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ありふれた話 ~追放された錬金術師は、神スキル【物質創造】で辺境に楽園を築きます。今さら戻ってこいと言われても以下略  作者: 槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ
第四章 新たな脅威

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26:忍び寄る魔の手

 勇者パーティーが王都へと連行されてからしばらく。

 エルダ村には、束の間の平穏が戻っていた。


 あの激しい戦いの傷跡は、僕の【物質創造】と村人たちの尽力によって、数日のうちにすっかり元通りになった。壊された家々は以前よりも頑丈に建て直され、荒らされた畑には再び青々とした作物が芽吹き始めている。村人たちの心に残った不安も、温泉の癒やしと、日々の穏やかな営みの中で、少しずつ和らいでいるようだった。


 だが、僕の心の中は晴れなかった。

 偽りの聖女・セラフィナが残した言葉。この村を狙う敵対勢力としての態度。そして、彼女が去り際に放った、底知れぬ邪悪な気配。

 あれは勇者パーティーのような、人間の個人的な憎悪や欲望とは次元が違う。もっと根源的で、世界そのものを脅かすような、巨大な悪意の奔流だった。


「……アルト。また、難しい顔をしていますよ」


 夜、僕が自室で村の防衛計画図を睨んでいると、ルナが温かいハーブティーを淹れてきてくれた。その透き通るような香りが、張り詰めていた僕の神経を少しだけ和らげてくれる。


「あぁ、ありがとう。どうしても、あの女のことが気になって……」

「えぇ、分かります。私も、時々思い出すのです。あの禍々しい気配は……50年前に私の故郷を滅ぼした、邪竜のそれに、とてもよく似ていました」


 ルナの表情が、悲しげに曇る。

 彼女の言葉は、僕の懸念が杞憂ではないことを裏付けていた。セラフィナは、おそらく邪竜と同等、あるいはそれ以上の力を持つ存在。そして、そんな化け物である偽聖女が、「主君」と仰ぐ存在がいる。


(魔王……)


 その言葉が、現実味を帯びて僕の頭の中に響く。

 遥か昔に封印されたという話は知っている。

 それでも、御伽噺の中の存在だと思っていた。


 だが、神の力である【物質創造】や、伝説のエルフの姫などが実在するこの世界。強大な悪意を持つ存在がいないと、どうして言い切れるだろうか。そもそも勇者パーティーの結成が、より強大な存在に対抗するために成されたものだ。しかも国王主導によって。明言はされていなくても、魔王の復活を予期していたのかもしれない。


「……もっと、村の守りを固めないと」


 僕は羊皮紙の上に、新たな防衛設備のアイデアを書き込んでいく。

 村を囲む、オリハルコンを混ぜ込んだ強化防壁。

 侵入者を自動で感知し、迎撃する自律思考型ゴーレム。

 ルナの精霊魔法を利用した、広範囲の探知結界。


 考えれば考えるほど、やるべきことは山積みだった。

 そんな僕の焦りを、ルナは静かに見つめている。


「アルト。警戒を怠らないことは大切です。ですが、あまり根を詰めすぎてはいけません。あなたが倒れてしまっては、元も子もないのですから」


 彼女はそっと、僕の手に自分の手を重ねた。

 その温もりが、僕のささくれだった心を優しく包み込んでくれる。


「……ありがとう、ルナ。君がいてくれて、本当に助かるよ」


 僕たちの楽園は、まだ脆弱だ。

 だが、僕たちは一人じゃない。頼りになる仲間、そして村人たちと力を合わせれば、どんな脅威だって乗り越えられるはずだ。

 僕は、そう信じようとしていた。


 その脅威が、想像を超える速さと規模で迫っているとも知らずに。



  ◇   ◇   ◇



 変化を最初に察知したのは、村で最も鋭敏な五感を持つ、猫獣人のミミだった。

 ある日の夕暮れ時。僕の作業小屋へ、ミミが慌てた様子で飛び込んできた。


「アル兄! 大変だニャ! 森の向こうから、すっごいたくさんの、キモチワルイ奴らがこっちに向かってきてる!」


 彼女いわく。村の子供たちと広場で遊んでいると、あらぬ方向から奇妙な音が聞こえてきた。それはやがて、地平線の彼方から響いてくる無数の不快な羽音と、大地を揺るがすような低い地響きになった。そして、今まで嗅いだことのない、吐き気を催すような濃密な「死」の匂いが、彼女の鼻に突き刺さってきたという。


 ミミは血相を変えて子供たちをまとめ、それぞれの家へと追いやった。そして一目散に僕のもとへ飛んできたというわけだ。


 そんな話を彼女から聞いているうちに。

 村の見張り台から、けたたましい警鐘が鳴り響いた。


 カン! カン! カン! カン!


 それは、僕が設定した中でも緊急レベルが高いもの。

 なにかの襲来を知らせる合図だった。


「アルト! 村になにかが!」

「無事ですかアルト!」


 緊急の警鐘が聞こえるなり、ギドさんとルナも作業小屋に駆け込んできた。

 何が起きたのかはまだ分からない。現状確認をしなければと、僕たちは揃って見張り台へ向かい駆け出す。


「なんだこれは……」


 見張り台へと上がった僕たちは、目の前に広がる光景に息を呑む。


 西の空が、黒く、染まっていた。

 夕焼けの美しい茜色を覆い隠すように、羽を持つ魔物の群れが飛んでいる。ガーゴイル、ハーピー、ワイバーン……。その数は、千や二千ではきかないだろう。まるで黒い津波のように、おびただしい数のそれらが押し寄せてきていた。


 そして、地上。

 地平線の彼方から、大地を埋め尽くすほどの魔物たちが、大軍団をなして進軍していた。ゴブリンやオークといった低級な魔物だけではない。その中にはサイクロプスのような巨人族や、キメラのような合成魔獣の姿も見える。その統率された動きは、彼らが単なる野生の魔物の群れではなく、明確な意志を持った「軍隊」であることを示していた。


 その軍勢の中心に、ひときわ存在感を放つ影がいた。

 それは、漆黒の鎧を身にまとった騎士だった。


 背からは蝙蝠のような巨大な翼が生え。

 手には禍々しいオーラを放つ巨大な魔剣が握られている。


 その姿から放たれる圧倒的な威圧感と、絶望的なまでに強大な魔力。

 見渡す限りの魔物の群れよりも、ただそのひとりに畏怖を覚えてしまう。


(……間違いない。あれがセラフィナの言っていた……!)


「……魔王軍四天王、『黒翼』のヴァルガス……」


 僕の隣で、ルナが、震える声でその名を呟いた。

 恐ろしい存在を見たとばかりに、彼女の顔からは血の気が失せている。


「我が一族の古文書に記されていました。数百年前に魔王と共に封印された、最強の四人の魔族のひとり。その力は、単身でひとつの国を滅ぼすに等しいと……」


 四天王。

 その言葉の重みが、僕の肩にずっしりと圧し掛かる。


 セラフィナも、おそらくそのひとりなのだろう。つまり、僕たちはこの短期間に二度も、国家転覆級の化け物と対峙することになったのだ。


「……面白い。相手にとって、不足はねえじゃねえか」


 僕の隣で、ギドさんが不敵な笑みを浮かべて言った。その瞳は恐怖ではなく、強大な敵と相まみえることへの喜びに燃えていた。職人として、なにより戦士として、血をたぎらせている。


 だが、状況は絶望的だった。

 敵の数は、おそらく万を超えるだろう。

 対する僕たちの戦力は、元騎士とはいえ老いた村人たちと、僕が作ったゴーレム部隊が百体ほど。あまりにも戦力差がありすぎる。


 村に、恐怖と絶望の空気が広がり始めた。見張り台の下では、村人たちが空を覆う魔物の群れを見上げ、顔を青ざめさせている。


「なんて数だ……」

「神よ……我々を見捨てたもうたか……」


 あまりの状況に嘆く声が聞こえる。

 さらに、子供たちの泣き声があちこちから聞こえ始めた。


 誰が見ても絶望。

 そんな空気を、僕は一喝して断ち切る。


「下を向くな!」


 僕は腹の底から叫んだ。

 見張り台の上から、村人たち全員に聞こえるように。

 僕の声に、村人たちが、はっとしたように顔を上げる。


「顔を上げろ、エルダ村の仲間たち! 苦難に挑みもせず朽ちるつもりか!」


 僕は、拳を固く握りしめた。村人たちの不安げな視線を握り潰すように。


「僕たちは、死んだ大地を蘇らせた! 枯れた井戸に、生命の水を満たした! どんな絶望も、僕たちはこの手で乗り越えてきたはずだ!」


 村人たちの瞳に、かすかな光が戻り始める。

 不安を湛えたざわめきが、じょじょに小さくなっていく。


「敵の数が多いだと? 関係ない! 僕たちの村にはミスリルでできた壁がある! 疲れを知らないゴーレムの兵士がいる! そして、伝説のドワーフが鍛えた、最強の武具がある!」


「そうだ!」と、ギドさんが力強く相槌を打つ。


「何より、僕たちには、この楽園を自分たちの手で守り抜くという揺るぎない覚悟がある!」


 僕は、村人たち一人ひとりの顔を見渡しながら、続けた。


「いいか、みんな! 僕たちが作ったこの村を、僕は絶対に守る! だから、信じてくれ! 僕たちの力を! 僕たちの絆を!」


 僕の魂からの叫びは、村人たちの心に、再び火を灯した。

 彼らの瞳から、恐怖の色が消える。

 入れ替わるようにして、戦う者としての決意の光が宿った。


「「「おおおおおっ!!」」」


 大地を揺るがすような、雄叫びが上がった。

 彼らはもはや、単なる農民や老人の集団ではなかった。

 自らの故郷を守るために、絶望的な敵に立ち向かうことを決意した者たち。

 『楽園の守護者』の雄叫びだった。


 彼らの咆哮を背中で受けながら、身を翻す。

 改めて、迫りくる魔物の群れに目を向けた。


 絶望、としか言いようがなかった。

 地平線の彼方で揺らめく、陽炎のようなもの。それらはすべて幻などではなく、獅子と肉体を持つ魔物なのだ。それは瞬く間に輪郭を帯び、明確な「質量」と「悪意」を持って、僕たちの楽園へと迫ってくる。


 夕焼けの美しい茜色が、おびただしい数の羽虫に食い荒らされるかのように、黒く、汚く、塗りつぶされていく。

 ガーゴイルの群れが空を覆い尽くし、その鉤爪から石化の呪いを撒き散らす。

 ハーピーが妖しい女顔で甲高い奇声を上げ、耳にした者の正気を削り取る。

 小型のワイバーンなどが滑空し、毒の息吹が吐きながら声を上げる。

 空からの侵略者たちはまるで太陽を喰らってしまったかのように、僕たちの頭上に絶望という名の分厚い暗雲を作り出した。


 空だけではない。地上もそうだ。

 もはや「軍勢」などという生易しいものではなかった。

 大地そのものが悪夢となってこちらへ押し寄せてくるかのような、おぞましい「氾濫」だった。


 先陣を切るのは、無数のゴブリンとオーク。緑と豚色をまとった汚らしい肉の津波だ。涎を垂らし、血走った眼で、ただ略奪と破壊のためだけに突進してくる。村の外に拡張していた畑が侵され、僕たちが丹精込めて育てた作物が無残に踏み潰されていく。農作物の悲しい声が聞こえたような気がした。


 そんな魔物たちの群れを後方から押し出すように、さらに巨大な絶望が続く。

 一つ目の巨人、サイクロプスが、その巨体で大地を揺るがしながら歩いていた。魔物の津波をある程度せき止めていた最外周の柵が、手にした巨大な棍棒の一撃でまるで小枝のように粉砕される。


 さらにやっかいな魔物、キメラも群れを成していた。獅子の頭、山羊の胴体、蛇の尾を持つ合成魔獣が、三つの口から炎と氷と雷を同時に吐き出す。それはリリアが放っていた強大魔法に勝るとも劣らない、純粋な破壊の奔流だった。


 キチチチチ、と耳障りな音を立てて地中から現れるのは巨大な蟻の魔物、ソルジャーアントの軍団。僕たちが築いた防御壁の死角である「地下」から、この楽園を食い破ろうとその大顎を蠢かせている。


 腐臭が、鼻をつく。

 血と、泥と、そして純粋な悪意が混じり合った、吐き気を催すような匂い。

 断末魔の叫びが、耳を塞ぐ。

 魔物たちの野蛮な雄叫びと、おぞましい鳴き声が、不協和音となって支配する。


 恐怖が、村人たちの心を再び蝕み始めた。

 先ほどまでの勇ましい雄叫びは、聞こえない。おびただしい魔物の群れすべてが、自分たちへと向かってくる。そう理解した村人たちは言葉を失い、顔を青ざめさせていた。

 足が震え、武器を取り落としそうになる若者。

 腰を抜かし、その場にへたり込んでしまう老人。

 母親にしがみつき、ただ泣きじゃくる子供たち。


 これが、現実。

 僕たちが築き上げてきた、ささやかで、温かい楽園。それが圧倒的な暴力の前に、いとも容易く、無慈悲に、蹂躙されようとしている。


 そして、その絶望の軍勢の中心にいる、すべての元凶たる存在。

 魔王軍四天王、『黒翼』のヴァルガスが、ゆっくりと近づいていた。


 彼がその禍々しい魔剣を、僕たちの村へと向けた。

 ただそれだけで。

 僕たちの周囲の空気が、凍てついた。


 生命そのものが、拒絶する。

 魂が、恐怖に震える。

 あれはこの世界の理から外れた、絶対的な「死」の化身だと。

 魂から分からせられそうになる。


 ああ、ダメだ。

 勝てない。

 僕たちのちっぽけな抵抗など、この巨大な絶望の前では嵐の前の塵に同じ。


 誰もが、そう思った。

 僕でさえも、その圧倒的な力の差に一瞬、心が折れそうになった。


 僕たちの楽園は今日、終わるのだ。

 そんな抗いがたい運命の宣告が、僕たちの頭上に、静かに、しかし残酷なまでに、下されようとしていた。


 ……本当に?

 僕は、村のみんなに言ったばかりじゃないか。

 『苦難に挑みもせず朽ちるつもりか』と。


 そんなこと、冗談じゃない。

 僕は、仲間たちに向き直った。


「ギドさん! 村の男たちを率いて城壁の上へ! 弓と投石機の準備を!」

「おう、任せとけ!」

「ミミ! 君はその五感で敵の動きを探り、僕に逐一報告してくれ! 特に空からの攻撃に注意を!」

「分かったニャ、アル兄!」

「ルナ。君は、僕のそばにいてくれ。君の癒しの力と精霊魔法が、この戦いの鍵になる」

「はい、アルト。どこまでも、あなたと共に!」


 そして僕は、村全体に配置された百体のゴーレム部隊に、一斉に命令を下した。


『――これより、エルダ村防衛戦を開始する。目標、侵入者すべて。一匹たりとも、村に入れさせるな』


 ゴーレムたちの頭部で赤い戦闘の光が、一斉に、そして力強く輝いた。


 地平線の彼方にいた敵の軍勢が、ついに村の目前まで迫ってきた。

 先陣を切るゴブリンやオークたちが、野蛮な雄叫びを上げながら僕たちの村の柵へと殺到する。


 戦いの火蓋は切られた。

 僕たちの楽園の存亡を懸けた、初めての防衛戦。僕はこの村に来てから最も長く、そして最も過酷な一日になることを予感していた。


 忍び寄る魔の手は、もはや影ではない。

 それは、僕たちのすべてを飲み込もうとする魔物の津波となって、僕たちの目の前に迫っていた。



 -つづく-

次回、第27話。「楽園防衛戦、開戦」。

愛する村を守る。その想いは、どれだけ魔物が迫ろうと揺るがない。


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