20:村の収穫祭
このエルダ村の広場は、何かあるごとに村人が集まり、楽しげに騒ぎまくる場所だ。なかでも今日は、僕がこの村に来てから最も温かく、幸せな喧騒に包まれていた。
広場の中央には大きな焚き火が燃え盛り、その周りでは村人たちが手作りの楽器を奏で、陽気な音楽に合わせて踊っている。
並べられたテーブルの上には、これでもかというほどのご馳走が並べられていた。大鍋で煮込まれた野菜たっぷりのシチュー。こんがりと焼き上げられた黄金色の小麦パン。瑞々しい果物をふんだんに使ったタルト。それらすべてが、僕たちがこの大地で育て上げた奇跡の恵みだった。
今日はエルダ村が迎える、数十年ぶりの「収穫祭」の日だ。
死んでいた大地が蘇り、初めて迎えた満ち足りた収穫。それは長きにわたる絶望の時代の終わりと、豊かな未来の始まりを祝う、村人たちの心からの祭典だった。
僕はその喧騒から少し離れたところで、広場の端に立っている樫の木の根元に腰を下ろしていた。楽しそうに食べ、飲み、笑い合う村のみんな。そのかけがえのない光景を、ぼんやりと眺めていた。
僕の膝の上では、祭りのご馳走でお腹いっぱいになったミミが、猫のように丸くなってすうすうと寝息を立てている。その隣では、ルナが穏やかな笑みを浮かべて、村人たちの踊りの輪を見つめていた。
「……すごいな」
僕の口から、思わずそんな言葉が漏れた。
ほんの数ヶ月前まで、この村は死にかけていた。人々は希望を失い、ただ静かに終わりを待つだけ。そんな有り様だった。
それが今、この光景だ。明日への希望に満ち溢れていて、絶望なんてみじんも感じられない。
僕は、自分がこの村に来てからのことを、一つひとつ思い返していた。
すべての始まりは、サラというひとりの少女に乞われた一杯の水だった。
あの時、僕のスキルは本当の覚醒を果たした。それは、ただアイテムを作るだけの【アイテム・クリエーション】ではない、世界の理そのものに干渉する神の御業――【物質創造】。
あの力で、僕はまず、枯れた井戸に聖なる水を満たした。長年の渇きから解放された村人たちが見せた歓喜の表情を、僕は一生忘れないだろう。
次に、邪竜の呪いに蝕まれた大地を、生命力に満ちた肥沃な黒土へと蘇らせた。蒔いた種が目の前で芽吹き、成長していく光景は、僕自身にとっても魔法のような体験だった。
そして、仲間たちとの出会い。
魔の森の奥深く、呪いの茨の中で眠っていたエルフの姫・ルナ。彼女の精霊魔法は、僕の創造の力に生命の息吹を与えてくれた。彼女の優しさと聡明さは、僕の心の大きな支えとなっている。
奴隷商人に追われ、この村に逃げ込んできた猫獣人の少女・ミミ。最初は怯えた子猫のようだった彼女も、今では僕の「妹」のような存在だ。彼女の鋭い五感は、村の頼れる「目」となり、「耳」となってくれている。
最高の武具を打つことを夢見て、廃坑に隠遁していた頑固なドワーフ鍛冶師・ギドさん。僕の力がギドさんの職人魂に火をつけた。彼は今、村の防衛力を支えるための、頼もしすぎる「矛」と「盾」を生み出し続けてくれている。
僕のスキルは、村のインフラも劇的に変えた。
清潔な水を行き渡らせるための「水路」。
村人たちの暮らしを快適にした「住居の改築」。
そして、人々の心を癒やす「温泉」。
農業や建設を担い、僕の手足として働いてくれる「ゴーレム」たちも、今では村の風景にすっかり溶け込んでいる。
僕は、目を閉じる。
脳裏に浮かぶのは、勇者パーティーを追放された、あの雨の夜の光景だ。
「役立たず」
「足手まとい」
そう罵られ、すべてを失ったと思っていた。
僕の力は、誰の役にも立たない、無価値なものなのだと。
でも、違った。
僕の力は、使い方と、使う場所が間違っていただけだったんだ。
僕は、勇者になる必要はなかった。
魔王を倒す英雄になる必要もなかった。
僕の力は、誰かを傷つけるためにあるんじゃない。
誰かの日常を、ささやかな幸せを守り、育むためにこそあったのだ。
この村が、僕にそのことを教えてくれた。
この村の人々が、僕に「居場所」と「家族」を与えてくれた。
(ありがとう……みんな)
僕は、心の中で、この村のすべてに感謝した。
僕を信じ、受け入れてくれた、この温かい人々に。
「アルト、何をひとりで難しい顔をしているのですか?」
不意に、隣に座っていたルナが、僕の顔を覗き込んできた。翡翠の瞳が、焚き火の光を映して、きらきらと輝いている。
「……なんだか、夢みたいだなって。僕が、本当にこの村で、こんなに幸せでいていいのかなって、時々思っちゃうんだ」
思わず漏れ出た、少し弱気な言葉。
そんな僕の惑いを聞いたルナは、ふふっ、と優しく微笑んだ。
「当たり前ではありませんか。あなたは、この村のすべてを創造した、私たちの『創世主』様なのですから。あなたが幸せでなくて、誰が幸せになるというのです?」
「そうニャ……アル兄がいなかったら、ミミは今頃、鉄の檻の中だったニャ……。アル兄は、ミミの英雄だニャ……」
膝の上で、寝言のようにもぞもぞと呟くミミ。
まるで寝たふりをしていたかのような言葉に、思わず笑ってしまいそうになる。
ふたりの温かい言葉が、僕の心の隙間を優しく満たしていく。
そうだよな。
僕が、下を向いていてどうする。
この楽園は、まだ始まったばかりなんだ。
僕は、これからの村の未来について、胸を躍らせた。
マルコさんとの交易は、順調そのものだ。村の財政は潤い、僕たちはもっと多くのことができるようになるだろう。
次は、子供たちのための「学校」を作ろうか。文字の読み書きや、簡単な計算、そして、この世界の歴史を教える場所。
ギドさんの工房をもっと拡張しようか。ゴーレム用の武具だけでなく、村人たちが使うための、より便利な農具や生活用品も開発したい。
ルナと一緒に、村の周りの森を、もっと豊かで安全な場所に変えていくのもいい。薬草園を作ったり、果樹を育てたりして。
あれもしたい。これもしたい。僕の頭の中には、この楽園をさらに発展させるためのアイデアが無限に湧き上がってきていた。
僕の【物質創造】の力があれば、なんだってできる。
この村を、世界中の誰もがうらやむ、真の理想郷へと変えてみせる。
「……アルト、どうしました? 今度はとても楽しそうな顔をしていますよ」
「ああ。この村の、未来のことを考えていたんだ。僕たちの未来をね」
僕がそう言って笑いかけると、ルナも嬉しそうに微笑み返してくれた。
僕たちの未来。
それは、どこまでも明るく、希望に満ちているように思えた。
祭りの喧騒は、夜が更けると共に、最高潮へと達していた。
村人たちが、大きな輪になって踊っている。その輪の中心で、ギドさんが、ドワーフの陽気な歌を自慢の喉で歌い上げていた。ミミもいつの間にか目を覚まし、他の子供たちと一緒に、その周りをきゃっきゃと楽しそうに駆け回っている。
なんと、平和で、幸せな光景だろうか。
この日常を、僕が守るんだ。
この笑顔を、僕が。
絶対に。
僕は、改めてそう心に誓った。
その時だった。
カン……!カン……!カン……!
祭りの陽気な音楽を切り裂くように、村の見張り台から、甲高い鐘の音が鳴り響いた。
それは、僕がゴーレムたちにプログラムしておいた、最上級の警報。
正体不明の武装した何者かが、村の境界線に侵入したことを示す合図だった。
祭りの喧騒が、一瞬にして凍りつく。
村人たちの顔から、笑顔が消えた。
ギドさんが歌うのをやめ、警報が鳴る方向を睨みつける。
ルナが、警戒の表情で立ち上がった。
寝ていたミミも、不穏ななにかを感じ取ったのか飛び起きた。
僕もゆっくりと立ち上がり、見張り台のある村の東側へと視線を向けた。僕の意識は、既に、村の警備を担うリーダーゴーレム「ゴレム」とリンクしている。ゴーレムの視界を通して、僕は「それ」を見た。
東の丘の向こうから、夜の闇を背負って、数人の人影がゆっくりとこちらへ近づいてくる。
その先頭を歩く男が、月明かりに照らし出された。
陽光を溶かし込んだかのような、金色の髪。白銀の鎧は、今はもう見る影もなく傷つき、汚れている。しかし、その傲岸不遜な立ち姿と、腰に差した剣の柄は、僕が決して忘れることのできないものだった。
聖剣『ソルブレイカー』。
彼の後ろには、見覚えのある男女が続いている。憔悴しきってはいるが、その魔力と殺気は、僕が知る頃よりも、どこか歪で、禍々しいものへと変質しているように感じられた。
(なぜ……? どうして、彼らがここに?)
頭が、真っ白になる。
呼吸が、浅くなる。
心臓が、嫌な音を立てて軋んだ。
勇者、アレク・フォン・グランフォード。
魔法使い、リリア・アーシェンハイト。
剣士、ダイン・クラッガー。
僕を追放し、僕の心を粉々にした、かつての「仲間」たち。
そして、もうひとり。
見覚えのない女性。
身なりからして教会関係者だろうか、聖女のような女性が同行している。
彼らが、なぜ?
アレクが、僕たちの村の入口に立ち、周囲をぐるりと睨みつける。
その目は、僕が知る勇者のそれとは、まったく違っている。飢えた獣のような、どす黒い欲望と嫉妬の色が、その瞳の奥で渦巻いていて見えた。
彼は、まるで自分の所有物を確かめるかのように、ゆっくりと口を開く。
その声は、拡声の魔法がかけられているのか、村中に響き渡った。
「――『神の錬金術師』。その奇跡の楽園、この勇者アレクが、今日この時より、すべて接収する」
その傲慢な宣告に、僕は息を呑んだ。
すぐ隣で、ルナが僕の手を固く握りしめる。
僕が守ると誓ったばかりの、穏やかで幸せな日常が、音を立てて崩れ始める。
過去は、僕を解放してはくれなかった。
それは最も残酷な形で、僕の前に再び姿を現したのだ。
僕たちの楽園に、終焉の足音が迫ろうとしていた。
-つづく-
次回、第21話。「再会」。
彼らは、アルトが知る彼らではなくなっていた。
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