3-2 初戦を終えて(2)
「それで、まずはどうするの?」
「う~ん、よし!まずは…」
ルミは何かを思いついたようで、二人を引き連れて慣れた足取りである場所を目指して歩き始めた。街の大通りをすぐに抜けて裏通りに歩みを進めて行く。人通りも少なくていったが、それがルミの狙いだった。
「着いたよ」
「ここって」
「服屋っスか?」
ルミは、二人にここで待つように言って一人で中に入っていった。数分後、一着のフードを持ったルミが店から出てきた。
「はい、これ着てみて」
「いやいや、悪いっスよ」
「そんなことないよ。さ、早く早く」
ルミにおされて、流されるままにフィーメルはフードを着替えた。数十秒後、そこには赤と白を基調としたフードを被った、さっきの印象とは真逆のフィーメルの姿があった。
「おぉ~いいね、いいね」
「似合ってるよ!フィーメル!」
「そ、そうっスか?」
フィーメルは、頬を赤らめて照れながら頭をかいていた。さっきまで被っていたフードは黒色が基調となってたため、フィーメルの顔元が見えにくかったが、白いフードのためさっきよりも一段とフィーメルの表情を読み取れるようになっていた。
「でも、どうしてこれをあたしに?」
「アクアがフィーメルのことを知ってたのと、フィーメルがこの黒いフードを被って戦場に出ていた点を考えると、敵が知ってるフィーメルって、その戦場に出ていた時の姿なんじゃないかなって」
「あぁ~確かに!」
「そうかもしれないっス。だから、これをくれたんスね!」
フィーメルは、頭を下げてルミにお礼を言った。敬語を使わないようにと言われていたが、まだ距離のあるように見えたフィーメルとルミの間にあった壁が取り払われたように見えた。
三人はルミの目的を一つ終え、次に宿場通りにやってきた。
「お金は気にしなくていいからね」
ルミは、手に持った袋を揺らしながらそう言った。森林の魔女という名は、街の人々を助けてきたことでついたあだ名だ。ルミは、ボランティアで助けているつもりでも、街の人からしたらそうはいかないらしい。その証拠がこの袋に詰まっていた。
「う~ん、私初めてだらかどこがいいとかわからないよ」
「あたしもっス。友達と外泊することなんてなかったっスから」
二人にとってこれが初めての外泊になるので、宿選びは難航しそうだった。ルミは、これからのことを考えて二人に選ばせたかったが時間が時間でどうするか悩んでいた。
数分後、同じ場所をぐるぐる回る二人を見て、諦めたのか結局ルミが選んだ宿に泊まることになった。
「ごめん姉さん、せっかく選ばせてくれたのに」
「んん~大丈夫だよ。今日は色々あったから疲れてただろうしね」
しょんぼりするレインの頭をルミが撫でていた。その後ろでフィーメルも申し訳なさそうに佇んでいた。部屋にどんよりとした空気が漂う。これからもこの調子なのであれば、さすがに先が思いやられそうだが…。
パン!ーールミが手を叩き、暗い空気を薙ぎ払う。
「もう、くよくよしない!さ、ご飯食べに行こ!」
ルミは、二人の手を取り立ち上がる。宿を出ると外はすっかり暗くなっており、街の街灯が道を照らしていた。人通りが多いわけではないし、少ないわけでもない。代り映えのしない普通の景色だ。しかし、レインにとっては違った。ずっと家にいて、毎日同じ森を見つめて何を思っていたのだろうか。少なくとも、生まれて初めて見るこの世界は、レインには輝いて見えた。旅行ではないとはいえ、旅行気分になるなと言われても無理なほど、レインは今を楽しんでいた。
「ここがいつも私が寄る食堂」
ルミは、一つの店を指差しながらそう言った。中は数十人の人で賑わっており、雰囲気も悪くはなさそうだった。
「あら、魔女様いらっしゃい」
「こんばんは、エリーさん」
「いつもの席でいい?って、あら、後ろの二人は?」
「私の妹と、妹の友達です」
ルミは二人を、前に出してそういった。フィーメルがどうかはわからないが、レインにとってはルミとフィーメル以外ではじめて対面で話す場面だ。人見知りならば、何て言えばいいのか迷ってしまう場面だが、レインは今まで誰とも会わなかっただけで人見知りというわけではない。フィーメルと初めて会った日も、会話できていたはずだ…多分。
「は、初めまして。レインと言います」
「あたしは…ファルっス」
「よろしくね~さ、こっちへどうぞ」
エリーさんはそう言うと、気を利かせてか端にある四人用のテーブルに案内した。
「は~ドキドキしたっス」
「上手だったよ、ファル」
ファル、それはフィーメルの偽名だ。フードの戦士の件がどこまで知れ渡っているのかがわからない以上、下手にフィーメルの名を出すべきではないと判断したからだ。
少しして、注文した料理が運ばれてきた。
「わ~おいしそ~!」
レインは、目の前に広がる料理の数々に目を輝かせていた。豪勢な料理ではなくとも、実際に目にするのは初めてだったため、その感動は大きかった。
本で得た知識は多くも、それを実際に体験しないとわからない感情も多い。喜ぶレインの姿を見て、ルミも微笑んでいた。
三人は食事を終えて、宿に戻った。体を拭いて、寝間着に着替え、寝る準備は万端といったところだ。
「今日一日お疲れ様」
「つ、疲れたっス~」
「私も~もうくたくただよ」
レインとフィーメルは、ベットに横になりながら休憩していた。その二人とは違って、ルミは机に広げられた地図とにらめっこし、明日の予定を整理していた。
「それで、明日はこの街まで行くの?」
「そう、アベールからだと歩いて五時間ほどかな」
ルミは、地図上で指をなぞりながらそう言った。ここから先は、ルミにとっても初めての場所になる。フィーメルがいるとはいえ、準備をしておいて損はない。
次に向かう場所は『トロート』と呼ばれる名前の街だ。今日は宿を探すのも難しくはなかったが、次はそうもいかない。歩いて五時間だから、通り過ぎてさらに次の目的地へ向かえばいいと思うかもしれないが、三人は急ぎつつも無理はしないつもりでいた。
「だったら、明日は朝食を食べてから出発っスかね~」
「そうと決まれば、早く寝るよ」
「は~い」
自分の部屋以外で過ごす初めての夜。フィーメルと出会い、小猪を狩って、そしてアクアと戦って…ずっと家にこもりっきりだったレインにとって、今日という日は今後も忘れることのない、一日になったことだろう。