第十二話:終幕
そもそもスクイズをこんな性格に甘やかして育てたのは母親の方だった。
あの日父子がハクロウ塾より帰宅した後も、息子を管理局に突き出すというベイスン氏に対し、母親は「やめてくれ、それはあんまりだ」と泣き縋り、許しをこうた。
しかしベイスン氏の心は揺るがなかった。
それまでにもこの母子のあらゆる面においてだらしない姿に幾度となく閉口してきたが、自分の多忙さでそちらに構えない申し訳なさを思い、大抵のことには目をつむってもきた。
そしてそんな甘え、甘やかしの自分達の関係がこのような事態を引き起こしたのだ。
今ここできちんとこの関係を清算し、軌道修正をはからなくてはならない。ベイスン氏は己自身を律しながら、嘆く妻を宥め諭した。
しかしそんな親の心はこの子にして知るつもりなど毛頭なく、ベイスン氏がそちらに気を取られている隙にスクイズは傍らの卓の引き出しからナイフを取り出し、迷うことなくベイスン氏の背中を刺した。
刺して、あっけなくその場に倒れこむベイスン氏と更に泣き喚く母親を置き去りに、持てるだけの金品を家から奪い逃げてきたのだ。
「さぁて、無駄話はここまでだ。それじゃあ覚悟はいいかよ、お二人さん。たっぷり念入りにいたぶってやっからよう……クヒヒヒヒヒッ」
――父親を殺した。
ユウヤも、そしてマーシュも、そこで黙った。スクイズは相変わらず気が狂ったように目を吊り上げて笑い続けている。
ユウヤは悔いた。
はっきりと、目の前の男に何も許してはならないのだと理解し、痛く悔いた。
ベイスン氏に起きた事態に少なからず責任を感じてしまい、同時に激しく怒りを覚える。あの、一度目にスクイズを追い詰めた時の比ではない、更なる激情がユウヤの中で渦巻いた。
マーシュとキャサリン。レオノル、オット、その従魔であるコーンとリーザ。マーシュと三回戦で戦うはずだった相手。皆、本来なら自分とスクイズの間で決着を着けるべき事柄に巻き込んでしまった被害者達だ。
ビッグホーンも、サーベルタイガーも、元は罪のない魔獣達のはずだ。ユウヤにとって、それは救いたいと思う、救わなければならない対象だ。
――どうする。
この状況でどうすればいいのか、とれる手立ては少ない。全て何事もなく無事にというのは無理だ。何か犠牲を払わなければ現状は打開できない。
しかしすでに犠牲となってしまった人がいる。これ以上の犠牲はできる限り最小限にとどめる必要がある。
何を取り、どこに妥協し、諦めるか。
コロシアム内のざわめきが少しずつ引いていった。どうやらようやく避難を終えたようだ。
恐らくは今頃大会本部の者やプロの魔獣使い達がどこかからこちらの様子を伺っているのだろうと思われる。しかし事態の詳細を伝えないことにはそちらがどう動くかもわからない。
――今この場で自ら手を打てる内に打っておかなければ。
ユウヤはじっと、スクイズよりも向こう側の遠くへと見つめるように思案し、そして自分のとるべきカードを決める。
「わかりました」
暫くの沈黙の後、ぽつりとユウヤは呟いた。
「俺のことは好きにして下さい。その代わり、まずこの場にいるみんなを無事解放するのが条件です」
改まったユウヤの発言に、スクイズが「ほほぅ?」と楽しげに顎をしゃくる。
「ついに観念したかよ、殊勝な心がけだな。ただな、ちーっと、俺のご機嫌伺うにゃー態度を改めんのが遅すぎたってー感じだな」
スクイズは優越感に浸り、ない顎を手で擦りながらユウヤの様子を視線で舐めた後、少し考えるような素振りをしてみせた。
ユウヤはじっとスクイズを見据える。
「よぉおおし、いいだろう。じゃあまず俺様に謝れ。土下座して『スクイズ様申し訳ありませんでした』っつってみろ」
ユウヤはその場に膝を着く。両手を前に、そして頭を地面スレスレまで下げて伏した。
「スクイズ様、申し訳ありませんでした」
悔しさを押し殺した、ユウヤの呻くような謝罪がひれ伏した頭から漏れる。それを見たスクイズはたまらず愉悦の笑い声を上げる。
「よぉおおしよしよし、いいぞぉ、いい感じだ。テメェはそのままそうしてろ。じゃあ次、そこのレッドドラゴンとグレイトコングをしまってもらおーか。俺の身が完璧に安全を保障された状態で人質を解放してやる」
次の条件をのみ、マーシュの籠へとキャサリンが入り、ドールは一時解放を終えて人間の姿に戻る。ドールは憎々しげにスクイズを睨むが、ユウヤに強く言い含められ、今は大人しく指示に従っている。
次は人質とユウヤの身柄の交換だ。スクイズがマーシュに手錠を投げ、それでユウヤの両手を後ろ手に拘束させる。やはり手を拘束されているレオノルとオットがスクイズの前に立たされた。
今、ユウヤ達とスクイズ達の間における距離は試合のフィールド一面分。ちょうど各陣地の一番後方に陣取る形で向き合っていた。
「さて、じゃあこいつらをそっちに向けて歩かせる。そっちからはテメェが歩いてこい。ゆっくり一歩ずつだ」
「ちょ――ちょっと待って! それじゃあコーンはどうなるの!」
「そ、そうだっ、俺よりリーザをまず解放してくれ!」
背後の声にレオノルとオットが慌てたように振り返りスクイズへと抗議する。
「うるせぇ!」
スクイズが顔を険しく歪めさせ、容赦なくレオノルの頬を張り倒した。レオノルが地面へと倒れこみ、慌ててオットが助け起こす。
二人は信じられないものを見るような呆然とした眼差しでスクイズを見上げたが、スクイズはさも当然というように悠々と胸を反り返らせて二人を見下し、淡々と告げた。
「俺は『人質』を解放するっつったんだ。ケモノは数に入っちゃいねぇんだよ。諦めんだな」
そんな――と、声にならない声を発して、レオノルとオットは絶望し、項垂れてしまう。
ユウヤはそこで項垂れていた頭を持ち上げ、スクイズを見据えて迷わずきっぱりと言い放つ。
「ではこちらも条件はのめません。俺が要求したのは彼らの従魔を含めたこの場の全員です」
レオノルとオットの頼みは他でもない「自分達よりも彼らの従魔を優先的に助けること」なのだから、ユウヤの中でそれを揺るがすわけにはいかない。
しかしこれは賭けだ。強気に出て全てのカードを失う可能性もある。
失敗は許されない。
「なんだとぉ……? テメェ、自分の立場がわかってんのか」
「充分承知してますよ。本当ならそのビッグホーンとサーベルタイガーも含め、と言いたいところです」
妥協しているのだ、と言い含める。スクイズはお話にならない、というように肩を竦めた。
「ンーじゃ、交渉決裂だ。俺はこの場にいる全員ぶっ殺してやっても構わねーんだぜ?」
「解放する気は最初からなかったということですか。解放する気のない人質に意味はありませんが?」
「それでもテメェらみたいな甘チャンにゃ有効だろーがよぉ!」
「全滅を選ぶほど馬鹿ではありません」
スクイズらしいといえばらしいが、彼の行動はかなり支離滅裂で無茶苦茶だ。それを理路整然と筋を通すようにユウヤは指摘してやる。
しかしスクイズ相手にそれは逆効果だ。彼に正論が通じた試しはない。
「相ッ変わらずムカツク言い方するヤローだなクソが! そんなにこんなモンが大事かよああン?」
興奮した様子でスクイズが先ほどの二つの籠を再び取り出す。引きつった笑みをユウヤへと向けて、その籠をビッグホーンの口元に持ってゆく。
「それならこうしてやらぁ!」
ビッグホーンが顎を上向け口を大きく開く。籠を飲み込ませるつもりだ。
――やはりこうなるか。
「ああっ、コーン! やめてぇ!」
「頼む、待ってくれ!」
レオノルとオットの悲痛な叫び声が響く。
――今しかない。
『イメンシペイト!』
「ぐあ――ッ!」
不意にスクイズが背中から突き飛ばされたように勢いよく前へとつんのめり、短い足をもつれさせてそのまま横転する。スクイズの背にハネミミラビットの体当たりが見事に炸裂していた。
転んだひょうしに手にしていた籠が零れ落ち、地面へと転がる。そこにすかさずユニコーンが駆け抜け、地に転がっていた籠を口に拾い上げて主人の元まで駆け抜けた。
「レオノル! オット! 走れ! マーシュさん、二人と籠を!」
ユウヤの声が各自へと向けられ、マーシュの手にはユニの口から籠が渡される。
泥のついた顔を持ち上げてスクイズが怒鳴る。
「――このクソがぁっ! おいテメェら、何やってんだぼーっとしてねーでなんとかしやがれ!」
レッドドラゴンが翼を広げ、砂塵を散らして地を蹴った。まるで業火がうねるようにあっという間に開いていた距離を詰め、ビッグホーンに対峙する。大きな角を両手に捕まえ、ビッグホーンの動きを捕らえた。力勝負ならドラゴンも負けていない。
マーシュに籠を渡したユニコーンはひらりと踵を返し、レオノルとオットを庇うようにしてサーベルタイガーの前へと下り立った。サーベルタイガーの牙と爪をものともせず鋭い角で突き上げ返し、素早い動きで圧倒する。
動揺したスクイズの明確ではない命令にビッグホーンとサーベルタイガーの勢いはいまいち鈍っている。唸り声を上げ、威嚇はするものの、その動きは目的が定まらず相手に翻弄されてどんどんスクイズから離れてゆく。
スクイズは状況が不利と感じるやいなや、二匹を見捨ててその場から一旦引き上げようと後ずさり、背を向けた。
そこにまたハネミミラビットの体当たりをまともに食らい、再び軽く吹き飛んで地面へと転がる。
ユウヤは三匹に詳しい指示を与えたわけではない。
ただ観客席を見て、こちらへと向かうユニとラヴィの姿に気付いた時から、信じていた。
人のはけた観客席でようやく最前列に辿り着いたユニとラヴィは、ラヴィの聴覚強化で会話を聞きとり事態を把握し、ユニの判断でユウヤの『戦う意思』がみえるまでその場にて機を伺っていた。
ドールも二人に気付いていたかどうかはわからないが、咄嗟のことでも起きた状況に合わせ、ユウヤが何を望んでいるのか理解している動きはさすがだ。
魔獣といえどこうして自ら考え、意思を持ち、他者を思って行動する。
こうやって主従関係を結べるのも全て信頼関係があってこそだ。
意思のあるもの、心のあるもの、命のあるもの――それらを蹂躙したスクイズの罪を、ユウヤは二度と許す気はない。
ユウヤはラヴィーを従え、スクイズの前に立った。スクイズは顔を青くし、地に尻を着いたままユウヤを見上げる。
「観念しろ、スクイズ。今度こそ俺はあんたを見逃すつもりはない」
「ひっ……ひいいいっ……たすっ助けてくれ……っ! いいい命だけは! かねっ金ならやるぞ! だらだかだから命だけは……っ!」
「命か。自分の父親さえ使えないと言って殺したあんたに命の価値がわかるのか」
「ああああれあれは勢いでつい言っちまっただけだよおおお! 殺しはしてねーよおおお! 本当だよおおお! おふっおふくろがっナースだから大丈夫だってぇええ!」
この世界にも医者はいる。医者もいれば看護士――つまりナースもおり、病院もあるのだ。看護士は看護の知識に加え、治癒魔法を扱えるのが通常である。
それを聞けばたしかに多少は安心できたものの、それでもそれとこれとは話が別だ。
「あんたとも漸くこれでケリが着きそうだ。覚悟はいいか」
「な、なぁ、頼むよユウヤ……いや、ユウヤさん。ユウヤ様! おおお俺達、元は同じ学校で学んだどど同志じゃねーか。な?」
「あんたが弄んできたものの重み、その身で存分に味わって悔いるといい」
「もうっ! もう二度とこんなことはしないってちかっ誓うううっ。誓うからあああっ。なあああ! 頼むよおおお!」
いまやスクイズは哀れなくらい汚い顔をして泣きじゃくり、媚びた態度ですがるような声と視線を向けてくる。盾となるものをなくしたとたんにこの様だ。
これが可憐な美少女であればまだ絵になろうものの、スクイズでは正直見るに耐えない。似合ってはいないが、高級そうではあるジャケットもあちこち泥まみれだ。
ドールとユニもユウヤの傍らへと戻ってきた。
遠目にビッグホーンとサーベルタイガーの二匹が数人の人手に取り押さえられているのが伺える。大会本部の人達だろう。どうやら状況が変わったのを察して行動に出たようだ。
スクイズの命乞いはいよいよ切羽詰り、もはや何を喚いているのか、まともな言葉にはならなくなった。
『ドール』
「ドール」と呼びかけた声は同時にスクイズにも聞き取れた。ユウヤの能力の一つ、複数体へと同時に語りかけることができる多重音声能力だ。
スクイズがぴたりと喚くのをやめて、本格的に絶望した様子でユウヤを見つめ、絶句する。唇をわなわなと震わせ、普段赤らんでいる頬も今はすっかり血の気が引いていた。
スクイズのような人間は本物のクズだ。
このような輩はどれだけ周囲が手を焼こうとも更正の余地などなく、死ぬまでその性根が直ることはないんだろう。……いや、死んでも駄目かもしれない。
『やってくれ』
たった一言、ユウヤは冷たく言い放つ。
ドラゴンの鋭い牙がむき出しになり、容赦なくスクイズの頭へと襲い掛かった。
「うぎゃああああああああああああああああああ!」
たとえ生き物好きのユウヤであっても害虫や害獣というものは勿論駆除する。ただ生き物が好きというだけで魔獣使いはやっていけない。
スクイズという人物は間違いなく『有害』だ。
「いやー、客席から見てたけどよ。俺、マジでおまえがヤッちまうかと思ったぜ」
コパが頭の後ろで手を組みながら、泡を吹いて気絶しているスクイズを見下ろし、やれやれといった表情でユウヤに言った。
ドラゴンの牙が掠めてできた掠り傷が頬に付いている他は特に外傷もなく、スクイズの身柄はいたって無事だ。ただショックのあまり失禁してしまっており、かけつけた本部の人達は彼をここから運び出す作業をするのに少々嫌な顔をしている。
手かせの取れたユウヤが手首を振って手の感触を確かめ、コパの言葉にひょいと肩を竦める。手錠は魔法道具でもなんでもない、ただの手錠だったので簡単に外すことができた。
「そうですね。残念ですが、罪を裁くのは法の仕事ですから。俺にできるのはここまでです」
「おまえどんな時でもほんと冷静だよなー」
「そうでもないです。彼はすでに降伏してましたからね。過剰防衛とか、脅迫罪とか……管理局にバレたら怒られるかも」
「誰もチクッたりしねーだろ。こいつにそんくらい仕返したところでバチは当たんねーって。気にすんな!」
「気にしてません。全然物足りないくらいです」
「……。俺、ほんとはおまえが一番怖ェんじゃねーかってたまに思うぜ……」
スクイズがタンカに担がれ連れていかれる。すでに治安管理局への通報は済まされているので、彼の身柄が改めて拘束されるのも時間の問題だろう。かたわらにはヤン校長が付き添っていった。
ちなみにユウヤがスクイズと対峙する中、ユニとラヴィーを観客席の最前列まで届けたコパはラヴィーから状況を知らされてすぐにヤン校長へとピストルにて伝言を飛ばし、人質を取られ無闇に手を出せない状況であることを伝えていた。
校長ならばこの事態を聞きつけて真っ先に駆けつけるだろうし、それが一番大会本部に話が通りやすいと思われた。実際その通りであり、こうしてコパもまたユウヤの思惑をかなえるのに一役買っていたのだった。
事態がひとまず収拾し、バトルトーナメント個人戦決勝戦再開の目処がついた。プログラムが修正され、改めてユウヤとマーシュに午後の一時より試合を始めると通達された。現在時刻は間もなく午前十一時になるところだ。
ユウヤはそこで次の日に試合を持ち越すことはできないのか、と尋ねてみたが、次の日からはプロの試合日程が始まるため、時間の融通は利かないのだそうだ。
そんなわけで、ユウヤは決勝戦に棄権を申し出ることとなった。
ドールもユニも、あの事態においてやっと二度目の一時解放をかなえたラヴィーも、三人娘は現在揃って夢の中。さすがにあの危機を乗り越えた後でもう一度叩き起こすなんて暴挙はユウヤにはできなかった。
マーシュはいささか残念そうにしながらも「いつかきっとデュエルしよう」と頷いてくれた。
――こうして、バトルトーナメント個人戦優勝はマーシュ・バトンとグレイトコングのキャサリンのペアのものとなり、その幕を閉じた。
今回の事件が起こったことで、大会側は防犯面においての見直しをすることになるだろう。スクイズが与えた、大会や、魔獣使い界隈全体への被害は無視できない規模のものだ。
また、スクイズの極刑もほぼ確定的だった。
しかしスクイズを手引きした闇組織の問題が残っており、その組織が検挙されるまではスクイズの裁判が進むことは恐らくない。
結局あの日、スクイズが父親を刺してから何があったのか――。
事の顛末はこうだ。
実家を飛び出したスクイズは、フードの男からの連絡を待った。自分から連絡をすることはできないが、相手の方からまた連絡するというように聞かされていたからだ。
男が言うには「禁呪薬の効能を気に入ってもらえたのなら、組織への入会を勧めたい」とのことだった。スクイズは宗教活動や革命運動に興味はないが、金になるのならとその誘いに頷いていた。
フードの男からの連絡はすぐにあった。家を飛び出て、適当にホテルの部屋を取るよりも前に、だ。
まるで事の成り行きを実際に見ているかのような絶妙なタイミングであったが、スクイズにとってそんなことはすでにどうでもいいことであり、一も二もなく男の案内する組織の支部とやらに転がり込んだ。
スクイズは組織への入会を申し出ると同時に所持金の大半を献上品として没収されたが、代わりに「必要ならば魔獣奴隷を支給する」と言われたため、地下の檻に入れられていたビッグホーンとサーベルタイガーの二匹を所望した。
こうしてスクイズはユウヤへの復讐計画を再び思い立つのだった。
大会が始まり、会場へと訪れたスクイズはトーナメントの進行具合を確認し、他校に通っている従兄弟へと何食わぬ素振りで声をかけた。従兄弟も大会に参加することは前もって知っていたのだ。そしてそれがマーシュと三回戦で戦う予定だった相手だ。
計画は順調に進んだ。
従兄弟に従魔を見せてくれと言い、隙をついて従兄弟の従魔に毒を盛る。解毒剤が欲しければ通行証を寄こせと脅して、あえなく通行証を手に入れた。
中へと潜入してからは取材記者を装い、偽造した名刺を持って計画をより確実にするための道具の用意に取り掛かる。
その道具たる人質もまた、魔法道具によって簡単に手に入った。カメラのフラッシュに見せかけた光は浴びせると対象を昏倒させることができる、本来は老人や子供が携帯する護身用グッズのものだ。
こうして計画実行のための準備は全て完璧に整ったはずだった。
しかしスクイズの計画は失敗に終わった。
その原因の内で最も致命的だったのは、スクイズが魔獣使いとはなんたるかを全く理解していなかった点だといえよう。
魔獣使いという人間達は生き物全般、特に魔獣に対して甘い――というのは、スクイズの勝手な思い込みだ。
勿論、ユウヤに限らず魔獣使いを名乗る者は例に漏れず生き物好きであり、命というものに対し敏感である。
しかし同時に『人間』と『魔獣』、更には『家畜』『ペット』『害獣』といったものの区別もきちんと理解しており、それらについての分別もある。
パートナーとなる従魔は愛玩動物ではない。高い知能を持ち文化を持つ彼らが人より劣る生き物ということもない。
そしてだからこそ『魔獣を人間と全く同じように扱う』というのが無理なことも魔獣使いの間では常識である。そもそも生態が違うのだから当然のことだ。
可愛がり、甘やかすだけなら簡単だ。拒絶し、全否定するのもまた容易い。家族や友人のように想うのは自由だが、人間と同じ生活環境に置くのはナンセンスであり、それは主となる人間のエゴでしかない。
『共存』というのはそんな表面上だけのアンバランスなものであってはならないのだ。
人は賢い。そして他種に抜きん出て器用な生き物である。
魔獣との違いはたったそれだけであり、しかしだからこそこの世界で最も繁栄している種族なのである。
人間と魔獣の共存する世界をかなえるというのもまた、人にしか成せない業だろう。
魔獣使いとなる者達にはそうした信念が宿っている。それはスクイズの粗悪な計画程度で崩されるようなものではない。
信念を持つ者は強い。
たとえあの場で人質が捕らわれたままでいたとしても、大会本部の人間がスクイズ確保にあたって手加減をしたとは思えない。だからユウヤはレオノル達の救出を急ぎ、そして自分が換えに人質となった場合の覚悟も同時にしていた。
スクイズには一生このことは理解できないに違いない。理解できないまま、その人生を終えるのだろう。
薄暗く小ぢんまりとした無機質な部屋にある簡素なベッドで、スクイズは手かせと足かせをはめ込まれ、引き続き眠らされていた。
それをじっと眺め傍らに佇むヤン校長の耳に「間もなく管理局員が到着する」というむねが伝えられた。校長は小さく相槌を打ち、伝えた相手が退室するのを見届けて、再びスクイズを見やる。
「畜生にも劣る――か。どうにもおぬしを救ってやれなんだ。無念よの……」
かつての教え子を見下ろし、呟かれた老人の声は独白に終えた。