31:慟哭
視点:三人称
突然、アルトに迫られた決断。
だがそれは、選択肢などというものではなかった。
アルトの目の前で、ルナが抗うことのできない力によって捕らえられている。
彼女を救うには、目の前の魔竜に挑むしかない。
しかし、今の自分にその力はない。
仲間たちは倒れ、自らも満身創痍。
そして何より、自分の力が、この敵には通用しないことを、嫌というほど思い知らされた。
「さあ、どうする? 錬金術師。この場で、このエルフと共に無意味な抵抗を続けて死ぬか。それとも、賢明な判断を下し、お前の仲間たちのささやかな未来を確保するか」
ヴァルガスは、アルトの葛藤を心底楽しむかのように、問いかける。
「……ルナを、放せ」
アルトの口から、か細い、しかし、燃えるような怒りを込めた声が漏れた。
それは問いに答えるものではなく。
ただ、込み上げてくる己の感情を吐き出しただけの言葉。
「放せと言っているんだ!」
アルトは最後の力を振り絞り、ヴァルガスに向かって駆け出した。
その手には再び、光の槍が創造されている。
しかし。その突撃はあまりに考えなしで、無謀。
ヴァルガスが無造作に腕を振るう。それによって起きた風圧によって、アルトはあっさりと吹き飛ばされる。彼の吶喊はいとも容易く阻まれてしまった。
アルトの身体が再び地面に叩きつけられる。その姿は、先ほどまで村のすべてを背負っていた青年だとは思えない、あまりにうらぶれたものだった。
「……フン。答えは、出たようだな」
ヴァルガスは、もはやアルトに興味を失ったかのように、背を向けた。
「――五日だ」
「……?」
「五日後、再びここへ来る。その時までに、答えを決めておけ。我らが主君に降るか、それとも、この村ごと跡形もなく消え去るか。よく、考えるがいい」
ヴァルガスは、それだけ言うと、その巨大な翼を広げた。
「待て……! 待ってくれ! ルナを……! ルナを返せ!」
アルトは地面を這いながら、必死に叫ぶ。
当然だが、ヴァルガスはそれを気に留めようともしない。
ヴァルガスに捕らえられたルナが、涙に濡れた瞳で、アルトを見つめていた。
彼女は、声にならない声で、何かを伝えようと唇を動かしている。
(ごめんなさい、アルト……)
(……諦めないで)
「ルナーーーーーっ!!」
アルトは、慟哭した。
戦いが終わり、静まり返った村に、彼の叫びが虚しく響き渡る。
ヴァルガスは一度も振り返ることなく、ルナを抱えたまま、漆黒の空の彼方へと飛び去っていった。空と地を覆っていた魔物の軍勢もまた、主君の後を追うように撤退していく。その様はまるで一気に潮が引いていくかのようだった。
後に残されたのは、半壊した楽園と、倒れ伏した仲間たち。
そして、大切な家族を目の前で奪われた、錬金術師の絶望的な嗚咽。
アルトは、地面に拳を何度も、何度も、叩きつけた。
血が滲み、骨が軋むほどの痛みが走る。
だがそれも、彼の心の痛みに比べれば無に等しかった。
自分の力の至らなさ。
自分の、無力さ。
神の力だと?
楽園の創造主だと?
笑わせるな。
結局、大切なものを守れなかったじゃないか。
勇者パーティーに追放された日に感じた、あの絶望。
そんなものにも及ばない、何倍もの大きさの心の痛みがアルトを蝕む。
あの時に失ったのは『居場所』だった。
だが、今回は違う。
失ったのは、『家族』そのものだ。
太陽が、無残に破壊された村を照らし出す。
その光はあまりにも無慈悲で、アルトの心をさらに深く抉る。
(どうすれば、よかったんだ……)
(僕の力が、もっと強ければ……)
後悔と自責の念が、アルトの思考を支配する。
ヴァルガスが残した、五日間という猶予。
それは、希望ではない。
アルトの心を深く絶望させるための、残酷な時間稼ぎに過ぎなかった。
降伏か、死か。
悪魔の選択を突きつけられ、アルトはただ苦悶することしかできない。
彼の楽園は今、本当の意味で崩壊の危機に瀕していた。
その復活の鍵は果たしてあるのか。
今のアルトの中には、どこにも見つけることができずにいた。
-つづく-
次回、第32話。
タイムリミットが迫る中、アルトは何を思うのか。
◇ ◇ ◇
次回更新は、1月3日になります。
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