0009 静寂
恐らく、俺が潜入した中で一番静かな屋敷だった。
古くからあり、長い間聖王国に忠誠を誓い続けてきたグランディス家。神官を数多く輩出している伯爵家で、謙虚堅実を地で行って、もうすぐ陞爵の話も出ている。
怪しいところなど何もないはずなのに、俺の主は、どういうわけかそのグランディス家に疑いをかけていた。まあ、どんなことがあろうとも主に従うのが諜報員である俺の役目だ。
厚い扉一枚を隔てた廊下の影で息を殺し、その当主の執務室での会話を聞く。
「最近はどうだ、愛娘よ。無理はしていないか?」
柔らかい声。
拍子抜けするほど、普通の父親の声だった。
「問題ないですよ、父様!面倒を見てる子も元気です」
若い女性の声。恐らくは、グランディス家の長女だろう。確か今は、23歳だったか?
そういえば、今はグランディス家は勇者の育成に携わっていただろうか?
「そうか。それならいい。……食事は、ちゃんと摂っているんだろうな?」
「もう、いつまでも子供扱いされる年ではないですよ!何歳だと思ってるんですか、いい加減に子離れすべきだと思います」
「フッ、そうだな。すまない」
小さく笑う気配。
子煩悩。噂通りだな、と内心で呟く。
……だが。
「……さて」
空気が、変わった。
「本題に入ろう。今までで最も重要な情報だ。心して聞け」
当主の声から、柔らかさが消える。背筋に、冷たいものが走った。
「…了解しました。例の件ですね?」
長女の雰囲気も大きく変わり、一気に話を聞く姿勢に入る。
「そうだ、それについて、我々は長い間、何世代にも渡って調べ続けてきた。そして、先日…」
そこまで言って、当主は一度区切って言い直した。
「件の場所が、判明した」
「…ついに、この時が来たのですね」
「ああ、長年、存在だけが語られてきた場所だ。記録にも残らず、地図にも載らない。だが、残留魔力捜査の結果、ついに現在の場所を突き止めた」
「その場所は?」
「ここ、ルーメルから南西に20キロメルト。森の中にある」
一瞬の沈黙。
「さて、お前に命じる」
当主の声は、もはや父のものではなかった。
「その森を、秘密裏に調査しろ」
鼓動が早まる。
これは…聞いちゃまずい類の情報じゃないか。
「目的は?」
「ひとまずは、内部の把握、潜入できるか否かを調べる。最終的には、我が家にとって、ひいては世界にとって脅威か否か調べる」
「承知しました」
即答。
迷いがない。
「悟られないように、偽の依頼を発注しておく。お前の冒険者パーティーで行け。ただし」
当主は続けた。
「無理はするな。深入りするな。情報は無くても換えが効くが、お前の命は欠けてはならない」
「……ありがとうございます」
再び、わずかに柔らかい空気。
…十分だな。これ以上聞いていてもこれ以上の情報は得られんだろう。
俺は、そっと踵を返して…
「ホーリースピア」
…は?
……どうして、俺の鳩尾に槍が刺さって…
「盗み聞きは感心しませんね」
俺の視界は、微かにその金色の髪を望んで、そこで途切れた。
ついに第2章 ルーメル編に突入しました。
明日も投稿します。
引き続きご覧いただけると幸いです。




