33:破壊の理と、創造の解
ルナを取り戻し、エルダ村も守る。その決意をした僕たちに残された時間は限られていた。僕が落ち込んだことで、およそ一日分の時間を足踏みをしてしまった。今となっては悔やまれる。
ヴァルガスが再びこの村を訪れるまで、あと四日。僕たちは改めて、村の集会所と化したギデオン村長の家に集まった。打倒ヴァルガスに向けた作戦会議を開始する。
集まったのは、僕と、怪我の癒えたギドさん、ギデオン村長、そして元騎士団のバルガスさんや元宮廷魔術師団のゼノンさんといった、村の戦力の主となる人たちだ。ミミは、その鋭い五感で村の周囲を警戒する役を買って出てくれた。彼女の存在は、僕たちが作戦に集中するための、何よりの安心材料だった。
「まず、前回の戦いを振り返ろう」
僕は広げた羊皮紙の上に、前回の戦闘の状況を書き出していく。
「問題は、ヴァルガスのあの理不尽なまでの能力です」
「うむ。ワシが鍛えたオリハルコンの盾が、まるで砂のように崩された。あれは、物理的な強度や魔力抵抗でどうにかなる代物ではない。硬いとか頑丈とか、そういう概念が通用しない相手じゃ」
ギドさんが唸るように言った。
僕もそれに同意してうなずく。彼の言う通り、常識的な効果がどうこうという次元の問題ではない、と考えている。
「奴の力はおそらく、物質を構成する『繋がり』そのものを断ち切る力です」
僕は、あの時の感覚を思い出しながら説明した。
「僕の【物質創造】が、原子を組み替えて『繋げる』力だとすれば。ヴァルガスの力は、その繋がりを『断つ』力。僕とは正反対の、純粋な破壊の理」
集会所に、重い沈黙が流れる。僕の力が通用しないとなれば、打つ手はないのではないか。そんな絶望的な空気が、漂い始める。
「……いや。ひとつだけ、手応えがあった」
そんな雰囲気を断ち切るように、僕は言う。
ギデオン村長をはじめ、皆が僕へと視線を向けた。
「ヴァルガスの尻尾の攻撃を受けた時。僕は彼の攻撃を防ぐのではなく、分解することを試みた。彼の力が、僕の身体のどこを『切断』しようとしているのか、その力の流れや予兆のようなものを読んだんだ。そして、彼が繋がりを断つよりも早く、僕が自ら、その繋がりを『解いた』」
「……なるほど」
例えるならば、相手の振り下ろす剣をただ受け止めるのではなく、同じ軌道で剣を合わせ、その威力を受け流すようなもの。相手の攻撃をカウンターで対抗した、と言えばいいだろうか。
僕の説明を聞いて、ギデオン村長が頷く。
「つまり、敵の攻撃の『核』となる部分を、アルト様の力で先んじて無力化する、と。しかし、それはあまりにも危険な賭けではありませぬか? 一瞬でも読みを誤れば……」
「ええ。だから、僕ひとりがヴァルガスと戦う、という前回のようなやり方は、もう通用しない」
一筋縄ではいかないどころか、一段も二段も上手の相手。そう言わざるを得ない。そんな相手をどう対処するべきか。
僕は、羊皮紙の上に新たな陣形図を描いていく。
「ヴァルガスの攻撃は強力です。実際に攻撃を受けた僕の感覚ですが、おそらく一度に『断ち切れる』対象はひとつ。彼の意識が集中した、一点だけのはずです。ならば……」
憶測ではある。
しかし、実際に相まみえたからこそ感じ取れるものがあった。
「僕たちは、『数』で彼を圧倒する」
これしかない、と、僕は力強く言う。
断言する口調に、ギドさんが怪訝な顔をする。
「数、じゃと?」
「はい。ヴァルガスと戦うのは、僕ひとりじゃありません。僕が創造する、新たなゴーレム部隊です」
これまでの大型ゴーレムの設計図を広げる。その横に、まったく新しい設計図を描き出した。それは体長わずか一メートルほどの、狼のような四足歩行の小型ゴーレムだった。
「大型ゴーレムは、パワーはあるけど動きが遅い。ヴァルガスの格好の的です。でも、この『猟犬型ゴーレム (ハウンド・ゴーレム) 』は違う。一体一体の力は弱くても、そのスピードと数で敵を翻弄する。ヴァルガスが一体を破壊しても、即座に次のゴーレムが死角から襲いかかる。彼が僕に意識を集中させる暇を、与えないんです」
僕の作戦は、ヴァルガスの理不尽な『一点突破』の力を、圧倒的な物量による『飽和攻撃』で無力化するというものだった。
「その猟犬型ゴーレムがヴァルガスを足止めしている間に、僕が、彼の力の『核』を見つけ出し、叩く。それが、僕たちの勝利への道です」
「ならば陽動部隊も必要じゃな。我々が、本命であるゴーレム部隊とは別の方向から攻撃を仕掛け、奴の注意を散らす」
「魔法による支援も有効でしょう。直接的なダメージは期待できずとも、幻惑魔法や束縛魔法で、奴の五感を少しでも惑わせることができれば……」
僕の出した作戦をベースにして、それを咀嚼しつつ、元騎士の老人たちが次々と意見を出し始めた。絶望的な戦力差を、知恵と、経験と、そして僕の創造の力で埋めていく。敗北の記憶は、僕たちを絶望させるのではなく、次なる勝利への、確かな糧となっていた。
「魔物の群れへの対策も、同時に進める必要があります」
もちろん、問題はヴァルガスだけではない。
彼が再び、あの魔物の大軍勢を率いてくる可能性も十分に考えられる。
僕は、もう一枚の羊皮紙に、村の新たな防衛計画を描き出した。
「前回の防衛戦は、村人たち全員が壁の上に立って戦いました。しかし、それではあまりに危険すぎる。村の戦闘員は、ギデオンさんたち元騎士団の方々と、志願した若者たちだけに絞ります。それ以外の人々は、村の中央に僕が作る、頑丈な『避難壕』に籠ってもらいます」
安全を確保した上で、少数精鋭で、効率的に魔物の群れを殲滅する。
そのための『兵器』を、僕はギドさんと共に開発することにした。
「ギドさん。猟犬型ゴーレムがヴァルガスを食い止めている間、僕には魔物の群れに対処する余裕がありません。だから、僕がいなくても、自動で魔物を迎撃できるような兵器を作りたいんです」
「自動兵器、じゃと?」
「はい。例えば、これです」
僕は、かつて古代技術書で見た、とある兵器の設計図を描いた。
それは、複数の矢を同時に、高速で連射することができる連弩、あるいはバリスタと呼ばれる兵器だった。
「これを、城壁の上に何十台も設置します。そして、動力源には、僕が作る小型の魔力エンジンを組み込む。侵入者を感知したら、自動で矢の雨を降らせる、『自動防衛砲台 (オート・タレット) 』です」
僕のアイデアを聞いて、ギドさんの目がギラリと輝いた。
ドワーフとして、職人としての魂が刺激されたのかもしれない。
「面白い! 面白いじゃねえか、師匠! やってやろうじゃねえか! ドワーフの技術と、お前さんの錬金術を組み合わせれば、神さえ恐れる兵器が作れるかもしれんぞ!」
さらに、僕は空からの脅威への対策も提案した。
「ルナがいれば、精霊魔法で対処できましたが、今の僕たちに空を守る術はありません。だから、空にも罠を仕掛けます」
「空に、罠じゃと?」
「ええ。【物質創造】で、極細でありながら、ミスリル銀よりも強靭な『魔力の糸』を、村の上空に張り巡らせるんです。高速で飛行する魔物にとっては、それは見えない刃のようなもの。さらに、糸には微弱な雷の魔力を帯びさせて、触れたものを麻痺させる効果も加えます」
次々と飛び出す常識外れのアイデアに、集会所にいた誰もが興奮と驚きを隠せないでいた。
僕の力は、守るだけじゃない。工夫次第で、最強の「兵器」にもなり得る。僕は、僕のやり方で、この村を難攻不落の要塞へと変えてみせる。
そんな風に提案、検討、議論、意見交換を繰り返しながら、ヴァルガスたち魔物群との戦いをシミュレーションしていった。
作戦がある程度固まってきて、ひと息ついた時。
僕の脳裏に、ふと、ひとつの疑問が浮かび上がった。
それは、この土地の呪いについての疑問だった。
「ギデオンさん。ひとつ、聞いてもいいですか?」
「なんでしょう、アルト様」
「この村はもともと、『邪竜の呪い』を封じるための場所でしたよね。先日、僕たちの前に現れたヴァルガスは、『魔竜』と名乗っていました。……このふたつの竜は、別物なんですか? あるいは、何か関係があるのでしょうか」
なにげない、僕の問い掛け。
ギデオン村長は、「……言われてみれば」と、眉をひそめる。
僕たちは、邪竜と魔竜をまったく別の存在として認識していた。
だが、本当にそうだろうか。
同じ「竜」の名を持ち、どちらも世界を脅かすほどの力を持つ。
あまりに出来すぎてはいないだろうか。
「……ゼノン殿。村の古い文献に、何か手がかりはないか?」
「ううむ……。呪いの封印のためにこの村ができたのは、我らが産まれるより何代も前のこと。それだけ長い年月が経っておる」
ギデオン村長に問われ、元宮廷魔術師団のゼノンさんが考え込む。
ゼノンさんはあごをさすりながら、記憶を探るように宙を睨んだ。
「我々がこの村に根付くことになったのも、王都の魔術師団や騎士団の代替わりが進められる際に、新たな任務として命ぜられたからじゃ。それ以前の記録や任務の申し送りなども目を通してはいるが、改めて検分し直す必要があるかもしれん」
「なるほど……」
そもそも、『邪竜の呪い』はともかくとして、『魔竜』という存在はヴァルガスが現れるまで聞いたこともなかったという。ギデオン村長たちは、過去の記録の掘り起こしと、自分たちに課せられていた任務の再確認、それぞれの必要性を語り始める。
「手掛かりと言えば。村の書庫には我々も解読できぬ、古代エルフ語で書かれた石板がひとつ、あったはずじゃが……」
さらに、ゼノンさんが思い出したように言葉を漏らす。
古代エルフ語。
その言葉に、僕は、はっとした。
ルナ。
彼女は、僕に、エルフの言葉や文化について、色々と教えてくれていた。その中には古代語の読み方も、少しだけ含まれていた。
「その石板、見せてもらえませんか? もしかしたら、僕なら読めるかもしれません」
僕の言葉に、部屋にいる全員が驚きの表情を浮かべた。
ゼノンさんに連れられて、僕たちは書庫扱いされている古い家屋へ向かう。
「これは……」
そこには、かつてのさびれた村の様子からは想像できないほどの量の、様々な書物や書類の束が詰め込まれていた。書庫、というにはやや抵抗があるほど乱雑に、書物や紙の束が積み上げられている。
その奥に、一枚の石板が埃をかぶった状態で放置されていた。
「この石板自体は、かなり古くからここに置かれていたようで。何も起こらないこの村で、代わり映えのしない報告書の写しを積み上げているうちに、どんどん奥の方へと押し込まれていったのかと」
「……なるほど」
『邪竜の呪い』を見張る役目を担う人たちが、王都へ定期的な報告を行っていた。その際の記録帳や報告書の写しなどが、無造作にここへ積み重ねられていったのだろう。
そんな場所に、なぜエルフ語の刻まれた石板などがあるのか。疑問に思いながらも、まずは現物の確認だと、僕は石板を手に取る。
石板に刻まれているのは、神秘的で、複雑な文字。
確かに、エルフ語のようだ。
僕は、ルナから教わった知識と、【物質創造】がもたらす情報の構造理解の力を総動員して、解読を試みる。
……どうにか、僕でも読むことができそうだ。
「随分と古い時代のものみたいだけど……え?」
石板に書かれていた内容。それに理解が及び、僕は思わず思考が止まる。
そこに記されていたのは、僕の想像を超えたものだった。
「まさか、そんなこと……」
石板を読み解いた僕は、無意識に声を漏らしてしまう。
衝撃ゆえに、その声もかすれたものになっていた。
ヴァルガスがなぜ、このエルダ村に現れたのか。
彼の本当の目的は、何だったのか。
理解しがたい。
けれど、すべてのピースがひとつに繋がる。
その真実は、僕たちの戦いを、ただの村の防衛戦ではない、世界の運命を左右しかねないものへと変貌させる。
-つづく-
次回、第34話。「忘れられた封印と、邪竜の正体」。
何をもってして、悪しき存在と見做すのか。
◇ ◇ ◇
次回更新は、1月10日になります。
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