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レクシア -de quodam lexicone fabula-  作者: Nekke
第2章 ルーメル編
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0020 追走

 討伐の準備で騒がしい窓の外と違って、宿の中はひどく静かだった。窓から、ほんのり夕日がさしていた。

 ベッドに腰掛けたまま、私は自分の手を見る。正確には私の分体の手だけど、そんなことはどうでもいい。…私はきっと、行っても何もできないんだろう。頭が冷えてくると、その事実が刺さってくる。私はただの一般人。戦えないわけじゃないけど、討伐隊に混ざれるような実力はない。


 でも、本当に、それでいいのかな?

 あのオーガを思い出す。

 あの圧倒的な存在感。あれが群れと一緒に来るかもしれないなんて、正直、冗談じゃない。

 ローディスさんたちだって、無事で済む保証なんてどこにもない。

 …それでも、私は何もしないで待つだけ?


「……そうじゃないよね」

 小さく呟く。誰に聞かせるでもなく、ただ確認するように。

 私は立ち上がった。

 討伐隊はもうすぐ出発するだろう。だから、追いつけるのは今しかない。

 分体を生成し、宿に置いていく。私は窓を開け、そこから飛び出した。


 風が頬を打つ。思っていたよりも高かったらしく、地面が一瞬だけ遠く感じた。

「っと…!」

 着地の瞬間、膝を軽く曲げて衝撃を逃がす。足元の石畳に、かすかな音が響いた。……よし、大丈夫。


 周囲を見渡す。夕暮れの街はまだ人通りが多く、討伐の準備で慌ただしく動く冒険者たちの姿もちらほらと見えた。装備を整える者、仲間と話し合う者、急ぎ足でどこかへ向かう者。

 その流れの中に紛れるように、私は歩き出す。

 ……目立たないように、目立たないように。フードを軽く引き下げながら、人の流れに合わせて進む。幸い、今は誰もが討伐のことで頭がいっぱいらしく、私のことを気にする様子はなかった。


 やがて、街の南門が見えてきた。

 門の前には、既に多くの冒険者たちが集まっていた。鎧の擦れる音、武器のぶつかる音、低く交わされる会話。空気が、どこか張り詰めている。

 その中に、見知った顔があった。

「……いた」

 ローディスさんたちだ。


 レンさんが何かを言いながら笑っていて、荷物の確認をしている。クレアさんは少し離れた場所で、周囲を見渡していた。

 そして、その隣には……カイル。彼は黙って、門の外を見つめている。その横顔は、さっきまでとは少し違って見えた。

 ……やっぱり、行くんだ。まあ、当然といえば当然か。勇者の卵なんだし。


 その時、不意に声が響いた。

「全員、揃っているな!」

 低く、よく通る声。振り向くと、エルヴァンさんが門の前に立っていた。

 ざわめきが、一瞬で静まる。

「これより、南の森への討伐を開始する。目的は蹂躙(スタンピード)発生源の特定、及び排除。規模は不明、だが最悪を想定しろ」

 周囲の空気が、さらに引き締まる。

「俺たちが討伐をするのは、俺たち自身の大事な者、守るべき者を守るためだ。だが…」

 一拍、間を置く。

「俺たちがいなければ守れない命があることを心得ろ。絶対に生きて帰れ」

 その一言に、誰もが小さく頷いた。


 やがて門がゆっくりと開き始める。重い音を立てながら、外への道が姿を見せた。

 討伐隊が、動き出す。……ついに、行くんだ。胸の奥が、少しざわざわする。

「……よし」

 人の流れが途切れたその後ろに、距離を保ちながら私は静かに歩き出した。






「戻ったか、愛娘よ。…噂は聞いている。オーガが出没したんだな?」

「はい、さらに蹂躙(スタンピード)も発生したとのことです。現在討伐隊の準備がされています。準備でき次第、私も出発します」

「そうか…くれぐれも、気をつけて行け。無理はするな」

「…ありがとうございます」

「フッ、少し前もこんな会話をした気がするな」

「やはり、子煩悩が過ぎるんでしょう」

「うるさい、それくらい分かっている」


「それで、蹂躙(スタンピード)と例の件との関係性は?」

「確かではありませんが、非常に深い関係にあると考えられます」

「そうか…ならいっそう、気をつけろ。これは私の勘でしかないが、より悪い方向に事が運ぶような気がする」

「心得ました」

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