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ありふれた話 ~追放された錬金術師は、神スキル【物質創造】で辺境に楽園を築きます。今さら戻ってこいと言われても以下略  作者: 槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ
第五章 世界の真理を垣間見て

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34:忘れられた封印と、邪竜の正体

 僕の投げかけた疑問――魔竜と邪竜の関係。

 このふたつの脅威を、これまではまったくの別のものとして捉えていた。


 50年前にこの地を襲った『邪竜』と、数百年前に封印されたはずの魔王軍四天王『魔竜』。だが、そのふたつが、このエルダ村という一点で交錯した事実。偶然と片付けるにはあまりに不自然に思えた。


 元宮廷魔術師団のゼノンさんの案内で通された、村の書庫扱いされている家屋。約50年もの間、邪竜の封印を監視し続けた人たちが残した記録や、関連するであろう書物が山積みになっている。その奥深く、カビと古い紙の匂いが混じった忘れ去られたような場所。その一角に、一枚の石板が静かに安置されていた。まるで誰かに発見されるのを待ち続けていたかのように。


 そして今、エルフ王国の生き残りであるルナの手ほどきを受けた僕が、エルフ後の記された石板を解読している。


 石板は黒曜石のような滑らかな石材で作られていて、その表面には、流れるような美しい曲線で構成された古代エルフ語の文字が、びっしりと刻み込まれている。


「これは……」


 僕は息を呑み、夢中になってエルフ文字を解析していく。石板の前に膝をつき、その表面に記された文字を指で追う。ひんやりとした石の感触が指先から伝わってくる。しかしそれに勝る冷ややかな感覚が、背筋に走り続ける。


 僕は目を閉じ、意識を集中させた。

 ルナから教わった古代エルフ語の知識が、頭の中でパズルのピースのように組み合わさっていく。そして、僕のスキル【物質創造】がそのピースを繋ぎ合わせ、文字という情報の『構造』を読み解いていく。


 意味をなさない音の羅列だったものが、やがて単語となり、文章となって、僕の脳内に流れ込んでくる。その内容を追うごとに、僕の感情はどんどん乱されていった。石板に記されていたのは、僕たちが知る歴史とはまったく異なる、衝撃の物語だった。


「どうしたのじゃ、アルト様。何が書かれておるんじゃ?」


 無言で石板と向きあう僕に、ギデオン村長が声を掛けてくる。

 しばらくは、それに答えることもできなかった。頭の中に流れてきた膨大な情報を、少しでも秩序立てようと必死に思考を働かせる。


 ギデオン村長と、他の皆が、固唾を飲んで僕の言葉を待っている。

 僕は、ゆっくりと、石板に刻まれた内容を語り始めた。


「……これは、数百年前、魔王が人間族との戦いに敗れる直前に、エルフの賢者が書き記した記録のようです」


 石板は、まず、魔王と四天王の成り立ちについて語っていた。

 魔王を始めとした魔族らは、この世界を侵す侵略者などではない。古くから存在し、人間族とは異なる理で生きる、強力な魔力生命体の一族だったらしい。

 そして、僕の疑問の核心である、二匹の竜についてはこう記されていた。


「『四天王が筆頭、ヴァルガスは双つなり。一つは破壊を司る『魔竜』、もう一つは腐敗を司る『邪竜』。二つにして一つ、一つにして二つの魂を持つ、混沌の化身なり』……」


 僕の言葉に、この場にいる全員が息を呑んだ。

 ヴァルガスは、双子だった。

 魔竜と邪竜。ふたつの身体に、ひとつの魂を分かち持った特異な存在。それが、彼の正体だったのだ。


「『かの戦いで、勇者率いる人間族とエルフの連合軍は、魔竜の身体を北方の古代遺跡に封印した。しかし、もう一方の身体である邪竜は封印を逃れ、世界のどこかへと姿をくらました』……。そう、ここには書かれています」


 ギデオン村長が、はっ、としたように顔を上げた。


「まさか、50年前、我々の先代たちがこの地で討伐した邪竜アズ=ダハーカこそが、その逃げ延びた片割れだったというのか」

「はい。おそらく、そうだと思います」


 もちろん、この石板に記されていることを鵜呑みにするのは危ういだろう。

 しかし、様々なピースの繋がりが見えてくることも、無視できない事実だ。


 かつて英雄たちは邪竜の『肉体』を封印することには成功した。

 しかし、その『魂』は滅んでいなかったのだ。

 ヴァルガスの魂の半分である邪竜の魂は、『呪い』という形で、このエルダ村の大地深くに、今もなお封印され続けている。ギデオン村長たちが、命を懸けて守ってきた封印の正体は、それだったのだ。


「では、ヴァルガスがこの村に現れた、本当の目的は……」


 僕の脳裏に、最悪のシナリオが浮かび上がる。

 ルナをさらったのは、僕たちの注意をそらすための陽動に過ぎない。

 彼の真の目的は、この地に眠る、自らの半身である『邪竜の魂』を解放し、それと融合することで、数百年前の完全な力を取り戻すこと。


「……なんということだ」


 ギデオン村長は愕然とした表情で、その場に崩れ落ちそうになっている。無理もない。自分たちが長年守ってきたものが、結果として、最悪の敵を呼び寄せることになっていたのだから。


 だが、石板に記されていた衝撃の事実は、それだけではなかった。

 そこに書かれていたのは、エルフ族と魔王軍との、意外な関係性だった。


「……こうも書かれています。『我らエルフは、人間族に与し、魔王と敵対した。しかし、それは我らの本意ではなかった。魔王は、決して世界の破壊を望んでいたわけではない。彼はただ、人間族の無秩序な繁栄と、それによって失われていく世界の魔力バランスを、憂いていたのだ』……」


 石板の記述によれば、魔王は、世界の調停者の側面を持っていたらしい。


 人間族が、森を伐採し、大地を削り、世界の魔力を無秩序に消費し続けることに警鐘を鳴らしていた。しかし、その声に耳を貸さなかった人間族との間に、やがて大きな戦争が勃発した。


 エルフ族は、自然を愛する民として、本来は魔王の思想に近かった。しかし、人間族との長い交流の歴史と、魔王軍の圧倒的な力の前に、やむなく人間族の側に立って戦うことを選んだのだという。


「そんな……。では、我々が信じてきた歴史は、すべて人間族の視点から描かれた、一方的な物語だったというのか?」


 ゼノンさんが、信じられないというように呟いた。先人の知識と知恵を重んずる元宮廷魔術師団として、思いもよらぬ未知の記録を目の当たりにして混乱せずにいられないのだろう。


「『戦いの末、魔王は勇者に敗れた。しかし、魔王は死の間際に、こう予言したという。「数百年後、世界の魔力は枯渇し、大きな災厄が訪れる。その時、我が魂は再び蘇り、世界を原初の混沌へと還すだろう」と』……」


 魔王の復活。

 それは、単なる復讐劇などではない。

 世界の寿命が尽きかける時、世界そのものを一度リセットし、再生させるための事象なのだと、エルフ族が残した石板は告げている。いわば『世界の免疫システム』のようなものなのかもしれない。


 そして、その時が今、まさに訪れようとしている。

 僕たちの敵は、本当に『悪』なのだろうか。

 僕たちが守ろうとしているこの平穏は、もしかしたら、もっと大きな視点で見れば、世界の寿命を縮めているだけなのではないか。


 複雑な思いが、僕の胸を締め付ける。

 しかし、今は、そんな哲学的な問いに悩んでいる場合ではない。


 たとえ、魔王にどんな大義があったとしても。

 僕たちの目の前にある事実は、ただひとつ。

 ヴァルガスは、ルナを人質に取り、この村を、そして世界を、混沌に陥れようとしている。

 僕たちは、戦わなければならない。

 僕たちの大切な人を、大切なものを、大切な日常を守るために。


「……決戦の場所は、決まったな」


 僕は、石板から顔を上げ、仲間たちに向き直った。


「ヴァルガスは五日後、必ずこの村を再び襲撃する。ルナを人質に、この大地に眠る邪竜の魂の封印を解くために。……ギデオンさん。その封印が施されているのは、どこですか?」


 ギデオン村長は、はっとしたように顔を上げる。そして、村の外れにある、禁足地とされてきた古い祠の方角を指さした。


「……そこに、古代の祭壇だとされるものがあります。あそこが、邪竜の魂を封じ込めた封印の要、と聞いておる」

「決戦の場所は、そこですね」


 僕は、力強く宣言した。


「僕たちの手で、二匹の竜を同時に叩く。ヴァルガスが邪竜の魂と融合を果たす前に、僕たちが、その野望を打ち砕くんだ」


 僕の言葉に、仲間たちの瞳には再び闘志の炎が宿った。

 敵の正体と、その目的が分かった今、もう迷いはない。


 僕たちの楽園を、この手で守り抜いてみせる。

 たとえ、その相手が、世界の理そのものだったとしても。



 -つづく-

次回、第35話。「守り人の独白」。

年月を経てなお、この地を守ろうとする者たちの想いは消えず。


  ◇   ◇   ◇


次回更新は明日、1月11日になります。


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