22:過去への決別
「……ここから先は、一歩も通さない」
収穫祭の喧騒が嘘のように静まり返った広場に、僕の静かな宣告が響く。
その声は、勇者パーティーを囲んだゴーレム部隊への戦いの号砲となった。
アレクは、予期せぬ僕の抵抗に一瞬だけ目を見開いた。
だがすぐに、その表情を歪んだ愉悦の色に染めた。
「……面白い。役立たずのゴミが、少しは歯ごたえのあるゴミに進化したらしい。だが、所詮は土くれ人形。俺の聖剣の前では、ただの的だ!」
聖女セラフィナの邪悪な光によって修復された聖剣が、禍々しい輝きを放つ。
アレクが叫んだ。
「ダイン! リリア! あの人形どもは無視しろ! 目標はアルトだ! アイツさえ無力化すれば、すべて終わる!」
「おうよ!」
「ええ、アレク!」
三人は、僕という一点を目指し、同時に地面を蹴った。
しかし、彼らの前に、二つの影が立ちはだかった。
「行かせるかァッ!」
雷鳴のような雄叫びと共に、ギドさんがアレクの進路上に割り込む。
彼が振るう戦斧『アースブレイカー』が、大地を揺るがすほどの勢いでアレクに叩きつけられた。
「チィッ、邪魔だ、ドワーフ!」
アレクの聖剣が、その一撃を迎え撃った。
金属と金属が激突する轟音が響き渡る。
同時に凄まじい衝撃波が、周囲の空気を震わせた。
力と力の、あまりに純粋な衝突。ギドさんのドワーフならではの剛力と、僕がオリハルコンを混ぜ込んで作った戦斧の強度は、聖女の力で強化されたアレクと互角に渡り合っていた。
「お前の相手は、このワシじゃ! 師匠には指一本触れさせんぞ!」
「黙れ、老いぼれが!」
ふたりの超人のごときぶつかり合い。その戦いは、もはや僕たちの村の広場という小さな舞台には収まりきらないほどの、激しい火花を散らし始めた。
一方で。
ダインの前には、風のように舞い降りたルナが立ちはだかった。
「綺麗なエルフのお嬢ちゃんだ。悪いが、あんたに構ってる暇はねえんだよ!」
ダインは、ルナを無視して僕の方へ駆け抜けようとする。
しかしその進路を、地面から突如として生えてきた茨の壁が阻んだ。
「……あなたの相手は、私です」
ルナの翡翠の瞳が、静かな怒りに燃えていた。
「アルトを傷つける者は、私が許しません」
「ケッ、面倒な女だ!」
ダインは、大剣を力任せに振るい、茨の壁を薙ぎ払う。
その勢いのまま、ルナに一撃必殺の斬撃を叩き込んだ。
常人ならば、反応すらできずに両断されるであろう、神速の一撃。
しかし、ルナの身体が陽炎のように揺らめき、その刃をひらりとかわす。
「風の精霊よ、彼の者の足を捕らえよ!」
ルナが囁くと、ダインの足元に風の渦が巻き起こった。
それが彼の動きを一瞬だけ鈍らせる。
その隙に、ルナは素早く後方へ跳躍し、再び距離を取った。
猛攻のダインと、それをいなし続けるルナ。
パワーとスピード、静と動。
対照的な戦いが、そこには繰り広げられていた。
そして、僕の役割は後方支援だった。
僕は、戦況全体を冷静に俯瞰し、ふたりの仲間をサポートする。
「ギドさん、右がガラ空きです!」
「ルナ、次は左から薙ぎ払いがくる!」
僕の【物質創造】の力は、物質の構造を理解するだけじゃない。力の流れや人の動きの「予兆」さえも、ある程度読み取ることができた。僕の指示によって、ギドさんとルナは、アレクとダインの猛攻をギリギリのところで凌ぎ続けていた。
しかし、もうひとつ、対処しなければならない脅威がある。
魔法使いのリリアだ。
彼女は、前線で戦うふたりとは違い、後方から村そのものを狙っていた。
「邪魔よ、邪魔よ! アレクの邪魔をする奴らは、みんな消えてしまえ! ファイアボール!」
リリアの杖先から、灼熱の火球が放たれる。その狙いはギドさんやルナではない。恐怖に怯え、家の陰に隠れている村人たちだった。
「させるか!」
僕は、火球が着弾する寸前の空間に、意識を集中させた。
「【物質創造】――『大気の壁 (エア・ウォール) 』!」
火球の進路上にある空気を、超高密度に圧縮し、瞬間的に透明な壁を作り出す。
火球は、目に見えない壁に激突し、虚空で爆散した。
「なっ…!?」
リリアが、驚愕の声を上げる。
無理もない。勇者パーティーにいた頃の僕は、こんな芸当を一回でも見せたことがなかったのだから。
「どうして……! なら、これならどう!? アイスランス!」
今度は鋭い氷の槍が、別の角度から村人たちを襲う。
僕は再び、その進路上に大気の壁を生成し、攻撃を阻んだ。
リリアは、矢継ぎ早に魔法を放ってくる。
火、氷、雷。相殺する魔法の相性を絞らせない考えか、属性を変えて多種多様な攻撃魔法を放ってくる。そのすべてが、村の非戦闘員を狙った攻撃だった。
僕は、村へ向けられる攻撃を防ぐ後方の防御と、前線で戦う仲間たちのサポート、その両方を同時にこなさなければならなかった。
(頭が軋む……! 精神的な消耗が、激しい……!)
複数の事象に同時に干渉する【物質創造】の行使は、僕の脳に凄まじい負荷をかける。頭痛がしてきた。視界が時折、チカチカと明滅する。
全力で攻撃を繰り出し続ける、アレク、ダイン、リリア。彼ら勇者パーティーは全員とも、まったく消耗する様子を見せない。
その力の源は、後方で優雅に戦いを見守っている、聖女セラフィナだ。魔法なのかなんなのか、彼女が何某かの方法を使い、アレクたちに無尽蔵の力を供給し続ける。厄介なこと極まりない。
(あの聖女をどうにかしない限り、この戦いは終わらない……!)
戦況の膠着を打破するため、僕は一か八かの賭けに出た。
アレクがギドさんに大技を放ち、わずかな隙が生まれた瞬間。
僕は、セラフィナの足元の地面に意識を集中させた。
「【物質創造】――『石の槍 (ストーンスピア) 』!」
セラフィナが立つ地面から、鋭く尖った岩の槍が警告なしに突き出した。
どんな高位の聖職者でも、この不意打ちは避けられないはず。
しかし――。
「……あらあら。お行儀の悪いこと」
セラフィナは、微動だにしなかった。突き出した岩の槍は、彼女の足元に触れる寸前で、まるで不可視の障壁に阻まれたかのように、霧散してしまった。
常時発動型の、強力な魔法障壁。
つまり並大抵の攻撃では、彼女に傷ひとつ付けることはできないということ。
「お返しですわ、罪深き錬金術師」
僕がセラフィナに気を取られた、一瞬の隙。
それをリリアは見逃さなかった。
「サンダーブレード!」
リリアの杖から、雷の刃が放たれる。
その狙いは、僕だった。
注意を疎かにしてしまった僕は、その攻撃への対応が完全に遅れる。
「アルト!」
ルナが、後手を踏んだ僕に意識を向けて、声を上げる。
僕に気を取られるな! と叫ぼうとする間もなく。
雷の刃が僕の足元に着弾した。
「ぐうっ!」
激しい衝撃と痺れが、僕の左足を襲う。
動けない。
その一瞬の隙が、致命的な結果を招いた。
「もらったァッ!」
「終わりだ、アルト!」
ギドさんとの打ち合いに、力を込めて無理やり隙を作り出したアレク。
ルナが僕に気を取られた隙に、彼女の攻撃を振り払ったダイン。
そのふたりが一斉に、標的を僕に変えて襲い掛かってくる。
右からは、禍々しい光を放つ聖剣が。
左からは、すべてを叩き潰す大剣が。
ふたりの英雄が、完璧な連携で、僕の命を刈り取ろうとする。
遠距離からはリリアの魔法が、僕の退路を断つように次々と降り注ぐ。
僕は、完全に足を止められてしまった。
まずい。
(ここまで、か)
絶体絶命。
僕の脳裏に、ルナの笑顔が、ミミの寝顔が、村人たちの温かい声が、走馬灯のように駆け巡った。
守る、と誓ったのに。
この楽園を、僕の手で……。
身体が動かないまま、迫るアレクとダインの凶刃が妙にゆっくりと見えた。
迫り来るふたつの剣戟を前に、僕は思わず目を閉じてしまう。
その時だった。
キンッ!
ガキンッ!!
僕の目の前で、ふたつの甲高い金属音が響いた。
予想していた衝撃は、いつまで経ってもやってこない。
恐る恐る目を開けると、そこには、信じられない光景が広がっていた。
アレクの聖剣を、一本の錆びついた古い剣が受け止めている。
ダインの大剣を、分厚い木の盾が食い止めている。
剣を握っていたのは、村長のギデオンさんだった。その老いた身体のどこに、これほどの力を秘めていたのか。彼の目は、かつての勇者を、鋭い光を宿して睨みつけていた。
盾を構えていたのは、村で一番の大男である農夫・トーマスさんだった。彼は恐怖なのか緊張なのか、足を震わせながらも、しっかりと地を踏みしめている。
「……なっ!?」
「なんだ、てめえら!」
予期せぬ邪魔者の登場に、アレクとダインが驚愕の声を上げる。
だが、驚いているのは彼らだけではなかった。
僕も、目の前の光景が信じられなかった。
「ギデオンさん!? トーマスさん!? 危ないから下がって……!」
思わず僕は声を上げてしまう。彼らの身を案じて、危険だ、と。
しかしギデオンさんは、僕の方を振り返らずに静かに言った。
「……アルト様。あなたは、我々に下がるな、と仰せられるか」
その声は、震えていた。
だが、それは恐怖によるものではない。
静かな、しかし、燃えるような怒りによるものだった。
「あなた様は、我々を、我々の村を、救ってくださった。我々に、生きる希望と、誇りを取り戻させてくださった。その大恩人が、我々の目の前で、理不尽な暴力にさらされている。これを見て、黙って隠れていることなど、我々には到底できませぬ!」
ギデオンさんの言葉に呼応するかのように、人影が次々と現れる。
それは、武器を手にした、村人たちだった。
若い者は、農具である鍬や鎌を。
そして、ギデオンさんと同年代の老人たちは、家の物置の奥から引っ張り出してきたのであろう、古びてはいるが、手入れの行き届いた剣や槍を、その手に握りしめていた。
彼らの立ち姿は、ただの農民や老人とは思えない、不思議な練度が感じられた。
ギデオンさんが、アレクに向かって名乗りを上げる。
静かに、しかし、はっきりと。
「……わしは元王国騎士団、第三騎士隊隊長、ギデオン・アークライト。ここにいる者たちも、かつては国に剣を捧げた我が戦友たち。我らは、邪竜の呪いをこの地に封じるため、自ら剣を置き、この地を守ってきた」
その言葉は、衝撃の事実を告げていた。
この村の老人たちは、ただの隠居老人ではなかった。
かつて、国にその名を轟かせた、伝説の騎士団の生き残りだったというのだ。
「……若き勇者よ。貴公の剣は、曇っておる。その剣は、民を守るためのものではないのか。なぜ、その刃を、守るべき民に向ける」
ギデオンさんの問い掛けに、アレクは答えようとしない。
彼の顔には、焦りと、戸惑いの色が浮かんでいた。
そうしている間に、僕は村人たちに抱えられ、後方へと運ばれてしまう。
その間に、彼らは幾重もの壁となって立ちはだかる。
元騎士団、といっても村長たちは老齢だ。
鍬や鎌を手にした村人たちも、戦闘訓練を受けたというわけではないらしい。
彼らは、決して強くはないだろう。
聖女の力で強化された勇者たちには、敵わないかもしれない。
だが誰ひとりとして、恐怖に駆られてはいなかった。
あるのは、自分たちの楽園を、自分たちの手で守り抜くという、揺るぎない決意の光だけ。
「……みんな」
僕は、胸が熱くなった。
僕は、ひとりじゃなかった。
僕が守ろうとしていたこの村の人々が、今、僕を、そして、僕たちの未来を、守ろうとしてくれている。
担がれながら後方へと移動した僕は、運んだ人に頼んで下ろしてもらう。
ゆっくりと、自分の足で立った。
足の痺れは、まだ残っている。
だが、僕の心は、かつてないほどに、燃え上がっていた。
過去との決別は、僕ひとりでするものではなかった。
この村の仲間たちと、共に乗り越えるものだったのだ。
僕の前に立つ、頼もしい仲間たちの背中を見つめる。
そして改めて、村の侵略者たちと対峙した。
戦いの第二幕が、今、始まろうとしていた。
それは、もはや僕個人の戦いではない。
エルダ村全員の、誇りを懸けた戦いだった。
-つづく-
次回、第23話。「楽園の守護者たち」。
アレクだけに頼るんじゃない。村のため、みんなで戦うんだ。
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