1章 7
サミュエル様との夕飯は、落ち着いた雰囲気の小部屋に用意されていた。
長いテーブルの置かれた食堂もあるが、今回はニ人なのでこちらにしたらしい。
大きな窓からは、松明の焚かれた浜辺が見える。
風に乗って賑やかな歌声と笛の音も聴こえてきた。
どうやら外で宴会をしているようだ。
リサさんとは小部屋の入り口で別れ、私は皇国側の給仕に案内され着座する。
既に席に着いていたサミュエル様は、柔らかな微笑みを浮かべていた。
「素敵なドレスをお召しですね。部屋も相まってまるで王国にいるような気分です。
それにヘアスタイルも旅中とは違いますね。よくお似合いです。」
さらりと褒めてくださるので、少しばかり気恥ずかしさを感じながらも笑みを返す。
「ありがとうございます。
サミュエル様のおっしゃる通り、私も王国にいるのではと錯覚しそうです。」
シンプルな淡い緑のドレス、髪はボリュームを抑えながらもすべて結い上げた。
ドレスと同色のリボンを編み込み、正面から見ると品のある、後ろから見ると可愛らしく見えるようにまとめてもらった。
サミュエル様も、カジュアルながらも旅中よりは装飾の多い服に身を包んでいた。
二人で笑いながら、王国を彷彿させる部屋を見渡す。
細工の施された椅子、テーブルクロスや花瓶、カトラリーやカーテン。
どれも品質は王国の貴族が使うものと同水準のものだった。
給仕により運ばれてくる料理も、王国やその周辺国で食べられている料理だった。
王国と周辺国は、基盤となる生活文化や風習が一緒である。
勿論、国によって流行や好かれる色・デザインはある。
国独自の特産品、郷土料理も存在するし、方言もある。
それでも共通している部分が大きいので、外交も交易も、人の行き来もスムーズだ。
今回、ヤズマ皇国が提供してくれた建物も料理も、その『共通部分』である。
「これほどのものが用意されていることの意味を、テレーゼさんならご理解いただけますね?」
サミュエル様の目が笑っていないのも当然である。
王国風のものが珍しくないのであれば、貿易をしても我が国からの輸出品は安くなるだろう。
皇国内にどれほどこの生活習慣・家具や食事が根付いているのかは分からないが
貴族や富裕層がすでに持っている物であれば、商品に興味を示さない可能性がある。
庶民向けに安価なものを輸出することになったとしても、輸出の手間に比べて利益を得られるだろうか。
「物だけならば、中継貿易で伝わったのだと理解はできるのですが、技術ですよね。
王国周辺にヤズマ皇国と国交樹立、あるいは交易をしている国があったのでしょうか?」
「我が王国と親しくしている国々では、そのような国はありません。
しかし大陸から船旅をする際に難破して、皇国にたどり着いた国がある、とは聞いたことがありますね。
あるいは交流のある国に行くと見せかけ、内緒で商人や職人が皇国に入国した可能性もあります。
いずれにしても正式なルートではない可能性が高いですね。」
単に外国から来た職人が、物や料理作って終わりではない。
その証拠に、今回の調理も皇国の使用人が行っている。
調理技術を伝えてもらい、自分たちのものにしたのだろう。
皇国側が習得した技術の種類が、今後交易をしていくうえで重要になる。
文化交流のつもりが、一方的に皇国の物を教わるだけにならないだろうか。
先のことを考え少し憂鬱な気持ちにもなる。
察したサミュエル様が、努めて朗らかに話を変える。
「せっかくの食事中に、気の利かない話ですみません。
そういえば、温泉とやらには入りましたか?
私は部屋で行水しただけで、まだ温泉には行けてないのです。」
「えぇ、利用いたしました。
王国にも周辺国にも無い物ですが、とても寛げました。」
私が入ったのは、六畳程度の浴室だった。
高位の者が入るには介添えもいるし少し狭いのではないかと感じたが、そこから露天風呂に行けることに気が付いた。
海の音を聞きながら白濁した露天風呂につかっていると、時を忘れてゆっくりすることができた。
なんでもこの建物には浴室が男女別、さらには階級別で複数存在するそうだ。
使用人たちのために大浴場をいくつか用意していたものの、
外国から来た使用人たちは同性とは言え一緒に入浴することに抵抗があるとため
大浴場を減らし、2畳程度の個室に改修したらしい。
さらに、高位の貴族が要望すれば、温泉の湯を自室のバスタブに運んでくれるそうだ。
「皇国は温泉はもちろん、温泉以外であっても入浴にこだわる文化、だそうです。
サミュエル様もぜひ、体験なさってください。」
「なるほど、そこはヤズマ皇国風に作られているのですね。
温泉に入るのが楽しみです。」
温泉の話や、使用人たちの服装など、王国仕様の中に見出せた皇国らしさについて楽しく話しながら食を進めた。