27:楽園防衛戦、開戦
視点:三人称
絶望が、黒い津波となってエルダ村に押し寄せる。
空を覆う魔物の群れ。
大地を埋め尽くす異形の軍勢。
その圧倒的な物量の前に、村人たちの顔に浮かんだ決意の色は、再び恐怖によって上塗りされようとしていた。
だが、彼らが完全に希望を捨てることはなかった。なぜなら、彼らの前にはひとりの青年が、揺るぎない背中を見せて立っていたからだ。
錬金術師、アルト。
この楽園の創造主にして、絶対的な守護者。
「――総員、迎撃を開始せよ!」
アルトの凛とした声が、戦場と化した村に響き渡る。
その言葉は、まるで魔法の呪文だった。恐怖に縛られていた村人たちの身体から、金縛りが解けたかのように力がみなぎる。瞳に再び戦意の炎が宿る。
さらにその号令を皮切りに、エルダ村はひとつの巨大な要塞へと変貌した。
まず、村の最前線。
先陣を切って突撃してきたゴブリンとオークの群れ。あとわずかで村の入り口に到達するという地点で、突如として地面に巨大な穴が開いた。押し合いながら吶喊してきた魔物たちが、底の深い落とし穴に次々と飲み込まれていく。
突然のことに後続の魔物たちが混乱する。立ち止まろうにも、後ろから次々押し寄せる者たちに圧迫されていく。魔物の群れのほとんどが何も出来ぬまま、穴の奥底へと落下していった。
これは、アルトが事前に仕掛けておいた罠だった。【物質創造】で地面の構造を脆くし、ゴーレムを遠隔操作して一斉に崩落させたのだ。落とし穴の底には、ギドが鍛えた鋭い鉄杭が、獲物を待ち構えるかのように無数に突き立っている。
「今だ! 撃てェッ!」
魔物たちの出鼻がくじかれたところに、ギドの檄が飛んだ。
村を取り囲むように、アルトが急造した土壁の上。そこに並び立つ村の男たちが、一斉に矢を放った。
彼らが手にする弓は、ギド謹製の逸品。森のしなやかな若木に、ミスリル銀を編み込んで作った『強化複合弓』だ。老人の腕力でも、鋼の鎧を容易く貫通するほどの威力を持つ。
放たれた矢の雨は、混乱する魔物の群れの頭上に降り注ぐ。
そして次々とその命を刈り取っていった。
さらに、壁の後方から音が鳴る。
村の若者たちが数人がかりで操作する投石機が、何台も立ち並んでいた。
「放てぇ!」
巨大な投石機が唸りを上げ、人頭大の岩を連続して投擲する。
放物線を描いて飛翔する岩が、魔物の群れのど真ん中に着弾した。
その瞬間、その岩は凄まじい爆発を起こす。
グギャアアアッ!
爆炎と衝撃波が、周囲の魔物をまとめて吹き飛ばした。死の暴力に煽られた魔物たちが、絶叫と共にその身を破壊させられ、次々と命を失っていく。
あの岩は、ただの岩ではない。アルトが内部に不安定な魔力構造を組み込み、衝撃を与えると爆発するように仕掛けた『錬金爆弾』だった。
魔物たちの群れの後方から、オークの上位種であるオーク・ジェネラルが怒声を上げる。おそらく「恐れず進め」と魔物たちを叱咤しているのだろう。
その命令を受けてか、体長五メートルはあろうかというサイクロプスたちが群れの前へと突出してくる。巨大な棍棒を振り上げ、村の土壁へと迫るサイクロプスたち。あの巨体の一撃を受ければ、いくらアルトが強化した壁でも、ひとたまりもないと思われた。
その時、だ。
「――出番だ、ジジイども!」
壁の上で、村長のギデオンが声を上げた。
彼自身が先駆けするかの如く、古びても輝きを失わない長剣を抜き放つ。
「我らの本当の力、魔物の軍勢に見せてやろうぞ!」
ギデオンの言葉に呼応し、村の老人たちが次々と手にした得物を構える。
彼らの装備は、それぞれがかつて得意とした戦い方に合わせ、ギドが特別に誂えた逸品だった。
ギデオンが手にするのは、軽量ながらもオリハルコンの芯が通った「元隊長専用長剣」。彼の衰えた腕力でも、若き日と変わらぬ剣速を可能にする。
元重装騎士だったバルガスは、全身を覆うミスリル製の「軽量化全身鎧 (ライトフルプレート)」を身にまとうと共に、砕けることのない「オリハルコンの大盾」を構える。
彼は、サイクロプスの棍棒が振り下ろされる直前に、壁の上からその進路上へと飛び降りた。
「ハアアアアッ!」
着地するなり、バルガスは老人とは思えぬ気迫と共に盾を構えた。
サイクロプスの巨大な棍棒と、小さな盾が激突する。
誰もが、老騎士が木っ端微塵になる光景を想像してしまうだろう。
しかし、起こったのは、その逆だった。
ゴオオオン! という半鐘を豪打したかのような重い音と共に、棍棒の方が逆に弾き返されたのだ。サイクロプスは予期せぬ反動に体勢を崩し、大きくよろめく。バルガスの盾は、傷ひとつ付いていない。
「どうした、巨人よ! 我の盾に敵わぬか!」
バルガスが稼いだ、ほんの数秒の隙。
それを見逃すほど、元騎士団の精鋭たちは甘くはない。
「今じゃ!」
「貫け!」
ギデオンをはじめとする老人たちが、壁の上から一斉に槍や弓を放つ。狙うのはサイクロプスの唯一の弱点である、巨大な目。巨人は降り注ぐ槍や弓をを一斉にその目に受け、断末魔の叫びを上げる間もなく、その巨体を大地に沈めた。
空からは、ルナが戦況を支配していた。彼女は村で最も高い見張り台の上に立ち、その翡翠の瞳で戦場全体を見渡している。
「風の精霊よ、彼の者たちの翼を砕きなさい!」
彼女が歌うように詠唱すると、空を覆っていたガーゴイルの群れに、無数の風の刃が襲いかかった。ガーゴイルたちは風の魔法によって石の翼を砕かれ、為す術もなく地上へと墜落していく。
「大地の精霊よ、芽吹きなさい!」
次の標的は、村の地下から侵入しようとしていたソルジャーアントの軍団だった。ルナの魔法に呼応して、巨大蟻の軍団の足元から鋼のように硬い木の根が突き出る。それらがソルジャーアントたちの身体を串刺しにした。
ルナの精霊魔法が、広範囲の敵を足止めし、味方を守る。
この防衛戦の要と言っていいものだった。
そして、この戦場の指揮官であり、最強の切り札であるアルト。
彼は後方支援と、最も危険な戦線の火消しに、八面六臂の活躍を見せていた。
「キメラが来るぞ! 壁の東側だ!」
ミミの鋭い五感によって、魔物軍団の動きは大小問わず把握されていた。彼女からの報告を受けるたびに、アルトは対応策を即座に練り、必要な指示を方々へ飛ばす。
もちろん、彼自身も【物質創造】のスキルを駆使して魔物と相対する。
アルトは村を囲う防壁の東側へと意識を向けた。そこでは炎と氷と雷を同時に吐き出す合成魔獣が、壁の一角を破壊しようとしている。
「【物質創造】――『三重属性結界 (トリプル・レジスト) 』!」
アルトは、キメラのブレスが防壁へ着弾する寸前に、魔法をねじ込む。
そこに三つの属性を同時に相殺する、複雑な構造の魔法障壁が創造された。
キメラが吐き出す炎は水の壁に、氷は炎の壁に、雷は風の壁に阻まれ、その威力を完全に無効化される。
「次はこっちだ!」
アルトは休む間もなく、別の戦線へと意識を切り替える。
壁を乗り越えようとするオークの群れの足元に、底なしの『沼』を創造。その動きを封じる。
空から降り注ぐドレイクの毒のブレスを『風の壁』で受け流し、敵の軍勢のど真ん中へと送り返す。
彼の【物質創造】は、もはや単なる防御や攻撃の手段ではなかった。戦場の『理』そのものを、自らの意のままに書き換える。神の御業と言っても過言ではない。
その様を見た村人たちが戦意を上げ、目の前の魔物たちに対してさらに奮闘する。エルダ村の村人たちは見事な連携で、数で圧倒的に勝る魔物の軍勢と互角以上に渡り合っていた。
彼らは、決して超人ではない。
一人ひとりの力は、勇者たちには遠く及ばない。
だが彼らには、この村で培った「絆」があった。
その絆を、アルトとギドが作り出した「力」が、何倍にも増幅させていた。
元騎士の経験と老獪さ。
若者たちの、故郷を守らんとする勇気。
ルナの、自然を操る神秘の力。
ギドの、伝説を打つ神業の腕前。
ミミの、危険を察知する鋭敏な五感。
そして、そのすべてを束ね、奇跡を現出させる、アルトの創造の力。
彼ら全員が、愛する村を守る『楽園の守護者』であった。
しかし、そんな彼らの奮戦を冷ややかに見下ろす影があった。
魔王軍四天王・ヴァルガス。
彼は戦場の喧騒から少し離れた丘の上に、翼を休めて静かに佇んでいた。
漆黒の兜の下で、彼の口元が歪んだ笑みを刻む。
「……フン。なかなか楽しませてくれる。だが、しょせんは虫けらの足掻き」
彼はゆっくりと、その手に持つ巨大な魔剣を天に掲げた。
周囲の空間が歪む。
剣先に、おぞましい闇の魔力が収束していく。
「――余興は、ここまでだ」
本当の絶望は、まだ、始まってもいなかった。
-つづく-
次回、第28話。「錬金術師の戦場」。
恐るべき力を持つ魔族を前に、錬金術師はいかに戦うか。
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