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ありふれた話 ~追放された錬金術師は、神スキル【物質創造】で辺境に楽園を築きます。今さら戻ってこいと言われても以下略  作者: 槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ
第二章 エルダ村、楽園創造への道

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05:神スキルの覚醒

 サラの頬に健康的な赤みが差し、その瞳が生き生きとした輝きを取り戻していく。僕はその様子をただ呆然と見つめていた。僕のスキルが生み出した、淡い翠色の光を放つ液体――聖水。その効果は、僕自身の想像を遥かに超えていた。


「お兄ちゃん、これ、すごいよ! なんだか、お腹も空かなくなったみたい!」


 サラは空になった木のコップを大事そうに胸に抱きしめ、満面の笑みを浮かべている。その屈託のない笑顔は、この荒廃した村には不釣り合いなほど眩しく、僕の胸を強く打った。


(僕のスキルが……こんな力を……)


 これまで、僕のスキル【アイテム・クリエーション】は、常に「限界」という壁に突き当たっていた。より高品質なポーションを作ろうとすれば魔力が枯渇し、より頑丈な武具を修復しようとすれば精神が摩耗する。それは、僕自身の才能の限界なのだと、そう思い込んでいた。アレクたちに「役立たず」と罵られた時も、心のどこかでそれを認めてしまっていた自分がいた。


 だが、今、僕の手の中で起こった現象は、その前提を根底から覆すものだった。

 あれは、僕が持てる知識と魔力を総動員したわけではない。むしろ逆だ。僕はただ「水を作ろう」と念じただけ。

 それなのに、スキルは僕の意図を超え、周囲の環境――大地や大気、そこに宿るマナさえも素材として取り込み、奇跡としか言いようのない物質を創造してしまった。まるで、スキルが自らの意志を持ち、世界の理に直接アクセスしたかのようだ。


 これが、僕の力の本当の姿……?

 だとしたら、今まで僕が「限界」だと思っていたものは何だったのだろうか。


 僕が自らの力の片鱗に慄いていると、サラが僕の服の袖をくいっと引っ張った。


「ねえ、お兄ちゃん! このお水、おばあちゃんにも飲ませてあげたいな!」

「おばあちゃん?」

「うん! 村のエルザおばあちゃん、もうずっと咳が止まらなくて、ベッドから出られないの。このお水を飲んだら、元気になるかもしれない!」


 サラの言葉に、僕ははっとした。

 この力が、本当に人を癒せるのなら……。

 僕は頷くと、サラに村の井戸へ案内してもらった。干上がってひび割れた井戸の底を覗き込み、そこに残っていた古い木桶を引っ張り上げる。手に取った木桶は、先ほどのコップよりもずっと大きな器だ。


「もう一度、やってみる……!」


 僕は木桶を両手で持ち、再びスキルを発動させる。

 今度は意識を集中させ、先ほど感じた不思議な感覚を再現しようと試みた。


 僕の意識が、大地深くに伸びていく。そこには、人間の血管のように、微弱ながらもマナの通り道「龍脈」が流れているのが感じられた。

 しかし、その流れは澱み、まるで詰まっているかのように滞っている。おそらくこれが、この土地が枯れた原因なのだろう。


 僕は、その澱んだマナに干渉する。マナを無理やり引きずり出すのではなく、僕自身の魔力を呼び水として、流れを促すようにイメージした。


 すると、僕の魔力に引かれるようにして、大地のマナがゆっくりと木桶へと集まり始めた。さらに、大気中に含まれる水分や精霊の粒子も、渦を巻くようにして集まってくる。

 まるで僕自身が世界の中心となり、万物を意のままに操っているかのような気持ちになる。それは壮大で、そして少しだけ恐ろしい感覚だった。


 木桶から再び、さっきのコップのような眩い光が放たれる。

 光が収まった時、木桶の中には、なみなみと満たされた聖水が、静かな光を湛えて揺らめいていた。先ほどよりも遥かに濃密な生命エネルギーが、そこから発せられているのが分かった。


「すごい……! また光った!」


 サラの歓声に、広場の隅で座り込んでいた老人たちが、何事かとこちらに視線を向ける。その中には、村長のギデオンさんの姿もあった。彼の目は、驚愕に見開かれていた。


 僕とサラは、老人たちの視線を気にする間もなく、エルザおばあさんの家へと急いだ。それは村の中でも特に古びた小さな家で、中からは苦しそうな咳の音が漏れ聞こえていた。


「エルザおばあちゃん、入るね!」


 サラが扉を開けると、かび臭い空気と共に、薬草の匂いが鼻をついた。

 薄暗い部屋の奥、簡素なベッドに、老婆が横たわっていた。骨張った身体は小さく、顔色は土気色。呼吸をするたびに、その痩せた胸が苦しそうに上下している。


「……サラかえ。すまないねぇ、今日も何もしてやれなくて……」


 か細い声でそう言ったエルザおばあさんは、僕の姿に気づくと、訝しげな目を向けた。


「……旅の方かいね?」

「おばあちゃん! このお兄ちゃんが、すごいお水を作ってくれたの! これを飲んでみて!」


 サラは興奮気味にそう言うと、僕が持ってきた木桶からコップに聖水を注ぎ、エルザおばあさんの口元へと運んだ。


「おやまあ……なんて綺麗なお水なんだろうねぇ……」


 エルザおばあさんは、聖水が放つ穏やかな光に目を細める。サラに促されたおかげなのか、おばあさんは、ゆっくりとそれを口に含んだ。


 その瞬間、奇跡が起こった。

 エルザおばあさんの身体が、淡い翠色の光にふわりと包まれたのだ。

 長年彼女を苦しめてきたであろう、肺の奥に巣食っていた病魔の影が、光によって浄化され、霧散していくのが僕には見えた。頑固に続いていた咳が、ぴたりと止まる。土気色だった顔には、みるみるうちに血の気が戻り、深く刻まれた皺さえも、少しだけ和らいだように見えた。


「……あぁ……」


 エルザおばあさんは、ゆっくりと身体を起こした。何年も寝たきりだったとは思えない、しっかりとした動きだった。彼女は自分の手を見つめ、胸に手を当て、信じられないというように何度も瞬きを繰り返している。


「咳が……止まっとる……。身体が……軽い……。まるで、若い頃に戻ったみたいじゃ……」

「おばあちゃん!」


 サラが喜びの声を上げて、エルザおばあさんに抱きついた。老婆は涙を流しながら、孫娘ほどの年齢の少女を、力強く抱きしめ返した。


 その光景を見て、僕の胸は熱くなった。

 追放された夜、僕は自分の無力さに絶望した。僕の力は、誰の役にも立たない。求められることはないのだと。

 だが、違った。

 僕の力は、こんなにも人を笑顔にできる。こんなにも、誰かの希望になれる。


 勇者パーティーでは得られなかった、本物の「誰かの役に立った」という実感と喜び。そんなものが込み上げてきて、僕の心を温かく満たしていく。


 僕たちがエルザおばあさんの家から出ると、家の前には、いつの間にか村人たちが集まっていた。広場にいた老人たちだけでなく、他の家からも、騒ぎを聞きつけたのだろう人々が、恐る恐るこちらを窺っている。

 その視線は、もはや僕を警戒するものではなかった。そこには、驚きと、戸惑いと、そして何よりも――藁にもすがるような、かすかな「希望」の色が浮かんでいた。


 その群衆をかき分けるようにして、村長のギデオンさんが僕の前に進み出た。彼の表情は、先ほどの厳しさが嘘のように、驚愕と興奮で紅潮している。


「アルト……殿。今の奇跡は……あなた様が?」


 その口調は、僕をただの若者として扱うものではなく、畏敬の念すら込められているように感じられた。

 僕は、静かに頷いた。


「なんと……なんということじゃ……! 伝承は、真であったか……!」

「え……? 村長さん!? どうしたんですか、立ってください!」


 村長のギデオンさんは、手にした杖を放り出して、僕の前に深く膝をついた。僕が慌てて彼を立たせようとすると、他の村人たちまでもが、次々と僕の前にひれ伏し始めた。


「どうか、我々にもそのお水を!」

「息子が、もう何年も熱病にうなされているのです!」

「この足が治るなら、何でもいたします!」


 村人たちの必死の懇願が、僕に殺到する。

 その一人ひとりの瞳に宿る切実な願いに、僕は「できない」とは言えなかった。


「分かりました。皆さん、落ち着いてください。水なら、いくらでも作りますから」


 僕は村の中央にある、干上がった井戸へと向かった。

 村人たちが、固唾を飲んで僕の行動を見守っている。

 僕は井戸の縁に立つと、両手をその暗い空間へと差し伸べた。


(この村を、救うんだ)


 その強い意志が、僕のスキルを再び最大まで活性化させる。

 今度のスケールは、コップや桶などとは比較にならない。

 僕の意識は、井戸の底からさらに深く、大地そのものへと溶け込んでいく。

 詰まっていた龍脈の澱みを、僕の魔力でこじ開ける。

 大地の悲鳴が聞こえる。

 だが、構わない。

 その先にある、清らかな水脈にたどり着くために。


「おおおおおっ!」


 僕の全身から、凄まじい量の魔力が放出される。それは、勇者パーティーで聖剣を修復した時とは比べ物にならない、純粋で強大なエネルギーの奔流だった。僕の身体が、世界と大地を繋ぐための「回路」になったような感覚に陥る。


 ゴゴゴゴゴゴ……!


 大地が揺れた。

 乾ききった井戸の底から、低い地鳴りのような音が響き始める。

 村人たちの間に、どよめきが広がる。


 次の瞬間。井戸の暗闇の奥から、一条の光の柱が天に向かって突き抜けた。

 それは、僕が創造した聖水が地下深くの水脈と結合し、そのすべてを聖なる水へと変質させた証だった。

 光の柱が収まると、あれほど固くひび割れていた井戸の底から、こんこんと、清らかな水が湧き出し始めた。それは瞬く間に水位を上げ、数十年ぶりに、井戸を澄み切った水で満たした。


 水面は、まるで月光を映したかのように、穏やかな翠色の光を湛えている。

 村中に、生命力に満ちた清浄な空気が広がっていく。


「み、水が……!」

「井戸に水が戻ったぞ!」

「神よ……! これは、神の御業じゃ!」


 村人たちは、目の前で起こった奇跡に言葉を失っていた。しかし、ひとりが井戸に駆け寄ってその水をすくうと、堰を切ったように歓声が上がった。

 人々は泣きながら、笑いながら、互いに抱き合い、何十年ぶりかの潤沢な水を貪るように飲んだ。その水を浴びただけで、長年の関節の痛みが和らいだと叫ぶ老人や、肌の艶が戻ったと喜ぶ女性もいる。


 村は、歓喜の渦に包まれた。

 その光景を、僕は井戸の縁に座り込み、荒い息をつきながら眺めていた。

 さすがにこれだけ大規模な創造を行うと魔力の消耗が激しい。だが不思議と、疲労感よりも満ち足りた達成感の方が大きかった。


 僕はこの時、自分のスキルの本当の名を、直感的に理解した。

 これは、ただアイテムを作るだけの力じゃない。

 物質を細かい細かい根本的な要素、原子レベルで理解し、その構造を自在に組み替え、世界そのものに干渉する力。

 神の領域に踏み込む、禁断の御業。


 ――【物質創造ジェネシス・クリエイション


 役立たずと蔑まれ、すべてを失った。そんな僕が、この世界の果てで手に入れた、あまりにも強大すぎる力。

 僕は、この力で何をするべきなのか。

 歓喜に沸く村人たちの笑顔を見ながら、静かに自問する。


 答えは、もう出ていた。

 この力を、僕を信じ、必要としてくれる人々のために使おう。

 この荒れ果てた土地に作るんだ。

 誰もが笑って暮らせる、穏やかで、豊かな楽園を。


 僕の本当の物語は、この「忘れられた村」から、今まさに始まろうとしていた。



 -つづく-


次回、第6話。「奇跡の大地」。

死の大地に築く、楽園創造の第一歩。


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