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ありふれた話 ~追放された錬金術師は、神スキル【物質創造】で辺境に楽園を築きます。今さら戻ってこいと言われても以下略  作者: 槇村 a.k.a. ゆきむらちひろ
第二章 エルダ村、楽園創造への道

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10:正直者の商人

「アルトさん、いや、アルト様! こちらが、今回お持ちしたトマトと小麦の代金になります!」


 村長だったギデオンさんの家は、今や村の即席の集会所兼交易所となっていた。その中央に置かれた大きな木のテーブルの上に、行商人のマルコさんは、ずっしりと重そうな革袋をいくつも並べた。革袋の口からキラキラと輝く金貨や銀貨がのぞいている。その額は、村人たちが一生かかっても手にできないであろうほどのものだった。


 マルコさんが初めて村を訪れてから、一週間が経っていた。

 あの日、僕たちの村の作物の規格外な品質に衝撃を受けた彼は、その場で用意できるだけのトマトと小麦を馬車に満載し、「必ず戻ってくる!」という言葉を残して風のように去っていった。

 そして今日。彼は約束通り、いや、約束以上のものを携えて、再びこの村に姿を現したのだ。


 テーブルを囲んでいるのは、僕とルナ、そして村長のギデオンさんをはじめとする村の長老たちだ。彼らは、目の前に積まれた金貨の山を、信じられないという表情で見つめている。生まれてこの方、これほどの金を見たことなどないのだろう。


「こ、こんなに……! マルコ殿、これは一体……」

「ギデオンさん、驚くのも無理はねぇ!」


 ギデオンさんがかすれた声で尋ねる。僕も、さすがにこんな大金を目にするのは初めてだった。

 でも、マルコさんはこちらの戸惑いなどお構いなしのようだ。興奮を隠しきれない様子で、身振り手振りを交えて語り始める。


「俺自身、まだ夢を見てるみてえな気分なんだ! あんたたちの村の作物は、俺が最初に立ち寄った宿場町で、あっという間に売り切れちまったよ!」


 マルコさんの話によると、彼はまず宿場町の大きな食堂の主人に、僕たちのトマトを試食させたらしい。一口食べた主人は、マルコが体験したのと同じように衝撃を受け、その場でマルコが持っていたトマトの半分を、通常の十倍の価格で買い取ったという。


「その食堂が『奇跡のトマト料理』として売り出したら、たちまち街中の噂になってな! 貴族や金持ち連中が、我先にと押し寄せたんだとよ! 残りの半分は、街のギルドマスターに高値で売りつけた。健康に良い魔法の食材だと確信して、すぐに買い占めていったぜ!」


 小麦にしても同様だった。その小麦で焼いたパンは、王侯貴族が食すものよりも遥かに香り高く味わい深いと評判になり、こちらも瞬く間に完売。マルコさんはたった数日で、莫大な利益を手にすることに成功したのだ。


「正直に言うと、俺が最初に提示した販売価格は、ここに持ってきた額の倍はあった。だが、残りの半分は、俺の儲け分と、今後のための投資として、ありがたく頂戴させてもらった。これでも、あんたたちには十分すぎるほどの利益のはずだ」


 マルコさんはそう言うと、ニカッと笑った。

 その言葉に、僕は彼の商人としての誠実さを改めて感じた。彼がもし悪徳商人なら、価格を偽って、利益のほとんどを自分の懐に入れることもできたはずだ。だが彼は正直に内訳を話し、僕たち村の側に正当な利益が渡るように配慮してくれた。

 ギデオンさんは、マルコさんの言葉に深く感動したようだった。


「マルコ殿……。あなた様は、なんと正直な方だ……。我々は、あなた様のような商人と出会えて本当に幸運です」

「へへっ、よしてくれよ。俺はただ、アルトさんに惚れ込んだだけさ。この村とは、末永く付き合っていきたいからな。信用が一番の資本だってのが、死んだ親父の口癖でね」


 そこまで入れ込んでくれているなんて。なんだかむずがゆくなってしまう。

 僕は、マルコさんに心からの感謝を伝えた。


「マルコさん、ありがとうございます。あなたを、僕たちの村の専属の交易商として正式に迎え入れたい。僕たちが作ったものは、すべてあなたを通して販売する。その代わり、僕たちが村で必要なものを、外から仕入れてきてほしいんです」

「なに! そ、そりゃあ願ってもない申し出だ!」


 マルコさんの目が、商人のそれとして爛々と輝いた。


「アルトさんの村の専属商人! なんて響きのいい肩書きだ! 任せてくれ! あんたたちが望むものなら、なんだって手に入れてみせるぜ!」


 こうして、エルダ村に初めて「経済」という血が流れ始めた。

 村人たちは、生まれて初めて手にした潤沢な資金の使い道について、活発に議論を交わした。

 新しい農具が欲しい、丈夫な服が欲しい、子供たちのために絵本が欲しい……。

 これまで諦めていたささやかな願いが次々と口にされる。その光景は、見ているだけで僕の心を温かくした。


 その夜、僕とルナ、そしてマルコさんは、焚き火を囲んで今後の計画について話し合った。とはいっても、少し気持ちが落ち着いた、まったりとした空気が流れている。最初は「アルト様」呼びだったマルコさんも、元の崩れた口調に戻っている。


「アルト、作物の品質が素晴らしいのは分かった。だが、問題は生産量だ。宿場町だけでもあれだけの需要があったんだ。王都まで販路を広げるとなれば、今の何十倍、いや、何百倍もの量が必要になる」


 マルコさんの指摘はもっともだった。今の村の労働力だけでは、畑を管理するのも手一杯。いたずらに販路を広げても、需要に応えられなくなってしまうのは目に見えている。

 でも。


「その点は、僕にも考えがあります」


 僕はそう言うと、焚き火のそばで待機させていた土くれのゴーレム「ゴレム」を指さした。


「彼のような農業用ゴーレムを、もっとたくさん作るんです。彼らなら、疲れ知らずで働き続けてくれる。畑を耕し、種を蒔き、水をやり、収穫まで。すべてを自動化できるはずです」

「じょ、冗談だろ……? あの化けモンみたいな人形を、まだ作るってのかい?」


 マルコさんは顔を引きつらせた。昼間に見た、畑仕事をするゴレムの規格外なパワーを思い出したのだろう。


「はい。そのために必要なのが、より多くの『魔力』と、ゴーレムの核となる『魔石』です。マルコさんには街で売っている魔石を、できるだけ多く買い付けてきてもらいたい」

「魔石か……。安くはねえが、今の俺たちなら買える。分かった、任せとけ!」


 話はさらに具体的になっていく。

 ゴーレムによる農業の自動化。

 収穫した作物を長期保存するための、魔法を利用した貯蔵庫の建設。

 村と外とを繋ぐための安全な道の整備。などなど。

 僕の頭の中には、この村を発展させるアイデアが無限に湧き上がってきていた。

 マルコさんと一緒に、話が大いに盛り上がる。


 そんな僕たちの話を、ルナは静かに、少しだけ不安そうな表情で聞いていた。

 僕がその視線に気づくと、彼女は意を決したように口を開いた。


「アルト、マルコさん。お話の途中、申し訳ありません。ひとつだけ、懸念がございます」

「懸念?」

「私たちの村の産物の素晴らしさが、広く知れ渡ることの危険性です」


 ルナの翡翠の瞳が、真剣な光を宿して僕たちを射抜いた。


「今はまだ、宿場町での噂に過ぎません。ですが、この話が王都にまで届けば、必ずやその出所を探ろうとする者たちが現れるでしょう。それが、マルコさんのような善良な方ばかりとは限りません。中には、この豊かさを独占しようと企む悪徳な貴族や、力ずくで奪おうとするならず者もいるはずです」


 彼女の言葉に、マルコさんも僕も、表情を引き締める。

 ルナの指摘は、僕自身も考えていたことだった。


「特に、アルトのそのお力は、決して公にしてはなりません。神の御業である【物質創造】の力が知られれば、国が黙ってはいないでしょう。あなた様は、国の管理下に置かれ、自由を奪われ、戦争の道具として利用されることになりかねません」


 ルナの言葉は、まるで未来を予見しているかのように、確信に満ちていた。彼女は王族として、身をもって知っているのだ。人間の欲望の醜さと、権力というものの恐ろしさを。


 マルコさんはゴクリと喉を鳴らした。


「……確かに、ルナさんの言う通りだ。俺も、商売に夢中になって、そこまで考えていなかった。すまねえ、アルトさん」

「いえ、マルコさんが謝ることじゃありません。僕も浮かれていました。ありがとう、ルナ。気づかせてくれて」


 僕は、改めてこの村の「防衛」について、真剣に考えなければならないと痛感した。ゴーレムによる警備体制の強化はもちろん、村の周囲に魔術的な結界を張ることも必要かもしれない。幸い、ルナは精霊魔法の知識が豊富だ。彼女の力も借りれば、あるいは。


「……よし、分かった」


 マルコさんが、何かを決意したように顔を上げた。


「アルト、ルナさん。俺からもひとつ提案がある。村の産物を売る際には、出所を徹底的に偽装しないか?」

「偽装、ですか?」

「ああ。表向きは、『俺が独自ルートで仕入れた東方の秘境の産物』ということにしておく。この村の名前は、絶対に外には漏らさねえ。俺と、俺が心から信頼できる数人の部下だけで、この村との交易ルートを管理する。そうすれば、余計な輩が嗅ぎつけるリスクを、最小限に抑えられるはずだ」


 それは、マルコさん自身にとっても大きなリスクを伴う提案だった。秘密を抱えるということは、それだけで危険が伴う。しかし、彼は僕たちとの信頼関係を、自らの安全よりも優先してくれたのだ。


「マルコさん……ありがとうございます」

「いいってことよ。俺はあんたたちと、この村が好きなんだ。この温かい場所を、俺も一緒に守りてえのさ」


 彼の言葉が、僕の胸を熱くした。

 マルコさんはもはや、単なるビジネスパートナーではなかった。僕たちの村の未来を共に考え、共に守ろうとしてくれる、かけがえのない「仲間」だった。


 僕たちは夜が更けるのも忘れて語り合った。

 どうすれば村を守れるか。

 どうすれば村をもっと豊かにできるか。

 そして、どうすればこの村で暮らす全員が、幸せになれるか。


 その時、僕の脳裏にふと、あるアイデアが浮かんだ。

 それは、古代技術書で読んだ、ある施設の知識だった。


「……そうだ。温泉、なんてどうだろう」

「温泉?」


 僕の唐突な言葉に、マルコさんとルナはきょとんとした顔をする。


「ええ。この村の新たな名物として、そして村人たちの疲れを癒すための、癒しの施設です。地下の水脈と龍脈に干渉すれば、おそらく作り出せるはず……」


 僕の突拍子もないアイデアに、最初は戸惑っていたふたり。でも僕がその効能や魅力を熱っぽく語るうちに、次第に目を輝かせ始めた。


「すげえ! そんなもんができたら、ますますこの村は楽園じゃねえか!」

「まあ……! 素敵です、アルト! 精霊たちもきっと喜びます!」


 焚き火の光が、僕たちの希望に満ちた顔を明るく照らし出す。

 僕の隣で微笑むルナ。僕の目の前で豪快に笑うマルコさん。

 彼らは、僕がこの世界で見つけた、新しい家族だった。

 僕は、この温かい家族の笑顔を守るためなら、どんなことでもできる。そう、心の底から思った。

 ちなみに、マルコさんと初めて会った時にいた助手のトムさんは、今は別ルートの商売に出向いているらしい。いずれこの村に連れてくる、とマルコさんは言っていた。楽しみだ。


 マルコさんは数日後、僕たちが用意した大量の作物と、僕たちが作った「欲しいものリスト」を手に、再び街へと旅立っていった。


 彼の馬車が見えなくなるまで、僕とルナ、そして村人たちは、いつまでも手を振り続けた。マルコさんの背中は、僕たちの村の未来そのものを背負っているようで、とても大きく、そして頼もしく見えた。


 そんな正直者の商人がもたらした風は、この辺境の忘れられた村を、外の世界へと繋ぐ最初の架け橋となった。

 しかしそれは、これから始まる大きな変化の、ほんの序章に過ぎなかった。



 -つづく-

次回、第11話。「自動人形ゴーレムとインフラ革命」。

みんなにとって過ごしやすい村のため、「これは必要だ」と思ったこと。


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