28:錬金術師の戦場
視点:三人称
エルダ村へ向かって、雪崩のように襲い掛かってくる魔物たちの群れ。そのすべてを率いる魔王軍四天王・ヴァルガスは、後方から戦場を見下ろしていた。
そんな彼が、自ら動き出す。
ヴァルガスが魔剣を天に掲げた瞬間、戦場の空気が一変した。
それまで鳴り響いていた魔物たちの雄叫びが、ぴたりと止む。まるで絶対的な王の登場にかしずくかのように。
戦場のすべての視線が、丘の上の、その漆黒の騎士へと注がれた。
「……来る!」
アルトは、肌が粟立つのを感じた。
あれは、次元が違う。これまで対峙してきたキメラやサイクロプスといった魔物とは、まったくの別物。世界そのものが、彼の存在を拒絶しているかのような、圧倒的な異物感をまき散らしている。
闇の魔力を収束させていたヴァルガス。周囲の空間を歪んで見せるほどのそれが、ひとつの呪文へと変換される。その声は地獄の底から響くような、重く、そして冷たい響きを持っていた。
「――『黒死の流星雨 (デッドリー・メテオストーム) 』」
彼が魔剣を振り下ろす。ただそれだけで、エルダ村の前線が絶望に覆われる。
暗雲が漂う空から、無数の黒い流星が降り注ぎ始めた。
それは一つひとつが家屋を容易く粉砕するほどの破壊力を持った、闇の魔力の塊。戦術や連携でどうにかなるレベルではない。村全体を、その存在ごと消し去ろうとする無慈悲な殲滅魔法だった。
「うわあああっ!」
「だめだ……避けきれない!」
壁の上の村人たちが、絶望の声を上げる。ギドが鍛えた盾も、この無差別な広範囲攻撃の前では気休めにしかならない。
エルダ村の、絶対絶命。
誰もが死を覚悟した、その時。
アルトが、天に向かって両手を突き出した。
「――させない!」
彼の声は、もはや青年のそれではなく。
まるで世界の創造主のような、荘厳な響きを帯びていた。
「【物質創造】――『天蓋の盾 (ヘブンズ・シールド) 』!!」
アルトの全身から、彼の持つ魔力が黄金の光となって解き放たれる。
その光は天に昇り、村全体を覆う巨大なドーム状の障壁へと姿を変えた。
それは、ただの魔力障壁ではない。
アルトが、大気中に存在するありとあらゆる元素――光の粒子、風の精霊、マナの原子――を再構築し、創造したもの。物理法則と魔法法則の粋を集めた、絶対的な防御結界だった。
黒い流星群が、黄金の天蓋に次々と着弾する。
ズズズズズン!!
世界そのものが揺れるような、凄まじい衝撃が襲った。
村人たちは思わず地面に伏せ、頭を抱える。
しかし、衝撃はそれだけだった。
アルトが築いた黄金の天蓋は、無数の流星の直撃を受けながらも亀裂ひとつ入らない。それどころか、着弾した闇の魔力を吸収し、自らの輝きをさらに増しているかのようだった。
「なに……?」
丘の上に立つヴァルガスの声に、初めて驚愕の色が浮かんだ。
自分の必殺魔法が、いとも容易く防がれた。
その事実が、彼のプライドを揺さぶった。
「アルト様……!」
「アル兄!」
壁の上の村人たち、そしてルナやミミが、安堵と、そして畏敬の念を込めて、アルトの名を呼んだ。
アルトは、両手を天に掲げたまま、静かに立っていた。
その姿は、ただの優しい錬金術師ではなかった。自らが創造した楽園を、たったひとりで、神のごとき災厄から守り抜く、絶対的な守護神の姿だった。
「……面白い」
ヴァルガスは、その漆黒の兜の下で愉悦の笑みを浮かべた。
「なるほどな。貴様が、セラフィナの奴が言っていた『規格外』か。確かに、ただの人間ではないらしい」
彼は、魔剣を肩に担ぐと、ゆっくりと丘の上から飛び立った。
背に広がる翼が、一度だけ羽ばたく。それだけで彼は一瞬にして、アルトたちの目の前――村の防壁のすぐ外に着地した。
「貴様のその力、我が主のために、実に有用だ。大人しく、我に降れ。そうすれば、この村の虫けらどもの命だけは助けてやらんでもない」
あまりに傲慢な、降伏勧告。
それをアルトは冷静に聞き、ゆっくりと首を横に振った。
「断る。僕の力は、僕の大切な仲間たちと、この村のためにある。お前のような、破壊しかもたらさない者のために使う力は、少しだってない」
「……愚かな。ならば、その力ごと、ここで砕け散るがいい」
ヴァルガスとアルトの視線が、空中で交わる。
戦いはもはや、魔物の軍勢とエルダ村の総力戦ではなくなった。
魔王軍四天王と、神の力を持つ錬金術師。
ふたりの『規格外』による、一騎打ちになろうとしていた。
ヴァルガスが、動く。
その刹那、姿が消えた。
次の瞬間、彼はアルトが立つ壁の真上に現れた。
音さえ置き去りにする、あまりの神速。
ギデオンたち歴戦の騎士でさえ、その動きに反応ができなかった。
「死ね」
無慈悲な宣告。
それと共に、禍々しい魔剣がアルトの頭上めがけて振り下ろされる。
しかし、その刃がアルトに届くことはなかった。
アルトの目の前に、自らを守る盾が瞬時に現れる。オリハルコンでできた分厚い盾が『創造』され、ヴァルガスの一撃を完璧に受け止めたのだ。
「……お前の動きは、速い。だが、僕の創造の速さには、追いつけない」
アルトは、冷静に告げた。
彼の【物質創造】は、もはや詠唱も予備動作も必要としない。
思考と同時に、現象が発動する。速度では語れない領域に達していた。
アルトの行動は、防御するだけでは終わらない。
「お返しだ」
地面が凄まじい勢いで隆起する。さらにその土塊が液体のように変化した。
形を成したのは、無数の『土の腕』。
その腕たちが一斉に、敵の身体を捕らえるべく襲いかかった。
ヴァルガスは舌打ちをしながら後方へ跳躍し、それを避ける。
避けるだけでは済まさない。ヴァルガスは身をひるがえしながら闇の魔力をその手に編み、無数の槍を生み出して放つ。
至近距離でのあまりに素早い魔法形成。あわや串刺し、という状況でもアルトは冷静に対処する。
アルトは闇魔法の槍が襲い来る軌道を予測。
ピンポイントで、相殺するための光の盾を創造する。
魔法攻撃が防がれた。ならば次は直接攻撃だと、ヴァルガスが空間ごと断ち切る斬撃を放つ。
するとアルトこれにも対応。斬撃が通過する空間そのものを『分解』し、攻撃を無効化した。
さらにヴァルガスが、精神を直接攻撃する呪いを囁き、搦め手で迫れば。
アルトは自らの周囲に『精神防壁』を創造し、それをシャットアウトする。
そこで繰り広げられるのは、常人には捕らえきれない異次元の攻防だった。
攻撃と防御。
破壊と創造。
それはまさしく、矛と盾の戦い。
村人たちは、目の前で繰り広げられる、あまりに規格外な戦いに、ただ息を呑むことしかできない。
そして。
その戦いは、アルトが初めて「攻撃」に転じたことで新たな局面を迎える。
「いつまで、守ってばかりいるつもりだ!」
「……言ったはずだ。僕の力は、守るためにある、と」
ヴァルガスの焦れた声が響いた。そこには明らかに苛立ちが滲んでいる。
だがアルトは受け流すように、静かに言葉を返す。
「だが……」
アルトは、両の手のひらを虚空へ向けた。
その両の掌に、まったく異なるふたつの物質が創造されていく。
「大切なものを脅かす敵を『排除』することも、最高の『守り』だ」
右手には、空気中の光の粒子を超高密度に圧縮して作られた、太陽のように輝く『光の槍』。
左手には、大地のエッセンスと闇の魔力さえも取り込んで練り上げられた、すべてを飲み込むブラックホールのような『闇の球体』。
光と闇。正反対の属性を持つふたつのエネルギー体を、アルトは同時に、そして完璧に制御していた。
「なっ……!? 正と負のエネルギーを、同時にだと!? 馬鹿な、そんなことをすれば術者ごと暴走して消し飛ぶはずだ!」
ヴァルガスが、明らかな狼狽の声を上げる。
それは錬金術の、いや、この世界の魔法の理を、根本から覆す光景だった。
「僕の理は、僕が作る」
アルトは自ら編み出した光の槍と闇の球体を。
ヴァルガスに向かって、同時に放った。
ふたつのエネルギー体が、螺旋を描きながらヴァルガスに迫る。
そして、彼の目の前で、ひとつに融合した。
光と闇が衝突し、対消滅を起こす。
その瞬間に生まれたのは、音も、光さえも飲み込む、『無』の奔流だった。
空間そのものが、抉り取られる。
ヴァルガスは、咄嗟に魔剣を盾にしてその『無』の奔流を防ごうとする。
しかし、彼の魔剣が対消滅のエネルギーに触れた瞬間。
ミシミシと、悲鳴のような音を立ててヒビ割れた。
「ぐ……おおおおおっ!」
ヴァルガスは、悪魔としての生涯で初めて防戦一方に追い込まれた。
全力をもってしての防御。
それでもアルトの『創造』を耐えることはできなかった。
彼の身体は、なすすべもなく、後方へと吹き飛ばされる。
遠くの森の木々をなぎ倒しながら、地面を舐めるように叩きつけられた。
戦場に、静寂が戻る。
村人たちは、目の前で起こった攻防に近いが追いつかなかった。
あまりにも規格外な戦いに、ただ、息を呑んで立ち尽くすのみ。
自分たちの村の、あの優しくて、一見では少し頼りないとさえ思える青年。
そんな彼が今、魔王軍の最高幹部を、たったひとりで圧倒している。
その事実が、彼らの常識を、ゆっくりと、しかし確実に、破壊していった。
アルトはまだ、構えを解いていない。
大地に突き刺さったヴァルガスの気配は、まだ消えていない。
対峙している彼は、脅威はまだ去っていないことを感じ取っていた。
ガラガラッ……
やがて、倒れた木々と土煙の中から、ヴァルガスが姿を現した。
その漆黒の鎧は、あちこちが砕け散っている。
手にした魔剣は、無残にも折れていた。
しかし、彼の身体から放たれる魔力は、先ほどとは比べ物にならないほど邪悪に、そして強大に膨れ上がっていた。
「……面白い。実に、面白いぞ、錬金術師!」
ヴァルガスが吹き出る覇気と共に咆哮した。
その衝撃波から、彼の被る兜が砕け散る。
その下から現れた素顔は、端正だが禍々しい笑みを浮かべていた。
そして、その瞳は血のように赤く、口からは鋭い牙が覗いている。
彼は、もはや用をなしていない鎧に手を掛ける。
身にまとっていたそれを、ヴァルガスは容易く引き裂いてみせた。
「我がこの真の姿を現すのは、数百年ぶりだ。光栄に思うがいい!」
ヴァルガスの身体が、みるみるうちに巨大化していく。
背中から、さらに二対の翼が生えた。
そして全身が、溶岩のような赤黒い、硬質な鱗に覆われていく。
それは、もはや騎士の姿ではなかった。
伝説に語られる、破壊の化身。
『魔竜』。
古の伝承と記録でしか見聞きすることのない、邪悪な存在そのものだった。
-つづく-
次回、第29話。「破壊の化身」。
本当の戦いは、まだ始まってもいなかった。
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