1章 6
二人で会話を楽しんでいると、サミュエル様からの伝言が届いた。
明日以降の打ち合わせを兼ね、二人で夕飯を共にしたい、とのお誘いだ。
諾と伝えると、リサさんが色めき立つのが分かった。
浮き足立ちながら、準備に取り掛かり始めた。
「テレーゼ様、どのドレスをお召しになります?髪飾りもどれが良いかしら。」
「ここには最低限の荷物しか持ち込んでいませんから、選ぶほどドレスはなかったかと…。
それにしても、リサさんは嬉しそうですね。」
「だって、長旅の間にお二人が食事を共にする機会はたくさんありましたけど
サミュエル様がテレーゼ様をお食事にお誘いになるのは初めてでは?」
確かに、サミュエル様から個別にお声がかかるのは初めてだ。
宿泊先で食事を共にしたときは、貴族の階級により部屋やテーブルが分けられていたため同席したことはあるがあらかじめ誘われたわけではない。
「今回も打ち合わせですから。
飾り立てなくて大丈夫ですよ。」
サミュエル様に好意を持たれたいわけではないので。
心の中で呟く。
知見が豊富なサミュエル様から刺激を受けたい、アマーリエ様のために協力できることは全力で取り組みたいとは思うが、女性として見て欲しい訳ではない。
リサさんには思いは伝わらず、私が遠慮していると思ったようだ。
優しく、けれども沸き上がる興奮を押さえきれない爛々とした目をしながら、首を横に振る。
「大丈夫、自信をお持ちになってください。
絶対、サミュエル様はテレーゼ様に好意があると思いますよ。」
好意??
「私は、サミュエル様はパウラ様をお慕いしていると感じましたよ」
リサさんは目を見開く。
公爵家に仕えていたため、パウラ様が幼少期からサミュエル様と接点があったことは知っていたそうだ。
「当時は、そのようには見受けられませんでしたけどね。
パウラ様も、サミュエル様をお兄様のように慕っていらっしゃるのは見聞しましたが。
まぁ、お二人の家格は釣り合うかもしれませんけれども。
王位継承権を放棄しているとはいえ、良く思わない人たちがいる可能性もありますよね。
公爵家と結びついたらちょっと力を持ちすぎるというか。
あ、テレーゼ様のご実家の地位が低いというわけじゃないんですよ、バーナー家と比べたらの話ですからね。
そもそもパウラ様とサミュエル様のご結婚生活は、ちょっと合わないような気がしません?
いえね、お二人とも素敵な方なのは重々承知なのですよ。
わたしたち使用人にもとても丁寧に接してくださいますし、お優しいですしね。
でもなんかパウラ様を御しきれないというか…パウラ様をのびのびさせてくれそうではありますけれど、ちょーっと暴走するところがあるでしょう。
びしっと止めてくれる方のほうがいいんじゃないかなぁ、なーんて使用人の立場だと思ってましたけどね。」
早口で止まることのないリサさんの話を、苦笑いしながら聞き流す。
長旅でとても親しくなったからだろう、友達に話すような気軽さで話してくれるが、こちらからは何とも答えにくい内容だ。
リサさんが満足したところで口を挟む。
「サミュエル様の御心は分かりませんけれども、アマーリエ様のために協力すると約束してますから。
今後も打ち合わせを兼ねて食事をする機会は何度もあると思います。
どのようなご心意であれ、サミュエル様に失礼のないように支度をしなくてはなりません。
お手伝いいただけますか?」
はっと我に返ったリサさんは、謝りながらも一歩引いた態度に改め、てきぱきと支度をする。
ドレスやアクセサリーを、いくつか見繕って持ってきてくれる。
旅行先のちょっとした会食に合わせ、ボリュームを抑えながらも上品なデザインだ。
「どれにいたしましょうか?
公的な晩餐会ではありませんし、色味はどれでもよろしいかと。」
「明日以降、ほかの方が同席される可能性もありますよね。
その時に着用する可能性も考えて、今日は一番シンプルなものにしておこうかと。」
サミュエル様をないがしろにするわけではないが、旅用のワンピースのような簡素なデザインの衣類で食事も共にしてきたのだ。
特別飾り立てずとも、理解してくれるだろう。
リサさんも、同意してくれる。
「たしかに、明日以降は皇国の方とお食事をされるかもしれませんものね。
それにまだお疲れもおありでしょうから、締め付けも少ない、シンプルなこちらのドレスにいたしましょう。」
ドレスに合うアクセサリーと靴も用意してもらった。
持ってきた衣類は多くはないが、リサさんのセンスで上品にまとめてくれた。
ドレスに着替える前に、温泉に入ることにした。
夜にゆっくり入るつもりだったが、サミュエル様にお会いする前に潮風にさらされた体も髪も洗いたい。
リサさんにも勧めたが、私が夕飯を取る間に温泉に入るそうだ。
温泉の前には、皇国側が施設管理と接待のために雇ってくれているであろう使用人が待機していた。
浴衣のような衣類を膝丈にたくしあげ、たすき掛けして着用していた。
入浴の手伝いを申し出てくれたが、丁重に断る。
貴族令嬢ならば、使用人による入浴の手伝いがあるが、前世の記憶から抵抗感が強く普段から断っている。
旅行中にそれを知ったリサさんは、心底驚きながらも安心していた。
お針子だったため、入浴の手伝いには自信が無かったようだ。
今回も、荷物を持って脱衣所までは来てくれるが中には入らない。
コルセットの着脱や髪を乾かすのは手伝ってもらう。
この国でも高位貴族は一人では入浴しないのだろう。
皇国の使用人は怪訝な顔をしながらも、承諾してくれた。
何かあれば声をかけて欲しいと言い、近くで待機してくれるそうだ。
もしや、アマーリエ様もお一人で入浴すると勘違いさせてしまっただろうか。
一挙手一投足が、アマーリエ様に重ねられてしまう可能性がある。
もう旅先ではない、ここは皇国だ。気を引き締めて行動しなくては。