↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/29

第15話 鹿の神の社

第15話 鹿の神の社


「神との契りの証、確かに受け取った」


 アシカビは五百円玉を置き、私を見た。

 ひとまず、贈り物は気に入ってもらえたらしい。背中の力を抜きかけたところへ、先ほどの問いが戻ってきた。


「して、お主らを遣わした神とは?」

「……鹿の神、鹿光様です」


 様をつけたのは、初めてだったかもしれない。

 私を山に放り出し、猿に噛まれたことまで笑った相手だ。だが今は、恩知らずな使者だと思われるわけにもいかない。

 周りの顔が、一斉に上がった。


「やっぱり、そうやっちゃが!」


 ドグリが膝を叩く。マグリも大きく頷いた。

 予想していた反応と、少し違った。


「昨夜、山が天を突くように輝いた。あれは鹿の神のお出ましか?」


 アシカビが尋ねた。

 私は思わず、入口を振り返った。そこからあの草原が見えるわけではない。

 昨夜。光。車の外。


「お父さん、何のこと?」


 ユキヒコが袖を引く。


「……昨夜、鹿光が出たんだよ」

「えっ。僕、知らないよ」

「ああ。覚えてないみたいだったから」


 私も夢だったかと疑っていた、とは言いにくかった。

 端末の電池に続いて、今度は目撃者まで現れたのだ。どうやら本当に、私はあの神と話していたらしい。

 だが、それより気になることがあった。


「アシカビ殿は、鹿光をご存じなのですか?」

「俺が子供のころから、何度もお姿を見ておる。村に社を設け、代々祀ってきた神じゃ」


 私は口を閉じた。

 私たちだけに現れた、不思議な鹿。

 そう思っていたものを、この男は子供のころから知っている。


「この村で、祀っている……」

「そう言ったではないか。何を驚く」

「いや。私たちを連れてきた神が、ここにもいるとは思わなくて」

「神の使いが、自分の神の社を知らんとはな」


 アシカビが笑った。

 私は笑えなかった。自分で名乗った肩書について、相手の方が詳しかった。


「ちょうどよい。今宵は祭りだ。案内しよう」


 長が立つと、カヤ姫も立ち上がった。


「ユキヒコ、一緒に行こう」

「う、うん」


 息子は素早かった。

 私は荷物を持ち直し、アシカビが懐へしまう硬貨を目で追った。神秘の金属を持ち出さなくても、名前を言うだけで通じたのではないか。

 今さら考えても、遅かった。


     *


 外へ出ると、空が赤くなっていた。

 家々の間を人が行き来し、枝を束ねたものや食べ物を運んでいる。私たちを見て手を止める人もいたが、皆が珍客にかまっていられるほど暇ではないらしかった。

 カヤ姫も、途中で女に呼び止められた。指さされた籠を覗き、何か答える。それからこちらへ戻ってきた。


「こっちやっちゃ」


 息子がついていく。

 私は、その二人の後ろを歩いた。ユキヒコはカヤ姫の歩く速さに合わせようとして、少しだけ足を急がせていた。

 村の奥に、木々がまとまって生えている場所があった。

 その手前で、カヤ姫が足を止めた。


「ここが、我らの神の杜じゃ」


 太い木の根元に、食べ物が置かれていた。

 大きな石があり、そのそばにも小さな器がある。石を積んだもの、屋根をかけたものが、木々の間に点々と続いていた。

 何も知らずに歩いていたら、祠だと気づかなかったものもあっただろう。

 カヤ姫が、その一つへしゃがんだ。


「これは、猪の社。山の神さんじゃ」


 猪の頭蓋骨があった。

 続いて、蛇の描かれた石を示す。


「こちらは川の神。大蛇が姿を変えたものと言われとる」

「石になったの?」

「そう伝わっとるっちゃ」


 ユキヒコは、石のまわりを覗き込んだ。寝ている動物を起こさないようにしているような、慎重な動きだった。

 次の祠には、灰が供えられていた。


「これは火の神。竈火《かまどび》の社じゃ」

「火にも、いるんだ」


 息子が私を見た。

 火をつけた日、飲める水ができた。魚が焼けた。夜の寒さをしのげた。

 私にも、灰を大事に供える気持ちが、以前より少し分かる気がした。


「神様って、こんなにたくさんいるんだね」

「この世のあらゆるものに神は宿る。だから祀るんよ」


 カヤ姫は、器の位置を少し直した。

 頭の中に、アニミズムという言葉が浮かんだ。自然のものに霊や意志を認める、と、本で読んだ説明が続きかける。

 私はそれを口にしなかった。

 彼女は今、分類の話をしているわけではない。

 毎日つき合っている相手を、一人ずつ紹介しているようだった。

 しかも、そのうち一柱については、私も口の悪さまで知っている。


「タカシ。こっちだ」


 アシカビが、少し大きな祠の前へ立った。

 扉に手をかけ、開く。

 奥に、鹿の角が置かれていた。

 枝分かれした先が、差し込む夕日の中へ伸びている。


「鹿光の社じゃ」

「これは……鹿光の角ですか?」

「と、村には代々伝わっておる」


 私は腰を屈めた。

 昨夜の光の角とは違う、物の重さがある角だった。誰かが拾い、運び、ここへ納め、そのあとも長く守ってきたのだろう。

 真偽を尋ねようとして、やめた。アシカビも、伝わっていると言っただけだ。

 私は昨夜の文句を思い出した。


「鹿光は、鹿を狩ると怒ります。仲間を奪うなと」

「ならば俺は祟られるかもしれんな。幾度も狩ってきたからな」

「……いや。生きるためですから。それは仕方ないでしょう」


 即座に答えてしまった。

 アシカビがこちらを向いた。


「神の使いが、神に逆らう男を庇うのか」


 ユキヒコが、小さく笑った。

 私は咳払いをした。


「私も狩ろうとしましたので」

「獲れたか?」

「……いえ」


 後ろでドグリとマグリまで笑った。

 アシカビは祠の扉を戻し、私へ向き直った。


「やはり不思議な男だ。奇妙な衣を着て、見たこともないカネを持ち、恐ろしい光まで使うと聞く」


 二人が、笑うのをやめた。


「だが、威張りもせず、こうして我らと膝を突き合わせる」


 私は視線を上げた。

 こちらは、どうにか信用してもらおうと必死だった。その必死さまで、相手には見えているのかもしれない。


「同じ神の使いを名乗っても、あの男より、よほど信用できる」


 カヤ姫の顔から、笑みが消えた。


「……ほかにも、神の使いが?」


 私が尋ねると、背後から声がした。


「くだらぬ、くだらぬ!」


     *


 振り向くと、男が三人いた。

 先頭の男は、私たちではなく、アシカビを睨んでいた。太い首に、盛り上がった肩。腰には剣がある。

 その後ろの二人も、武器を持っていた。


「長よ。勝手によそ者を入れてもらっては、困りますな」

「ナガツか」


 アシカビの声が変わった。

 先ほどまでのように笑って、相手の反応を待つ声ではなかった。


「この者たちは鹿光の使者だ。よそ者として追う理由はない」

「鹿光の使いだと?」

「そうだ。そなたが従っておる男の方こそ、よそから来た者ではないか」


 ナガツの目が細くなった。

 私は、いつの間にかユキヒコのそばへ寄っていた。

 夕方の風が木々を鳴らす。少し離れた村の声だけが、場違いに明るく聞こえた。


「たぶらかしている、などと思われては心外ですねえ」


 別の声がした。

 ナガツの後ろから、白い衣の男が出てきた。

 整えた髪。落ち着いた足取り。こちらの男たちとは、纏っている空気が違う。

 男はアシカビへ、口の端だけで笑ってみせた。


「あなた方が知らない真理を、お教えしているだけですよ」

「ネリ。ここは我らの祭りの場だ」

「ええ。だからこそ、お伝えする価値がある」


 ネリは私たちを一度見渡した。

 私と目が合う。柔らかい表情の奥で、視線だけが動かなかった。


「我らが偉大なる、アマテラスの教えを」


 息を止めた。

 天照大神《あまてらすおおみかみ》。私が知っている、あの神の名。

 ついさっき、知らない神々を紹介されていた場所で、知りすぎている名前が出てきた。

 私は白い衣の男を見た。

 その名を、なぜ、お前が口にする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。