0014 救出
森が、揺れた。
「……聞こえたか?」
低い声で問うたのはローディスだった。
「ああ。オーガだな。しかも、相当暴れてる」
レンは木の上から周囲を見渡す。折れた枝、逃げ惑う小動物、地面を震わせる重い足音。…間違いない、でも、おかしい。こんなところにいるはずじゃないのに…。そんな考えが、彼らの頭によぎった。
だが、そんなことはお構いなしに、咆哮が、森を引き裂いた。
「行くぞ」
ローディスは即断した。
「待って、負傷者の気配がありますよ」
クレアが目を閉じ、魔力を巡らせる。
「……反応が弱い。でも、まだ生きてるみたいです」
その言葉で、カイルの表情が変わった。
「助けるんですよね?」
「当然だ」
ローディスが盾を構え、走る。木々をなぎ倒しながら現れたのは、巨大な灰の人影…オーガだ。
棍棒を振り上げた、その先には倒れた少女がいた。どうやら、意識を失っているようだ。
「ちっ、間に合え…【剛射】!」
レンの矢が放たれる。風を纏い、一直線にオーガの目を狙う。
命中…浅くはあったが、怯ませるには十分だ。
「ゴォオオオオ!」
怒号と共に棍棒が振り下ろされる。
「させるか!アースウォール!」
ローディスが割り込む。盾と土属性魔法を同時展開。地面が隆起し、棍棒の軌道を逸らす。それでも衝撃は凄まじく、彼の足が地面に沈んだ。
「カイル! 今だ!」
「はい!」
少年は躊躇わなかった。
炎と光を纏った剣が、オーガの脇腹を斬り裂く。
浅い。だが、確かに傷をつけた。
オーガの視線がカイルに向く。
「下がれ!」
ローディスの怒号。間一髪、レンが風でカイルを引き戻す。
刹那、棍棒が振り抜かれ、木が粉砕される。
「硬ぇな、こいつ!」
「撤退前提だ。時間を稼ぐ」
ローディスは冷静だった。そう、倒すつもりはない。
「クレア!」
「もうやってますよ!」
クレアは倒れた少女…レクシアの元へ駆け寄る。近くの岩にぶつけたのだろう、頭から血を被っていて、呼吸は浅い。
「これは…ひどいですね」
杖を掲げる。その動きとともに、杖の先の白い魔石が光を帯びる。
「ヒール」
淡い光が広がる。砕けた骨が軋みながら繋がり、呼吸が少しずつ安定していく。
「助かりそうです!」
「なら、連れて帰るぞ!」
ローディスが叫ぶ。負けじと、オーガが突進してきている。
「グォオオオ!」
「レン、視界を奪え!」
「任せろ!ブリーズ!」
風が渦を巻き、砂と葉を巻き上げる。
視界が一瞬遮られた。
「カイル、援護を!」
「はい!」
炎が走る。牽制の一撃。
「退くぞ!アースウォール!」
ローディスが盾を叩きつけ、地面を隆起させる。
崩れた土砂がオーガの足を止める。その隙に、クレアがレクシアを抱え上げる。
「走れ!」
四人は森を駆ける。
背後で、怒号。
だが、追撃はもう来なかった。縄張りから外れたのだろう。
やがて咆哮は遠ざかり、森に静寂が戻る。息を整えながら、ローディスが振り返る。
「……全員無事か」
「かすり傷だ」
レンが肩を竦める。
カイルは拳を握っていた。
「もっと強くなります」
ローディスは何も言わず、ただ頷いた。
「この子は?」
レンが少女を見る。
クレアは首を傾げる。
「……本当に、不思議ね。魔力が、変な感じがします」
「変?」
「説明できないですけど、でも……普通じゃない、のかな?」
その時。
レクシアの指が、わずかに動いた。
「……う…え…?」
「大丈夫よ」
クレアが優しく囁く。
薄く開いた視界に、光が映る。知らない顔…でも、悪い人じゃなさそう。
意識が、また沈む。
ローディスが静かに言った。
「連れて帰る。ルーメルへ」
彼らはまた、歩き出す。
夜明け前の森を抜けて。




