#45
少女の姿を見たワヒーダは、すぐにでも彼女の傍に駆け寄ろうとしたが、痛みで体が軋んで思うように動けなかった。
胴体を正面から斬られたのだ。
いわば重傷であるワヒーダが体を動かせば、動きが鈍るほどの激痛が走って当然だった。
「ワヒーダ!」
「アシュレ……。あんたなんでこんなとこに来たんだよ」
白い髪の少女――アシュレはそんなワヒーダに駆け寄って、彼女のことを心配そうに見つめている。
ワヒーダの立場からすると、アシュレが無事だったことが半分、そしてもう半分は、少女が自ら危険な場所へ来てしまったことへの不安だった。
すぐにでもこの場から離れろと言いたいところだが、目の前にいる敵がアシュレに狙いを定めたら命はなくなる。
かといって今の自分では彼女を守れない。
どうする?
どうすればいい?
ワヒーダがそう考えている間に、アシュレは彼女の傷に布を巻いて傷を塞ごうとしていた。
「まあ、来ちゃったもんはしょうがないか……。ありがと、アシュレ。おかげでもう治った。あたしがあいつの気を引くから、あんたはその間に逃げな」
「逃げないよ。僕はここへ戦いに来たんだから」
アシュレの拒否の返事を聞いたワヒーダは、もしかして魔法の力が使える状態に戻ったのかと思った。
確かに彼女の使う魔法があれば、人知を超えた力を持つリマーザをなんとかできそうだが、それでもあまりにも危険だとワヒーダは思う。
「なにふざけたことを言ってんの。あんたに危ないことをさせるわけにはいかないでしょうが。こういう荒っぽいことはね、全部あたしの仕事なの」
ワヒーダはたとえ魔法が使えようが、アシュレが戦うことに反対。
彼女は魔法が使える使えないの話には一切触れず、ただ危険だからこの場から去るようとだけ言った。
自分の考えを伝えた後、ワヒーダは今さらながらアシュレが一振りの剣を背負っていることに気がつく。
「その背中にあるの、マルジャーナのか……?」
「うん……。ごめんワヒーダ……。マルジャーナは僕を守って……」
すでにリマーザから聞かされていたが、やはり堪える。
頭ではわかっていても、信じたくないと心が叫んでいる。
しかしここで落ち込んで動けなくなったら、アシュレを守れなかった理由をマルジャーナのせいにすることになる。
命を懸けて大事な人を守ってくれた友を原因にしてはならない。
ワヒーダは歯を食いしばると、アシュレの前に立とうした。
だが白い髪の少女は、そんな彼女を押しのけてリマーザに向かって歩いていく。
「ダメだアシュレッ! そいつはマジでヤバいんだよ! お願いだから逃げてッ!」
「ワヒーダは休んでいて。大丈夫だから、今の僕にはマルジャーナの声が聞こえているの」
制止を聞かず、アシュレは背負っていた剣を手に取った。
そんな彼女を無理やりにでも止めようしたワヒーダだったが、胸から腹にかけてついた傷が痛み、やはり思うように動けない。
手を伸ばそうとしても、アシュレは歩いていってしまう。
なんとかしなければと、ワヒーダは必死で考える。
乱れた呼吸を整えながら、熱くなった自分を抑えて頭を冷やす。
「落ち着け、あたし……。これまでにも死にかけからの逆転劇はあったろ……」
そう呟き、過去にもっと酷いケガを負ったときだって敵を倒したことがあっただろうと、自らを奮い立たせる。
少し休めば動ける――。
ほんの短い時間だけ休んで、アシュレを助ける――。
そう自分に言い聞かせ、ワヒーダは両目を閉じて休むことに集中した。
「日に二度、まさか術式の影響を受けない者に会うなんて……」
一方でリマーザはというと、現れたアシュレの姿を見て戸惑いを隠せずにいた。
彼女がベナトナシュ国に施した術式は、城壁内にいるすべての人間に効果があり、降り注ぐ光を受けた者はその動きを封じられる。
これまでけっして破られたことにない魔法。
いわばこの術式は、リマーザにとって伝家の宝刀であり、最後の切り札でもある。
しかし、鉄腕のワヒーダに続いてこんな幼い少女まで影響を受けないとは……。
戸惑いながらもリマーザは、裂けた口元を隠すのも忘れて、白い髪の少女に声をかける。
「こ、これは砂漠に雪が降った気分ですね……。そこの白い髪のあなた、少しお話をしましょうか」
「勝手に話し進めるのやめてもらっていい?」
そう少女が答えた瞬間、リマーザの左腕が斬り飛ばされていた。
宙を舞う自分の腕を一瞥し、リマーザは何が起きているかわからないまま傷口を抑え、絶叫した。
「キャァァァッ!」
そして彼女が顔を上げると、そこには剣を握って立つ白い髪の少女がいた。
いや、違う。
もう少女の髪の色は白くなくなっていた。
「そ、その髪……? それに目も……」
少女の髪は白色から金色になっていた。
さらには印象的だった赤い瞳も青い瞳へと変わっている。
これは一体どういうことだと、リマーザがその身を震わせていると、アシュレは彼女に言った。
「マルジャーナの声はまだ消えてないんだからッ!」




