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#26

そして、力の抜けた姿勢になって言葉を続けた。


自分たち――武装商団アルコムの提示した条件を受け入れれば、ベナトナッシュ国は守られる。


こちらの流通を認めれば利益もそちらに入るのだと、改めて交渉内容を口にした。


どう考えても互いに悪い話ではないと。


「昔からここベナトナッシュ国を含めた七つの小国はギリギリのところで均衡(きんこう)を保っている。そして、あなたの父親であるベナトナッシュ王、血棺(ちひつぎ)王が亡くなったことで、それが崩れるのは目に見えているでしょう? かなりの好条件だと思いますが?」


「何度言われようとも答えは同じだ。私が貴様たちの流通を認めることはない」


「わかりませんね? 先ほど無駄な血を流すのは好ましくないと言ったのに。私からすると、あなたは戦争をしたいと言っているように聞こえます」


理解できないと言いたそうに、リマーザは首を左右に振った。


彼女としてはできれば穏便に事を終わらせ、両方に損失なく話を収められる話をどうして断るのだと、呆れて言葉を失っている。


マルジャーナはそんなリマーザに対し、腰に帯びた剣の柄に触れながら言う。


「貴様の言い分にも一理ある。だが長い目で見れば、その条件はベナトナッシュ国にとって害しかない」


麻薬の流通や人身売買が国内でまかり通れば、たしかに一時的には利益を生むだろう。


しかし、それは一部の者が(うるお)うだけで、国全体には還元されない。


そうなれば治安は荒れ、住む者たちは生きる気力を失い、国は確実に滅びの道を歩むことになる。


女王としてそんな未来を受け入れられないと、マルジャーナはリマーザを威圧しながら説明した。


「父の跡を継いだ私には、ベナトナッシュ国を守る義務があるのだ。わかったらさっさと出ていけ」


「それは少しおかしくないですか? 血棺王は恐怖で国を治めた。ですがあなたのやり方は、そんなベナトナッシュ王を否定しているのでは?」


「確かに私がやろうとしていることは父や母がしていたやり方とは違う。……私は信頼で国を治める」


リマーザは、マルジャーナの宣言のような答えを聞くと鼻を鳴らした。


そんな甘い考えで国を守れるものかと言わんばかりに、その肩を揺らしている。


マルジャーナとリマーザの問答を見ていたワヒーダの顔には笑みが浮かび、そんな彼女に気が付いたアシュレが口を開く。


「マルジャーナの言っていることは“善い”こと……。そうだよね、ワヒーダ」


「だね、あいつは自分の国から“悪い”ことを排除しようとしている。しかもそれは迫っている脅威だけじゃなくて、国の過去からあったものにもね。そんなの“善い”ことに決まってるじゃないの」


そう答えたワヒーダに、アシュレは笑顔を向けた。


そう、そうなのだ。


マルジャーナ·ベナトナシュは、物事の“善し悪し”を理解している。


ここで武装商団アルコムを受け入れるのが“善い”ではないとわかっている。


自分の身を一番に考えるのならば、リマーザの出した話は好条件だろう。


しかしマルジャーナはそれを“悪い”ことだとみなしていると、アシュレは彼女のことをさらに好きになっていた。


「できますかね、そんなやり方で。実際、騎士や貴族がこの国を去ったのも、そんなあなたの考えに未来がないと思ったからでは?」


「去った者のことをとやかく言うつもりはない。そもそも貴様らがしていることは交渉とは言わないぞ。人はそれを脅迫というのだ」


「……どうやらこれ以上は時間の無駄のようですね。わかりました、今日のところは退散しましょう」


両手を広げ、やれやれといった様子のリマーザ。


するとマルジャーナは剣を抜き、彼女との距離を詰める。


「今なら私と貴様だけの戦いで済みそうだと思わないか? こじれた話もここで決着をつけるのが一番平和的だと」


「気が早い人ですね。ですが、あなたの土俵で戦うつもりはありませんよ」


リマーザは大きくため息をつくと、マルジャーナにそう言い返した。


その言葉の後、リマーザの全身から炎が舞い上がり始め、広場を(おお)い尽くしていく。


炎の熱が広場にあった噴水の水を蒸発させ、気化した蒸気が広場を包み始めている。


これにはさすがのマルジャーナも(ひる)んでしまっていた。


「交渉は決裂したと上には伝えておきます。まあ、次に来るのもまた私でしょうけどね。そのときは思う存分戦ってあげますよ」


水蒸気は完全に視界を封じ、その中からリマーザの声が聞こえていた。


蒸気が晴れた頃には、もう彼女の姿は広場になかった。


リマーザの姿が消えた後、ようやくベナトナッシュ国の兵たちが広場にやってくる。


その先頭には、背が高く手足が長いブラウンヘアの男――イザットがいた。


「遅くなりました、マルジャーナ様! 賊はいずこにッ!?」


「守備を固めろ、イザット。それから急いで民たちを王宮に避難させるのだ。武装商団が攻めてくる前にな」


マルジャーナはイザットに指示を出すと、ワヒーダとアシュレに視線を向け、その場から去っていった。


その背中を見つめながら、二人は彼女の後を追う。


「ついに始まっちまうね。まあ、とりあえずあたしのやることは決まってるけど」


「ねえ、ワヒーダ。僕にもできることあるかな? 僕も……マルジャーナの役に立ちたい」


歩を進めながら言ったアシュレ。


白い髪の少女の言葉を聞いたワヒーダは、複雑そうな表情になるも、彼女の頭を撫でた。

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