3-1 初戦を終えて(1)
「二人とも、大丈夫?」
ルミは、水を注いだコップをレインとフィーメルに差し出しながらそう言った。今は、あの戦いから数分経っていた。数分間で濡れた大地が乾くとは思えなかったが、二人が寝かされていた草原は、春先の日光で暖められていた。
「姉さん…?!そうだ、アクアは!」
「あそこで寝てるよ」
ルミは、二人が寝ていた場所からすこし離れた位置にある木を指差してそういった。木の根元には、アクアが横たわっていた。
フィーメルも起き、三人はアクアの元まで歩いて行った。
「もう起きてるんでしょ」
「あ?なんだよ」
アクアは気だるそうに、片目を開けながらそう言った。すべてが最小限の動きで完結していることを見るに、動かせるのは目と口くらいだろう。そうと知ってかはわからないが、危険があるかもしれないのにレインはアクアの側まで駆け寄った。
「ねぇ、教えて。どうして、フィーメルのことを知ってたの?」
「はッ、知らなかったのかよ。知ってるも何も、フィーメルは…」
次の瞬間、アクアの胸の一点が白色の閃光を放ち、周囲を包み込んだ。そして、レイン、ルミ、フィーメルの三人は謎の衝撃によって各々後方に吹き飛ばされてしまった。強烈な光で、視界がぼやける。しっかりとは見えなかったが、光で形どられた立方体がアクアを包み込んでいるようだった。
「うっ、あああぁああぁあ」
「アクア!」
光の立方体は、数度回転したのちに一瞬にして縮小し、アクアを飲み込んで消失してしまった。三人は、その衝撃的な光景に言葉も出ずに立ち尽くすしかなかった。
「フィーメル、話せる範囲でいい。知っていることを教えてくれない?」
ルミは、レインの気持ちを汲んでそう言った。フィーメルは一瞬戸惑ったが、レインの目を見て決意が決まったのかフードを脱いで、ゆっくりと語りだした。
「ルミさんにはまだ言ってなかったっスけど、あたしエルフなんっス」
エルフ、それは亜人の区分に入る人間。人よりも寿命が長く、強大な加護の保有率が高い種族だ。しかし、人族が脅威に感じてエルフ狩りを行った結果、数が減って今では数えられるほどしか残っていない。そして、数が減った今でも悪しき風習は根付いており、エルフは忌避されている存在なのだ。
「そして、あたしは家に捨てられて、クルドゥーズ協会で世話になってたっス」
「え?ちょちょ、ちょっと待って?!フィーメルって捨て子だったの?!」
真剣に話を聞こうとレインは努力していたが、想像していたよりも重たい事実に話を遮ってしまった。フィーメルは、レインの声にビクりとしながらも、話をつづけた。
「そうっス。だからあたしは、恩返しをするために、このマントを羽織いフードを被って耳と顔を隠して、度々前線に出てたっス」
フィーメルの話をまとめると、拾ってもらった恩を返すために、協会の敵を倒す協力をしていた。しかし、エルフだとバレる訳にはいかなかったため、顔を隠していた。と言ったところだろう。
そう聞くと単純なようにも見えるが、つまるところフィーメルには並々ならぬ戦闘経験があるということだ。しかし、だとしたら…。
「ん?でも、さっき結構簡単にやられてなかった?」
「ルミさん!それは…」
そう、戦闘経験が豊富ならばあそこでアクアを仕留めそこなうはずがない。少なくとも、不意打ちを食らうこともなかっただろう。
「じ、実は…正体がバレるのが怖くて、いつも敵の体温を奪ったらすぐに撤退してたっス。だから、直接的な戦闘は今回が初めてで…不甲斐ないところを見せてしまったっス」
フィーメルは、しょんぼりしながらそう言った。実際は、前線に出ていたとはいえ敵を弱らせるだけの援護にとどまっていたのだろう。それに、フィーメルの加護は使うごとに熱が溜まっていく。だから、長時間戦闘し続ける訳にもいかなかったのだろう。
「ん?ていうか、姉さんなんでさっきのこと知ってるの?」
「あ!…さ~皆、時間ももったいないし先を急ごうか!」
そういってルミは、一人足早に歩きだした。
「ちょ、待ってよ姉さん!」
「え?!まだ話は、終わってないっス~」
遅れてレインとフィーメルも、歩き出す。日はまだ落ちてはいないが、気温が下がってきているのは感じ取れる。急ぐというのも、あながち間違いではなかった。
フィーメルの話はアベールについてから、ということでまとまり、三人は次にどうするべきかを考えていた。
「五新兵、聞いたことない名前だったっス」
「アクアはその一人だって言ってたけど、まだ私たちクレジオス信仰国に入ってすらないよね?」
「つまり、敵の主戦力じゃない可能性が高い…ってことね」
三人は、状況を鑑みて五新兵は敵の先遣隊だと考えた。しかし、こう考えると一つ不可解な点が浮かび上がってくる。
「でも、アクアは加護持ちだった」
「もし、五新兵が主戦力じゃないとしたら、全員加護持ちかもしれない…」
ただでさえ貴重な加護持ちがここに三人もいることは目を瞑っても、もし五新兵が全員加護持ちだとしたら、最低四人。さらに、先遣隊かもしれないことを考えると五人以上いることになる。
「もしアクアが一番弱かったとしたら…」
「あたしたち、このままじゃダメっスね」
今回の戦い、三人(一人は暫定)ともアクアに倒されてしまった。一度はアクアを追い詰めても、それを糧にしてアクアは進化した。しかし、レインたちには特に何も起きなかった。この差はなにかはわからないが、おそらく戦いにかける思いの差だろう。レインは、戦いの前までは実感がわかずに、旅行気分でいた。フィーメルはそうではないだろう。しかし、戦いの最中的に背を向けとどめを刺さなかった。この差が進化するかどうかの境目なのだろう。
「よし!アベールに着いたら作戦会議しよっか!」
ルミはそう言い、二人の前に立つ。フィーメルの歳はわからないが、この中ではルミが一番年上に見えた。だからこそ、二人を引っ張り導こうとしている。二人はうなずき、アベールへと歩みを進めるのだった。
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三人は、関所から数十メートル離れた位置まで来ていた。
「レイン、フィーメルちょっと待ってて。私が少し確認してくるから」
「姉さん、一人で大丈夫?」
「大丈夫よレイン。私はよく来てるし」
ルミはそう言うと、立ち上がって関所に立っている兵士の元まで歩き出した。人が誰もいなかったので、関所が閉じていること思ったがそうではなさそうだ。
「すみません」
「おぉ、森林の魔女様いかがいたしましたか?」
「実は…」
ルミは、指名手配されている人物について兵士から様々な情報を聞き出した。しかし、その中にフィーメルらしき人物の名前はなかった。
「こんなところでよろしかったですか?」
「えぇ、ありがとう」
「しかし、どうして急にこのようなことを?」
兵士の問い返しに、ルミは何と答えるか迷った。森林の魔女として、アベールの町で人助けをしたことはあった。しかし、それと指名手配につながりは全くない。気になったから、でもいけるかもしれないがこのあと二人を連れて中に入ることが難しくなってしまう。だったら…。
「さっき、五新兵となのる男性に襲われたんです」
「そ、それは!申し訳ございません!!」
兵士は、腰を九十度まで深々お辞儀をした。ルミはここからさらに言葉を紡いでいく。
「大丈夫よ。話し合ったらわかってくれたし。それで、聞いたことない名前だったから何か起こってるのかなって」
「なるほど、実は我々も詳しくは知らないのですが…」
兵士の話をまとめると、協会の方針が変わり、対外国政策に部隊を編成しなおしたそうだ。そして、その中でも新しくできた部隊が五新兵。この存在を知っているのは、兵隊のみだ。だから、三人が知らないのも無理はなかった。
「そして、ここだけの話なんですが…実は、五新兵は加護持ちのみで構成されているらしいのです」
「加護持ちのみで?!」
思った通りかーー三人は、ある程度のことは予想していた。幸か不幸か、その予想は当たっていたわけだが、敵は加護持ちを少なくとも後四人は持っていることになる。アクアがもし最弱だった場合、これからの戦いでもっと苦戦を強いられることになるだろう。
「はい。一体どうゆうつもりなんですかね…」
それから、ルミはレインとフィーメルを呼び、ついにクレジオス信仰国に足を踏み入れるのだった。