18:勇者SIDE 胡散臭い商人と、エリクサー
視点:剣士 ダイン・クラッガー
「……チッ、勝手にしやがれ」
アレクの独善的な背中を見送りながら、俺、ダイン・クラッガーは悪態をついた。リリアが「待ってよ、アレク!」なんて甘ったれた声を出しながら、慌ててその後を追っていく。馬鹿馬鹿しい。まるで茶番だ。
俺は、荒廃した貧しいスラムの中から、剣の腕一本でここまで這い上がってきた。貴族だの血筋だの、そんなくだらないもので人の価値が決まる世界が、大嫌いだった。だから、実力さえあれば誰でも英雄になれる冒険者の世界に、俺は自分のすべてを賭けた。
勇者パーティーへの誘いは、願ってもないチャンスだった。あの好青年ぶった勇者様を利用して、名声も富もすべてを手に入れてやる。そう思っていた。
最初は、うまくいっていた。アレクは確かに腕が立つし、リリアの魔法も強力だ。俺たちは面白いようにダンジョンを攻略していった。
だが今思えば、あの快進撃を成立させていたのは、俺たち三人の働きじゃなかった。後方で黙々と、しかし決して途切れることなく、俺たちの消耗を癒やし続けていた、あの地味な錬金術師・アルト。あいつの存在こそが、このパーティーの心臓部だった。
俺は、あいつのことが嫌いだった。
いつもおどおどしていて、戦闘の役にも立たない。それなのに、俺たちと同じだけの報酬を受け取っている。それが我慢ならなかった。だから、アレクがあいつを追放すると言った時、真っ先に賛成した。
馬鹿だった。俺は目先の小銭に目が眩んで、金の卵を産むガチョウを自分で絞め殺してしまったんだ。
アルトがいなくなってからというもの、何もかもが狂い始めた。
一番堪えたのは、装備の劣化だ。
俺の相棒であるこの大剣は、特別な魔法金属『ミスリル』で作られている。頑丈だが、一度傷つくと並の職人では完全な修復は難しい。
アルトがいた頃は、どんなに無茶な使い方をしても、次の日には新品同様になっていた。それどころか、時々、前よりも切れ味が増していることさえあった。
だが、王都の工房の連中は違う。奴らは傷を塞ぐことはできても、剣に宿る魔力の流れまでは修復できない。使えば使うほど、俺の剣は、ただの重い鉄の塊へと成り下がっていく。
「……行くしかねえか」
俺は溜息をつくと、大剣を担ぎ直し、あのクソ勇者様の後を追った。ここでパーティーが全滅すれば、俺の成り上がり計画もすべてパーだ。それだけは避けなければならない。
ダンジョンの通路を進むと、すぐに魔物の群れとの戦闘になった。現れたのは、硬い甲殻を持つ巨大な蟻の魔物・ソルジャーアントが十数匹。以前なら、ものの数分で片付けられる相手だ。
だが今の俺たちには、その数分が永遠のように感じられた。
「リリア! 援護魔法を!」
「え、ええ! ファイアボール!」
リリアが放った火球が、蟻の一匹を黒焦げにする。
だが、それだけだ。今の彼女は魔力回復薬の残量を気にして、以前のように大魔法を連発することができない。
俺は、一番近くにいた蟻に大剣を叩きつけた。
ガキン! という鈍い手応え。
甲殻は砕けたが、仕留めきれない。
切れ味が、明らかに落ちている。
二撃、三撃と重ねて、ようやく一匹を倒す。
だがその間に、他の蟻たちが俺に群がってきた。
「ぐっ……!」
肩を、足を、鋭い牙が食い破る。
激痛が走り、俺は思わず膝をついた。
「ダイン! 回復薬を!」
アレクが叫ぶ。俺はポーチから、王都で買った高級ポーションを取り出し、傷口に振りかけた。傷は塞がるが、アルトが作ったポーションのように、痛みがすっと引いていく感覚はない。気休め程度にしかならなかった。
そんな俺たちの惨状を見て、アレクは焦りを募らせていた。
「聖剣よ、光の力を! ホーリーブレード!」
聖剣が輝き、光の斬撃が蟻の群れを薙ぎ払う。
さすがは勇者だ。その一撃は今でも健在だった。
しかし、その輝きも、以前よりどこか弱々しく見えるのは気のせいじゃないだろう。あいつの聖剣もまた、完全な修復ができていないのだ。
なんとか蟻の群れを殲滅した時、俺たちは三人とも肩で息をしていた。
たかが雑魚相手に、この消耗。
俺たちのポーションは、この一戦でついに底をついた。
「……もう、無理だ。一度、地上に戻るぞ」
アレクが、屈辱に顔を歪めながら言った。それはリーダーとしての、そして勇者としてのプライドが、粉々に砕け散った瞬間だった。
俺たちは、来た道を引き返し始める。
だがダンジョンは、傷ついた敗残兵に、そう易々と道を開けてはくれなかった。
帰り道で、俺たちは最悪の敵と遭遇してしまった。
ダンジョンクリーナー。
ダンジョン内の死体や弱った獲物を掃除する、腐肉漁りの魔物。血の匂いを嗅ぎつけたそいつらが群れを成して、俺たちの前に現れた。
「……嘘だろ」
絶望的な状況に、全員が言葉を失った。
一対一なら雑魚と言ってもいい魔物。
けれど群れで襲い掛かって来るなら話は別だ。
数の暴力で圧し潰されて、生きたまま貪り食われかねない。
ポーションはない。
装備はボロボロ。
体力も魔力も、もう限界に近い。
そんな状態で、どうやってあの無数の腐肉漁りを相手にしろというのか。
「……俺が、道を開く」
アレクが、覚悟を決めたように言った。
「お前たちは、その隙に逃げろ。……これは、リーダーとしての命令だ」
俺とリリアを庇うように、あいつはひとりで前へ出た。
その背中は不思議と、これまでで一番大きく、そして頼もしく見えた。
こいつも、ただのプライドが高いだけの馬鹿ではなかったらしい。最後の最後で、勇者らしいところを見せるつもりか。
だが、俺はスラム育ちだ。
仲間を見捨てて、自分だけ生き延びるなんて真似は、性に合わない。
何より、ここで勇者を見殺しにすれば、俺はただの裏切り者として国中から追われることになるだろう。それは俺の計画にとって最悪のシナリオだ。
「……馬鹿言え。あんただけに、いい格好はさせねえよ」
俺は、ボロボロの大剣を構え直して、アレクの隣に並んだ。
リリアも、涙を浮かべながら、杖を構える。
「私も……! アレクと、一緒に行く!」
三人で、死ぬか。
それも、悪くない。
そう思った時。いつか聞いたような、誰かの声がふと頭をよぎった。
『君たちの補助ができる錬金術師を探そう。騎士団が辺境へ調査に向かうことになっているのだが、そこに最近になって噂になっている腕利きの錬金術師がいるらしい。会うことが出来たら、協力を打診してみるつもりだ』
ああ、そうだ。王都の騎士団長が、そんなことを言っていたな。
その時に初めて、俺たちは辺境に現れたという『神の錬金術師』の噂を聞いたんだっけか。結局、騎士団の誘いにはなびかなかず、無駄足になったんだとか。
もし、その錬金術師が協力してくれていたら。
もし、その錬金術師が、アルトだったら。
もし、俺たちが素直に頭を下げたならば。
こんな未来には、なっていなかったのだろうか。
そんな詮ない感傷に浸る俺。
もちろん、そんな暇などあるわけがない。
ダンジョンクリーナーがこちらに目を向けている。
どうやら俺たちを獲物として認識したようだった。
もう、終わりか。
俺がそう覚悟を決めた、その刹那。
ダンジョンの通路に、場違いなほど陽気な声が響き渡った。
「おっと、そこのお歴々! なんだか、ずいぶんとお困りのご様子ですな!」
声のした方を見ると。そこに立っていたのは、小太りな商人だった。
なんで、こんな場所に商人が?
その男にも、今にも襲い掛かろうとしているダンジョンクリーナーの姿は見えているはず。だが少しも気に留めていないかのような態度を見せている。
豪胆なのか、ただのアホなのか。一瞬、俺も魔物の存在を忘れてしまった。
そんな俺の戸惑いを他所に。商人はにこやかな笑みを浮かべながら近づいてきて、懐からひとつの小瓶を取り出した。
「まぁ、何かのご縁だ。これを一本、お譲りしましょう。神の錬金術師謹製の逸品だ。代金は、あなたたちが生きて地上に戻れた時で結構ですぜ」
男が投げた小瓶を、アレクが受け取る。
中には、見たこともないほど美しい、黄金色に輝く液体が入っていた。
「……エリクサー?」
リリアが、信じられないというように目を見張った。その液体から放たれる聖なるオーラは、確かに、伝説の万能薬のそれに酷似していた。
絶体絶命の状況で現れた、訳の分からない商人。胡散臭いエリクサー。
選択肢なんてなかった。
俺たちは最後の望みをかけ、その液体を分け合って飲んだ。
そして、奇跡が起こった。
傷は癒え、失われた体力が、魔力が、みるみるうちに回復していく。
俺たちの身体に、再び力がみなぎった。
「……さあ、反撃の時間だ」
俺は、不敵な笑みを浮かべて、大剣を構え直した。
この借りは、必ず返す。
その相手が怪しい商人なのか、このエリクサーを作ったという謎の錬金術師なのか。自分でも分からない。
地獄の底で、俺たちは一筋の光を見つけた。
だが、その光がさらなる絶望の入り口だとは思ってもみなかった。
俺たちの凋落は、まだ終わらない。
-つづく-
次回、第19話。「垂らされた蜘蛛の糸」。
彼らの実力は本物。だがそれだけで生き残れるほどダンジョンは甘くなく。
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