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ありふれた話 ~追放された錬金術師は、神スキル【物質創造】で辺境に楽園を築きます。今さら戻ってこいと言われても以下略  作者: 槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ
第三章 追いかけてくる過去との対峙

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19:勇者SIDE 垂らされた蜘蛛の糸

視点:魔法使い リリア・アーシェンハイト



 目の前に、おぞましい光景が広がる。

 ダンジョンの薄暗い通路を埋め尽くす、魔物の群れ。ぬらりとした灰色の甲殻、無数に蠢く短い足、そして獲物を求めてカチカチと鳴らされる、鎌のような顎。

 ダンジョンクリーナー。

 通称「掃除屋」。ダンジョン内の死骸や弱った者を喰らい、浄化する存在。


 私たちが万全な状態であれば、ただの雑魚だ。私が放つ雷霆の魔法で塵芥のように焼き払える、取るに足らない存在。

 でも、さっきまでの私たちには、その力は残されていなかった。絶望を感じて、愛するアレクの隣で死ねるならそれも悪くないかな、なんて考えたかもしれない。


 ダンジョンクリーナーの群れが、じりじりと包囲網を狭めてくる。


「……リリア、ダイン。覚悟を決めろ」


 隣で、アレクが静かに呟いた。

 彼の声には、いつもの自信に満ちた響きが戻っている。


 いきなり現れた小太りな商人から渡された、少し怪しげなエリクサー。それのおかげで傷は癒え、枯渇したはずの体力も魔力もすっかり回復した。

 しかし、回復したのは、それだけだ。

 アレクが握る聖剣『ソルブレイカー』は、度重なる戦闘で輝きを失い、今はただの鉄の剣のように沈黙している。

 ダインの大剣も同じ状態。刃こぼれで見るも無惨な姿だ。


 でも、それがどうした?


 仮にも私たちは「勇者パーティー」と呼ばれているのだ。

 こんな窮地なんて、これまで何度も乗り越えている。


「……さぁ、反撃の時間だ」

「あぁ、全部ぶった切ってやるよ」


 ダインが不敵に笑いながらつぶやく。

 アレクもそれに応えて、愛剣を手にして構える。

 私も、自分の両手に強大な魔力を集めて青い火花をほとばしらせた。

 さぁ行くぞ、と身構えた瞬間。


「……え?」


 信じられないことが起きた。

 アレクの全身から、黄金のオーラが立ち上る。そして聖剣が失われていた輝きを取り戻し、以前にもまして神々しい光を放ち始めた。


「俺は勇者だ。あんな雑魚どもにやられてやるほど、安い男じゃねぇんだよ」


 アレクの声が、かつての自信と威厳を取り戻していた。

 あぁ。これこそが、私の愛した勇者アレクの姿。


 私たちは、顔を見合わせ、力強く頷いた。

 絶望の淵から蘇った英雄たちの戦いを、見せてやろうじゃないの。


「行くぞ! リリア、広範囲殲滅魔法を準備しろ!」

「もうすでに、準備万端!」


 魔物の群れを前にしたら、まずは私が魔法をぶっ放す。それが私たちの戦い方のセオリー。アレクに指示されるまでもなく、私は魔力の雷を両手いっぱいに湛えていた。


「吹き飛びなさい! 雷霆よ、すべてを浚え!!」


 私の上げた声が号令だった。

 両手から解き放たれた紫電の奔流は、もはや単なる稲妻などという生易しいものではない。空ダンジョンの闇を引き裂くかのような轟音と共に、それは巨大な龍となって牙を剥き、眼前に広がる魔物の群れへと殺到する。


 視界が、眩いほどの光で真っ白に染まった。


 群れの先頭にいたダンジョンクリーナーは、断末魔を上げる暇さえ与えられなかった。

 雷の龍に飲み込まれた魔物から順に、一瞬で黒い炭の塊と化す。

 続く衝撃波によって塵となって吹き飛んでいく。

 雷霆は地を舐めるように走り、網の目のように広がって群れの後方までをも的確に捉えた。大地が抉られ、土煙と黒い煙が入り混じり、ダンジョンの通路を覆い尽くす。


 魔法の閃光と炸裂音が収まるより前に、私は無詠唱で風の魔法を展開。

 腕を振るうだけで、舞い上がった土煙を払いのける。


 開けた視界の先には、地獄を焼き尽くしたかのような焦土が広がっていた。鼻を突く獣の肉が焼ける異臭。魔物の群れが、数にして数十匹、私の雷霆の一撃で物言わぬ躯と化した。


 再び戻った魔法の手応え。

 身体にみなぎる魔力に、私は無意識に拳を握っていた。


「よし! ダインは、俺が作った隙を突いて、側面から群れを分断しろ!」

「言われなくとも!」

「聖剣よ、我が声に応えよ! 浄化の光となりて、邪を薙ぎ払え!――シャイニング・クロス!」


 アレクが、魔物の群れへと突っ込んだ。

 彼の聖剣が十字を描くと、閃光がほとばしる。

 その一閃だけで、ダンジョンクリーナーを十数体まとめて吹き飛ばした。甲殻が砕け散り、溶解液を撒き散らしながら、魔物たちが絶叫する。


「今だ、ダイン!」

「おおおおっ!」


 アレクがこじ開けた突破口に、ダインが獣のような雄叫びを上げて突っ込む。もしかしてこれもアレクのオーラの派生効果なのか、彼の大剣はさっきまでのくたびれた状態を感じさせない威力を振るった。凄まじい破壊力を伴って、群れを蹴散らさんとばかりに暴れ回る。


「邪魔だ、ドブ虫どもがァッ!」


 大剣が横薙ぎに振るわれるたびに、数体のダンジョンクリーナーが甲殻ごと叩き潰されていく。まるで物理的な暴風に遭ったかのように、魔物たちの命が次から次へと消し飛ばされる。


 そして再び、私の番だ。

 両手に満ちる、膨大な魔力。これならば、いつも以上の魔法が使える!


「万雷の王よ、彼の地に集え! 天罰の槌となりて、愚かなる者どもに裁きを下せ! ――『裁きの雷霆 (ジャッジメント・サンダー) 』!!」


 私が杖を天に掲げると、ダンジョンの天井が稲光で埋め尽くされた。

 そして、ありえないほどの数の雷が、豪雨のように降り注ぐ。

 凄まじい轟音と閃光が、通路全体を支配する。

 雷の槍が、百を超えるダンジョンクリーナーたちの身体を貫いていく。

 魔物たちは黒焦げになりながら、次々と活動を停止していった。


 これが、私たちの戦い方。

 勇者アレクが絶対的な力で敵陣を切り裂き。剣士ダインがその突破口を押し広げ。そして、魔法使いである私が広範囲魔法で敵を一掃する。

 派手で、大胆で、そして何よりも効率的な、完璧な連携。

 これこそが、王国最強と謳われた、勇者パーティーの真の姿。


 しかし、その完璧な歯車は、いつしか狂い始めていた。

 アルト。

 あの男がいた頃は、違った。

 彼は、決して表には出ない。

 しかし、この歯車を円滑に回すための「潤滑油」だった。

 私たちの消耗を瞬時に回復させ、装備を常に最高の状態に保ち、私たちが何の憂いもなく、全力で戦える環境を、たったひとりで作り上げていた。


 その「潤滑油」を、今の私たちは失っている。

 エリクサーによる回復は、あくまで一時的なもの。戦いが長引けば、私たちの力は再び削られていく。

 群れをなすダンジョンクリーナーの数は、まだ半分以上も残っていた。



  ◇   ◇   ◇



「ハァ……ッ、ハァ……!」


 何度も何度も大魔法を放った。その反動で、私の呼吸が荒くなる。魔力はまだ残っているが、精神的な消耗が激しい。

 ダインも、肩で息をしていた。彼の身体の傷は癒えても、ボロボロになった大剣は、もう限界に近い。

 アレクの聖剣も、再びその輝きを失い始めていた。


「くそっ、キリがねぇ……!」


 ダインが吐き捨てる。

 倒しても倒しても、ダンジョンクリーナーたちは通路の奥から次々と湧き出してくる。ヤツらの役割は「掃除」だ。周りの同類が死のうとも気に留めない。獲物が完全に動かなくなるまで、決して動きを止めようとはしない。


 ジリ貧だった。

 じりじりと、しかし確実に、私たちの生命力が削られていく。

 さっきまでの全能感は、もはやどこにもなかった。再び、絶望の影が、私たちの足元に忍び寄ってくる。


「リリア! もう一発、撃てるか!」


 アレクが叫ぶ。

 無理を言わないで! 思わず叫び返しそうになって、咄嗟に声を飲み込んだ。


「やるしかないんだ! このままでは押し潰されるぞ!」


 分かってる。

 やるしかない。


 私は力を振り絞り、朦朧としかけた精神を集中させる。

 再び、詠唱を開始した。

 視界が霞み、頭が割れるように痛い。

 これが、私の最後の魔法になるかもしれない。


 しかし。

 詠唱が完了するよりも早く、一体のダンジョンクリーナーが吶喊してきた。

 防御の意識が薄くなった私の懐へと飛び込んでくる。

 命を狩る魔物の顎が、私の喉元に迫る。


「……っ!」


 死を覚悟した、その瞬間。

 私の目の前を、黄金の閃光が駆け抜けた。

 アレクが、限界を超えた速度で私と魔物の間に割り込み。

 聖剣で、致死の一撃を弾き返していた。


「……アレク!」

「……下がっていろ、リリア。ここは、俺が……」


 しかし、その代償は大きかった。


 キィン……


 無理な体勢で攻撃を弾いたせいで、彼の聖剣が、悲鳴のような音を立てた。

 剣身に、再び、蜘蛛の巣のような亀裂が走る。


 ああ、まただ。

 あの時と、同じ。

 ミノタウロス・ロードと戦った、あの悪夢の再来。

 違うのは、もう、この剣を修復してくれる錬金術師はいないということ。


 遂に、聖剣が砕け散った。

 ダンジョンクリーナーの群れの残りが、最後の獲物である私たちに一斉に襲いかかってきたのは、ほぼ同時だった。


「アレク……」


 もう、万策尽きた。

 私は、ただ、愛する人の名前を呼びながら、目を閉じた。


 ――パチパチパチ


 場違いな拍手の音が、私の耳に届く。

 恐る恐る目を開けると、信じられない光景が広がっていた。

 私たちに襲いかかろうとしていたダンジョンクリーナーたちが、すべて、動きを止めている。

 いや、違う。彼らの身体は、まるで強力な糊で固められたかのように、地面や壁に縫い付けられていた。


 なんだ、これは?


 あまりにも奇怪な状況。助かった、と言っていいのかは分からない。死の一歩手前だった戦闘の中で、あまりにも都合の良過ぎることが起きている。

 そんな身動きできない魔物たちの中心に、あの小太りな商人が、にこやかに拍手をしながら立っていた。


「いやはや、お見事! 実に素晴らしい戦いでしたぞ! さすがは勇者様一行ですな!」


 彼の足元には、何やら粘着性の高い液体が入った小瓶が、いくつも転がっていた。彼がこれを投げつけて、魔物の動きを封じたの?


 商人は、動けなくなった魔物たちには一瞥もくれず、満身創痍の私たちに近づいてきた。それこそ視界にさえ入っていないとばかりに、通り道にいる魔物たちを踏みつけながら。


 ……なんなのよ、コイツは。


「さあさあ、お立ちください、英雄様方。これは私からのサービスです」


 彼は懐から、今度は緑色に輝くポーションを三本取り出した。にこやかな笑顔を絶やさぬまま、私たちに一本ずつ手渡す。


 そのポーションを飲むと、先ほどのエリクサーほどではないが、消耗した体力が穏やかに回復していくのを感じた。少なくとも、自力で立ち上がって歩けるくらいには。


「……あなたは、一体何者です?」


 アレクが、警戒を解かずに商人に問いかけた。砕けた聖剣の柄を、まだ固く握りしめている。

 ダインも同じように、剣呑な視線を向けていた。

 私も、身構えてしまう。彼から与えられたポーションなどを飲んでいるのだから今さらだ、と思いつつも、気を緩めて対峙する気にはなれない。


「私ですか? 私は、ただのしがない行商人です。名を、マルコと申します」


 マルコと名乗った商人は、胡散臭い笑顔を浮かべて自己紹介をした。だが、自分の正体についてはそれ以上何も語ろうとしなかった。


「それよりも、勇者様。先ほどの『黄金の雫』、いかがでしたかな? あれこそが、近頃、もっぱらの噂になっている『神の錬金術師』様が作り出した、奇跡のエリクサーですぞ」

「神の錬金術師……」


 聞き覚えのある二つ名。実態は不明のままだけれど、最近になって方々で話題になっている錬金術師。騎士団の副団長・バルトロ殿も、その錬金術師に会うために辺境へ向かったと聞いた。


「その錬金術師は、どこにいる?」


 意外にも、ダインが『神の錬金術師』の名前に食いついた。

 だがマルコは、すごい勢いで食ってかかる巨体のダインにも怯むことなく、のらりくらりとした言葉を返すばかり。


「さあ、どこにおわすのやら。私も、ある特定の場所で、彼の代理人と名乗る者から商品を仕入れているだけでしてな。ただ……」


 人差し指を立てて、商人は悪戯っぽく笑う。


「その御方は、『忘れられた辺境』と呼ばれる誰も近づかぬ不毛の地に、たったひとりで奇跡の楽園を築き上げている、とだけ」


 忘れられた辺境。

 その言葉に、私たちは顔を見合わせた。そんな場所に、これほどのエリクサーを作り出すほどの錬金術師がいるとは、にわかには信じがたい。


「信じるも信じないも、あなた方次第。ですが、その御方の力があれば、勇者様のその砕けた聖剣も元通り……いや、以前よりも強力に生まれ変わるかもしれません」


 マルコの言葉は悪魔の囁きのように、私たちの心に深く突き刺さった。

 砕けた聖剣。それは今の私たちにとって、失われた力の象徴そのものだ。

 もし、その錬金術師が本当にいるのなら……。


「さて、と」


 マルコは、パンパンと手を叩くと、話題を変えるように話し掛けてくる。

 彼にとって、ここからが本題らしい。


「エリクサーの代金は、結構です。その代わり、あなた方に依頼をしたい」

「依頼?」

「えぇ。あなた方に、かの『神の錬金術師』と、彼が住むという村について、詳しく探ってきていただきたいのです」


 その依頼は、あまりにも奇妙だった。

 なぜ、商品を仕入れている本人が、その出所を探らせようとするのか。


「私のようなしがない商人では、辺境の奥深くまでは危険で進めませんでな。ですが、勇者様一行ほどの腕があれば、たどり着けるやもしれない。そして、もしその錬金術師様にお会いすることができれば、私との専属契約を取り付けていただきたいのですよ。もちろん、あなた方には成功報酬として、あのエリクサーをさらに十本、差し上げましょう」


 エリクサー、十本。

 その言葉に、私たちの目が色めき立った。

 それさえあれば、私たちは再び、かつての力を取り戻すことができる。

 いや、それ以上の力を手に入れることができるかもしれない。


 アレクはしばらくの間、マルコの顔をじっと見つめていた。

 その瞳には、疑念と、しかしそれを上回る強い渇望の色が浮かんでいる。

 やがて、彼はゆっくりと頷いた。


「……分かった。その依頼、引き受けよう」


 マルコは微笑みを浮かべながら、手を差し出した。

 アレクは、何とも言えない表情で、その手を握り返す。


 奇妙な商人は満足そうに頷くと、ダンジョンの闇の中へと、音もなく消えていった。

 後に残されたのは、動かなくなった魔物の死骸と、砕けた聖剣。そして、私たちの心に深く刻まれた、『神の錬金術師』という謎の存在だけだった。


 私たちはまだ知らなかった。この決断が、私たちをさらなる奈落の底へと突き落とす、運命の分かれ道になるなんて。

 私たちは、一筋の蜘蛛の糸に、最後の望みを託した。

 その糸の先が、地獄に繋がっているとも気づかずに。



 -つづく-

次回、第20話。「村の収穫祭」。

幸せを噛みしめながら、アルトは村を守る決意を新たにする。そして……。


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