15:王都からの視察団
「エルフの癒し湯」と名づけられた、エルダ村に誕生した新たな名所。この温泉は瞬く間に、村人たちの生活に欠かせないものとなった。日中の労働で疲れた身体を癒やし、夜には村人たちが集う社交場となる。その評判は、僕たちの村と交易を行うマルコさんと彼の部下たちの口を通じて、少しずつ外の世界へと漏れ伝わり始めていた。
「おい、聞いたか? マルコの奴が仕入れている『奇跡のトマト』が採れる秘境には、どんな難病でも治すっていう魔法の泉があるらしいぜ」
「ああ、聞いた聞いた! なんでも、その泉に一晩浸かれば老人は若返り、美女はさらに美しくなるとか……」
宿場町の酒場で交わされる噂話は、尾ひれがついてどんどん大袈裟なものになっていった。そして、その噂はついに、無視できない人々の耳にまで届いてしまう。
王都の貴族。
そして王国騎士団である。
その知らせは、ある晴れた日の午後、マルコさんによってもたらされた。
彼はいつになく神妙な面持ちで、僕とルナ、村長のギデオンさんの前に一枚の羊皮紙を差し出した。それは、王国騎士団の紋章が刻印された、正式な公文書だった。
「……王都から、視察団が派遣される、だと?」
ギデオンさんが、信じられないというように呟いた。
羊皮紙に書かれていた内容は、要約するとこうだ。
『東の辺境において、特異な農産物と、治癒効果を持つとされる泉の存在を確認した。その真偽を確かめるため、王国騎士団の名において公式な視察団を派遣する。現地住民は調査に全面的に協力すること』
「どういうことだ、マルコ! 村のことは絶対に秘密にすると約束したはずじゃ!」
ギドさんが、怒りを込めてマルコさんに詰め寄った。
マルコさんは申しわけなさいっぱいという様子で、されるがままになっている。
「分かってる! 俺だって寝耳に水なんだ! 俺は細心の注意を払ってきた。だが、俺が商品を卸している貴族のひとりが、どうやら騎士団にコネがあったらしくてな……。そこから話が漏れちまったらしいんだ。すまねえ、アルト……!」
マルコさんは顔を真っ青にして、僕に頭を下げた。
でも、そこまでしてもらうことはない。
僕は、彼の肩をそっと叩いた。
「マルコさんが謝ることじゃありません。こうなる可能性は最初から覚悟していました。思ったより早かった、というだけです」
僕の心は、意外なほど落ち着いていた。いつかは訪れると思っていた事態だ。
問題は、それにどう対処するか、だ。
ルナが、心配そうな瞳で僕を見つめる。
「アルト……どうしますか? 視察団を、この村に迎え入れるのですか? あなたの力が国の者に知られてしまうのは、あまりにも危険です」
彼女の懸念はもっともだった。僕の【物質創造】の力が国家レベルで知られれば、僕の自由はなくなるだろう。この村での穏やかな生活も、すべて失ってしまうかもしれない。
僕は、しばらくの間、腕を組んで考え込んだ。
視察団を追い返すのは簡単だ。ゴーレム部隊を使えば、騎士団の一隊くらい、蹴散らすことができるだろう。
だが、それは最悪の選択だ。王国に反逆する意思ありと見なされ、いずれは大規模な討伐軍が派遣されることになる。そうなれば、この村は戦場と化してしまう。
(……ならば、迎え入れるしかない。ただし、こちらのやり方で)
僕は、覚悟を決めた。
「視察団を、受け入れましょう」
「アルト様!?」
ギデオンさんたちが、驚きの声を上げる。
「大丈夫です。僕の力のことは、うまく隠します。『この村は、古代から続く特殊な自然環境と、村人たちの長年の努力によって奇跡的な恵みを得ている』……そういうことにしておくんです。僕の存在は、あくまで村の錬金術師として、目立たないように振る舞います」
それは、綱渡りのような賭けだ。しかし、この村の存在を王国に公的に認めさせ、不可侵の領域として確立させるためには、避けては通れない道だと僕は判断した。下手に隠し立てするよりも、堂々と受け入れ、彼らに「この村は我々では手に負えない」と思わせる方が得策かもしれない。
「分かった。師匠がそう言うなら、ワシも腹を括ろう。もし奴らが無礼な真似をしたら、ワシのこの槌が火を噴くことになるがな!」
ギドさんが頼もしい言葉で僕の決断を支持してくれた。
ルナも、不安を滲ませながらも、僕の意思を尊重するように頷いてくれた。
こうして、僕たちは視察団の来訪に向けて急ピッチで準備を進めることになった。
まず、村で稼働しているゴーレムたち。彼らをすべて森の奥深くにある洞窟に隠した。あれはあまりにも常識から外れすぎている。
次に、村人たち全員と口裏合わせをする。「アルトは、村に古くから伝わる錬金術を受け継いだ若者のひとりに過ぎない」ということ。そして、この村の豊かさは、あくまで「大地の恵み」と「精霊の祝福」によるものである、と。
慌ただしくしているうちに、視察団が到着する日がやってきた。
村の東の丘の向こうから、十数騎の馬に乗った一団が姿を現す。
先頭を駆ける馬には、白銀の鎧に身を包んだ、壮年の騎士が跨っている。その鎧には、王国騎士団の中でも団長クラスにしか許されない金獅子の紋章が輝いていた。その後ろには、同じく騎士団の鎧をまとった者たちと、数人の文官らしき男たちが続いている。
彼らは、村の入口で馬を降りると、僕たちの前に進み出た。
先頭に立つ騎士団長らしき男は、鋭いが濁りのない、真っ直ぐな瞳で僕たちを見つめた。その佇まいからは、歴戦の強者だけが持つ隙のないオーラが放たれている。
「私が、王国騎士団副団長、バルトロ・グレイウォールである。この村の代表者は、どなたかな?」
その声は腹の底から響くような、威厳に満ちたものだった。
ギデオンさんが、村長として一歩前に進み出る。
「ようこそ、騎士団の方々。私が、このエルダ村の長・ギデオンです。このような辺境の地まで、ご苦労様です」
ギデオンさんの堂々とした態度に、バルトロと名乗った副団長は、少しだけ目を見張った。ただの辺境の村の老人とは思えない、不思議な風格を彼から感じ取ったのだろう。
「うむ。早速だが、単刀直入に聞こう。この村で採れるという『奇跡の作物』とやらを見せていただきたい。噂が真実であれば、それは国の食糧事情を大きく左右する、重要な発見となる」
僕たちは、彼らを村の中へと案内した。
視察団のメンバーは、村に足を踏み入れると、一様に驚きの声を上げた。
清潔に整備された水路、頑丈で美しい家々、そして何より、村全体に満ちる生命力に溢れた穏やかな空気。彼らが想像していたであろう、貧しく荒廃した辺境の村のイメージとはあまりにもかけ離れていた。
「……素晴らしい。これが、本当にあの『忘れられた辺境』なのか……?」
バルトロさんが、感嘆の声を漏らす。
彼の部下である騎士や文官たちも、同じような印象を受けているのだろう。目の前の光景が信じられないというように、きょろきょろと辺りを見回している。
僕たちは、彼らを畑へと案内し、収穫したばかりの作物を振る舞った。
結果は、マルコさんの時と同じだった。
一口食べた騎士たちは、そのあまりの美味さに目を丸くし。文官たちは、その場で成分を分析しようと慌てて道具を取り出す始末だ。
「……信じられん。これほどの作物が、本当にこの土地で育つというのか。土壌に、何か特別な秘密があるのか?」
バルトロさんの問いは当然のものだ。
その疑問に、ギデオンさんは打ち合わせ通りに答える。
「はい。この土地は、古くから大地の精霊の力が強く宿る聖地。我々は、代々その恵みを、感謝と共に受け継いできたのです」
次に、僕たちは彼らを温泉へと案内した。
エメラルドグリーンに輝く湯船と、そこから立ち上る心地よい湯気。周囲の自然と調和した美しい景観に、視察団は再び言葉を失った。
バルトロさんは自らその湯に手を浸し、魔力濃度と治癒効果に目を見張った。
「……間違いない。これは、王都の宮廷魔術師が作り出す、最高位の聖水に匹敵する……。いや、それ以上かもしれん」
視察は、順調に進んでいるように見えた。
バルトロさんは、実直で正義感の強い騎士のようだった。彼はこの村の奇跡に感銘を受け、この恵みを正当な形で国の発展に役立てたい、と考えているようだった。
しかし、彼の部下の中には、そうではない者もいた。
「素晴らしい! この土地と泉、そして作物! すべてを王家の直轄地として管理すれば、我が国は莫大な富を得ることができるでしょう!」
ひとりの、いかにも腹に一物ありそうな肥えた文官が、欲望に目をぎらつかせながらバルトロさんに進言した。
「この村人たちを立ち退かせ、我々が直接、この奇跡の資源を管理するのです!」
その言葉に、村人たちの間に、緊張が走った。
ギドさんが、腰に下げたハンマーの柄をギリリと握りしめるのがわかった。
しかし。その卑しい提案を、バルトロさんは一喝のもとに退けた。
「黙れ、ブラバス卿! 貴様のその浅ましい欲望で、この聖地を汚すな!」
バルトロの怒声が、辺りに響き渡る。
「この村の奇跡は、この土地と、ここに住む人々が、長年かけて築き上げてきた絆の賜物だ。それを我々が力で奪うなどという行い、騎士の誇りが許さん!」
彼は、ブラバスと名乗る文官を厳しい目つきで睨みつける。
次いで僕たちに向き直り、深々と頭を下げた。
「我が部下の無礼、心よりお詫び申し上げる。どうか、お許しいただきたい」
王国騎士団の副団長が、辺境の村人たちに頭を下げる。それは、前代未聞の光景だった。
このバルトロという男性は、本物だ。僕はそう直感した。彼は、肩書きや地位ではなく、自らの信じる正義と誇りに従って行動する、真の騎士だった。
僕たちの緊張は、その瞬間に解けていた。
ギデオンさんも、バルトロさんの人間性を認めて、穏やかな表情で頷いた。
「……顔をお上げください、副団長殿。あなたの誠意、しかと受け取りました」
こうして、視察は友好的な雰囲気の中で終わりを迎えようとしていた。
バルトロさんは、この村を「精霊が守る特別な自治領」として王国に報告し、みだりに外部の者が干渉できないように取り計らうと約束してくれた。その代わり、村の産物の一部を正当な対価で王国に納める、という交易協定を結ぶことになった。それは僕たちにとっても願ってもない申し出だった。
視察団が、村を去ろうとしていた、その時だった。
バルトロさんが、ふと何かを思い出したように、僕に声をかけた。僕が村の錬金術師として、様々な施設の設計に関わったことをギデオンさんから聞いていたのだ。
「アルト殿、だったかな。君の知識と技術、実に素晴らしいものだ。……実は、君のような優秀な錬金術師に、ひとつ相談したいことがある」
「……何でしょう?」
バルトロさんは、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。それはギルドが発行する、高ランクの冒険者パーティーの情報が書かれた手配書のようなものだった。
「最近、高難易度ダンジョン『深淵の迷宮』で、あるパーティーが苦戦を強いられている、という報告がギルドから上がってきている。装備の劣化が激しく、補給もままならず、このままでは全滅の危険性もある、と」
その言葉に、僕の心臓がドクンと大きく跳ねた。
『深淵の迷宮』。
僕が、かつていた場所。
バルトロさんは、僕の動揺には気づかぬまま羊皮紙を手渡してくる。
そこに描かれていたのは、僕がよく知る男女の似顔絵だった。
「勇者アレクのパーティーだ。国の宝である彼らを失うわけにはいかん。もし、君が彼らの装備を修理、強化できるような特別な技術を持っているのなら、力を貸してはもらえんだろうか。もちろん、相応の報酬は国が保証する」
僕は、その羊皮紙を、指先が白くなるほど強く握りしめていた。
アレク。リリア。ダイン。
僕を「役立たず」と罵り、すべてを奪って追放した、かつての仲間たち。
彼らが今、苦しんでいる。
僕がいなくなったことで、窮地に陥っている。
僕の胸の中に、様々な感情が渦巻いた。
ざまあみろ、という黒い喜び。
彼らへの、いまだ消えぬ憎しみ。
そして……それでも、かつて仲間だった者たちへの、断ち切れないわずかな情。
僕が何も答えられずにいると、バルトロさんは僕の様子を訝しんだ。
「……アルト殿? どうかしたかな?」
僕は、ゆっくりと顔を上げた。
僕の答えは、もう決まっていた。
「……申し訳ありません、副団長殿。僕の力は、この村と、ここに住む人々のためにしか使えません。王都の勇者様たちを、お助けすることは……僕にはできません」
僕のきっぱりとした拒絶に、バルトロさんは驚きの表情を浮かべた。
彼には、僕と勇者パーティーとの因縁など知る由もない。僕の返答は、彼にとっては不可解なもので、不遜なものに聞こえたかもしれない。
だが、僕の心は、晴れやかだった。
過去は、もう振り返らない。
僕の力は、僕を信じてくれる、新しい家族のために。
僕の居場所は、もう、ここにあるのだから。
バルトロさんはそれ以上何も言わず、ただ、何かを感じ取ったような、複雑な表情で僕を見つめる。そしてそのまま、静かに馬上の人となった。
彼らを乗せた馬が、夕日を背に、王都へと続く道を帰っていく。
その背中を見送りながら、僕は、これから始まるであろう、新たな物語の予感を感じていた。過去との、避けられない再会の予感を……。
-つづく-
次回、第16話。「閑話 楽園の湯けむり騒動」。
温泉で、美少女ふたりとキャッキャウフフ。
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