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#22

それからマルジャーナの部屋へと行き、ワヒーダとアシュレは彼女と一緒に食事を取った。


ローストした肉と野菜を薄いパンに挟んだものや干し果物の盛り合わせ、さらに潰した豆に香辛料を混ぜ合わせて固め、それを揚げた料理などがテーブルに並ぶ。


ベナトナシュ国では一般的な家庭料理なのだが、ワヒーダもアシュレにとっては、どれもこれまで食べたことなかったものばかりだった。


「おい、アシュレ。果物もちゃんと食べな」


「えー、でも、なんかパサパサしてて苦手なんだよ、これぇ」


「味は嫌じゃないんだろ? だったら食べられるはず」


「わかった……」


幼い子どもが好き嫌いをするのは自我の芽生えでもあり、好き嫌いは口や舌の成長の証でもある。


まだ短い付き合いだが、これまで腹に入ればなんでもいいといった悪食だったアシュレが、食感にこだわるようになったことに、ワヒーダは内心で喜んでいた。


少し前までは小腹が空いたと言って、砂漠にいるトカゲやサソリを口に放り込んでいたような子だ(毒の抜き方は精霊から教わったらしい)。


それが今では年相応の子どもらしさを取り戻している。


本当にマルジャーナを頼って良かったと、ワヒーダは少女を(しか)りながらも笑っていた。


「まあ、いいじゃないか。誰にだって苦手な食べ物くらいある」


「マルジャーナ……。あんたはあたしがいない間に、ずいぶんこの子を甘やかしてるみたいだねぇ」


ムッと不機嫌そうに言ったワヒーダを見たマルジャーナは、それからアシュレに視線を向けた。


アシュレもまた彼女を見返すと、マルジャーナはワヒーダに向かって言う。


「私は甘やかしてなんかないよな、アシュレ」


「うん。今日もいっぱい本読んだし。知らなかった文字や言葉も覚えたよ」


自信満々で答えたアシュレに、ワヒーダはにじり寄る。


そして、試しに覚えたことを教えるようにと言った。


別に遊んでいても構わないが、甘やかされてワガママな子になったら困ると思いながら。


「えーと、たとえば“過剰は不足の兄弟である”とか“お金のために猿を連れて行っても、お金はなくなり、猿は残る”とか」


「なにそれ? 過剰不足の兄弟? 金と猿?」


ワヒーダが不可解そうにすると、マルジャーナが会話に入ってその言葉の説明をした。


過剰は不足の兄弟である――とは、何かが多すぎるのも、少なすぎるのと同様によくないという意味で使われる。


お金のために猿を連れて行っても、お金はなくなり、猿は残る――とは、金銭目的で結婚した人間が万が一金がなくなった後、その結婚相手のみが自分に残されるのみという意味だ。


二つとも一般的に使われている熟語で、アシュレはこれらのことわざを知ることで、鋭い風刺や教訓、知識などを含んだ言葉を、簡潔に表せることに面白さを覚えているようだ


「どうやら勉強はしっかりやってるみたいだね。まあ、本当のところはあたしに判断できないけどさ」


「お前もやればいいだろう? 私が教えられる範囲ならば、手取り足取り教えてやるぞ。それこそ一日中寄り添ってな」


ワヒーダは、目を血走らせて言ってきたマルジャーナを手で払った。


そのまるでシッシッとノラ犬を追い払うような態度に、マルジャーナは今にも泣きそうな顔をして(にら)み返す。


「そこまで嫌がることないじゃないかぁ……。私はお前のことを思って言ってるのにぃ……」


「そんな時間はないんだよ。……そうだねぇ。じゃあ、この子の旅が終わったら教えてくれ」


「そうか! よしよし、そういうことなら早くアシュレのルーツを見つけねばな。あぁ、今からそのときが待ち遠しいぃ」


「よだれ出てるぞ、あんた……」


マルジャーナがまだ先の――ワヒーダの勉強を教えてる妄想を膨らませていたとき――。


部屋の扉からノックが聞こえ、その後に男の声が続いた。


「食事中に申し訳ありません。至急、女王様にお伝えせねばならないことがありまして」


マルジャーナはハッと我に返り、表情を引き締めると中に入るように返事をした。


そんなマルジャーナを見たワヒーダは、彼女の切り替えの早さに呆れて顔を引きつらせていた。


一方でアシュレは見慣れているのか、特に気にせずに干し果物をフォークで突いている。


「失礼いたします」


扉が開き、ブラウンヘアの背が高く手足が長い男が入ってくる。


男はすでに夜となって誰もが休息している時間だというのに、仰々しい甲冑姿をしていた。


仕事終わりなのだろうか。


ワヒーダは王宮では見ない顔だなと、男へ視線を向けた。


「こんな夜に何事だ?」


マルジャーナが女性らしからぬ低い声で訊ねると、男は話を始めた。


その報告によると――。


どうやら以前から、マルジャーナが王位を継いだときに摂政(せっしょう)を立てないことに不満を持った貴族たちが、黙って国を出て行ってしまったようだ。


マルジャーナの両親である王と王妃が亡くなったのは、つい最近のことだ。


そういう状況で、若く経験も乏しい彼女が支えもなしに女王に就いたことは、ベナトナシュ国内に住む貴族たちから非難の声が上がっていたらしい。


ワヒーダは詳しい事情こそ知らなかったが、話からしてそういうことならば、多くの貴族が国を出ても仕方がないと思った。


「そうか……。これは私の不甲斐なさが招いた結果だな。よし、明日の朝にでも残った者たちを集めてくれ。今までいた者たちがいなくなったとなれば、これから国を再編せねばならん」


「ハッ、直ちにそのように手配します」


男はマルジャーナに指示を受けると、速やかに部屋から退出していった。

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