2-2 フィーメルの願い(2)
だから、いま注意するのは国境沿いなのだ。国境沿いならば検閲もしやすいし兵も集められる。エイシルとクレジオス信仰国は地続きになており、壁は経っていないが国境は警備が厳重なはずだ。だからこそ、ここを抜けなければ何もできないのだ。
海道に出たということは、三人はここを正面から破るつもりだった。そもそも、加護持ちとそれ以外の者とでは加護の内容によれど、一般的には加護持ちの方が強い。敵が始めから主戦力を出してくるならまだしも、おそらくまずは先遣隊のはずだ。
「レイン~時間無いから海には入らないようにね~」
「は~い」
レインは、砂浜に立って海を眺めている。数秒後、満足したのかレインは二人の元に戻ってきた。
三人は、砂浜と草原の境目に座っていた。昼間とは言え、今の時期はまだ暑くはない。海風もそこまで強くなく、心地よいほどだった。昼食は、家を出る前にしっかりとったのでお腹はすいてはいないようだったが、水分補給はしっかりしないといけない。
「はい、どうぞ」
レインは、水筒にあらかじめ入れて置いた水をコップに分けて二人に配った。海水を飲むのは以ての外、川水も直接飲むわけにはいかない。だから、町に着くまで分の水分はあらかじめ用意していたのだ。
「ありがとうございますっス」
「ありがとう、レイン」
途中の休憩でも水分は摂ってはいたが、海を見ながらみんなでの飲むのは三人とも初めてだった。特に言葉は交わさなかったが、三人とも疲れは癒されたようだった。
三人は休憩を終えてリリワナ海道を歩いていた。今までほとんど整備のされていない山道を歩いていたので、それに比べれば海道を長時間歩くことなど造作もない。また、ここは左に海、右に平野でとても開けた場所であり、視線の先には薄っすらながらも関所が見えている。そのため、心持も晴れやかであった。
「フィーメル大丈夫?暑くない?」
「だ、大丈夫っス。あたしの加護を使って体温はうまく調整してるっスので」
フィーメルは、深々と被るフードを握りながらそう言った。フィーメルの顔は敵に知られており、もしかすれば指名手配されているかもしれない。だから、今もフィーメルはフードを被っているのだ。
レインは、フィーメルの素顔を見てしまったわけだが、ルミはまだ見ていない。この点に関しては、レインに思うところがあるようだったが、ルミが何も言わないのでこの話題については触れないようにしていた。
「もうすぐだよ」
歩いて約一時間半後、三人は目的の関所まであと少しというところまで来ていた。ここにくるまで、誰ともすれ違わなかったことを不思議に思いつつも、ここをどうやって突破するかを考えていた。
なぜ誰ともすれ違わなかったのに関しては詳しくはわからないが、リリワナ海道を使うのは基本的にクレジオス信仰国とグリジュード公国を行き来する時だ。エイシルはどうなのかと言えば、国土の大半を森で囲われており、隣国に大国が二つもあるため人口はほぼゼロに等しい。だから、通行人がゼロということは国境が封鎖されている可能性が高いということだ。つまり、この先の…。
数分後、川に架かった橋に近づいてきたところで、その上に一つの人影を発見した。その人影は、微動だにせずに仁王立ちしているのを見るに、ただの通行人ではないのは明らかであった。
「みんな、気を付けて」
ルミが、二人に前に立ってそういった。周囲の空気がピリつく。敵がいるなら、国境沿いの関所だと考えていたために、少し気が緩んでしまっていた。緊張が全身を駆け巡ったために、その差で体が硬直してしまう。
「そうピリピリするなよ」
三人とは違う声色。皆の視線が一点に集まる。その声の主は、ゆっくりと着実に三人へと近づいてきた。そして…。
「危ない!!」
瞬間、ルミが二人を突き飛ばす。レインとフィーメルは動揺しながらも、状況を理解しようと周囲を見渡した。そして、衝撃の現状が目に入ってきた。
「姉さん!!」
レインとフィーメルの後方数メートル地点に横たわるルミを発見した。レインは、すぐに立ち上がり姉の元へと駆け寄った。
「レ、イン…戦いやすい状況は私が作るから、あとは…おね…がい」
「姉さん!姉さん!!」
ルミは、レインに言葉を残して意識を失ってしまった。レインの脳内が真っ白になる。フィーメルも、近くまでは来ていたが、レインになんと声をかければよいのかわからずにいた。また、フードを被っていたために、どのような面持ちなのかもわからなかった。
「あぁん?教皇様から聞いていた話とは違って、こんなものとは…正直がっかりしたよ」
敵は、やれやれと言わんばかりに手を両肩の隣で天に向けて首を振っていた。それから、二人の元へと歩みを進めていく。ぽつぽつと、雨が降り始めた。二人はいまだその場に固まったままである。
「はい、おしまい」
そう言い敵が指先を二人の方向に向けた次の瞬間。
「?!!」
なんだ、一体何が起こった?!ーー敵が後ろに飛びのく姿を、二人は見た。それと同時に、レインも立ち上がり敵と二人が対峙する形となる。
レインは、覚悟が決まった顔をしていた。フィーメルも言わずもがな、レインと同じで戦う覚悟はできていた。
「へぇ~あんたも、加護持ちだったんだなぁ」
敵は、レインの方を向いてそういった。敵は今の一瞬で、自分が雨によって飛ばされたことを理解し、それをおこなった人物がレインであることも特定していた。
雨がどんどん強くなっていく。視界も悪くなり声も通りずらくなる。しかし、レインは今の言葉を聞き逃さなかった。
「『あんたも』ってことは、あなたも加護持ちなんだね」
さっきの言葉で確信したものの、初めからこの敵が加護を持っているだろうとレインは予測していた。
まず第一に、敵は目につくような武器を何も持っていない。距離が離れた位置から姉を攻撃するためには、弓や投擲物が必要不可欠だ。それを持っていないということは、何かしらの加護を持っているに違いないとレインは考えていた。
そして、確固たる自信を持って言えることは、姉は一般人には負けないと思っていたからだ。そもそも、エイシルに人が全くいないのは国土のすべてが森で覆われているからではなく、その森に獰猛な獣が住み着いているからだ。その獣をすべてルミが倒したため、姉が一般人に負けるわけないと思っていた。
最後に、アクアの目に水の紋章が浮かび上がっていたからだ。
「いいね、これでこそ俺の初戦にふさわしいってもんよ」
「初戦?」
レインは、敵の言った言葉に疑問を持ったが、フィーメルには聞こえていなかったようだ。レインは、そのことについて言及しようとしたが、敵は待ってはくれなかった。
「俺の名前は『アクア・フライトーム』!!五新兵の一員にして『水使い』の使い手だ!」
五新兵、二人はこの言葉を知らない。名前からして、クルドゥーズ協会を守護する精鋭隊の五人といったところだろうか。そして、水使い。水を操る加護。レインの雨を操る加護とは相性が悪そうだった。
「なるほど、水は半透明の物質。それを操って、見えない弾丸にしたってところね」
「おみごと。でも、それが分かったところで俺には勝てねぇよ!」
そう言うと同時に、アクアは一歩踏込みレインに向かってきた。レインは、雨使いを使ってアクアの位置を随時把握している。雨は強く地面をたたきつけ、ついには視界が無数の線で覆われてしまった。
アクアは、レインと有る程度の距離を取りながら機会をうかがっているように見えた。それから数十秒。両者一歩も引かない、拮抗した戦いとなっていた。
「く、何で当たんねぇんだよ」
「さぁ、どうしてかな」
レインは、常に位置を変えている。アクアは、レインとまではいかないが雨が降っている範囲を探知できてはいるようだった。だが、放つ水弾は雨によって可視化され、避けるのは造作もないことだった。
「くっそぉぉぉぉぉおおおおおお」
アクアは怒りのボルテージが溜まり切ったのか、それとも諦めたのかその場に立ち止まっていた。そして、そのアクアに近づく人影がもう一つ。
「うっ」
次の瞬間、アクアはその場に倒れこんだ。そして、その人影が徐々にこちらに近づいてくる。
「敵は倒したっス!」
「フィーメル、お疲れ様」
人影の正体は、フィーメルだった。二人は、ルミに駆け寄った後に作戦会議をして、その後二手に分かれていたのだ。先ほどアクアも周囲を探知できるといったが、なぜ気が付かなかったのか。それは、レインが雨を操作してアクアの探知からレインを消していたからだ。基本的に、同種の加護の力は加護持ちの力量に左右される。ただし今回の場合、アクアは『水』レインは『雨』といったように、加護の範囲的に見ればアクアの方がレインよりも大きい。操る範囲が大きければそれだけ精度が落ちるもの。だから、今の状況ではレインの加護の方が優位に立てるのだ。
「やっぱり、それ熱使いズルいよね」
「ふふ、そっスか?でも、結構熱くなるっスよ」
フィーメルは、手をプラプラさせながらそう言った。急速に熱を奪えば、その分の熱が一気にフィーメルのもとに入ってくる。だから、そう何度も使えるような作戦ではない。一発で仕留め決めなければいけないのだ。ただ、その熱をほかに逃がせられれば一度限りではないのだが…。
「アクア、もう起きてこないっスか?」
「うん、雨使いで確認しても、そこに生体反応は…ない…よ……?!フィーメル!!」
次の瞬間、レインの隣にフィーメルはいなかった。