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1章 1

朝日が煌めく水面に映る広大な船。

これから始まる船旅の支度で、港を行きかう人々は忙しそうだ。


やっと帰国できると嬉しそうなのは、ヤズマ皇国の使者団。

未知の国へ入国することへの不安と興奮が入り混じった表情を浮かべるのは、フリーデント王国の使者団だ。


木陰に腰掛け、荷を運ぶ人々を眺める。


雇われた現地の人はもちろん、王国も皇国も入り混じる。

服装が違うので、誰がどの国出身かは一目でわかり、互いに困ることはないようだ。

今まで旅を共にした馬車から荷物が下ろされ、これから海を越えていくのだと実感する。



「テレーゼさん、朝食を召し上がりませんか?」


優しい声に振り向けば、アヤメさんが竹皮の包みを手に立っていた。

市女笠を身に着けた壺装束姿は人目を引く。

簡素なデザインの装束にはしているが、労働者が多い場所では目立つのだ。


もっと楽な恰好がしたいと嘆いていたが、ここは皇国の隣国。

皇国の役人も駆けつけており、身分の高いアヤメさんが庶民と同じ格好をすることは憚られた。


アヤメさんとは一か月以上、同じ馬車に乗り、宿泊先でも同じ部屋に泊まり

毎日たくさん会話をしたので王奥にいたときよりもずっと親しくなれた。


王国と交流のある国々では私が、王国とは係わりが無いがヤズマ皇国とは親交のある国々ではアヤメさんがその国のことを教え合った。

国による文化の違いに驚きながらも、前世の国々を彷彿させる文化があり懐かしさも感じていた。



「ありがとうございます。ご一緒させて下さい。」


アヤメさんが持ってきてくれた包みを開くと、お焼きのようなものが入っていた。

中にはみじん切りした野菜やひき肉が入っているもの、餡子が入っているものもあった。



「おいしいですね。この国の食べ物は王国には無い物ばかりで、あれもこれも食べたくなります。

 皇国とは海を挟むとは言えど隣国ですから、同じような食事があるのですか?」

「皇国に似ている食事もありますが、やはり海を渡ると取れる食材も違うので似ているようで違うのですよ。

 海に囲まれることで、食事も文化も独自に発達したのでしょうね。」



食後にお茶をどうぞ、とリサさんが持ってきてくれたお茶にはウーロン茶のような苦みがあった。


リサさんとも時間を共にする中で、気心が知れるようになり気兼ねなく話せるようになった。

今は私について世話を焼いてくれているものの、彼女は元公爵家の筆頭お針子である。

皇国でも、侍女が必要な時以外は職人として皇国の技術を学ぶことになっている。

それも相まって呼び捨てにしてほしい、という彼女の願いをかなえるのはとても難しい。

アヤメさんもリサさんのことを敬称を付けて呼ぶので、はじめは恐縮していたが今は慣れたようだ。



 

食事が終わり港を散策していると、サミュエル様が船の上で采配を振るっているのが見えた。

仕事の邪魔にならないようにと思ったが、気付かれたサミュエル様が手招きをしてくださったので船に乗り込んだ。


王族の血を引くサミュエル様。

物腰柔らかで優しく、多方面の知識が豊富でしっかり者である一方、愛嬌もあり、

王国民はもちろん皇国民からも評判が良い。


 

サミュエル様に挨拶をしてから、船旅の話をする。


「これから五日間の旅になるのですよね。

 船の旅は初めてなので不安です。大きく揺れないとよいのですが。」


私の後ろで、リサさんも何度もうなずいていた。

王国民にとって、旅とは陸路でするものであり船旅はごく一部の商人や役人が行うに過ぎない。

留学経験の豊富なサミュエル様は船旅経験があるようだが、五日の旅は初めてらしい。


「天候によっては一週間以上かかることもあるそうです。

 いまは嵐が無い季節なので、問題はないと聞いてますよ。」


嵐。それはさぞかし海が荒れるだろう。

台風で揺れる船を想像してしまい、顔色が悪くなったようだ。

サミュエル様が優しく微笑む。


「大きな船ですから、安心してください。」


アヤメさんも言葉を続ける。

「それに、持衰じさいもおりますから。」

「持衰?」


サミュエル様にとっても初めて聞く言葉だったようだ。

興味深そうに聞き返した。


「航海の間、衣類を着替えたり髪や体を洗わないことで、災厄を退けてくれる者です。

 大変そうですが、成功すれば普通の庶民が手に入れることができないほどの莫大な報酬を得ることができるのです。」


アヤメさんの説明を聞きながら、前世の記憶を思い起こす。

それは魏志倭人伝に載っていたのではないか。

成功すれば報酬を得られるが、失敗すれば命を取られる。

 

いつまで続いたものかは習った覚えもないが、それから何百年と続いたのだろうか?

具体的に今が何時代なのかはわかりかねるがアヤメさんたちの言動や王国で身に着けていた衣類から察するに、少なくとも戦国か幕末だ。

幕末ならば持衰のような非科学的なことはしないだろうが、公開の作法となると別なのだろうか。



「万が一失敗したら、どうなるのですか?」


サミュエル様の問いに、アヤメさんが声を潜める。


「・・・神様への生贄として殺されるのです。」


やはり、と思うと同時に後ろから大きな声が上がる。


「そんな!?」


思わず声を出したのはリサさんだ。

侍女として近侍するときは、求められた時以外会話に加わらないのが鉄則だが抑えきれなかったようだ。

ハッと口を押えるが、私は気にしないでと首を横に振る。

リサさんは正式な侍女としての教育を受けたわけではないし、何より正規の侍女であっても驚きの声を上げたであろう。 


ふと見れば、サミュエル様も目を丸くしながらアヤメさんの言葉を待っていた。

 

「今はそれは野蛮だということで、成功するまで何度も持衰をやらされるか、

 一族郎党、皆が忌避する動物の殺生を行う仕事に就くかの二択ですね。」


その言葉を聞き、二人はほっとしたように表情を緩めた。

同じ船に乗るものが天候のせいで殺されるなど、後味が悪い。


 

「何事もなく到着して、持衰が褒美を得られるとよいですね。」


サミュエル様の言葉に、私たちは深く頷きあった。

 


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