勝手に他人が「ざまぁ」してくれる話
「サライア・ハミルトン!貴様の悪行三昧にはうんざりだ!?この可憐な少女マリン・ハミルトン公爵令嬢を妾腹の娘と蔑み、あろうことか破落戸共に襲わせようとするとは!!その様な者に王太子妃などならせるわけにはいかぬ!よって貴様との婚約は破棄させてもらう!! 」
他国の王族や貴族達もいる大広間。
国王陛下と王妃陛下が、それぞれ他国の王族方と談笑している最中、王太子の大声に何事かと目を向けシンと静まり返る。
と。
〈うわぁ~⋯ほんとに、こんなに他国の王族方や貴族の方達がいる中、婚約破棄したよ~〉
〈ちょっ、なんで心の中での会話が大広間中に響いてるんだよ!!〉
〈大丈夫!表情変えなきゃ誰の声か理解らない様、ボイスチェンジャー風に声を変えてるから〉
〈いやいやいやいや、そう言うことじゃなくて〉
今度は、大広間中に少し甲高い声が響いてきて皆呆気にとらわれている。
「ボイスチェンジャー?」
ぼそりと王太子の隣にいた少女が呟いた声が聞こえた。
その呟きで我に返った王太子。
「えぇ~い!誰だ!!邪魔している奴は!!それに、その〈ぼいすちぇんぢゃー〉?とは何だ?マリンは知っているのか?」
隣で驚いたような、戸惑っているような、目をまん丸にしている表情が可愛いと思いながら問い掛ける王太子。
ざわざわと、周囲の貴族達も声を潜めながら話しだす。すっかり婚約破棄のことを聞かなかったことにして、ボイスチェンジャーのことばかりが気になる様子。
〈は~い。ちゅ〜も〜く!って、誰に注目するんだってね〉
〈一人ツッコミ?って、なんで僕の考えまで聞こえるのっ?!〉
〈諦めろ。コイツはこう言う奴だ〉
〈そうそう、諦めるに限る。ノリツッコミは大事。て、ことでこっちのゴタゴタは済んだから、ボイスチェンジャーのことを教えます。さっきも言ったけど、声質を変えているだけで珍しいものでもないよね?声質を変える魔導具だってあるはずだし?〉
〈いや、あるけど⋯、こんな甲高い声で女性か男性か理解らなくなるような魔導具はないよ〉
〈そうだな。男性は男性の声と分かるしな〉
〈そうなんだ。じゃあ、低い声質にしようか〉
聞いている間に、響いている声が低い声質に変わった。これにも皆、驚いた。
現存する魔導具は、使用者の声を別人の様に変化させるだけで、使用中に変化させることは出来ないのだ。
〈あぁ~⋯これ⋯やらかしてるけど⋯⋯まぁいいか!僕達のことがバレなきゃ〉
諦めが肝心のような声。
王太子や周囲の貴族達も見回しているが、誰の声か理解らない。皆が皆、自分じゃないと、首を振っている。
〈はい、はい、ちゅ〜も〜く!ボイスチェンジャーはちょっと便利になった魔導具ってことで!終わり!〉
〈そうだね。今まで使用中に変化させるって発想がなかったから無いだけで、これから新しく造られそうだしね〉
いろいろと諦めきった声が響く。確かにと頷く周囲。
〈でも、ボイスチェンジャーなんて名前、転生者や転移者でもなきゃ聞いたことないよね?マリア様?〉
〈違うっ!マリン様だ!!〉
〈あ…ごめんなさい。素で間違えた。マリン様。マリン様〉
名前を呼び間違える失態に少し慌てた様子の低い声。
「おいっ!誰だか知らぬが、マリンの名を軽々しく呼ぶな!不敬だぞ!しかも間違えたではないは!?」
突然、王太子が大声をあげた。
「マリンはサライアの代わりに我が妻となる者だ。ゆくゆくは王妃となる者の名を呼ぶなど!?必ず見つけ出して捕らえてやる!!覚悟しておけ!?」
〈名前呼んだだけで捕まる訳ないじゃん。呼び捨てにした訳でもないんだし?〉
その声に天井を睨みつけると、マリンの肩を抱き守るような仕種をみせた。
「マリンは何も心配することはない。私が必ず守る」
「シグさま⋯わたし⋯」
潤んだ瞳に怯えたような表情。儚げな雰囲気に周囲の貴族達も眉尻を下げ心配そうに見ている。
〈うわぁ⋯なに、この空気⋯〉
「なんなんだっ!!お前達はっ!!いい加減、名をなのれ!?」
雰囲気ブチ壊しの天?の声。すぐさま王太子が喚き散らすが。
〈やっぱり転生者には、何かしらの特典が与えられてるっぽい?〉
〈だなぁ~。しかもコレ…国王陛下と王妃陛下は…大丈夫なのか?〉
王太子の喚き声を無視したその会話に、皆がこの国の国王陛下や王妃陛下へと視線を向けた。
「何事だ?大丈夫とは、何のことだ?」
皆に注目されながらも、流石は国王陛下。動揺を見せることなく誰へともなく問い掛ける。
〈その問いに答える前に、一つ質問をよろしいでしょうか?〉
国王に対して、問いに問いで返すと言う不敬に周囲の貴族達が騒ぎ出す。「国王陛下に問い返すとは、何たることか!王太子殿下に倣い私が必ず、この声の主達を見つけ出し捕らえてみせましょう!!」と、この国の王国騎士団長を務め、サライアとマリンの父親でもあるハミルトン公爵が、声高々に宣言をした。
ハミルトン公爵の宣言に続き、宰相子息や近衛騎士、比較的若い令息達も声高々に、声の主達を見つけ出そうと騒ぎ出した。
その騒ぎに、他国から訪れた賓客達は戸惑い気味に顔を見合わせている。
「貴方達、静かになさい!他国から御来国なされたお客様がいらしているのですよ!静まりなさい!!」
国王とは、少し離れた場所に立っていた王妃が、凛とした声をあげる。
それ程、大きな声ではなかったが威厳ある厳しい声音が、男性陣が騒いでる中でも良く通った。
〈王妃陛下。ありがとうございます。今の騒ぎで、異性には効果抜群でも同性には然程影響はなさそうだと理解りましたので〉
「・・え?どう言うことですの?」
首を傾げ思わず問い掛ける王妃。
〈他国の来賓の方々以外、自国の貴族達を見ていただければ。としか〉
〈これ以上は流石に。ハミルトン公爵家の娘さんが、大変なことになるので⋯〉
「はんっ!サライアが大変なことになるのは分かりきっていることではないか!何を今更?!」
周囲を見回すことなく王太子が吠える。
いや、見回したところで気付きもしないのだろう。
周囲を見回していた王妃が、眉を顰める。
「シグルド、少し黙りなさい。ザイン国王」
王太子を諫め国王を呼ぶ。
「なんだ?」
その場を動かず、王妃に目を向けることすらせず返事をする国王。王妃は青褪めた。
「まさか⋯」
ぽつりと呟き、フラリと態勢を崩す王妃。隣にいた他国の令嬢が慌てて支え、倒れることを免れた。
「大丈夫ですか?少し席を外されては?」
心配そうに体を支える令嬢。
「大丈夫よ。ありがとう。ファイスト公爵令嬢。驚かせてしまったわね」
青褪めたまま気丈にも笑みを浮かべる王妃を、尚も 心配そうに見つめるファイスト公爵令嬢。
〈申し訳ございませんでした。まさか、国王陛下までもとは、思ってもいませんでした。王妃陛下は、婚約破棄の話をご存知ではなかったのですよね?〉
「ええ⋯サライア嬢の表情や口調に対して、ことある事に不満を口にしてはいたけれど、王太子妃教育の賜だと伝えていたから流石にそこまでするとは…それに、サライア嬢が悪行三昧をしていると言うのも何のことを言っているのか、そのようなことをする暇すらない程、私の手伝いをしてくれていたのよ?なのに⋯」
「儂がなんだと言うのだ?」
手のひらを頬に当て、首を傾げサライアへ申し訳なさそうに目を向ける王妃。国王は訳が分からないと小さく呟いた。
「そんなもの、母上の知らないところで犯っているに決まってるじゃないですか。サライア本人が犯らずとも、取り巻き達に命じれば良いのですから!」
そう喚いてサライアを睨みつける王太子。
「王太子殿下。私の友人達を、取り巻きなどと仰らないでください。それと公の場では、王妃陛下とお呼びください」
今まで婚約破棄を言い渡された本人だが、すっかり蚊帳の外になっていたサライアが、王太子に注意する。
カッとなった王太子。
「お前の友人達とやらは、お前と同じ犯罪者だ!!マリンのドレスをズタズタに切り刻み、マリンの鞄を池に沈め、破落戸達にマリンを襲わせようと唆す!!いくら高位貴族であろうと許されることではない!!」
激昂した王太子がマリンの受けた被害をブチまけた。
〈はいはい。証拠もないのに決め付けては駄目ですよ?ご令嬢方に失礼です〉
のんびりとした声が遮る。
「マリンが階段から突き落とされた時、取り巻き連中とサライアが上階にいるのを、大勢の者達が見ていた!」
〈突き落とされた瞬間を見た訳じゃないよね?ただ上階にいたのを見ただけで〉
「同じことだろう!」
〈はぁ~…・・・・・めんどくさ…〉
「面倒臭いだと!!貴族らしからぬ物言い。さては平民上がりの下位貴族だな!!必ず見つけ出し不敬罪で地下牢送りにしてやる!!」
顔を真っ赤に激昂する王太子。
〈うわぁ~…僕、下位貴族なんて言われたの初めてだよ〉
〈俺も〉
〈私もです〉
〈下位貴族の子達が犯人扱いされたら責任負えないよ?どうするのさ?君達が始めたことだよ?〉
〈うっ…だってこんな他国の賓客達がいる時に、婚約破棄騒動を起こすと思わないだろう?ってか、コイツがいきなり心の声を大広間に響かせなきゃ良かったってことだろ?〉
〈悪行三昧とか謂れのないことで婚約破棄されそうな公爵令嬢を見捨てておけなかったんです。文句ある?〉
〈〈ないです〉〉
わちゃわちゃと言い合う声を聞きながら、大広間にいる皆が顔を見合わせる。[どう言うことだ?]と。
激昂していた王太子も困惑の表情を浮かべている。
〈まず始めに。ハミルトン公爵令嬢…あぁ、サライア様とお呼びしても?〉
問い掛けられたサライアがコクリと頷く。気丈に振舞っていても、やはり不安そうだ。
友人のご令嬢方が側に寄り添い声を掛けている。
〈では。サライア様は悪行など一切しておりません。周りのご令嬢方も、犯罪になど関わってはおりません。悪行や犯罪に関わっていないと証明出来る根拠に成り得るものを持ってはいますが、この場で開示するのは控えたいです。後日、関係者の皆様だけに開示致したいと思います〉
〈そうだね。ご令嬢方や御婦人方には、かなり刺激が強すぎるだろうしね〉
〈ある意味この国の恥を曝すことにも成り得るしな。〉
「恥を曝す?馬鹿馬鹿しい。我が国に恥を曝すようなことなど、ある訳がない!」
自信たっぷりに宣う国王。
〈〈〈はぁ~・・・〉〉〉
思わずと言った様子で溜め息漏らす声の主三人。
不敬だとまたもや騒ぎ出す騎士団長達。
〈はぁ~・・・ほんとめんどくさいな。ハミルトン騎士団長閣下。職を失いたくなきゃ少し黙っててくれないかな?御子息が大変優秀な方で良かったですね?貴方が職を逐われても公爵家が失くなる恐れもないですからね?〉
〈言い過ぎ。御子息のお陰で何事もなく無事だったんだから、掘り返して御子息に迷惑を掛けることがない様にしないと〉
思い当たることがあるからか、ハミルトン公爵が顔を真っ青にして黙り込む。
「貴様!何をやらかしたんだ?場合によっては…」
〈国王陛下も、これ以上この国の恥を曝したくなければ静かにしてください〉
「っっ何度も!!何度も!!儂を蔑ろにしおって!!巫山戯るのも大概にしろ!!こんな茶番で舞踏会をめちゃくちゃにされたのだぞ!!黙ってなどいられる訳がないであろうが!!」
流石の国王も憤怒の形相。眉間に皺を寄せ、額に青筋を立て怒鳴り散らす。
〈茶番?じゃあ、王太子殿下の婚約破棄宣言も茶番だと?アレがなければ、こんなことにはなっていませんが?無実のサライア様が貶められるのを、黙って見ていろと?他国の賓客方がいらしている舞踏会で?何の関係もない私達が、この国の妖精が持って来た色んなモノを態々精査して、当たり障りがない様に色々暈して話しているのに?自分の息子のヤらかしを、こちら所為にしないでいただけます?〉
矢継ぎ早に叱責するような問い掛けに、国王の顔が赤く染まった。怒りで。
「何の関係もないなら、黙って見ておれば良かっただろうが!?余計なことを!?」
怒りに任せ怒鳴り散らす国王。シンと静まり返る大広間。そこへ⋯。
「❲暗転❳❲動くな❳❲黙れ❳❲上を見ろ❳」
突然の暗闇。身体が動かなくなり驚きの声を上げる間もなく、天井を見上げる大広間の人々。
〈ちょっ、何故、貴方がっ!バレたらどうす⋯〉
「問題ない。この暗闇で私の姿が視えるのは、お前達だけだ」
〈あぁ~もうっ!それで?天井見上げて何を?〉
「お前達は、自分達が我慢すれば丸く収まると言っていたが、その必要があるとは思えない」
〈もしかして、アレを観せろと言うのですか?〉
「そうだ。他国の者達へこの場で観せて、未然に防いた方が得策だ」
〈確かに一利ある〉
〈女性陣等とは交流出来ていたけど、男性陣等とはまだあまり交流出来ていなかったしね〉
〈もう舞踏会どころじゃなくなったし、折角、秘密裏に対処しようと考えていたのに、国王陛下が自らブチ壊してくれたし。何の義理もなくなったし。いっか?〉
〈だな〉
〈だね。けど、アレを流したら明るくなるから、貴方様は此処にいない方が良いのでは?〉
「ああ。では、またな」
〈んっ!!!!〉
〈真っ暗闇で良かったな〉
〈ふふっ、仲良しだよね〉
〈〜〜〜〜〜っっっぅう、うるさいです。さっさと始めますよ!!〉
真っ暗闇の中、不安に苛まれている周囲を余所に、仲良く会話していた声の主達と謎の男性。
その謎の男性は、淡々と普通に声を出し会話していたようだったからか、離れた場所に立っていた人達には声の主達の会話に奇妙な間があった様に思っただけだった。
〈こんな真っ暗闇で、いきなり明るい映像観せられたら眩しすぎるだろうから、光量を下げた方が良いよ〉
〈りょっ!まぁ、顔が分かれば良いよね。声だけでも聞けば誰だか気付くだろうしね。じゃあ、サクッと始めよう〉
◇◇◇◇◇
天井一杯に、国王陛下とハミルトン公爵が映し出された。場所は国王陛下の執務室のようだ。
『本当に上手くいくのか?少しばかり見目が良いからと言って、他国の王族共や貴族共が、そう易易と骨抜きになるとは思えんが?』
『大丈夫でございます。当家のマリンには不可思議な魅力がございまして。王都の我が屋敷の従僕共をあっと言う間に手懐けてしまい、今では、私の命令よりマリンの命を優先する有様で⋯⋯ですが、マリンと私は、大変仲が良いので特に問題はないのですがね』
『ほぉ、だがそちの従僕共は伯爵家が多いのではなかったか?高位貴族共相手では荷が重いかもしれぬな。その娘は、元平民であろう?』
『はい。仰る通りにございますが、マリンは平民とは思えぬほど教養があり、教育係が驚いておりました。まぁ、礼儀作法はいつまで経っても中々身に付かねようですが⋯』
ふぅと疲れた様子で一息つき紅茶で喉を潤すハミルトン公爵。
『礼儀作法など、ある程度身に付けられれば問題ないので追々。それよりも、話を詰めましょう。マリンが他国の王族方と会話するだけで、ふふふっ。それだけでもうコチラのものです。マリンの願いを叶える為に、いくらでもコチラの思い通りに動く傀儡が出来上がります。他国に』
ニヤリと口元を歪めるハミルトン公爵。
それを見て国王も悪そうに嘲笑う。
『それなれば、二カ月後に我が国で開く舞踏会で手並みを見せてもらおうか』
『御意』
わははっ、ふふふっ、と笑い合う国王とハミルトン公爵。
◇◇◇◇◇
再び暗転。
後、直ぐに明かりが点いた。
〈他国の王族様方?貴族様方?どうですコレ?許せます?〉
〈僕達はまぁ、ハミルトン公爵令嬢の不可思議な魅力?に対抗する術を持っているから、この場では知らない振りをして他国の方々を守る為に動いていたんだけどね〉
〈そうそう。秘密裏に無駄な事を止めてもらうつもりだったんだが…ねぇ?〉
他国の賓客のみならず、自国の貴族達からも怒りや蔑む視線を向けられた国王とハミルトン公爵。
王太子や若い令息達は、状況が理解出来ないのかぽかんと口を開け国王を見つめている。
「こっ、こんなものは出鱈目だ!!儂が他国の王族方を傀儡にしようなどと、考える訳がない!!争いもなく平和なこの時代に、戦争の発端にも成り得るかもしれぬものに手を出すほど愚かではないは!!」
口角から唾を撒き散らし、脂汗を流しながら白を切り通す国王。
ハミルトン公爵は青い顔で脂汗を流しガタガタと震えている。
誰がどう見ても、国王の嘘が理解っていた。
〈あぁ⋯まぁ⋯私達はそれでも良いけど⋯今のところ実害はない訳だし⋯?〉
〈まぁなぁ、だが友好国側から見たら…なぁ?〉
〈まぁねぇ〜⋯ 彼女の意思がどこまで関わっているかにもよるんじゃない?〉
「わっっっ、わたしっ。わたしは!お父様に他国の王族様や貴族様と仲良くなれるように、わたしから話し掛けろと言われただけで!!傀儡とかっ!そんなの知らない!!知らないわっ!!」
〈うん。そんな気はしてた。ぼくっっ〈他国の王族方や貴族方と話しているのを見た限り、そんなに興味なさそうだったしね〉
二重に被せるように言われ、震えていたマリンが、ホッと安堵の表情を浮かべる。
と。
〈でも、男性にばかり話し掛けていたのは、少しは気を惹こうとしていたんじゃ?〉
〈そうだったか?俺は気付かなかったが?〉
〈そりゃあそうでしょう?ご令嬢方に囲まれて対応が大変そうだったし?私はその間を擦り抜け他国のご令嬢方へ挨拶をしておりましたし?まぁ、ハミルトン公爵令嬢が、他国のご令嬢方へ挨拶をしに来ることもなさそうでしたから、私も挨拶だけで直ぐ他国の王族様方へご挨拶へ向かいましたけどね。あぁ。サライア様は、きちんと他国のご令嬢方へも挨拶なさっておられましたね〉
「わたしも!皇太子様やご令息様達への挨拶が済んだ後、ご令嬢様達へ挨拶へ向かうつもりでした!本当です!?」
焦った様子を見せ、声を張り上げるマリン。
〈ふ~ん?皇太子殿下やご令息方と、随分と長く談笑しているように見受けられたけど?〉
「そ、それは・・」
助けを求め王太子の右腕にそっと触れ、縋るように見上げる。
「俺⋯、いや、私がマリンの隣にいた為、会話が弾んでしまったからな。それで他国の令嬢達へ挨拶に行けなかったのだ」
〈それ。婚約者でもない令嬢を侍らせている意図を探られていただけでは?〉
王太子の言い訳に、冷静に指摘する。
「・・・は?」
〈うん。僕も近くにいたから聞こえてきたんだけど。婚約者じゃないご令嬢を紹介されて、みんな困っていたみたい。今なら、婚約者の妹さんだったんだなって理解ってスッキリしたけれどもね。初めはみんな、誰?って思ったんじゃないかな?例えサライア様と同じハミルトンでもね〉
〈似てないから余計にな。サライア様は知的美人なのに、義妹さんの方は言動が…なんて言うか…〉
〈転生者だからか庶民的?貴族とは無縁だったろうからね。私達も庶民的だし?まぁ、産まれて直ぐ貴族の中で育った私達とは、始まりが違うからそこはしょうがないかな?〉
「待って?!あなた達も転生者なの?しかも貴族に生まれたの?!だから転生者だってバラしたの?なんで!?なんでわたしだけこんな大変な目に遭わなきゃいけないの?!ズルい!?ズルいわよ!?わたしだけなんで!?」
頭を抱え蹲りズルいズルいと泣き喚くマリン。
何が何やら理解出来ない王太子がオロオロしながらも、慰める様にマリンの背中を擦る。
〈ズルいと言われてもなぁ⋯俺達が貴族になりたいと希望した訳じゃないからなぁ?〉
〈うん。気が付いたらこの世界にいただけ。赤ん坊の頃、この世界の常識とか知らなかったから[魔法で出来ない事はない!?]と思い込んでいて、いろいろとヤらかしてたけれども…〉
〈ちなみに僕は転生者じゃないよ?この二人と、とある方々から教えてもらっただけなんだ〉
「この世界?」「転生者?」皆が疑問を口に出し隣の者達と小声で確認しあっているが、誰からも答えは得られない様子。
他国の賓客達も気にはなるようだが、それよりも先にはっきりさせなければならない問題がある。
「ザイン国王陛下。先ほどの映像の件で、話を窺いたいことがあるのですが。よろしいでしょうか?」
隣国使節団を代表してヒュースラム皇太子殿下が声をあげた。
ざわめいていた貴族達にも、静かな、しかし良く通る声が届き、ざわめきが静まり返る。
〈ヒュースラム皇太子殿下。話し合いをするのなら、各国の代表者達も交えて別の部屋でお願い致します〉
「もとよりそのつもりだが、先に自国の者達とも打ち合わせをしたい」
〈そうですね。各国の方々も、一旦それぞれの国の方達と打ち合わせしていただいて、話し合いに応じる代表者を決めていただければ〉
〈大広間からは、まだ退出しないよう願います。下手に騒ぎを大きくしても何の得にもならない。そもそも出入り出来ないだろうけど〉
最後の呟きに、開放されたままの扉近くにいた貴族の男性が外へ出ようとして、戻って来るを繰り返し始めた。それを見て他の貴族達も、同じことを繰り返しパニックを起こし始めている。
驚いたように目を見開いて見ていたファイスト嬢が我に返る。
「王妃陛下。申し訳ございませんが、私もヒュースラム殿下と話さなければなりませんので、御前失礼致します」
両手でドレスを持ち見事なカーテシーで自去の挨拶をする。
「ええ。ファイスト公爵令嬢。・・・いえ⋯何でもないわ。また。が、あれば良いのだけれど」
何かしらの葛藤を僅かに見て取れたが、悠然とした微笑を返した。
ファイスト嬢もふわりと微笑を返し、その場を離れて行った。
___ざわざわざわざわ。
誰もが皆、不安そうに他国の賓客達を見ている。
「・・王妃陛下」
呼ばれて振り返るとサライアが令嬢達を伴って側へ来ていた。
「私が至らぬばかりに、このような自体を招いてしまいました。申し訳ございません」
高位貴族の令嬢とは思えぬほど頭を深く下げ謝罪するサライア。
他の令嬢達も同様、深く頭を下げた。
「頭を上げなさい。サライア嬢の所為ではないわ。貴方は頑張っていたもの。王太子妃教育を終え、王妃教育の一環として私の仕事を手伝ってくれていたのだもの」
王妃の顔ではなく、慈愛に満ちた微笑みで優しく話す。
「それに貴方はマリン嬢を虐げたりしていないのでしょう?」
「はい。誓ってそのようなことはしておりません。ただ⋯未婚の女性が馴れ馴れしく男性へ触れるものではないと、諫めたことはございます。おそらくそのことをマリンは虐めと捕らえたのだと。先ほど殿下が仰っていたことは一つも身に覚えがなく、戸惑っておりました」
「でしょうね。シグルドの言葉に首を傾げている貴方を見て、ファイスト公爵令嬢が『サライア様は冤罪を掛けられたように見受けられますね?』と言っていたの。ファイスト公爵令嬢の言葉に間違いは存在しない!と言われるほど、彼女の慧眼
は有名ですもの。彼女の言葉がなくとも、私は最初から貴方を信じていたわ。だから貴方は堂々と正面に顔を向けていれば良いのよ」
「っっっはいっ。ありがとうございます。王妃陛下」
深い安堵感に包まれ泣き出しそうになるのを堪え笑みを浮かべ礼をのべた。
□□□
ずっとずっと苦しかった。
何もしていないのにマリンへの悪質な虐めを、全て、何もかも私がやったことになっていた。
やっていないと言っても友人達以外、誰も信じてくれなかった。
何故?
どうして?
訳が分からない。
混乱する私へ追い討ちを掛けるように、婚約破棄の話が噂され始めた。
元々が政略による婚約関係。
可もなく不可もなく、粛々と月日だけが流れていった。
三年前。私が13歳の時。マリンが公爵邸へやって来た。一つ下の義妹だと言われ戸惑いつつも受け入れた。
それまでは滅多に公爵邸へ訪れたことがなかった王太子殿下が、頻繁に訪れるようになり、あっと言う間にマリンと仲良くなっていた。
特に気にすることもなく王城で王太子妃教育を受ける日々。
15歳になり学園へ通うことになり、王城での王太子妃教育と王妃陛下の手伝いを減らすことになった。
学園で人脈を増やすよう王妃陛下に言われた。
一年目は順調に人脈を拡げられた。
のに。
マリンが学園へ通うようになると、それまで仲良くしていた人達が、一人、二人と離れて行った。
何か不快ことでもしてしまったのかと考えたが分からなかった。
友人達に聞いても分からなかった。
ある日を境に、周囲から厳しい目で見られるようになり、訳も分からず戸惑った。
友人達がいなければ、学園へ通うのを諦めて王城での王太子妃教育に専念しようかと、本気で考えていた。
表情に笑みを張り付けて。
ある日 男爵令嬢にマリンを虐げるのを止めて欲しいと頼まれた。
は?
この娘は何を言っているのだろう?と絶句する。
そんな私の態度を見て周囲にいた令息達が「マリン様を虐げていることは皆も知っています!」「家だけじゃなく学園でも虐めは止めてください!」「そうだ!?そうだ!?」などと。
頭の中を?の嵐が襲い掛かった。
私が一言も話せぬまま授業開始を告げる鐘の音が響き渡り、皆が慌てて教室へ向かって行ってしまいました。
その日初めて授業をサボってしまい、付き添ってくれた友人達に申し訳なかった。
□□□
〈は〜い!ちゅ〜も〜く!〉
〈またそのくだりかよ〉
〈まぁまぁ。こうでもしないと大広間中に声届かないからね〉
〈そゆこと。各国代表が決まったみたいだから、別室へ・・・どこ?〉
〈20人くらいなら、大広間の隣にある部屋で良くないか?〉
〈貴賓室?王族の控室?あ・・妖精達が入っ・・らないで戻って来たね。ごめん。ごめん。少し待ってて〉
〈おい、妖精視えてるの俺等だけっぽいぞ?〉
〈え?・・・ほんとだ⋯まぁ、悪さをする訳じゃないから視えなくても問題ない?か?な?〉
〈妖精達が俺等のところに、いろいろ持ち込む理由が理解った気がする⋯⋯〉
〈だねぇ・・妖精達入って良いよ。後は、国王陛下とハミルトン公爵と各国の代表者の方々。移動を。ヒュースラム皇太子殿下。そちらの話し合いをお任せします〉
「待て待て待て待て!!妖精とはなんだ?そう言えば先ほども、妖精がどうのと言っていたな?」
[妖精]の存在をサラリと流し話を進めようとしているところへ、王太子より待ったが掛かる。
今、国家間の関係性が危うい状況にある中で。
自分の父親のヤらかしより重要な問題でもあるかのように。
〈・・・〉
〈・・・〉
〈・・・〉
「な、なんだ?妖精など知識はあるが夢物語に出てくるような存在がいるのなら、知りたいと思うのは当然だろう?皆も知りたいだろう?」
無言に耐えかね、更に聞き出そうとする王太子が、周囲へ目を向け同調を求める。
が、周囲の貴族達は目を逸らしたり、未だ開放されたままの扉で出戻りを繰り返している貴族達を見ていたり、誰も王太子へ同意しない。
極一部の貴族達が、王太子が聞き出そうとしたことに目を輝かせていたが、周囲の貴族達が眉を顰め難しい顔をしているのに気付き、同意するのは不味いと咳払いをしたりして誤魔化している。
〈・・この国、大丈夫?〉
思わずと言った様子の呟き。
「大丈夫とはなんだ!!だい⋯〈王太子殿下。話が進められないので、少し静かにしてくれないかな?〉
また王太子が喚こうとするのに声を被せると、王太子の声が全く聞こえなくなった。
?????
王太子を見ると、まだ何か喚いている様子。
なのに、何も聞こえない。
マリンや側近達、周囲の貴族達が驚いている様子に気付き、王太子も怪訝そうにマリンや側近達を見る。
「そ、その、シグルド様の声が、俺達には全く聞こえてないんだ」
「・・・・・・・・・?」
「いや、何を言っているのか?」
側近達が、首を振り振り話している間に、王太子の顔色がどんどん悪くなっていく。
首元を両手で押さえ呆然自失の王太子。
〈そんな絶望的な顔しなくても〉
〈ヒュースラム皇太子殿下方が、貴賓室へ行かれた後、戻しますよ?声〉
〈静かで良いんだけどな。てか、暫くしたら戻るだろ?〉
〈・・・たぶん?〉
〈お前⋯〉
〈戻さなきゃ駄目だよ?王太子殿下にも確認したいことあるから〉
〈分かった。取り敢えず、申し訳ございませんが、ヒュースラム皇太子殿下。皆様を連れてご移動願います〉
「了解した。では、ザイン国王陛下。行きましょうか?」
穏やかな声で国王を促すヒュースラム皇太子。
にこりと笑みを浮かべてはいるが、否は許さない圧を感じる。
ヒュースラム皇太子と国王の後を、ハミルトン公爵と他国の代表者達が続く。
最後の一人が部屋へ入り扉を閉められた途端、貴族達がざわめきだした。
〈では、こちらで他国の方々と交流を深めるも良し、自国の将来を語り合うも良し。お好きにどうぞ。王妃陛下。後はよろしくお願い致します〉
ブツッ!
え?
えええぇぇぇぇぇ~~!!!!!!
あまりにも一方的な終了に、貴族達が大騒ぎ。王妃は額を押さえ頭が痛そうだ。
とある人物が、ほくそ笑む。
▷▷▷
(兄様。兄様。そっちは、どんな様子?)
(うおっ!急に話し掛けるなよ!すげぇ挙動不審になるとこだったぞ!?)
(気を抜き過ぎな兄様が悪い。で?)
(お前なぁ~、ったく!それより、そっちは大丈夫なのか?かなり騒がしいざわめきが聞こえてきたんだが?直ぐ結界張って対処したがな)
(王妃陛下に後を丸投げしたから?)
(おまっ・・自由過ぎるだろ!!何の説明も無しに、王妃陛下へ丸投げかよ⋯)
(二人がそっち行ったから、一人で対応してたら不審に思われるかもだし?で?)
(己の欲望に忠実過ぎ。はぁ~・・他国の代表者達に王族も皇族もいないから、基本ヒュースしか国王と対等に話せていない。のらりくらりと、陰謀だの、偽物だの、誰かに嵌められただの、似たようなことの繰り返しでヒュースも、顔には出してないがうんざりしてる)
(じゃあ、こっちから私がこんにちはする?)
(は?意味分かんねぇ)
(妖精達が、話し合いが進まないって、教えに来た体で。最初だけ私が挨拶だけする?てか、兄様とずっと会話が出来てるから、兄様が始めちゃっても良さげ?)
(だな。他国の外交官が、ヒュースを介して自国との軋轢が生まれる可能性を示唆したんだが・・偽物に騙されるのは愚かしいとか、国王が・・少しってか、かなりムカつくなっ!)
(もう、他の映像を流しちゃえば?国王のアレやコレや。あ・・)
(あ?何か他に良い考えでも浮かんだか?)
(違う。王太子の声。戻すの忘れてた!)
(っっっっっ!!おまっ、笑かすなよ!思いっきりヒュースに不審そうに見られたぞ?なんとか表情は取り繕ったけどな!!)
(えぇ~?別に笑わせようとした訳じゃないんだけど?声、戻し忘れて王太子から物凄く悲愴感が漂ってはいるけれども・・)
王太子の周りでマリンや側近達が、慰め元気づけようとしている。
そこへ王妃とサライア達も加わり、どうにか声を戻せないかと話し合っているようだ。
(・・まぁ、時間が経てば勝手に戻るだろ?)
(・・・・・たぶん?)
(さっきも思ったけど・・適当な魔法を使うなよ・・・あ!流石にこっちもそろそろ限界かも!?ヒュースに国王が言い掛かりをつけてきた!!)
〜〜〜貴賓室内
「あんな嘘まみれの創られた映像で?外交問題?いやはや!皇太子殿はちょっとばかり素直過ぎる起来があるのでは?そんなことでは、他国の者達と渡り合うのは些か苦労するかもしれませんな?」
横柄な物言いをする国王。
立場的には、まだ立太子を済ませただけの皇太子であるヒュースラムの方が下だ。
だからこそ決定的な証拠もなく、映像の中で話していた内容も偽りだと、強気な態度を崩さない国王。
「では。誰が、何の理由で、あんな映像を私達に観せたと?」
ヒュースラムは、国王の挑発ともとれる物言いに乗ることなく、問い返す。
「ふんっ!儂を蹴落とそうとした輩か、さっきの巫山戯た輩達が、貴殿達と戦争でもさせようしたのではないのか?」
そう言うことも、あるかもしれないと外交官達顔を見合わせる。
先ほどまでのピリピリした雰囲気が緩みだした。
〈大広間から失礼します!!〉
突如、貴賓室に響き渡る声。
皆がビクリと肩を震わせた。
〈大広間に居るので、そちらの話し声は聞こえませんので悪しからず。何やら、あの映像が創作物で証拠にならないと、国王陛下が認めていないから全然話し合いが進まないと、妖精が大広間に来て騒いでいるのですが・・〉
〈そちらの話し合いの様子を妖精が観せてくれたところによると、国王陛下がヒュースラム皇太子殿下を口車に乗せようとしているみたいですね?〉
〈そうだね〉
〈国王陛下。無駄な足掻きご苦労さまでございます。陛下の映像。アレだけじゃなく、他にもあるのでそちらの天井に映像流しましょうか?〉
〈あ。妖精が・・・〉
貴賓室の天井一杯に国王の映像が流れた。
執務室で国民の納税額を上げ、貧困層に施しをするとの確約を反故にし自分の贅沢品に使ったり、ある貴族の領地で採れる宝石を無料で貰い、変わりに税率を下げるなどの手を加え、更に見返りを求めたり。または、隣国へ関税の話し合いで出向いたはずが只の観光旅行で税金を使っていたりと、他にも様々な悪事が映し出された。
映像が流れている間中、国王がまた「造り物だ」「そんなことはしていない」「嘘だ」等など喚き散らしていた。
だが、他国の王族との会談後、悪態を吐いている様子が映し出されると、途端に顔色が悪くなっていった。
「我が国を、我が父である皇王を侮辱することは、いくら国王でも赦されない」
「我が国の国王陛下も赦しはしないでしょう」
「我が国も同じく」
ヒュースラムに続き、他国の外交官達も厳しい声音で言い切った。
「このことは、国へ持ち帰ってから改めて抗議させていただきます。これ以上、この場で話し合いをする無意味なので解散致しましょう。よろしいですね?」
ヒュースラムが、国王の返事を待つことなく席を立った。
〜〜〜大広間
時間を少々遡る。
「あっ!!!!戻った!!!!俺の声が戻ったぞぉぉ~っっっ!!!!!!」
声が戻った途端、満面の笑みで大声を上げ騒ぎ出す。
マリンや側近達。王妃も嬉しそうだ。サライアも、ほっとした表情をしている。
「しかし!いったい誰なんだ?大広間中に声を響かせたり、俺の声を出さなくさせたり!!かなりの魔法の遣い手だ!?魔力も高そうだし、やはり高位貴族の誰かか?」
一頻り騒いだあと改めて声の主達が誰なのか、気になり始めた。
大広間にいる貴族達も、誰だったのだろう?と、近くにいる者達と名前を出し合い確認している。
他国の貴族達も。
「ファイスト嬢。貴女の真眼では、どなたが声の主か判るのでは?」
ヒュースラムと一緒にやって来た外務大臣が、胡乱な眼差しで問い掛ける。
「・・まさか。私にも分かりかねますわ。一人一人とお話し出来れば、或いは?とは言っても、この人数。しかも私と縁もゆかりもない他国の貴族の方々。話す必要がありまして?」
「・・・確かに。まぁ、そう言うことにしておきましょう」
特大の溜め息を吐き出し、不承不承納得する外務大臣。
「しかし、国王陛下との話し合いを始めた途端、声が聞こえなくなったと言うことは、今、話し合いをしておられる方々の中に、声の主がおられるかもしれないと言うことでは?」
「それはどうかしら。私、今、話し合いをされている方達と面識がありますけれど、あの声の方達のように傍若無人な振る舞いを為さる方は、いらっしゃらないと思いますが」
他国の外交官の疑問に反論するファイスト嬢。すると、そこへ王妃達が話しに加わって来た。
「ファイスト嬢。少し良いかしら?」
「はい」
他国の貴族令嬢が、この国の王妃陛下に否を言えるはずもない。
「先ほど貴女が話していたことなのだけれど。やはり、この国の者達があのような騒ぎを起こしたのかしら?」
「なんとしても見つけ出し処罰を与えねば気が済まぬのだ!!捜すのを手伝ってはくれぬか?謝礼を弾む!?」
王妃は眉尻を下げ困惑顔で訊ね、王太子は憤怒の形相で詰め寄って来た。
思わず口元が引くつき、扇で顔を隠し後退るファイスト嬢。
「謝礼をいくら弾まれても、協力は致しかねます。私は他国の者です。明日には国へ帰る身。例え滞在期日を延ばせたとしても一日か二日が限度。手掛かりも全くない状況で声の主を捜すなど不可能です」
「ファイスト嬢があまり長く国を離れると、婚約者殿がこちらへ迎えに来られるかもしれません。ファイスト嬢が滞在を延ばせば、兄君も滞在を延ばすことになり、兄君の婚約者様までも迎えに来られる事態になるやも?」
ファイスト嬢が早口でお断りしたあと、外務大臣も助け舟を出した。
その場にいる者達の顔が凍りつく。
「そそっ、そ、そうだな!?じ、自国のも、問題を!?他国の者に解決してもらう訳にはいかぬしな!?」
ファイスト兄妹の婚約者達を思い出し、動揺のあまりつかえながら大慌てで掌返し。
「ご理解いただけて安心しました。本来、兄が国を出なければ、私がこの場に居合わせることはありませんでしたから。私がこの場にいるのは、兄の婚約者様に兄が浮気しないよう見張りを頼まれたからですので」
そう言うと見事に洗練されたカーテシーを魅せた。
周囲からほぅと感嘆の息が漏れた。
と。空気を読めない発言が⋯⋯。
「あのぉ〜。ファイスト公爵令嬢の婚約者って誰なんですか?みんな、なんだか怯えていたように見えたんですけど。そんなに恐い人なんですか?」
マリンが興味津々、目をキラキラさせファイスト嬢を見ている。ピキッと固まる周囲。
「王妃陛下。国王陛下とヒュースラム殿下がお戻りになられたようですわ」
マリンの姿など目に入っていないかのように、王妃へ告げるファイスト嬢。何の挨拶もないまま話し掛けられたのだから、当然だろう。
ファイスト嬢の言葉通り貴賓室からヒュースラム皇太子を先頭に、各国の代表者達が続き、最後に萎れた様子の国王とハミルトンが出て来た。
マリンはファイスト嬢に無視されたことに憤慨して詰め寄って行こうとしたが、王妃の鋭い無言の眼差しに射すくめられ大人しくなった。
「王妃陛下。並びに王太子殿下。自国にて、早急に協議せねばならない事案が発生致しました。例え皇族の私でも勝手に処遇を決める訳にも参りません。後日、皇族王族の皆で集まり、慎重に話し合わねば⋯⋯この国は⋯⋯」
ヒュースラムが真っすぐ王妃の元へ訪れ、貴賓室での話し合いが上手くいかなかったこと。各国の皇族王族が話し合わなければならないほどの問題があり、下手したらこの国が消滅してしまう可能性を匂わせた。
王妃の近くにいた重鎮達が国王の元へ駆け出して行く。
フラリと倒れる王妃。
すぐさま肩を支え倒れ込むのを回避した王太子だが、支え切れす一緒になって倒れそうになっている。
慌てて側近達が一緒に支え、事なきを得る。王妃が気を失っており警備していた騎士達が医務室へと運んで行った。
その後はパーティーどころではなくなり、早々にお開きとなった。
〜〜〜数カ月後。
国王は引退。王太子はただの王子に戻り、まだ八歳の第二王子が王太子となった。王太子が成人する十八歳までは、王妃が暫定的に女王となり国の運営をすることとなった。
「いやぁ~⋯まさかこんな大事になるとはなぁ~」
「何を今更。君達二人が揃うと、必ずと言っていいほどヤらかしまくって大事になるじゃないか!」
「そうかなぁ?私達は最小限に済まそうとしているのに、周りが勝手に大騒ぎして大事にしているだけじゃない?」
「だよなぁ?今回のことだって内々で話し合いするはずだったのに、王太子⋯あぁ、元王太子が婚約破棄騒動を起こさなきゃ、大事にならずに済んだんじゃね?」
「我が国のことで、お手数をお掛けして申し訳ございませんでした」
とある東屋で、軽口を叩きながらお茶会をしていると、サライアが居た堪れなくなり頭を下げた。
「わわわっ!?頭を上げて!?サライア様が謝る必要はないでしょう?サライア様は被害者でしかないんだもの!」
「そうだよ。サライア嬢は、今は僕の婚約者なんだから、隣国のことより僕の国のことを優先して欲しいな?」
「あの・・本当に私が、こ、婚約者でもよろしいの・・ですか?」
サライアは未だに信じられない気持ちでいた。何故私が?と。
「サライア様は上品だし、既に王太子妃教育を終えられて、王妃様の仕事にも携われていたとも聞いたし。何より、殿下が大層サライア様のこれからのことを案じておりましたからね。なら、嫁に来て貰えば良いとご提案させていただきました」
「サライア嬢も、あの国で肩身が狭い思いをするより良いだろう?被害者なんだから。家族のヤらかしの責任まで負う必要はないよ」
「そうだよ?僕はサライア嬢が、僕のお嫁さんになってくれたら嬉しいけど⋯⋯サライア嬢は、まだ彼を忘れられない?」
三者三様。口々にサライアを婚約者にと求めてくれる。
ポロリと、涙が溢れ落ちる。
私は、ここで幸せになれると確信した。この方達と一緒にいれば、きっと楽しい未来を過ごせると。
ハミルトン家は伯爵位に降格。ハミルトン元公爵は、身分を剥奪されマリンと共に平民に。奥方は実家に戻り、ハミルトンの領地は叔父夫妻の息子が継ぐこととなった。
そうそう。マリンと言えば。元王太子とのみならず、近衛騎士や宰相の息子、魔導師長の息子など高位貴族達の息子達と淫らな関係を結んでいた為、元王太子に捨てられ平民に戻されたのだ。
王宮の一室に集められた高位貴族の夫婦達。自分の息子達が、一人の少女に身体で籠絡されているの姿を妖精達が上映するので、延々と観せられ続ける地獄を味わった。
転生者のマリン。魅了の魔法を意識的に開放していた為に、逆に幸せが遠退いたのだった。
「なんで?!なんでアタシは平民生まれなの?アタシだって貴族に生まれたかったのにぃぃぃ!!!!!!」