32:失意の底で、灯る光
魔竜・ヴァルガスがルナを連れ去った激戦から、一夜開けた。
けれど僕の時間は、あの瞬間に止まってしまったかのようだった。
半壊した村。傷ついた仲間たち。そして、僕の隣から、かけがえのない存在が消え去ってしまったという、埋めようのない喪失感。
僕は、自室に閉じこもっていた。目の前には、ルナが使っていたベッドがある。もちろん使う主の姿はなく、今は空っぽだ。部屋の中には、彼女がいつも淹れてくれたハーブティーの香りがまだ微かに残っているような気がした。そんな思いが込み上げてくるごとに、胸が張り裂けそうになる。
どうして。
どうして、僕はルナを守れなかったんだ。
「神の御業」なんて、笑わせる。僕の【物質創造】の力は、あの魔竜の前では、まるで子供の砂遊びのように、いとも容易く打ち砕かれた。オリハルコンの壁も、空間操作も、すべてが無意味だった。
僕が、もっと強ければ。
あの時、違う選択をしていれば。
いや、そもそも僕がこの村に来なければ……。
僕がこの村に来なければ、こんな悲劇は起こらなかったんじゃないか。
僕の力が、あの魔族を呼び寄せてしまったんだ。
僕が、この村に災厄をもたらしたんだ……。
終わりのない自責の念が、黒い霧のように僕の心を覆い尽くしていく。
食事も喉を通らない。眠ろうとしても、ルナが連れ去られる瞬間の光景が、悪夢となって僕を苛む。
勇者パーティーを追放された時と同じ、いや、それ以上の絶望が、僕の全身を支配していた。
あの時は、失ったのは「居場所」だった。
でも、今回は違う。
僕の心を温めてくれた、初めての「家族」そのものを、失ってしまった。
コンコン、と、控えめなノックの音がした。
同時に聞こえたのは、ミミの声だ。
「……アル兄。ご飯、持ってきたニャ」
「……いらない」
か細い声で答えるのが、精一杯だった。
しかし、ミミは諦めなかった。ガチャリ、と扉が開く。湯気を立てるスープと、焼きたてのパンを持った彼女が、部屋に入ってきた。
「アル兄がご飯食べないと、ミミもお腹空かないニャ」
ミミはそう言うと、ただ黙って、僕の隣にちょこんと座り込んだ。
僕は、ミミの顔を見ることができなかった。彼女まで、危険な目に遭わせてしまった。そんな罪悪感でいっぱいだったからだ。
でもミミは、何も言わずに、ただそこに居てくれた。僕の孤独に、小さな身体で、そっと寄り添うように。
しばらくして。
今度は、どたどたと荒々しい足音が聞こえてきた。
荒々しく扉が開けられ、ギドさんが遠慮なく部屋に入り込んできた。
「アルト! いつまで寝とるつもりじゃ! 早く起きて、ワシのこの折れた腕を直すんじゃ!」
ギドさんは腕に包帯を巻きながら、仁王立ちで僕を見下ろしてくる。
「師匠が下を向いていて、どうやってワシらの新しい武具を作ってくれるんじゃ! ルナを助けに行く武器は、誰が作るんじゃ!」
ものすごく、乱暴な言葉だった。
けれどそれには、僕を心配してくれる、不器用な優しさが宿っていた。
間を置かずに。
今度はギデオン村長も部屋を訪れてきた。
「アルト様、顔をお上げくだされ。我らは、あなた様に見捨てられたとは思っておりませぬぞ。あの戦いは我々の想像を遥かに超える、化け物との戦いだった。あなた様ひとりの責任では、決してない」
村長の言葉は、慰めるようなものではない、事実を淡々と告げるもの。
僕は、かろうじて顔を上げた。
「でも……僕が、もっと強ければ……!」
悔しい。その気持ちが際限なくこみ上げてくる。
僕の絞り出すように声を漏らす。
けれど村長は、静かに首を横に振った。
「確かに、あのヴァルガスという魔物は常識を超える存在だった。しかし、アルト様がいたからこそ、我らは生き残れたのです。あの『天蓋の盾』がなければ、この村は、我々ごと跡形もなく消え去っていたでしょう」
村長は、僕の目をまっすぐに見つめてくる。
「あなたは、我らの命の恩人。そして、この楽園を創りし御方だ。そのあなたが、この村を救ったという事実まで、打ち捨ててしまうおつもりか?」
僕がこの村に来たから、こんなことになった。
僕が弱かったから、ルナは奪われた。
そう思い込んでいた僕の心に、村長の言葉が温かい光となって染み渡る。
「それに……」
ギドさんが、不器用な手で、僕の肩を力強く叩いた。
「お前さんがここで塞ぎ込んでいる間にも、ルナはひとりで、あの化け物の元にいる。お前さんは、あの娘を見捨てるつもりか!?」
その言葉は、僕の心を稲妻のように貫いた。
ルナを、見捨てる?
そんなこと、僕にはできるはずがない。
彼女は、僕の孤独を癒し、僕の力を理解し、僕の道を照らしてくれた。僕にとって、かけがえのない光。そんな彼女を、あの魔族の元に、ひとりで置いておけるはずがない。
僕は、瞳に光が戻ってくるのを感じた。
でも、その光はまだ弱々しかった。
ヴァルガスの突きつけた悪魔の選択が、僕の心を苛む。
ルナを救うために、魔族に降るか。
この村を守るために、彼女を見捨てるか。
どちらを選んでも、僕の心は、引き裂かれてしまう。
その時だった。
扉の向こうから、村人たちの声が次々と聞こえてきた。
「アルト様! 顔をお出しくだされ!」
「ルナ様を必ず取り戻しましょう!」
「私たちはアルト様についていきます! どこまでも!」
村の人たちが、僕の家の前に集まってくれていた。
彼らは、僕の苦悩を知っていた。
でも彼らは僕を責めるどころか、逆に励まし、身を案じてくれている。
彼らが望むのは、僕がどちらかを選ぶことじゃない。
ルナを取り戻し、この楽園を、再び穏やかな場所にすること。
彼らの温かい言葉と、変わらない信頼の眼差し。
そのすべてが、僕の心身に染み渡っていく。
心の奥底に沈んでいた『希望』の炎を、再び燃え上がらせていく。
僕は、独りじゃない。
僕にはこの村の、この温かい家族がいる。
「……なら、選ぶ必要なんかない」
僕は、ゆっくりと立ち上がった。
自分でも分かる。僕の瞳に、強い力と、確かな光が宿っていることが。
「両方だ。ルナも、この村も、僕が両方守り抜く。……そのためなら、僕は、悪魔にだって、神にだってなってやる」
出来るかどうかじゃない。
やるんだ。
僕の決意を聞き、ミミは笑顔で僕の足元に擦り寄った。
ギドさんは力強く拳を握り、ギデオン村長は深く頷いた。
僕たちは再び、ひとつの家族として、絶望に立ち向かうことを誓った。
「……猶予は五日。でも、ただ待つつもりはない」
そうと決めれば、のんびりしている暇はない。
僕の口元に、不敵な笑みが浮かぶ。
「僕たちから、仕掛ける。ヴァルガスの理不尽な力を、僕たちの絆の力で、打ち破るための、最高の作戦をね」
僕は、目の前に羊皮紙を広げる。そして思いつくまま、ヴァルガスへの対抗策を書いていく。ミミも、ギドさんも、ギデオン村長も、外に集まっていた村の皆も招き入れて、ルナの救出作戦を練り始めた。
すべてを失いかけた僕は、再び立ち上がった。そして、このエルダ村が持つすべての力を結集し、大事な家族を取り戻すための戦いに臨む。
-つづく-
次回、第33話。「破壊の理と、創造の解」。
敗北をひも解き、勝利の糸口を手繰り寄せる。
◇ ◇ ◇
次回更新は明日、1月4日になります。
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