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#35

ベナトナシュ国の側が盛り返したことで、戦況は大きく変わった。


死をも恐れぬ武装商団アルコムの面々に対し、ベナトナシュ国の者たちは、震えながらも武器を突いて敵を寄せ付けなかった。


訓練で覚えた動きこそ付け焼き刃といえるが、足りない技量は仲間との連携と気持ちで補っている。


マルジャーナの激励と、彼女が先頭に立って戦ったのも、彼らを奮い立たせることに成功した要因の一つだろう。


殺されようが躊躇(ちゅうちょ)なく突っ込んでくる武装商団の面々だったが、もはや士気の戻ったベナトナシュに完全に押さえ込まれていた。


「マルジャーナ·ベナトナシュ……。どうやら私が思っていた以上に、彼女には王の資質があったようですね。これは骨が折れそうです」


それでも止まらずに防柵へと突っ込んでいくターバンとベールを付けた者たちの後ろで、武装商団アルコムの幹部リマーザ·マウトが呟いていた。


その顔は、彼女の隠れて見えないベールの下の口元が、激しく歪んでいるのが伝わるものだった。


リマーザは帯刀していた剣を抜くと、その片刃の剣を一振りし、止めていた足を進め始める。


相手の総大将が先頭で戦うのならば、こちらも同じことをしてやろうと、ついに彼女も防柵の破壊に乗り出そうとしていた。


「なに!? 矢ですってッ!?」


リマーザが前線へ向かおうとしたとき――。


突然、彼女に向かって矢が飛んできた。


寸前で気が付いたリマーザは、なんとか剣を振って矢を打ち落としたが、もし間に合わなかったら死んでいた可能性が高い。


矢は心臓と頭、そして喉元の三ヶ所を狙って飛んできていて、かなり正確だった。


そんな技量を持った弓の使い手がベナトナシュ国にいるなど、リマーザの知っている情報にはなかったのだが――。


「あらら、仕留められなかったかぁ。まあ、弓矢で()れるなんて(はな)から思ってないけどね」


矢の飛んできた方向を見ると、隻腕(せきわん)隻眼(せきがん)の女が建物の屋根の上から弓を持って笑っていた。


ワヒーダだ。


彼女は屋根の上から飛び降りると、背負っていた槍を握ってリマーザのもとへ突っ込んでくる。


そして行く手を阻む武装商団の面々を蹴散らし、一瞬のうちに近づいた。


リマーザを捉えたワヒーダは、その体を串刺しにしようと槍を突いた。


「まずは挨拶代わりだよ」


「くッ!? 速いッ!?」


その閃光のような突きの連打をなんとか防ぎ、リマーザは激しく後退させら、味方から引き離されてしまう。


最後尾まで下がらされたリマーザは、目の前にいる女の鋼鉄の義手を見て気が付く。


「あなたは鉄腕の……」


「あたしを知ってるの? そりゃ嬉しい限りだね。まあ、あんたとは一度会ってんだけどさッ!」


ワヒーダが再び槍を突く。


反撃してきたリマーザの剣を上下左右に振り回して(さば)きながら、彼女は急所を狙う正確な攻撃を繰り出し続ける。


弓矢だけでなく槍まで使えるのかと、リマーザは感心した様子を見せながらも、ワヒーダの攻撃で味方から急速に離されていった。


それから二人は塞がれた道を飛び越え、狭い裏路地で互いに仕切り直す。


「なかなか器用ですね。噂で聞くに鉄腕のワヒーダは、剣の使い手だと聞いていましたが」


「器用貧乏ってヤツさ。だからこれまでいい様に使われて、ずっと大成できずにいたんだよね、あたしってば」


ワヒーダはニヤリと笑みを浮かべて答えると、握っていた槍を風車のように回して身構える。


その傭兵というにはあまりにも見事な動きに、リマーザはまたも彼女に目を奪われていた。


傭兵の多くがまともに武芸を学んでいない者が多い。


それも当然だ。


この砂の大陸サハラーウで傭兵になるような人間は、盗賊になれずに食うに困ってそのような稼業に身を落とす人間がほとんどなのだ。


そのような人間らに、まともな武芸者などいるはずもない


だが、この女は違う。


先ほどの弓矢の技術もそうだが、粗削りながらも基本をおさえている。


おそらくは誰かに武器の扱いを教わり、それを我流で磨いたものだと、リマーザは推測していた。


そして、かなりの腕前。


まさかマルジャーナ·ベナトナシュ以外にも、ここまでの使い手がこの国にいるとはと、リマーザは「フッ」と息を吐いた。


「鉄腕のワヒーダ。私と取引をしませんか?」


「こんなときに取引なんて、あんたなかなかイカれてるねぇ」


「あなたがマルジャーナ·ベナトナシュとどのような関係かわかりませんが、こちらは彼女の五倍の報酬を出しますよ。どうです? 悪くない話だと思いますが?」


いくらベナトナシュ国側が盛り返し始めたとはいえ、戦況でいえば武装商団アルコムのほうが優勢なのは変わらない。


まともな者ならば誘われれば、有利なほうにつく。


しかも報酬は五倍だ。


これに(なび)かない傭兵はいない。


リマーザは確実にベナトナシュ国側の勝利をなくそうと、かなりの使い手であるワヒーダを味方に引き入れようとしたが――。


「断る」


ワヒーダは彼女の誘いには乗らなかった。


これにはさすがのリマーザも動揺を隠せず、彼女らしかぬ戸惑った声を出していた。


「なッ!? なぜです!? 報酬の五倍ですよ!? そもそも傭兵というのは金銭で動く生き物でしょう!? それを、こんな好条件を断るというのですか!?」


激しく狼狽(うろた)えてながら叫ぶリマーザ。


ワヒーダはそんな彼女に向かって、真剣な表情で言い返す。


「悪いけど、今のあたしは“善い”生き方ってヤツをしようとしているんだ。そのために自分の中にある“悪い”もんを一つひとつ潰していかなきゃいけなくてね。というわけで、金では動けんのよ」


「“善い”生き方ですって……? 何をバカなことを言ってるんですか!? そんな生き方を選べば、明日にでも死にますよ!?」


リマーザの当然と呼べる問いに、ワヒーダは笑みを返した。


そして槍の先の刃を、彼女に向かって突きつける。


「少なくともここで死ぬ気はないよ。さあ、取引は決裂したんだし、さっさとやろうじゃないかッ!」

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