとアンジェリカに笑みを向ける。


「アンジェリカ、正直に話してくれてありがとう。でも俺も最初から君のことは疑ってないんだ。ドリンクの失敗作で魔獣が人間になってしまうとは思えないし……それにオルガのいう通り、君は魔獣好きのいい子だ」


 ユウヤの笑顔を見てアンジェリカがかあ、と頬を染めて再び俯く。


「じゃあよ、ユウヤ。一体誰が犯人だって言うんだ……?」


 ざわめき出した周囲を宥めるようにコパが発言し、先を促す。ユウヤはそれに頷いて、話を先へと進めた。


「今聞いてもらった通り、当日アンジェリカは自分の従魔に加え、俺とオルニスの従魔のエサやりも任されていました。考えてもみて下さい。俺の牧舎にはドールにユニ、オルニスの牧舎にはロックと、それだけで大型の魔獣が三匹もいます。エサの量が女性一人の力で運べる量に収まるとはとても思えません」


 飼料置き場と牧舎を往復するのにはそれなりの手間がかかる。腹をすかせた魔獣達が待っていると思えば、できるだけ効率よくエサを運ぼうとアンジェリカは考えるはずだ。

 となれば、運ぶのを手伝った人物がいるはずだ――と、ユウヤは考える。


「俺は仲の良いオルガあたりに頼むものだと思っていたんですが、先日一緒に買い物に出た際にそれは否定されています」


 六人で買い物に出た日の昼食時、ユウヤは先日のお礼にとアンジェリカとオルガの二人におごるつもりでいた。その時、オルガは自分も休日は出かけていて手伝ってはいないことを申告している。

 結局、言い出してしまったのだからとユウヤは二人にご馳走し、手伝ったはずの人物については、その場にいないのならわざわざ聞き出すこともないだろうとそのままにして、アンジェリカには重ねて礼を告げておくだけにしたのだった。ユウヤも周りからそういった代行作業を引き受けることはあるので、共同生活をしている者同士、そこは持ちつ持たれつである。


「あの日、君が手伝ってもらった相手を教えてもらえるか?」


「えっと……それは……」


 それまで捨て置いた、そのもう一人の誰かをアンジェリカに尋ねる。すると、再びアンジェリカは気まずそうな、困ったような顔をして眉間を寄せ、しかし決心したように顔を上げてユウヤへと見返した。


 ユウヤの牧舎から一番近い牧舎の担当はオルニスで、その次に近いのはアンジェリカだと先に説明した。じつをいうと、それは間違いである。なぜなら、本当はアンジェリカの牧舎よりももっと近くに、もう一つ牧舎が存在しているからだ。

 ユウヤは、アンジェリカがおそらくはやむを得ずに、本来ならできるだけ関わりたくはないその牧舎の担当へと、手伝いを頼んだのではないかと踏んでいる。


「スクイズ先輩です」


「なあっ――! こンのアマ、俺を犯人扱いする気か!」


 アンジェリカの名指しに、一気に場がざわめく。いきり立ち喚き散らすスクイズに、展開についてゆけずぽかんとしている者や、互いに顔を見合わせる者、あからさまに嫌悪感を示す者まで様々だ。

 動揺の走るその場を置いて、ユウヤは淡々と言葉を続ける。


「これではっきりしました。やはり犯人はあなたですよ、スクイズ先輩」

「ふざっふざけるなっ! 証拠っ……そうだ、証拠でもあんのかよ、ええっ! 親父にいいつけて学校やめさすぞテメェ! ヤン先生、何とか言ってやって下さいよ!」


 呼ばれたヤン校長は表情を変えないまま、顎ヒゲを撫でて生徒達の様子を静かに見守っている。

 ふくよかな頬を真っ赤に染めて一重の細い目を吊り上げ、団子鼻をくしゃくしゃにしかめながら息巻くスクイズに、ユウヤは冷静に言い放つ。


「目撃者がいるんです」




『……見た、だって? あの晩起きた事件の現場をか――?』

『そうだ、間違いなく見た。あれはいつものように私が瞑想にふけっていた時のことだ――』


 ロックの話によればこうだ。


 その日の晩、宿舎の人間もそろそろ寝静まる頃。ロックは就寝前の日課となっている瞑想を始めた。

 ロックの言うところの瞑想とは、感覚を研ぎ澄ますことによって意識を高め、遠くのものを見たり気配を感じたりすることのできる――ようは千里眼の能力だ。


 その千里眼を使って辺りの様子を眺めてみたところ、ふと、ユウヤの牧舎の様子がおかしいことに気付いた。何事かと思いその一点を集中して見てみると、牧舎の中にいる三匹の体が不思議な色の光りに包まれている。


『そして一瞬の眩い閃光が周囲にあふれ出たかと思うと、彼女達の姿は人間へと変わっていたのだ……』




「いやちょっと待て、それじゃ何にも解決してねーじゃねーか。犯人見たんじゃねーのかよ」


 ロックの目撃情報を元に語ったユウヤに、コパが思わず呆れたように口にする。

 ユウヤはそんなコパを宥めるように片手で制して、再び口を開く。


「まぁまぁ、焦らないで下さい。ロックの話はこれで終わりじゃないんですよ」




 話の続きである。


『なるほど。それはたしかに、何らかの魔法が作用していると見て間違いなさそうだな……その他には何か見ていないか? その前後に、例えば辺りをうろつく怪しい人影とか』

『ム。そうだな、そういえば……』


 ロックは鳥らしい仕草で首を傾げつつ、その晩の様子を思い起こして再び語った。


『オルニスが、おやすみを言いに来てくれた。一日顔を合わせなかったので、念のため覗いたのだろうな。あれは少し心配性なところがある。それから……そうだおまえの姿も見たぞ、ユウヤ』

『ん……? 俺?』

『おまえも自分の牧舎を覗きに行っただろう。その後人目を忍んで逢瀬を楽しんでいたようだったが、あれはおまえの新しい交配相手か?』




 そこまで聞いた一同は、じっとりとした眼差しをいっせいにユウヤへと向ける。当たり前だ。今はそんな、某~魔獣使いの異性交遊事情~など聞きたいのではない。誰もが「いいからさっさと話を進めろ」といった表情をしている。


「いや、だから違いますって。問題はそこなんですよ」


 ユウヤは慌てて一同の視線を否定し、苦笑いを返す。


「俺はバイトから帰った際に牧舎に立ち寄ってからは、次の日の朝になるまでそこに行っていないんです」


 ロックが見たというのはユウヤではない。千里眼といえど、目に映る景色は普段見るのと違いがないのかもしれない。だとしたら夜ということもあり、暗くて見間違えた可能性は充分にある。

 もちろんその点についてもロックには言及し、「はっきりと顔を見たわけではない」ことは確認済みだ。


 そしてなおかつ、その二つの人影は片方は宿舎へ、もう片方は町の方へと別れたというのだ。

 もしそれが本当に男女の密会なのであれば、揃ってとはいわずとも二人とも宿舎へ向かうのではないか。

 もちろん、町に住む相手との恋愛がないわけではないだろうが……牧舎を覗いていたという行動は、どう考えても不審極まりない。


「ロックの記憶は多少前後していたんです。何せ、彼が気に留めていたのは最初の事柄だけだったので、他のことは曖昧になってしまったんでしょう。彼が思い出した事柄を時系列に合わせて整理します。まず、オルニスがロックの様子を見に行ったのはたぶん夕食後か、風呂の後か、その辺りでしょう。まだみんな起きている時間です」


 ユウヤの話に合わせてコクリとオルニスが頷く。


「ロックが俺の牧舎の異変に気付いたのが、瞑想を始めた時間ですから、すでにみんなは寝静まった後ですね」


 ユウヤがそこまで言って、聡い何人かは気がついたようだ。


「なるほどなるほどぉ。そして、ご主人様の牧舎の影で逢瀬をしていたという人影は、事件後にそこを訪れた、ということでしょうか」

「そうだ。人目を忍んで逢瀬のできる時間に俺の牧舎の様子がわかる、ということは瞑想中だということになるから、つまりそういうことになる。たぶんおまえ達の様子が気がかりで、眠れずに目が冴えてしまったんだろうな」


 ロックがその人影をユウヤだと思い込んだのは、人影が牧舎を覗いていたからだろう。中に入らずとも、様子を知るだけなら外から覗くだけでいい。ランプの一つも持っていれば事足りるはずだ。

 もっとも、ロックの目にはそれが『眠っている従魔達を起こさないように気遣う優しい主人』というように映っていたようだったが、あいにくそれは、ユウヤからしてみれば『首尾を確認しに訪れた犯人の動向』でしかない。


「人影の一つは宿舎に戻ったということで、事件に内部の人間が関わっているということがわかります。そして俺の留守中、俺の牧舎の中へと入れる可能性があった人物は先ほど述べた通りです」


 下唇を噛んだスクイズがガタン、と椅子を蹴って後ずさる。握り締めた拳がワナワナと震えている。


「そんなの……でたらめだ……全部状況証拠でしか、ないじゃないか……そ、そうだ。それにだ!」


 不意に思いついたような引きつった笑みを見せて、スクイズがドンとテーブルの上を叩く。


「おまえの言ってることは意味不明だ! そいつらにかけられたのが呪いだとしたら、俺が一体いつそんな魔法を使ったっていうんだ!」


 短い人差し指が三人娘を指差す。ドールが不機嫌そうにスクイズを睨み返した。

 スクイズは額に脂汗を滲ませながらも講釈を始める。


 魔法を正しく作用させるためには対象となる物体が射程距離範囲内にあること。これは魔法力学基本中の基本だ。

 もしスクイズが魔法を使うのなら、アンジェリカの目を盗んで行う必要があるが、共にエサやりの作業をしていればそんな暇はない。


 魔法の効果のほとんどは即効性のものである。

 もし目を盗んで魔法を使えたとしても、魔法にかかった三人娘達はその場で姿を変えるのだからアンジェリカが気付かないことはないし、実際三人娘が人間になったのは夜中のことである。


 夜中にルフが見たという人影はあくまでも影であり、個人を特定できていない。

 それに自分は魔獣使いであり、魔導師ではないからそんな大それた魔法は使えない。


 以上を早口で捲くし立て、状況的にも不可能だと荒い鼻息を漏らす。


「どうだ、どれをとっても俺に犯行は不可能だ! たしかに俺はアンジェリカの奴の手伝いをしてやったが、そりゃーか弱い女の子が道端でひいひい言ってりゃ、俺だってたまには親切心ってもんが起きる。それに俺はただ手伝っただけで、怪しい行動は一切してねぇ。なんならその女に聞いてみろ」


 顎でしゃくられ、渋々ながら、それでもアンジェリカはスクイズの言葉に相槌を打った。


「本当です。最初は一人でやろうとしてたんだけど、スクイズ先輩がどうせ自分の牧舎に行くまでの通り道だからって、声かけてくれたんです。……ユウヤ君と仲悪いのは知ってるから、迷ったんだけど……」


 父親の立場を盾に威張るような先輩相手だ。強く言われれば断り辛いだろう。


「それにたしかに、別段怪しい行動はなかったと思います」


 ほらみろ、どうだというようにスクイズは丸い顎先が埋もれて無くなりそうなほど胸を張る。

 ユウヤはスクイズに対し素直に頷いてみせ、しかし眼光はますます鋭さを増して相手を見据えた。


「先ほど魔法は即効で効果が出るとおっしゃいましたが、例外があります。そして何もスクイズ先輩自身がその場で魔法を使う必要はありません」


 ユウヤが言う例外とは時限魔法という『魔法の発動するタイミングを操作する魔法』のことだ。

 名前の通りタイマーのような役割をする魔法で、例えば火を起こす魔法に時限魔法を重ねがけして、一時間後にかまどに火が起こるように魔法をセットすることができる。目覚まし時計などの魔法道具にもこの魔法の効果が使われている。

 なお、細かい理屈でいうと時限魔法の効果も即効性だということらしいのだが、その辺りは割愛する。


「アンジェリカがそうしたように」

「あっ」


 アンジェリカが気付いたように声を上げる。その声に触発されたようオルガが続きを口にした。


「エサに魔法薬か何か混ぜれば……!」


 時限付き呪いの魔法薬さえあれば、犯行は可能になる。ついにその結論へと達して、ユウヤの冷えた視線は真っ直ぐにスクイズを射抜く。スクイズは「ぐぅ」とカエルを押し潰したような唸りを漏らして息をのんだ。


「ででっでたらめだ……ルフの話なんて、誰にもわらわらわからねーじゃねーかっ……おまえが俺をはめるために仕掛けた罠だ……みっみんみんんな、騙されんな……」


「それはたしかにそうです。しかしあの日、オルニスに使いをいいつけたのはあなたですよね? スクイズ先輩。まあ、俺はあなたを無視してアンジェリカに代理を頼んだわけですが」


 ユウヤが休日にバイトへでかけてゆくのは宿舎の皆が知っていた。ユウヤの日割を調べ、休みをとっている日がわかれば、後はオルニスもその日に出かけるよう仕向ければいい。この集会の前に事情を説明した際、そのことをオルニスが証言し、裏付けとなった。


 スクイズはユウヤが出かけた後、魔法薬を持って従魔のエサやりに苦労しているアンジェリカに手伝いを申し出る。

 薬であれば、アンジェリカの目を盗んでエサに混ぜることも不可能ではない。

 魔法薬には時限魔法がかかっており、おおよそ十二時間後に発動。

 魔法がたしかに発動したかを確認するため、夜中に一度牧舎に出向く。

 密会していた人物は、おそらくスクイズに魔法薬を渡した何者かだと思われる。




「いいですか、スクイズ先輩。これらはあくまで俺のたんなる推察であって、あなたの言うように状況証拠でしかありません――」


「ですが――」


「俺はあなたが犯人だと確信しています。どうか非を認め、ご自分から真相を話してはもらえませんか――」




「――俺が冷静でいられる内に」




『イメンシペイト!』




 ユウヤの、突き刺すような一言が聞こえたのを最後に――。


 次の瞬間。

 一体何が起きたのか、おそらく理解できた者はそこにおらず、一様にただただ呆然とするより他ないのだった。

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