1-2 始まりの雨(2)
レインは、身に覚えのない知識をフルで活用してどの動物を狩るかを考えていると…ぽつぽつ、と数滴の雫がレインの肩を濡らした。
「あ、雨っス」
フィーメルは、両手に数滴雨粒が落ちてきたことを確認してそう言った。
「どーするっスか?これから本降りになりでもしたら…」
「いや、これは通り雨だよ」
レインは、小声でそう言った。
「え?どうして分かるんスか?もしかして…持ってるんスか」
「うん、これが私の加護『雨使い』」
加護、それはこの世界に存在する二つの特殊な力のうちの一つ。神から与えられし加護は、人ならざる超常的な力を有する。しかし、それを与えられるのは約十万人に一人と言われており、ほとんどの人とは無縁なことだった。
レインが持つ加護『雨使い』は、雨に関する加護ということは言うまでもないだろう。雨を読んだり、雨粒を操作したりと雨が降っていたり降りそうなときは様々なことができる。そう、常日頃役に立つというわけでもないのだ。ほかの加護も、無から何かを生み出すことはできず、中には役立たずなものも不思議ではない。
少しして、雨が強くなってきたので二人は少し大きな木の幹の近くに移動することにした。
「あちゃ~これじゃ止むまで行動できないっスね」
「いや、これは逆に好機だよ」
「レイン?」
レインはそう言うと、両腕を前に突き出した。そして、目を瞑り神経を研ぎ澄ます。深く息を吸って、吐く。
「『雨使い』」
瞬間、レインの脳内に雨が降る範囲の地形情報、そして動物の生命情報が流れ込んでくる。
「いた!!」
そう言って、レインはフィーメルのほうを向いた。フィーメルは、少し戸惑いながらもレインの目を真剣に見つめていた。
「それで、何がいたんスか?」
「小猪だよ」
「小猪?」
小猪は、その名の通り小さい猪なのだが極端に水を嫌うという特性がある。生命に必要な水分も果物から摂取するほどだ。だから…。
「なるほどなるほど、つまり雨が降っている今なら小猪は洞穴にこもっている可能性が高いってことっスね」
「うん、それに私の加護を使えば雨を操れるから狩るのも簡単だし、小猪人が苦手だからまだ安全な方かなって」
「確かにそっスね。でも、油断は禁物っスよ」
「わかってる、これは遊びじゃないもんね」
レインの言葉にフィーメルもうなずく。二人は、採った山菜類をまとめて置くとレインの探知で見つけた怪しい場所を目指して走り出した。
数分後、二人はいくつかの場所を回ったが未だ小猪を見つけられずにいた。
「まずいっスね、そろそろ戻らないと心配かけそうっス」
「そうだね、洞穴の中は雨が降ってないから探知できないし、足跡も消えちゃってるから…」
レインは、脳内で思考を巡らせる。現在ルミに頼まれてから、かれこれ一時間近くは経っていた。そろそろ戻らないと、心配をかける可能性が高い。
どうする、どうすればーーその時、レインの脳内に森に入ったときの光景が映し出された。
「そうだ、シカだ!」
「シカっスか?」
「うん!シカは小猪の主食なんだよ!」
「なるほどっス!雨が降り始めたのは数十分前っスし、それに今は朝、食事で狙っててもおかしくないってことっスね!」
フィーメルが目を輝かせながら、レインの前でそう言った。レインはその圧に少し押されながらも、さらに説明を続ける。
「そ、それに…ね。洞穴の位置とシカがいる位置を照らし合わせたら候補も絞れるしね!さ、時間が惜しいから、早速行くよ!」
レインは、探知する動物をシカに限定した。雨が降っている範囲はあまり大きくはないが、少なくともその範囲には数十頭のシカを発見できた。そこから洞穴の近くを絞ると…。
「ここだ!」
その条件に合致する場所が一つだけあった。二人はその場所めがけて走り出し数分後…。
「いた!」
「寝てるっスね」
二人は、小猪が寝ている洞穴からすこし離れた位置にある草むらから、のぞき込んでいた。小猪は鼻がよく、おそらく洞穴に入った時点で気づかれてしまうだろう。それが、途中で行き止まりの洞穴ならばよかったのだが、今回は違う。洞穴は両方に穴が開いており、地下には続いていない。トンネルのようなものだ。
「どうするっスか?近づいたら逃げられるんスよね?」
「う~ん問題はそこなんだよね~。さっきまでは私の加護で倒せると思ってたんだけど、実物見たらなぁ」
「確かにそっスね…ここからチマチマ雨を当てるとかできないんスか?」
「ん~私の加護は半径5mの雨しか操作できないからここからじゃ厳しいかなぁ」
レインは、下唇を右手の人差し指と親指で軽くつまみながらそう言った。レインが持つ加護『雨使い』は広範囲の雨が降る範囲を探知する能力にはたけているが、操作はイマイチ。加護は使えば使うほど効果が大きくなっていくのだが…。
「あ!いい作戦思いついたっス!」
「何?」
フィーメルは、ポンッと手をたたいてそう言った。そのまま、体を寄せてレインの耳元に手を当てて作戦を話し出した。
「なるほど、つまり両方から挟み込むようにすれば気づかれても逃げられないってことね。それで、暴れだしたら危ないから私が雨の壁を作って挟み込みながら近づくと…」
「はいっス!」
「…いい作戦だね!よし、それで行こう!」
こうして次の行動が決まった二人は、時間が惜しいので役割分担をして動こうとした。しかし、ここであることに気が付いた。
「あ!雨…大丈夫?」
今まで二人の上に降ってきた雨はレインの加護ではじいていた。しかし、洞穴の反対側はここから約30mほど。加護の効果範囲ではないのは明らかだった。だから、レインはフィーメルにそう聞いたのだったが…。
「大丈夫っス!あたしにはこれがあるので」
フィーメルは、自分のかぶっているフードを掴みながらそう言った。確かに、フードの本来の使用用途として雨除けは正しい。ただ、雨がかなり強くなってきていたのでほんの少しでもずぶ濡れにならないかとレインは心配していたのだ。
「ん~そんなに心配なら…」
そう言うと、フィーメルはレインの両手を握る。数秒後、だんだんとレインの手が温かくなっていく。
「あ、だんだん温かくなってきた」
「どうっスか?これがあたしの加護『熱使い』っス!」
フィーメルが持つ加護『熱使い』は、ふれた物体に熱を与えたり、逆に奪ったりすることができる。ただし、熱を与えればフィーメルの体温が下がり、奪えば上がる。やはり無から有を生み出すことは不可能なのだった。
「だから、雨に濡れてむ体は冷えないっス!…って、あたしの顔を見てどうしたっスか?」
「フィーメル、その目…」
フィーメルの左目には、火の紋章が浮かび上がっていた。
「えぇ?!知らなかったんスか?!レインの目にも浮かび上がってたっスよ?!」
「うん、知らなかった…だって、今までほかの人が加護を使ったとこなんて見たことなくて…
加護持ちは希少、鏡や水面に自身の目を移さない限りは確かに目に浮かぶ紋章を見ることはできないかもしれない。レインは、自分だけが知らなかったことに不思議な気持ちになって、すこし押し気味になってしまっていた。
「ね、ね、私のってどんなの?」
「ちょ、レイン近いっス!」
フィーメルは、少し後ろにのけぞりながらそう言った。こんなことをしている暇はないとレインもわかっている。ただ、ここまで来たら、もう止めることはできなかった。
「わ、分かったっス、傘っス、レインの目に浮かんでるのは傘の紋章っス!」
「そ、そうなんだ」
レインは、自分の左目に手を近づけた。今までは特に何も感じてはいなかったが、すこし温かい気がした。
「とにかく、早く行くっス」
「そ、そうだね。作戦通りにいこう!」
「はいっス!」
レインとフィーメルは互いにうなずくと、それぞれの持ち場をめがけて走り出した。数秒後、山を挟んで二人は向かい合っていた。レインは、深呼吸をする。そして、天に腕を掲げてフィーメルに合図を送った。距離と雨のせいで、視野は悪かったがフィーメルはその合図をしっかりとその目で捉えた。
次の瞬間、二人は一斉に走り出して洞穴の入り口に立った。小猪は、二人が入ってきたときの匂いの変化を感じ取って目を覚ます。
「さぁ、いくよ!」
レインは、『雨使い』を発動し雨の壁を作って小猪を閉じ込めた。雨の壁は、レインとフィーメルの前に生成されそこから徐々に奥の方へ進んでいく。結果、小猪は苦手な人と水によって、洞穴もといトンネルの中央に追いやられていく。
小猪を追い詰めた後の作戦は次のようだ。雨の壁で押しつぶすことはできないので、ある程度の距離まで近づけたらそこで一旦停止させる。そして、その空間を徐々に雨で満たしていくというものだ。そして今、その条件がすべて満たされた。
「いけっス!!」
「『雨使い』!!」
レインは、雨をさらに操作し空間を雨で満たしていく。足元に水が溜まってきたことで、小猪が暴れだす。しかし、雨の壁には近づけないようだった。小猪の動きが少しずつ鈍っていき、あと一押しというところまできた。
あと少し、あと少しで…え?!ーー次の瞬間、二人の目の前にあった雨の壁が一瞬にして崩れ去った。
「ど、どうして…!!?」
レインは、後ろを振り返る。洞穴の外には、雨上がりの景色が広がっていた。