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ありふれた話 ~追放された錬金術師は、神スキル【物質創造】で辺境に楽園を築きます。今さら戻ってこいと言われても以下略  作者: 槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ
第五章 世界の真理を垣間見て

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37:魔族の言い分

 目の前で起こっていることが、まったく理解できなかった。

 ほんの数秒前まで、僕は死を覚悟していた。錯乱した魔竜ヴァルガスの、すべてを無に帰すであろう一撃を前に、なすすべもなく膝をついていた。


 それが今、どうだ。

 あの絶対的な破壊の化身が、後から現れた銀髪の優雅な男によって地面に組み伏せられている。まるで駄々をこねる子供が躾けられているかのように。


「……血相を変えて飛び出したかと思えば。やれやれ、本当に仕方のない子ですねぇ」


 シルゼリウと名乗ったその男は、僕の混乱など意に介さず、涼しい顔でため息をついている。

 僕は、ただ呆然と、その光景を見つめることしかできなかった。


 僕が今まで知っていた歴史が根底から覆された衝撃。

 魔族の平穏な暮らしと、人間による一方的な侵略という、邪竜の魂が見せた記憶。

 そして、その記憶に触れたことで激昂したヴァルガスの襲撃と、この謎の魔族の登場。


 情報量が多すぎる。僕の頭は完全にショート寸前だった。

 だが何よりも、それ以上に。


(敵わない……)


 このシルゼリウという男から、僕は本能的な恐怖を感じていた。

 ヴァルガスのような、直接的で圧倒的な『力』の恐怖ではない。もっと静かで、深く、底が見えない、まるで深淵を覗き込んでいるかのような、根源的な存在そのものに対する恐怖。


 僕の【物質創造】の力は、目の前の物質の構造や、力の流れを読み解くことができる。でも、このシルゼリウという男からは何も読み取れない。そこに存在しているのに、まるで厚い霧の向こうにあるかのようだ。


 こいつは、危険だ。

 ヴァルガスよりも、セラフィナよりも遥かに。


「改めまして、錬金術師殿。この度は、我らの同胞が大変なご迷惑をおかけいたしました。心より、お詫び申し上げます」


 僕が混乱しているのをよそに、シルゼリウは、僕に向かって完璧な礼をした。その丁寧すぎる口調が、逆に僕の警戒心を煽る。


「離せ、シルゼリウ! 謝ることなど何もない! ヤツは人間族の分際で、我の半身の記憶に土足で踏み込んだのだ! 万死に値する!」


 地面に押さえつけられたまま、ヴァルガスが獣のように吼える。

 しかしシルゼリウは、そんな彼を意に介そうとしない。まるで言うことを聞かない大きな犬をたしなめるかのように、困ったように微笑んだ。


「ヴァルガス様。あなたのその直情的なところは美点ではありますが、最大の欠点でもございます。少し、頭を冷やしなさい」


 シルゼリウはそんな風に嗜めながら、ヴァルガスの首筋にそっと指を触れる。すると、あれほど荒れ狂っていたヴァルガスの動きがぴたりと止まった。


 ……今、何をした?

 ヴァルガスの圧倒的な暴力を、僕はたった一発堪えただけで全力を使い切ってしまった。そんな実力差を思い知らされたヴァルガスを、どうやったかも分からず無力化してみせた。あっさりと。


 そのシルゼリウは、ヴァルガスを抑えつけたまま、切れ長の紫色の瞳を再び僕に向けた。


「……さて。錬金術師殿、単刀直入にお伺いいたします。あなたは、邪竜様の魂に触れて、何をご覧になりました?」


 その問いに、僕は息を呑んだ。

 なぜ、この男は、そこまで正確に状況を把握している?

 確かに、僕は邪竜の魂に触れて、記憶を垣間見た。

 なぜ、それが分かる?


(……まさか。僕のスキルのことまで、理解しているのか?)


 僕の【物質創造】は、神の領域の力だ。人間はもちろん、ヴァルガスでさえ、その本質を完全には理解していなかったはずだ。


 だが、この男は違う。彼は、僕の力がただ物質を創造するだけでなく、情報や記憶といった、非物質的な領域にさえ干渉しうることを知っている。


 そうだ。邪竜の魂が見せた記憶が正しければ、この男も、魔王や四天王たちと共に数百年という時を生きているはずだ。僕など足元にも及ばないほどの、知恵と知識を持っていても何ら不思議ではない。

 いや、それどころか。僕が何を見たのか、彼はもう、ほとんど予想がついているのではないか。


 僕は、覚悟を決めた。

 この男の前で、下手な嘘や誤魔化しは通用しない。


「……数百年前。魔族に、何があったんです?」


 彼の問いには直接答えず、僕の最大の疑問をぶつける。

 それは何も知らない者が聞けば、あまりに唐突で、意味不明な質問だろう。

 しかし、シルゼリウは僕の問い掛けに、満足げな笑みを浮かべた。


「……なるほど。そこまでご覧になりましたか。よろしい。あなたには、知る権利があるでしょう」


 しばし昔話にお付き合いください、と。彼はいたたずまいを正した。

 数百年前に起きた『聖戦』。シルゼリウはその場にいた者として、魔族の立場から、その時何が起きたのかを語り始める。

 それは、僕が邪竜の記憶で垣間見た光景をさらに詳しく、そして残酷なまでに、補完していく物語だった。


 人間族の宗教と経済的な欲望。

 それらがいかにして『聖戦』という侵略行為を正当化したか。

 人間族がいかにして魔族を蹂躙し、彼らの文化や誇りを踏みにじったか。

 そして、追い詰められた魔王が、世界の調停者として、いかに苦渋の決断を下し、戦ったか。


「……我々は、敗れました。人間族の数の暴力と、いくつかの奇跡。そして、我々が信じていたエルフ族の裏切りによって、ね」


 シルゼリウの声に初めて、かすかな感情の色が滲む。

 それには深い悲しみと、怒りの色が浮かんでいるように思えた。


「そして、聖戦の後。人間族は何をしたか? 彼らは歴史を書き換え、我々を絶対悪に仕立て上げました。そして『世界の覇者』として、際限なくその領土を拡大し、今もなお世界の魔力を食い潰し続けている。森は焼かれ、山は削られ、大地は痩せ細っていく。……これこそが我らが魔王、我が主が、最も憂慮されていた『世界の崩壊』の始まりなのです」


 ……僕が記憶で見た光景よりも、遥かに詳細で、説得力のある物語。

 その内容は、僕の心に、ずっしりと重くのしかかった。

 今まで信じてきた『正義』が、音を立てて崩れていくような感覚に陥る。

 僕の隣で話を聞いていたギデオン村長とゼノンさんも、驚愕に目を見開いている。同じように、いや、僕以上の衝撃を受けているようだ。


「……馬鹿な。そんな話が、信じられるか。貴様らの、戯言に過ぎん……」


 ギデオン村長が、絞り出すように反論する。

 確かに、敵である魔族の言うことを鵜呑みになどできないだろう。

 だが、その声にはまったく力がこもっていない。


「……信じられないと断ずるのは、簡単じゃ」


 ゼノンさんが、悔しそうな声で付け加える。


「シルゼリウ殿の語った、人間族のよろしくない振る舞い……。資源の枯渇、環境の破壊。それらに心当たりがあることは、事実じゃ。我々が王都から忘れ去られた理由も、あるいは……」


 ギデオン村長も、ゼノンさんも、自分たちが信じてきた『正義』が絶対的なものではないと、揺らいでいるように感じられる。


 そんな僕たちの動揺を見透かすように、シルゼリウは静かに言葉を続けた。

 彼の紫色の瞳が、僕をまっすぐに射抜く。


「錬金術師アルト。いや、神の力を持つ、新たなる『創造主』よ」


 その呼び名に、僕は息を呑んだ。


「あなたは、すべてを知った。世界の真実の一端に、触れた。その上で、問おう。あなたは、どちらの未来を選ぶ?」

「……!」

「滅びへと向かう、愚かなる人間族の側に立ち、我々と敵対するか?」


 あるいは――。


 シルゼリウは、僕に向かって、手を差し伸べる。

 その仕草は、驚くほど丁寧で。

 その表情は、驚くほど真摯だった。


「――我らが主、魔王様の復活に、その力を貸してはもらえまいか。我らが臨むのは、すべての種族が真に調和できる新たな世界。この歪んだ世界を『リセット』し、共に、新世界を創造しようではないか」


 勧誘。

 それは、ヴァルガスが突きつけた「降伏か、死か」という暴力的な選択とはまったく違う。僕の力を認め、僕の意志を尊重した上での、対等な立場からの誘いの言葉だった。


 だが、その内容は……。

 僕に、人間族すべてを裏切れと。そう言っているに等しい。


 僕の答えは、決まっていたはずだ。

 この村を、仲間たちを、守る。


 だが、僕の心は、揺れていた。

 僕が見た記憶。

 僕が聞いた真実。


 本当に『悪』なのは、どちらなのだろうか。


 僕の葛藤を見透かすように、シルゼリウは静かな笑みを浮かべている。

 彼は、僕に答えを急かしてはいない。

 だが、その瞳は、魂の奥底までをも見通しているかのようだった。


 僕は、僕の人生で、最も重い選択を今、突きつけられていた。



 -つづく-

次回、第38話。「悪魔の猶予」。

差し出された手は、希望か。それとも。


  ◇   ◇   ◇


次回更新は来週、1月31日になります。


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