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ありふれた話 ~追放された錬金術師は、神スキル【物質創造】で辺境に楽園を築きます。今さら戻ってこいと言われても以下略  作者: 槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ
第六章 予期せぬ種族の坩堝にて

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40:帰還、そして招かれざる客

 シルゼリウが告げた「ルナを帰還させる」という言葉。それを信じて待つ数日は、期待と不安が入り混じった針のむしろのような時間だった。


 魔族の言葉をどこまで信じていいのか。

 これは罠ではないのか。


 そんな疑念が、ことあるごとに頭をもたげる。そのたびに、僕は肩に乗せた小さな黒い蜥蜴、アズの頭を撫でて、自分を落ち着かせていた。

 アズは、僕の不安を感じ取ってか、「キュウ」と小さく鳴いて、僕の頬に冷たい鼻先を押し付けてくる。邪竜の思念だというのに、妙に人懐っこいこの小さな同居人が、今では僕の心の安定剤になっていた。


 そして、約束の日の昼下がり。

 村の見張り台にいたミミが、弾かれたように飛び降りてきた。


「アル兄! 帰ってきたニャ! ルナ姉が帰ってきたニャ!」


 その声を聞いた瞬間。僕は作業中の道具を放り出して全力で走った。

 向かうは村の入り口。心臓が早鐘を打つ。息が切れるのも構わずに走る。


 村の柵を越え、街道が見渡せる場所まで出ると、そこには、一台の豪奢な馬車が停まっていた。黒塗りの車体に銀の装飾が施された、明らかに人間族の様式とは異なる、異国情緒あふれる馬車だ。


 馬車の扉が開く。

 そこから、ゆっくりと降り立った人影。

 長い銀色の髪。翡翠色の瞳。

 間違いなかった。


「……ルナ!」


 僕は叫びながら、彼女の元へ駆け寄った。

 ルナは、僕の姿を認めると、その美しい顔に満面の笑みを浮かべた。


「アルト……!」


 僕たちは、互いに駆け寄り。

 強く抱きしめ合った。


 彼女の身体の温もり。

 柔らかさ。

 そして、懐かしい草花の香り。


 夢じゃない。

 幻覚じゃない。

 本当に、ルナが帰ってきたんだ。


「よかった……! 本当に、無事でよかった……!」


 言葉にならない嗚咽が、僕の口から漏れる。涙で視界が滲んでしまって、彼女の顔がよく見えない。


「ごめんなさい、アルト。心配をおかけしました」


 ルナもまた、僕の背中に手を回し、涙ながらに謝る。その声は震えていた。


「アル兄! ルナ姉!」


 遅れて追いついてきたミミが、僕たちに飛びついてきた。身を寄せ合った僕たちにまとめて抱きつくようにして、ルナの帰還を思い切り喜んで見せる。

 少し遅れて、ギドさんやギデオン村長、村人たちも次々と駆けつけてきた。皆が揃って、再会の喜びに沸いた。


「よかった……本当によかった……」


 村人たちは涙を流し、互いに抱き合って喜んでいる。村に、久しぶりに本来の明るい空気が戻ってきた瞬間だった。


 僕たちの楽園に、かけがえのない家族が戻ってきた。

 これでもう、何も恐れるものはない。

 そう、思った。


「あらあら。随分と熱烈な歓迎ですこと」


 不意に、馬車の中から声が聞こえた。

 凛とした、しかしどこか冷ややかな響きを持つ声。

 その声に、僕の背筋が凍りつく。


 聞き覚えがある。

 いや、忘れるはずがない。

 村を襲い、僕たちの心を弄び、絶望へと突き落とそうとした、あの声。


 馬車からもう一人、女性が降りてきた。

 純白のローブに身を包み、聖女のような慈愛に満ちた笑みを浮かべている。

 しかし、その瞳の奥には、決して消えることのない、昏い闇の色が宿っていた。


「……セラフィナ……!」


 僕は反射的にルナを背に庇い、彼女を睨みつけた。ギドさんやギデオン村長たちも、一瞬にして表情を険しいものに変えて身構える。


 偽りの聖女、魔王軍四天王セラフィナ。

 村を襲撃し、勇者パーティーを操った張本人が、なぜ、ここにいる。


「まあ、怖いお顔。せっかくルナさんを送り届けて差し上げましたのに、お礼の一つもありませんの?」


 セラフィナは、僕たちの殺気など意に介さず、優雅に扇子を開いて口元を隠した。その仕草一つ一つは計算され尽くしたように魅力的で、そして神経を逆撫でする。


「貴様……! よくもぬけぬけとこの村に! 今度こそ逃がさんぞ!」

「待ってください、ギデオンさん」


 ギデオン村長が剣を抜こうとしたのを、僕は手で制した。

 護衛がついている、とシルゼリウは確かに言っていた。けれど、それがよりによって四天王であるセラフィナだ、ということまでは聞いていない。


「……ルナ、これはどういうことなんだ?」


 僕は、背後のルナに問いかける。セラフィナは明らかに敵対し、僕やギデオン村長たちと実際に命の削り合いをした相手だ。本当にただの護衛だ、と言われても、にわかには信じることができない。


「皆さん、武器を収めてください。彼女は……セラフィナは、敵として来たのではありません」

「敵じゃないだと? 姉ちゃん、騙されちゃなんねえ! こいつは化け物だ!」


 ギドさんが叫ぶ。他の面々も、彼の叫びに追随していた。

 ルナは困ったような、それでいてどこか諦めたような表情を浮かべている。ギドさんや、僕たちの反応は当たり前のこと、とでも言いたげだ。


「ええ、知っています。彼女の所業も、正体も。でも……」


 ルナは、ちらりとセラフィナを見た。

 二人の視線が、交差する。

 そこには、僕には理解できない、奇妙な空気が流れていた。


「彼女は、シルゼリウ様から、私の『護衛』兼『監視役』として派遣されたのです。私がこの村に戻るための、条件として」

「護衛……?」

「ええ。魔族領からここまでの道中、私を守り、送り届けること。そして、私が『魔王軍への協力』を決断するまで、あるいはアルトが決断を下すまで、この村に滞在し、監視すること。それが、彼女の任務です」


 ルナの説明に、僕は頭を抱えたくなった。

 シルゼリウのやつ、なんてことをしてくれたんだ。

 人質を返す代わりに、爆弾を置いていくようなものじゃないか。


「そういうことですわ。ですから、わたくしは今日からこの村の住人となります。どうぞよろしく、アルト様?」


 セラフィナは、にっこりと微笑んだ。

 その笑顔は完璧な聖女のものだった。

 けれど、僕には悪魔の微笑みにしか見えなかった。


「ふざけるな! 誰が貴様のような奴を村に入れるか!」


 興奮した村の若者が、セラフィナに石を投げつけた。

 たがセラフィナは指先一つ動かさず、飛んできた石を空中で粉砕した。


「あら、乱暴はいけませんわ。わたくしはシルゼリウ様から『通行手形』を頂いておりますの」


 彼女は、首元からネックレスを取り出した。それには黒い水晶のような石が組み込まれていて、あのシルゼリウと同じ底知れない魔力が放たれている。


「このネックレスがある限り、あなた方の村の結界は、わたくしを『客』として認識します。無理に追い出そうとすれば結界そのものが崩壊しかねませんわよ?」


 脅迫だ。

 だが、シルゼリウには実際にやれるだけの力がある。

 僕たちは、完全に手玉に取られている。


「……分かりました」


 僕は、思わず溜め息をついてしまった。

 彼女の思惑がどうあれ、僕たちがどれだけ拒否しても意に介さないだろう。

 つまり、意味を成さない。既定路線しか存在しないということだ。

 しかし。


「……ルナが無事に帰ってきたことには感謝します。ですが、あなたが村に害をなすようなら、僕たちは全力で排除します。たとえ結界が壊れようとも、です」


 言うべきことは言っておかなければならない。

 ただ言いなりになるばかりではないぞ、と。


 そんな僕の虚勢を見抜いているのか。

 セラフィナは「あら、怖い」とクスクス笑った。


「ご安心なさいな。わたくしとて、シルゼリウ様やヴァルガス様の顔に泥を塗るつもりはありません。任務を遂行する間は、大人しくしていますわ。……退屈しない限りは、ね」


 殊勝な態度、と言えるのかもしれない。

 だが、最後の付け足しが不穏すぎる……。


 こうして、感動の再会だったはずの場面は想定外のものになった。

 とんでもない招かれざる客の同伴。

 それによって、一気に波乱の幕開けとなってしまった。

 村人たちは、遠巻きにセラフィナを睨みつけていた。けれど、ルナの頼みと僕の判断に従い、しぶしぶ彼女の滞在を認めることになった。


 その夜。

 僕たちは、ルナの帰還を祝うささやかな宴を開いた。


 しかし、その空気は以前のような手放しの明るさとは少し違っていた。

 宴の輪の中心には当然、ルナがいる。だがその少し離れた場所に、セラフィナが優雅に座っていて、村人たちが差し出した (毒見済みの) 料理をつまんでいるのだ。落ち着くはずもない。


「……本当に大丈夫なのかよ、アルト」


 マルコさんが、ジョッキを片手に僕に耳打ちする。彼はたまたま村へ行商に来ていて、この騒動に巻き込まれたのだ。


「正直、胃が痛いです……。でも、ルナが言うには、彼女は『性格は最悪だけど、契約や約束事には異常に厳しい』らしいんです」

「悪魔の契約ってやつか。まあ、毒を食らわば皿まで、ってな。あいつの利用価値も見出してやろうぜ」


 マルコさんの言い様に、思わず苦笑してしまう。

 その商魂たくましい言葉に、僕は少しだけ救われた気がした。


 そんな宴の最中。

 僕はルナと二人きりになる時間を作った。


 場所は、家の裏手にある静かな丘の上。月明かりの下、ルナの横顔は以前よりも少し大人びて、そしてどこか儚げに見えた。


「……辛かったかい?」


 僕が尋ねると、ルナは首を横に振った。


「いいえ。シルゼリウ様は、紳士的な方でした。魔族の歴史や、彼らの思想について、多くのことを教えていただきました」


 自分の知らないエルフ一族のこともいろいろ、と、彼女は言う。

 そんな会話をしながら、お互いに夜空を見上げる。


「……アルト。私は、迷っています。人間族と魔族、どちらが正しいのか。私たちが信じてきた歴史は、本当に真実だったのか」


 彼女もまた、僕と同じように悩んでいる。

 世界の真実の一端に触れ、自分の在り方や帰属意識が揺れ動いたのだ。

 ルナは、エルフ族の年齢としてはまだ若輩だという。

 しかもエルフ族滅亡の前に、呪いの結界に封じられていた。

 何を信じ、何を基準にして判断をすべきなのかが定まっていない。

 迷いが生まれてしまうのは仕方がないと思う。


「うん。僕もだよ。邪竜の記憶を見て、僕も分からなくなった。でも……」


 僕は、ルナの手を握った。

 迷うことはあっても、恐れることはないと、伝わるように。


「一つだけ確かなことは、君が帰ってきてくれたことだ。君がいれば、僕はどんな迷いの中でも、前に進める気がする」

「……はい。私もです、アルト」


 ルナは、僕の手を握り返してくれる。

 そして、優しく微笑んだ。


「共に考え、共に歩みましょう。私たちの、答えを見つけるために」


 僕とルナは見つめ合う。

 彼女は頬をほのかに赤くし、瞳を潤ませていた。

 僕も、顔を真っ赤にしているかもしれない。


 いい雰囲気になりかけた、その時。


「あらあら、お熱いですこと。若いって素晴らしいですわねぇ」


 場の空気に水を差すような、からかいの声が。

 背後の茂みから、セラフィナがぬらりと現れた。

 手にはワイングラスを持っている。

 酔っ払いによく見られる絡んでくる言動。

 そもそも魔族は酒に酔うのだろうか。


「邪魔をするつもりはありませんでしたのよ? ただ、夜風に当たりに来たら、ほら、偶然、ね?」

「……絶対に狙っていただろう」


 僕はジト目でセラフィナを睨む。

 ルナは、僕と見つめ合っていた自分を客観視してしまったのか、さっきまでとは違った意味で顔を赤くした。

 そんな僕らを見て、セラフィナは悪びれもせずに笑う。


「まあまあ。せっかくですから、わたくしも混ぜていただけます? 魔族とエルフと人間。かつて殺し合った三種族が、こうして月を見上げるなんて、なかなか乙なものでしょう?」


 いけしゃあしゃあ、とはこういう態度を言うのだろう。僕は毒気を抜かれたような気分になり、思わず溜め息をついてしまう。

 逆にルナはその言葉に、ふっ、と笑みを浮かべた。


「……そうですね。あなたの言う通りかもしれません。性格は悪いですけれど」

「あら、褒め言葉として受け取っておきますわ」


 僕とルナ、そしてセラフィナ。

 奇妙な三人組が、月明かりの下に並ぶ。


 敵か味方か、まだ分からない。

 でも、少なくとも今は、同じ月を見上げている。

 それが、これからの僕たちの、新しい関係の始まりだった。


 ……僕の胃痛の日々は、ここから本格的にスタートすることになるのだが、それはまた別のお話。

 まずは、おかえり、ルナ。

 そして、ようこそ、招かれざる客よ。


 僕たちの楽園は、君たちを含めて、次のステージへと進むんだ。



 -つづく-

次回、第41話。「水と油、あるいは混ぜるな危険」。

喧嘩するほど仲がいい、とは言うけれど。


  ◇   ◇   ◇


次回更新は来週、2月21日になります。


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