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レクシア -de quodam lexicone fabula-  作者: Nekke
第2章 ルーメル編
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0018 異変

 しばらくして、受付の奥の扉が開いた。

 中から現れたのは、大柄な男だった。肩幅が広く、灰色の髪を後ろで束ねている。年齢は四十代くらいだろうか。鎧こそ着ていないが、立っているだけで只者ではないと分かる。周囲の冒険者たちが、ちらりと視線を向けるのが見えた。


「ローディス」

 低い声でその男が呼ぶ。

「久しぶりだな、エルヴァン」

 ローディスさんが軽く手を上げた。どうやら、この人がこの街の冒険者ギルドのギルドマスターらしい。

「厄介な報告があると聞いたが?」

「ここじゃ少し話しづらい」

 ローディスさんが周囲をちらりと見る。

 ギルドホールでは、冒険者たちが酒を飲んだり談笑したりしている。耳の良い者がいれば、会話を聞かれてしまうかもしれない。


 エルヴァンさんは小さく頷いた。

「こっちだ」

 そう言って奥の部屋へと歩き出す。

「レクシア、お前も来い」

 ローディスさんが振り返った。

 …何で私も?まあいいや、奥の部屋ちょっと気になってたし行くか。


 奥の部屋は、ギルドホールとは違って静かだった。木の机と椅子、そして壁一面の棚。地図や書類が整然と並べられている。

 エルヴァンさんは机の後ろに腰を下ろし、腕を組んだ。


「さて、聞こうか」

 ローディスさんが口を開く。

「森でゴブリンチーフを確認した」

 ギルドマスターの眉がわずかに動く。

「……それだけか?」

「いや」

 ローディスさんは少し声を落とした。


「オーガもだ」

 その瞬間、部屋の空気が冷えていく。

「……なんだと?」

 ギルドマスターの声が低くなる。

「あの南の森でか?」

「ああ」

 短い返事。ギルドマスターは椅子の背にもたれ、深く息を吐いた。

「あり得ん」

 低く、はっきりと言う。

「あの森は魔力が薄い。オーガが住み着けるような場所じゃない」

「俺もそう思う」

 ローディスさんが頷く。

「だから報告に来た」


 しばらく沈黙が続いた。ギルドマスターは指で机を軽く叩きながら、何かを考えているみたいだった。そして、ふと視線がこちらに向く。

「……で、その子は?」

 私は少しだけ背筋を伸ばす。


「森で保護した」

 私の代わりに、ローディスさんが答えてくれた。

「保護?」

「村を追放されたんだそうだ」


 ギルドマスターの鋭い視線が、私をじっと見つめる。…ちょっと怖い。

「名前は?」

「レクシアです」

「ふむ」

 短く頷き、少しだけ考えるように目を細める。

「この街に伝手はあるか?」

「ないです」

「……そうか」

 ギルドマスターは腕を組み直した。


「この街で暮らすつもりはあるか?」

 私は少しだけ考える。

 図書館を出て、初めての街。恐らく、ここで暮らすことにはなると思う。

「……多分、そうなると思います」

 正直に答えると、エルヴァンさんは小さく息を吐いた。

「そうか、じゃあ、当面は黎明の剣に頼るといい。この街は平和だが、子供が一人で生きるには楽な場所じゃない。それでいいな、ローディス?」

「ああ、そのつもりだ」


「そう、それから」と言って、エルヴァンさんは続けて言う。

「もし仕事が必要なら、冒険者ギルドに来い。まあ、無理にとは言わんがな」

 その表情は、どこか懐かしむようだった。

 そして再び表情を引き締める。

「それより問題は森の方だな。ローディス、お前にはもう少し詳しく話を聞くことになる」

 机の上の地図を引き寄せながら言った。

「オーガが出た場所を、正確に教えろ」


 ローディスさんは机の前に歩み寄り、地図を覗き込んだ。

 エルヴァンさんが広げたのは、この街の周辺一帯の地図らしい。ルーメルを中心に、街道や森、丘陵が細かく描かれている。

「この辺りだ」

 ローディスさんは指で一点を示した。街の南に向けて延びる街道の上。

「ここで、バルトンと言う商人がゴブリンに襲われた。その後、さらに奥でこの子がオーガに襲われているのを救助した」


 エルヴァンさんはしばらく地図を見つめていたが、やがて小さく唸った。

「……南の森か」

「何かあるのか?」

 ローディスさんが尋ねる。

「いや、大したことじゃない。昔はただの狩場だった森だ。魔物も弱く、薬草採取なんかによく使われていた」

 エルヴァンさんは地図を指で軽く叩く。


「だが、この森は以前に『蹂躙(スタンピード)』が起きた場所なんだ」

「…『蹂躙(スタンピード)』だと?それは本当か?」

「ああ、ただ討伐し終わってからは特に何もなかったはずだ」

「と言うことは…」

「ああ。再び、『蹂躙(スタンピード)』が起きる可能性がある」


 部屋の空気が、さらに重くなる。

 確か、図書館で読んだ本によると、『蹂躙(スタンピード)』と言うのは、ダンジョンから溢れ出た魔物が群れを成して辺りを破壊する現象、だったかな?

 でも、私の転生のせいじゃなくて良かったね。


「それにしても、一つ腑に落ちないことがあるな」

 あれ、なんか不穏な感じがするけど、大丈夫だよね?

「…お前も気づいていたか。そう、『蹂躙(スタンピード)』では、基本的に一種類の魔物しか現れない」

「ということは、何か別の理由がある可能性も…」

「ああ、十分に考えられる。というより、その可能性の方が高いだろう。…これは推測でしかないが、『変異』が起きた可能性がある」

 新出ワードがぐちゃぐちゃだよ、もう。


「『変異』…噂で聞いた程度だが、弱い魔物が、魔力が濃い場所にいることで全く別の魔物に変化するというやつか?」

「そうだ、それだ。ただ、『変異』は『蹂躙(スタンピード)』よりも発生条件が厳しい。魔力が急激に濃くならない限り、そう簡単には起きない」

 エルヴァンさんはそう言って、指で地図の南の森をなぞった。


「この辺りは、元々魔力が薄い土地だ。だからこそ、薬草採取なんかの安全な狩場として使われてきたくらいだ。そんな場所で『変異』が起きるなんて、普通はあり得ない」

「……つまり、森の中に魔力の濃い場所が出来た可能性がある、と」

 ローディスさんが静かに言う。

「そういうことだ」

 エルヴァンさんは頷いた。

 部屋の中に、再び静寂が訪れる。


「討伐隊を組む。方向は南へ、規模は大規模なものだ。この街にいる全ての冒険者を集める」

次回の投稿からいつも通り月金投稿に戻します。

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