13:頑固なドワーフと伝説の金属
猫獣人の少女・ミミが村の新しい家族となってから、数週間が過ぎた。
最初は警戒心の塊だった彼女も、僕やルナ、そして村人たちの優しさに触れるうちに、少しずつその硬い殻を脱ぎ捨てていった。今では村の子供たちと一緒に広場を駆け回り、時折、猫のように気まぐれな笑顔を見せてくれるようになっている。
彼女の獣人としての能力は、僕たちの村にとって予想外の恩恵をもたらしてくれた。ミミの鋭い五感――特に聴覚と嗅覚は、人間とは比べ物にならないほど鋭敏だった。彼女は、村に近づく魔物の気配や、天候のわずかな変化さえも、誰よりも早く察知することができた。その能力のおかげで、僕たちは村の周囲の危険を事前に把握し、より効果的な警備体制を敷くことが可能になった。
「アル兄。北の森の方から、ヘンな匂いがする」
ある日の午後。ミミは僕の作業小屋に駆け込んでくると、ぴんと立てた猫耳をぴくぴくさせながら言った。彼女はいつの間にか、僕のことを「アル兄」と呼ぶようになっていた。
「ヘンな匂い?」
「うん。鉄が焼ける匂いと、土の匂いが混ざったみたいな……。それと、なんだかキラキラした石の匂いもする」
鉄と石の匂い。その言葉に僕は興味を引かれた。
奴隷商人の一件以来、僕は村の防衛力強化を急いでいた。ゴーレム部隊の増産に加え、村人たちが非常時に扱える武器や防具の整備も必要だと考えていたのだ。
しかし、そのためには高品質な金属が不可欠となる。僕のスキルで鉄を創造することは可能だ。けれどより優れた武具を作るには、ミスリルやアダマンタイトといった魔法金属が必要となる。それらの金属は特殊な鉱脈からしか産出されない、非常に希少なものだ。
ミミの言う『キラキラした石』が、もしやその鉱脈なのではないか?
貴重な金属をほいほい創造してしまうと、あとあと色々なところから目をつけられた時に面倒なことになる。可能であれば、それっぽい鉱脈を見つけた上で【物質創造】を使うようにしたい。
「ミミ。その匂いがする場所に案内してくれるかい?」
「うん、いいよ!」
僕はルナに村の留守を頼むと、ミミを案内役として、北の森へと向かった。念のため、リーダーゴーレムのゴレムも護衛として同行させる。
ミミは、まるで森の案内人のように、迷うことなく獣道を進んでいく。彼女の小さな身体は、驚くほど身軽に木の根や岩を飛び越えていった。
それなりの距離を歩いた頃。ミミは、苔むした巨大な岩壁の前で立ち止まった。
「この奥から、匂いがする」
彼女が指さす岩壁は、蔦や草に覆われている。少し調べてみると、まるで隠されるように、人工的な意匠が施された古い扉のようなものがあった。扉は固く閉ざされており、長年開かれた形跡はない。古い坑道の入口のようだった。
「ゴレム、この扉を開けて」
僕が命じると、ゴレムはその巨大な腕で古い扉を掴む。するとバリバリという轟音を立てて、いとも簡単に扉ごと引き剥がしてしまった。
扉がふさいでいた向こうには、ぽっかりと穴が空いていた。奥からはひんやりとした湿った空気と、ミミの言っていた通り、金属と土の匂いが混じった独特の匂いが流れ出してくる。
僕たちは松明に火を灯し、慎重に坑道の中へと足を踏み入れた。身体の大きなゴレムは、残念だけれど入り口で待機させることに。
内部は予想以上に広く、そして深く続いていた。壁には、かつて鉱石を掘り進んだのであろうツルハシの跡が無数に残っている。どうやらここは、もう何十年も前に放棄された古い鉱山のようだった。
「アル兄、こっち。匂いが強くなってきた」
ミミに導かれるまま奥へと進んでいく。
やがて僕たちは、広大な空洞へとたどり着いた。
そして、目の前の光景に息を呑んだ。
空洞の壁面が、まるで夜空のように、無数の宝石のような鉱石でキラキラと輝いているのだ。青く輝くのはサファイア。赤く燃えるような色はルビー。そして、その中に混じって、月光のように柔らかな銀色の輝きを放つ鉱石が、脈を打つように存在していた。
「これは……ミスリル銀……!」
僕は思わず声を上げてしまった。
ミスリル銀。魔力を帯び、鋼よりも軽く、そして遥かに頑丈な伝説の金属。これほど大規模な鉱脈は、大陸中を探しても滅多に見つかるものではない。この廃坑は、とんでもない宝の山だったのだ。
僕が興奮気味に鉱脈を調べていると、ミミが僕の服の袖をくいっと引っ張った。
「アル兄、あそこ……」
彼女が指さす空洞の奥。そこには小さな火が灯っていて、作業台のようなものと、大きな金床が置かれていた。そして、その金床の前で、何者かが一心不乱に槌を振るっている。
僕たちはゆっくりと、息を潜めながら近づいてみる。距離が縮まるにつれて、槌を振るう音が大きくなっていく。カン! カン! という、リズミカルで、しかし力強い金属音が空洞内に響き渡る。
そこにいたのは、ドワーフだった。
身長は僕の胸ほどまでしかないが、その身体は丸太のように太く、岩のように硬そうな筋肉で覆われている。編み込まれた立派な赤茶色の髭は、腰のあたりまで届いていた。彼は上半身裸で、汗だくになりながら、真っ赤に焼かれた金属の塊を、巨大なハンマーで叩き続けていた。その目は、目の前の金属にだけ注がれていて、僕たちの接近にはまったく気づいていない。凄まじい集中力だった。
彼が鍛えているのは、ミスリル銀のようだった。しかし、彼の横に積まれた完成品らしき剣や鎧は、どれも歪んでいたり、ひびが入っていたりして、お世辞にも出来が良いとは言えない。
「……ダメだ。またダメか! なぜじゃ! なぜワシの腕では、この神の金属を打ちこなせんのじゃ!」
ドワーフは、鍛えていた剣を地面に叩きつけると、悔しそうに咆哮した。
どうやら彼は、この鉱山で最高の武具を打つことを夢見て、ひとりで隠遁している職人のようだった。しかし、ミスリル銀は加工が難しく、彼の技術ではそのポテンシャルを完全に引き出せずにいるらしい。
僕は、彼のものづくりに対する真摯な情熱に、どこか自分を重ね合わせていた。勇者パーティーにいた頃の僕もそうだった。もっと良いものを作りたい、もっとみんなの役に立ちたいと願いながら、自分のスキルの限界に打ちひしがれていた。
僕は意を決して、彼に声をかけた。
「あの……素晴らしい槌さばきですね」
僕の声に、ドワーフはびくりと肩を震わせ、ギョロリとした目でこちらを睨みつけた。その目は、長年人と会っていなかったためか、警戒心で満ち満ちていた。
「誰じゃ、貴様ら! ワシの仕事場を嗅ぎつけたのか! ここにある鉱石は一欠片たりとも渡さんぞ!」
彼は傍らにあった巨大な戦斧を手に取り、臨戦態勢に入った。
「待ってください! 僕たちは、あなたの邪魔をしに来たわけじゃありません!」
僕は慌てて両手を上げて、敵意がないことを示した。
すると、彼は少しだけ眉をひそめて、睨みつけてくる。
「……ほう? ならば、何の用じゃ」
「あなたの作った武具を、少しだけ見せてもらえませんか? もしかしたら、僕に手伝えることがあるかもしれません」
「手伝うだと? 小僧、貴様に何ができるというんじゃ。ワシはこの道五十年、王国一の鍛冶師と呼ばれたギド・アイアンハンドじゃぞ」
ギドと名乗ったドワーフは、尊大に胸を張った。
彼の名前には聞き覚えがあった。かつて王都で、どんな伝説級の武具でも打ちこなすと謳われた天才的なドワーフの鍛冶師。しかし、ある日突然、誰にも何も告げずに姿を消したと聞いていた。まさか、こんな場所で隠遁生活を送っていたとは。
「あなたの作品がうまくいかないのは、腕前の問題じゃない。素材の『純度』の問題です」
僕は、彼が失敗作として投げ捨てた剣の破片を拾い上げ、そう言った。
「純度だと? 馬鹿を言え! ここのミスリルは、ワシが自ら選び抜いた、最高品質のものじゃぞ!」
「ええ、鉱石そのものは素晴らしい。ですが、鉱石から金属を精錬する際に、どうしてもごく微量の不純物が混じってしまう。ミスリルのような繊細な魔法金属は、そのほんのわずかな不純物のせいで、本来の強度や魔力伝導性を発揮できなくなるんです」
「な……に……?」
ギドさんは、僕の言葉が信じられないというように、目を見開いた。
彼のプライドを傷つけてしまったかもしれない。だが、僕は続けた。
「もしよろしければ僕が、不純物を一切含まない、純度100%のミスリルインゴットを、作ってみせましょうか?」
その言葉は、彼の鍛冶師としての誇りを、根本から揺さぶるものだったようだ。
ギドさんは、しばらく僕の顔をじっと睨みつけていた。だがやがて、ふんと鼻を鳴らして、攻撃的だった雰囲気を少しだけゆるめる。
「……面白い。言うだけなら誰でもできるわい。やってみろ小僧。もしできなければ、その生意気な口、ワシのハンマーで叩き潰してくれるわ!」
僕は頷くと、彼の作業場を借りることにした。
彼の炉から、まだ熱を帯びた精錬済みのミスリルインゴットをひとつ、火箸で取り出した。それはギドさんの目から見れば、完璧な出来に見えるのだろう。だが僕の【物質創造】の目には、その内部に巣食う、微細な不純物の粒子がはっきりと見えていた。
僕はインゴットに手をかざし、スキルを発動させる。
「【物質創造】――『超高純度精錬』!」
僕の魔力が、インゴトット内部の原子構造に直接干渉する。
ミスリルを構成する原子だけを残し、それ以外の不純物――炭素やケイ素、その他の魔力に反応しない微量な金属原子を、一つひとつ丁寧に取り除いていく。
それは、砂浜の中から特定の色をした砂粒だけを拾い集めるような、神業的な精密作業だった。そんなことも、【物質創造】なら問題なく実行できる。
ギドさんが、そしてミミが、固唾を飲んで見守る中。
手をかざしているインゴットが、眩いほどの銀色の光を放ち始めた。
「わぁ……」
思わずと言った風で、ミミが声を上げるのが聞こえる。それも無理はないと思えるほど、ミスリルのインゴットから発せられる光は美しいものだった。
インゴットへの干渉が終わると共に、光が小さくなっていく。光が収まった時、そこにあったのは先ほどまでとはまったく別物の鉱石。まるで月光そのものを固めたかのような、完璧な輝きを放つミスリルのインゴットだった。それは内部から魔力の光が溢れ出し、周囲の空間を穏やかに照らしている。
「な……な……!」
精錬が終わると同時に、帯びていた熱も治まっていた。言葉を失っているギドさんに、精錬し終えたインゴットを手渡す。。
彼は震える手でそのインゴットを受け取ると、食い入るようにそれを見つめる。指で弾き、匂いを嗅ぎ、しまいには舌で舐めて、その完璧さを確かめている。
「……嘘じゃ。こんなものは、ありえん。不純物が、まったくない……。魔力の流れが完璧すぎる……。これは、神の御業か……!」
彼は、がくりと膝から崩れ落ちた。五十年という彼の鍛冶師人生の常識が、今、目の前で粉々に打ち砕かれてしまったのかもしれない。
僕は、そんな彼に、追い打ちをかけるような提案をした。
「ギドさん。ミスリル銀も素晴らしいですが、もっと上の金属を、見てみたくはありませんか?」
「……! まさか、貴様……!」
僕は、その場にあったただの石ころを拾い上げると、その上に手をかざした。
頭の中に、かつて古代技術書で読んだ、ある伝説の金属の構造式が浮かび上がる。
それは、神々が自らの武具を鍛える際に用いたと言われる、究極の魔法金属。
「【物質創造】!」
僕の魔力が、石ころを構成する原子を分解する。そして、誰も見たことがないような、まったく新しい構造へと再構築していく。
空間が歪むほどの膨大なマナが、僕の掌に収束する。
そして、そこに現れたのは――。
虹色の輝きを放つ、小さな金属の塊だった。それは見る角度によって、金にも、銀にも、蒼にも、紅にも見える、神秘的な光を湛えていた。空洞全体が、その金属が放つ神々しいオーラに満たされる。
「オリ、ハルコン……!」
ギドさんが、かすれた声でその名を呟いた。
オリハルコン。
いかなる魔法をも弾き、決して砕けることのない伝説の金属。
すべての鍛冶師がその生涯で一度は目にすることを夢見る、幻の存在。
それが今、彼の目の前で、ただの石ころから創造された。
ギドさんは、オリハルコンを創造した僕の前に進み出ると、その岩のような身体を投げ出して深々と頭を下げた。
「師匠!!」
「ええっ!?」
予想外すぎる言葉に、僕は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
師匠って、もしかしなくても僕のこと?!
「どうか、このギド・アイアンハンドを弟子にしてください! あなた様のその神の御業を、この目で見届け、その御業から生み出される究極の金属で、ワシの生涯最高の一振りを打たせてくだされ!」
「いやいやいや! 弟子なんて、滅相もない!」
僕は慌てて彼を立たせようとするが、ギアさんはテコでも動かない。ただでさえがっしりした体躯のドワーフなのだ。僕程度の普通の人間が押そうと引こうと、彼の身体は微動だにしなかった。
そんなこんなで、訳の分からないパニックの中でやり取りを繰り返した末に。
なぜか、僕は図らずも、王国一と謳われた伝説のドワーフ鍛冶師を「弟子」として迎えることになった。
「なんでこんなことになったの……?」
ギドさんが仲間に加わったことで、僕は開き直った。彼にもいろいろと尽力してもらって、村の発展に貢献してもらうことにしよう、と。
ちなみに。そんな僕とギドさんのやり取りをしている間、ミミはあちらこちらに転がっていたサファイアやルビーなどの綺麗な鉱石をかき集めていた。なんだかすごく得意げな顔をしていたので、とりあえず頭を撫でてあげた。
◇ ◇ ◇
さて。
ギドさんを連れ帰ったことで、僕たちの村の発展は新たな局面を迎えた。
村人たちは最初こそ、ギドさんの厳つい風貌に驚いていた。でも彼があの伝説の鍛冶師であると知ると、尊敬の眼差しを向けるようになった。
僕たちは村の一角に、ギドさんのための本格的な鍛冶工房を建設した。僕が創造した耐火煉瓦で作った巨大な炉と、オリハルコンを混ぜ込んで作った決して壊れることのない金床。それはギドさんが夢にまで見た、理想の仕事場だった。
そして、僕が供給する純度100%の魔法金属と、ギドさんの五十年かけて磨き上げた神業的な腕前が融合した時。そこに奇跡が生まれた。
新たな鍛冶工房で最初に彼が打ち上げたのは、ミスリル銀の剣。それは風を切るだけで衝撃波を生み、僕が作ったゴーレムの装甲さえもバターのように切り裂いた。
僕たちの村はついに、王国軍の装備を遥かに凌駕する伝説級の武具を、自らの手で生み出す力を手に入れたのだ。それは、僕たちの楽園を守るための最強の「盾」であり、そして最強の「矛」の誕生の瞬間だった。
ミミがもたらした小さなきっかけ。それが僕たちの村に、あまりにも頼もしすぎる、頑固で腕利きの新しい家族を連れてきてくれたのである。
-つづく-
次回、第14話。「楽園の名物、癒しの温泉」。
広いお風呂が嫌いな人なんて滅多にいない。いないと思う。
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