1-3 始まりの雨(3)
レインは、後ろを振り返る。洞穴の外には、雨上がりの景色が広がっていた。
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「いや、これは通り雨だよ」
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そうだった、これは通り雨だ。長くは降らないーー空は少ししか見えなかったが、虹がかかっているようだった。
小猪は自身を縛る檻が消えたことで、勢いを取り戻す。そして、レインではなくフィーメルの方を向いて、前足で地面をひっかく。そして、そのままフィーメルめがけて走り出した。
「フィーメル!!」
レインも、小猪に続いてフィーメルのほうに走り出した。しかし、その差は明確。レインが小猪に追いつけるはずもなく…。
フィーメル逃げ…え?!ーーレインはフィーメルがオドオドとするかと思っていたが、実際はそうではなかった。フィーメルは、羽織っていたマントを脱ぐと小猪に相対する形で仁王立ちする。そして、小猪がぶつかる寸前でマントを話して横に交わした。小猪はマントで視界がふさがれ、何とかしようとその場でじたばたし、壁や床に体をぶつける。徐々に勢いが落ちていき、あと少しというところでフィーメルが両手で小猪の体を抑えつけた。
「だ、大丈夫?!」
レインが来た時にはもう、小猪は息絶えているようだった。
「ふ~終わったス」
「フィーメル」
レインは、フィーメルを抱きしめ生を実感した。
「よかった、よかったよ~ってアッツ?!」
レインは、フィーメルの体がとても熱いことにびっくりして、しりもちをついた。フィーメルは、床に手を付けて何かをしている様子だったが、何をしているかまではレインにはわからなかった。
「ど、どうしたの?!」
「ご、ごめんなさいっス。今冷やしますっス」
どうやら、フィーメルは自身に溜まった熱を外部に逃がしているらしい。なぜ熱が溜まっているのかと言えば…。
「ねぇ、どうして熱かったの?」
「あぁ、それは小猪の体温を奪ったからっスよ」
「なるほど、それで動きが鈍くなって…ん~でも、フィーメルが触れる前からそうなってたような気がしたんだけど」
「さすがっス!よく気付いたっス!」
そう言って、フィーメルは自分が羽織っていたマントを手に取った。
「これをかぶせたからっス!」
「それって、ただのマントじゃ…!?」
レインは、フィーメルのマントを触れてあることに気が付く。
「これ、雨で濡れてる…」
「そうっス!雨に濡れた方を小猪にかぶせて、暴れさせたっス!」
「フィーメル、見かけによらず恐ろしいね…」
語尾と口調から、フィーメルは人づきあいがよいとレインは思っていた。しかし、今回を踏まえてレインはフィーメルの本当の姿を垣間見た気がした。
レインは、フィーメルを怒らせないようにしようと心から誓った。ホッと一息ついたところでレインはあることに気が付いた。
「フィーメル、その耳…」
「あ!」
フィーメルは、驚きその場に縮こまる。一瞬しか見えなかったが、耳の先が少し赤くなっているようだった。
あれ?この顔、どこかでーー少しして、気持ちが落ち着いたのかフィーメルがレインの方を向く。
「えっと、その…もう分ってるかもしれないっスけど、あたし…エルフ…なんっス」
「す、すご~い!!私、エルフ初めて会った!!」
レインは、目を輝かせてそう言った。その後、フィーメルの周りをまわりながらまじまじと見ていた。フィーメルは、すこし戸惑っているようだったが、抵抗するのを諦め流れに身を任せることにした。
数分後、レインは堪能し終わったのか改めて一息つく。
「そ、そろそろ戻らないっスか?結構時間経っちゃってるぽいっスし」
「それもそうだね、あっ!その前に…」
レインは、うつむいて黙り込んでしまった。胸の前で指をツンツンして、何かを言いたそうにしているのは明らかだった。
「どうしたっスか?」
「あの、うぅ~わ、私と…と、友達になってください!!」
普通の人から見たら、いたって普通のこと思うかもしれない。しかし、今まで姉以外の人と接したことのないレインにとって、これは告白と同じくらい勇気のいることだった。
「あたしと、友達になってくれるんスか?」
「うん…」
「いいんスか?あたし、エルフなんスよ?」
「関係ないよ」
フィーメルは、ポカンとしていた。今までどのようなことがあったのかはわからない。エルフという単語をよく出していることを見るに、それが原因で友達作りも出来ていなかったのかもしれない。
「う、嬉しいっス!あたし、友達いなくて」
「じゃ、じゃぁ、よ、よろし…く?」
「こちらこそ、よろしくお願いしますっス!」
ただの友達、されど友達。その言葉が二人の中でどのような意味を成すのかはわからないが、少なくともこれまでとは少し違う、関係になったのは明らかだった。
二人は数分間、恥ずかしさなのか嬉しさなのかわからない空気に浸っていた。
「そ、そろそろ戻らないっスか?結構時間経っちゃってるぽいっスし」
「それ、さっきも聞いたよ。そうだね、姉さんも心配してるだろうし」
「そ、そうっスね!それに早くルミさんにも挨拶したいっスので」
二人は、晴れた空の下、小猪と採取した山菜類をもって帰路をたどっていた。行きは窮屈で重いはずだった足も、帰りは思ったよりも軽かった。それに、場の雰囲気もとても明るく、これから始まる物語の序章としては十分だった。
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「あ、帰ってきた!」
玄関で手を振る一つの人影が二人には見えた。レインの姉、ルミだ。ルミは、二人の元まで走ってくると、一番重いであろう小猪を持ち上げた。
「二人ともお疲れ様!先に家に戻ってて、私は小猪の血を抜いたりもろもろの処理をしてくるから」
そう言うと、ルミは一人森の奥に姿を消した。二人は、流れるようなルミの動きにポカンとしながらも、さすがに疲れていたのかそれに言及する気力は残っていなかった。
家に入ると、机の上に採ってきた山菜類を置いた。
「フィーメルはそこに座ってて」
レインは、そう言うと山菜を水で洗いだした。山から湧き出る水を家まで引いているので、川までいかなくとも台所周りでの作業はできるのだ。レインは、慣れた手つきで山菜類を水で洗っていく。
数十分後、小猪の処理を終えたルミが戻ってきて、少し遅めの朝食が食卓に並べられた。
「「いただきます」」
「い、いただきますっス…」
三人は、目の前に置かれた料理を食べ始めた。
「それで、姉さん。どうして急に、朝食とってきてなんていったの?」
レインは、真っ先に思っていた疑問をルミに聞いた。ルミは、口に含んでいたものをしっかり噛んで飲み込むと、その理由を語りだした。
「深い理由はないよ。私はただ、二人に仲良くなってほしかっただけ」
「私たちに?」
「うん、レインは私以外の人と話すの久しぶりでしょ?それに、同年代の人とはもしかしたら初めてかも」
ルミは、少し低い声でそう言った。場の空気が少し重くなる。その雰囲気に飲み込まれ三人は食事が止まった。それから数秒間、沈黙が続く。赤毛の少女は、当事者ではないので何とかしようと言葉を発した。
「え…と、ルミさん、挨拶…まだだったっスよね」
「そういえばそうだね。ごめんね、急にあんなこと言って」
「いえ、迷惑ではないっスので」
ルミの雰囲気が元に戻る。レインも落ち着いたのか、食事が進みだす。
「それじゃ改めまして、私はルミ・ドゥーベル。レインの姉です。よろしくね、フィーメル」
「あたしは、フィーメル・ヴァルムっス。よろしくお願いしますっス」
二人は自己紹介を終え、その後他愛もない会話をしたのちに食事を終えた。
「それで、私に何の用かな?」
食器類を洗っているレインを背に、ルミとフィーメルは話をしていた。
「単刀直入に言わせていただきますっス。あたしの家族を…助けてほしいっス」