21:再会
「――その奇跡の楽園、この勇者アレクが、今日この時より、すべて接収する」
アレクが宣言した、あまりにも傲慢な言葉。
かつて勇者パーティーで行動を共にしていた頃。確かにアレクは傲慢なところはあったが、傍若無人な振る舞いをする人間ではなかった。
だが久しぶりに見た彼は、あまりにも変貌していた。無意識からの傲慢などという可愛らしいものじゃない。悪意をにじませた、あきらかに他者を見下す顔をしている。
(いったいなにが……? いや、それよりもなぜ、彼らがここに?)
どこで、どうやって、この村のことを知ったのか。
マルコさんとの交易ルートは、徹底的に秘密にされているはずだ。こんな辺境の村の存在が、王都の勇者パーティーに知られるはずがない。
それなのに、彼らはまるで最初からここが目的地だったかのように、まっすぐにやって来た。
アレクの後ろに立つ仲間たちの姿を、改めて観察する。
リリア、ダイン。そして、見慣れない聖女と思わしき女性。
彼らの出で立ちは、ボロボロだった。鎧は傷つき、ローブは汚れ、その表情は深い疲労と焦燥に彩られている。まさに、落ちぶれた冒険者のそれだ。
しかし、彼らから放たれる魔力は、異常だった。
それは、かつての彼らが持っていた清廉な力とはまったく違う質のもの。どこか禍々しく、そして無理やり底上げされたような、歪な気配をまとっていた。まるで、禁断の秘薬にでも手を出したかのような……。
その時、僕の脳裏に、以前マルコさんが雑談で話していた噂話が蘇った。
『なんでも勇者様一行、最近ダンジョンで全滅しかけたところを、謎の商人に助けられたらしいぜ。そいつが持ってたエリクサーとかいう薬のおかげで、九死に一生を得たんだとか』
あの噂は、本当だったのか。
そして、その「謎の商人」が、彼らをここに導いた……?
僕の背筋に、冷たい汗が流れた。
これは、偶然の再会などではない。何者かが、明確な悪意を持って、僕たちを衝突させようとしている。
……目的はなんだ?
僕が思考を巡らせている間に、アレクたちはゆっくりと村の中へと足を踏み入れてきた。こちらの戸惑いや都合など一顧だにしない。
彼らはパーティーで揃って歩きながら、村のあちらこちらに目を向ける。アレクは、僕たちが造り上げた豊かな畑、清潔な水路、そして村人たちの穏やかな暮らしぶりを、嫉妬と憎悪に満ちた目で見渡していた。
「……素晴らしい。実に素晴らしい村だ。これほどの楽園を、役立たずのお前が一人で作り上げただと?」
アレクの視線が、ついに僕を捉えた。
その瞳には、かつての仲間に対する情など微塵もない。あるのは、自分が手に入れるべきだった宝を盗んだ泥棒に対するような、侮蔑と怒り。それだけだった。
「……久しぶりだな、アルト。まさか、こんな場所でゴミ拾いのような真似をして、王様気取りでいるとはな。お前らしい、実に惨めな生き方だ」
「アレク……」
僕は、かろうじて彼の名前を呼んだ。
数ヶ月ぶりに交わす言葉が、これだ。
僕の胸に、かつての絶望が、鈍い痛みとなって蘇る。
だが、今の僕は、あの頃の無力な僕ではない。
僕の後ろには、僕が守るべき人々がいる。
僕の隣には、僕を信じてくれる仲間がいる。
「……何をしに来た。僕たちの平穏を、邪魔しにきたのか」
できるだけ冷静に、そう問いかけた。
僕の声に、アレクは心底愉快そうに、喉を鳴らして嗤う。
「邪魔? 人聞きの悪いことを言うな。俺は、正当な権利を主張しに来ただけだ」
「正当な、権利?」
「そうだ。お前のその力――その奇跡を起こす錬金術の力は、本来、この俺、勇者アレクのために使われるべきものだった。お前は、俺たちのパーティーからその力を盗み出し、私利私欲のために、こんな辺境で隠れて使っていた。違うか?」
……なにを? どういう理屈だ?
そのあまりに身勝手な言い分に、僕は言葉を失った。
僕を追放したのは、彼らの方だ。
僕を役立たずだと切り捨てたのは、彼らではなかったか。
それを今更、「盗んだ」だと?
僕が反論するよりも早く、僕の前に誰かが立ちはだかった。
頑固なドワーフ鍛冶師、ギドさんだった。
「……ふざけたことを抜かすな、小僧」
ギドさんは、手にした巨大な戦斧『アースブレイカー』をゆっくりと振るいながら、アレクを睨みつける。
「この村と、師匠の力は、すべてこの村に住む我々のものだ。貴様らのような、自分の都合で仲間を切り捨てるような輩に、指一本触れさせるものか」
「……ドワーフか。まぁいい。ゴミがいくら集まろうと、ゴミはゴミだ」
アレクの傲慢な態度に、ギドさんの額に青筋が浮かぶ。
さらに、僕の隣にいたルナが、静かに一歩前に出た。
「勇者様、と、お見受けいたします。どうか、お引き取りください。私たちは、あなた方と争うつもりはありません。ですが、この村の平穏を脅かすというのなら――」
ルナの言葉と共に、彼女の周囲に、風の精霊たちが集い、小さな渦を巻き始めた。その翡翠の瞳には、普段の穏やかさからは想像もつかない、強い意志の光が宿っている。
「――この森の精霊たちが、あなたを赦しはしないでしょう」
「ほう、エルフか。なるほどな……。アルト、お前、女を誑し込む才能だけは一流だったらしいな」
アレクの下品な言葉に、僕の中で、何かがぷつりと切れた。
僕のことを、どう罵ろうと構わない。
だが、僕の大切な仲間たちを、家族を、侮辱することだけは、絶対に許さない。
「……アレク。最後の警告だ。今すぐ、この村から立ち去れ。さもなければ――」
僕がそう言いかけた、その時だった。
「――お黙りなさい、下賤の者」
凛とした、しかし氷のように冷たい声が、広場に響き渡った。
声の主は、アレクの後ろに控えていた、聖女と思わしき女性だった。彼女は、純白のローブに身を包み、慈愛に満ちた笑みを浮かべている。しかし、その瞳の奥は、一切の感情を感じさせない、ガラス玉のように冷え切っていた。
「勇者アレク様のお言葉は、神のお言葉と同義です。あなた方はただ、その御心に従い、すべてを差し出せばよいのです。それが、あなた方に許された唯一の救済なのですから」
彼女が、手に持った聖印を掲げると、そこから神々しい光が放たれた。
その光は、アレク、リリア、ダインの三人を包み込み、彼らの傷ついた身体と、消耗した魔力を、瞬く間に回復させていく。
「セラフィナ様の癒やしの光……!」
「あぁ……! 力がみなぎるぜ……」
リリアが、恍惚とした表情で呟く。
ダインも、ボロボロだった大剣を構え直し、獰猛な笑みを浮かべた。
そして、アレク。彼の砕けていたはずの聖剣が、聖女の光を浴びて、不自然なまでに完璧な姿へと修復されていく。
僕は、その光景に戦慄した。【物質創造】の知識が、頭の中で、目の前で起きたことの異常さを教えてくる。
あれは、ただの回復魔法ではない。対象者の生命力を無理やり前借りし、限界を超えて力を引き出す。そんな禁断の秘術。
加えてその代償として、対象者の精神を術者の意のままに支配しやすくする、邪悪な効果を秘めている。おまけに剣などの装備品まで修復するなんて、でたらめもいいところだった。
(あの聖女……! こいつが、アレクたちを操っているのか!)
彼女こそが、あの「謎の商人」の正体。あるいは、その仲間なのか。
だとすれば、彼らの目的は――。
「さあ、アレク様。神の御名において、愚かなる者たちに鉄槌を……!」
聖女セラフィナを名乗る女性が、恍惚とした表情で命じる。
その言葉を合図に、アレクは修復された聖剣を、僕たちに向けた。
「……話は終わりだ。抵抗する者はすべて斬り捨てる。アルト、お前のその力、そして、その女たちも、村も、すべて俺が貰い受ける!」
アレクが、地面を蹴った。
英雄と呼ばれた男が、今はただの強盗と成り果てて。その刃をかつての仲間に、そして、罪のない村人たちに向けようとしている。
「させるかァッ!」
動き出そうとした僕の前に、ギドさんが立ちはだかった。
ドワーフの戦斧と、勇者の聖剣が、激しい火花を散らして激突する。
凄まじい衝撃波が、広場を駆け抜けた。
「ダイン、あのエルフの女を捕らえろ! リリアは、村人どもを牽制しろ!」
「おうよ!」
「ええ、アレク!」
ダインとリリアも、それぞれの標的に向かって動き出す。
村の収穫祭は一瞬にして、地獄の戦場へと姿を変えた。
「ミミ! 村の人たちを、家の中へ!」
「う、うん! わかったニャ!」
僕は傍らで震えていたミミに叫んだ。ミミは涙目になりながらも僕の指示に従って、子供たちやお年寄りを誘導すべく走り出す。
僕は冷静に、目の前で繰り広げられる戦闘を見つめる。
ギドさんとアレクは、互角の戦いを繰り広げている。ギドさんのパワーと、僕がオリハルコンを混ぜ込んで作った戦斧は、聖剣の斬撃を真っ向から受け止めていた。
しかし、ルナの方は、ダインの猛攻に苦戦を強いられていた。彼女は戦闘タイプの魔法使いではない。精霊魔法でダインの動きを妨害するものの、じりじりと追い詰められていく。
「アルトにはっ、近づかせないっ!」
ルナ叫びが、僕の耳に届く。
僕は覚悟を決めた。
この平穏を、壊させはしない。
家族のみんなを、傷つけさせはしない。
僕は、ゆっくりと両手を前に突き出した。
足元の地面が、僕の意思に応えて静かに震え始める。
(もう、躊躇わない)
勇者パーティーにいた頃の、無力な僕はもういない。
僕のこの力は、大切なものを守るためにこそあるのだから。
「……僕たちの村で、好き勝手はさせない」
僕の呟きと共に、広場の地面が波打ち、まるで生き物のように隆起した。
土と石が、僕の目の前で再構築されていく。
ズズンッ!!
それらは巨大な城壁となって、ダインとルナの間を隔てた。
さらに地面から、僕が地中に埋めておいた数十体のゴーレムたちが姿を現す。
ゴーレムたちの頭部に、赤い戦闘の光が灯る。
僕の楽園を守るための、無言の守護者たち。
彼らは侵略者である勇者パーティーを、静かに、整然と包囲していった。
「な……なんだ、これは!?」
予期せぬ事態に、アレクたちが驚愕の声を上げる。
僕は、ゴーレム部隊の中央に立ち、かつての仲間たちを、まっすぐに見据えた。
かつて心に抱えていた、彼らに対する怯えや憧れの気持ちはない。
あるのは、僕たちの楽園を脅かす敵に対する、冷徹で、そして揺るぎない、守護者たちの王としての覚悟。それだけだった。
「……ここから先は、一歩も通さない」
僕の静かなつぶやきが、戦いの始まりを告げる。
僕と、僕を追放した英雄たちとの、避けられない再会。
それは最悪の形で果たされ、戦いの火蓋を切ることとなった。
-つづく-
次回、第22話。「過去への決別」。
大切な家族、仲間のために、アルトは戦う。
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