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1章 5

皇国への一歩は、砂浜に引かれた板の上だった。

重い荷物を荷車で運ぶため、沈まないように板を引いてあるらしい。


久しぶりに地面を歩くと、ふわふわする。

不思議な感覚に戸惑いながらも、アヤメさんに案内され休息用の建物に入る。



建物の中は王国と同じような作りになっていた。

重厚なドア、磨かれた階段、ふかふかの絨毯に絵画も飾られている。

王国の貴族の家だと言われても、信じてしまいそうだ。

 

ここに泊まるのは、貴族や正規の使者たちとその側仕えたち。

商人や職人たちは近くの王国風の建物に泊まる。

こちらも外観は王国の宿場と同じようになっており、中も王国を彷彿させる作りらしい。

どちらにも皇国の使用人が居て、調理や掃除などを担ってくれるそうだ。


食事場所、寝室などを巡り、アヤメさんは浴室の使い方も説明をしてくれる。


王国とは違い、湯につかることができる作りだ。


「温泉も引かれていますから、くつろげますよ。」


温泉!


思わず笑みがこぼれる。


アヤメさんは歩みを止め、怪訝な顔をする。


「温泉をご存じなのですか?」


温泉は王国には存在しない。

何故、と問う目からそっと視線を外す。

心苦しいが、嘘をつくことにした。


「王国にいたときに、おっしゃってましたよね?」

「そうでしたか…?

 ソウビが話していたのかしら。」 


腑に落ちないと首をかしげながらも、アヤメさんは何も知らないリサさんに説明をする。


「少しお湯にとろみがあって、匂いが独特ですが、体にとても良いお湯なのですよ。

 皇国では各地に温泉があって、それぞれ匂いや効果が違うのです。

 ここは、疲労回復に特化した温泉ですから、ゆっくり浸かって旅の疲れをいやしてくださいね。」



アヤメさんは、皇国の使者たちと同じ建物で泊まるそうで、入り口で見送る。

ずっとアヤメさんとは同じ場所で寝泊まりをしていたため、さみしさも感じたが、アヤメさんはようやく郷里に戻れたのだからゆっくり過ごしたいだろう。

皇国風の食事や生活など、久しぶりに満喫してほしい。

 

皇国側の使者や職人たちの家族が港まで会いに来ているらしく、皇国側はてんやわんやのお祭り騒ぎになっていた。

その賑わいが聞こえてくる。


「私たちが王国に戻った時も、あのように歓迎されるのでしょうか。」

「きっと、そうなると思います。

 パウラ様が主となって、何らかの歓迎をしてくださいそうな気がしますね。」

「なんか・・・恥ずかしいですね。」


気恥ずかしそうにするリサさんに、笑って同意する。


迎えられる側には恥ずかしさもあるが、待つ側はいまかいまかと無事を祈りながら待っているのだろう。

お父様、お母様は元気でお過ごしだろうか。

 

王国には戻りたくない、と思いながらも、家族のことは気になる。

使者たちも商人や職人たちも、家族を置いて皇国に来ている。

私のように自らの意思で着た者はまだしも、役人たちの中には命令されて来た者たちもいる。

彼らのケアもしていかなくてはならないだろう。





外のにぎやかな声を聞きながら、与えられた個室で過ごす。

王国の自室に比べれば少し狭いが、道中の宿泊施設や船を思い返せば広すぎるくらいだ。

 

リサさんにお茶を入れてもらい、二人でゆっくり飲む。

最初は身分差ゆえに同席することに対し恐縮していたが、話し相手になってほしいと頼み込んだ。


備え付けられていた茶葉は、紅茶だった。

王国で飲むものと変わりがない。

用意さえていたお茶菓子も、王国や近隣国でよく見かける焼き菓子だ。


茶葉は大陸から輸入できるだろうが、焼き菓子は日持ちがしない。

焼き菓子を作るだけの設備と技術が、皇国にあるということだ。



「皇国が野蛮な国だなんていまだに信じている人たちに、見せたいですねぇ。」


リサさんが、幸せそうに菓子を頬張りながら言う。

王国と同水準の建物や家具、茶菓子まで出されれば、誰もがそう思うだろう。


ただ、ここはあくまでも外国人向けの施設使者だ。

国内の状況は分からない。

対外向けにここにだけ、費用と人材を費やしている可能性もある。

あるいは過去、他国の使者団がこの施設を作ったものの皇国側には技術は伝わらず、

皇国側は清掃や手入れしか出来ていない可能性もある。


もし技術が十分に伝わっているのであれば、アマーリエ様と婚姻を結ぶメリットもないだろう。

何が目的なのか? 何を求められているのか?

 

あらゆる可能性を考えてしまうのが、貴族の性。

皇国のもてなしを好意的にとらえているリサさんには疑問を告げず、微笑み返す。



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